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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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夜明けのお仕事3

「スミレ〜! ここでも一緒なんてねぇ。調子はどう?」

「タリナさん。何とかこなせるようになりました」


 緑色のおさげ髪を揺らしてやってきたのは同じ職場の先輩であるタリナさんだ。明るくさっぱりとした性格で、冒険者の我儘もいなしてしまう強者である。トルテアの育ちであるタリナさんは毎年この仕事でカルカチアまで来ているらしく、私とフィカルが仕事を受けるときも色々とアドバイスをくれた。


「私の友達紹介するわ、こっちがシシー、星3で靴屋の娘。リテルは粉挽き屋の末っ子。2人とも、この子がスミレ。同じギルドで働いてるの。この間星3とったとこ」


 おっとりと微笑んでいるタリナさんの友達に挨拶をする。隣街ではあるものの3人は幼馴染みで、こういった街を跨いだ仕事の際によく一緒になるのだという。ヒトクイザケの仕事は今日が初めてだったので不安はあったけれど、知り合いが一緒だとわかって私はほっと息を吐いた……のだが。


 見られている。

 いや、睨まれている。じっと。


「ん〜……テューサとも知り合い?」

「さっき微妙に顔を合わせることがあったといいますか……」


 無言で私のことをじっと見つめているのは、昼食の前にフィカルに声を掛けたテューサさんという女性だった。美人が怖い顔をして睨んでくると普通の2倍くらい怖い。私が会釈すると、フンとわかりやすく無視をされた。


 ヒトクイザケは、収穫したヒガシヒトクイウリから作る。まず実の上の部分をくり抜いて、実の内側のワタと一緒に液体を踏み付けて混ぜる。それから布を用いて液体を濾し、不純物を取り除く。乾燥させた去年のヒガシヒトクイウリの殻に液体を詰めなおして1か月から数年冷暗所で寝かせて完成だ。

 収穫したままでも十分お酒として飲めるけれど、日数が経つと腐って酸っぱくなりやすいらしい。でもそれを一度ワタと混ぜると更に度数が上がり、日持ちもするようになる。

 このワタと混ぜる作業は昔から娘の仕事と決まっているらしい。私がいた世界でもワインで似たようなことを聞いたことがあるけれど、性別や年齢がお酒の出来に関係するのだろうか。


「ここで作業着に着替えて中に入るのよ」


 私達のグループはお酒とワタを踏みつける作業に割り当てられた。滅多にない経験で私はテンションが上がったけれど、他の人達はがっかりしている。ずっと足踏みしているのはなかなか大変らしい。

 ものすごく大きい桶のようなところに入るので、作業着は膝上のワンピースのようなもので、中には短パンというかかぼちゃパンツを穿く。基本的に足を見せない生活をしているここの女性はこの姿は下着に近いものを感じるらしく、作業場内はもちろん男子禁制である。アルコールの空気が充満しないように作業場の足元には小さい空気穴が空けられ、高い天井の上の方には横に細長い窓が開けられている。


 桶を踏みつけるときにリズムを取るために唄を歌うのだけれど、作業小屋の外で作業している男性がそれに合いの手を入れるのがお決まりらしい。あんまりその声が近いと覗きとして追い払われるとか、歌の内容が愛しい男に酒を飲ませて云々だとか、そういうのがずっと昔から続いている文化なのだそうだ。


「結構ぬるぬるしてる……」

「慣れたら平気よ」

「ワタは滑るから気を付けて」


 着替えて足を洗い水気を拭いた足に出来上がっているヒトクイザケをまずかける。それから踏み台に乗って桶の中へ入る。直径1.5メートルくらいの桶の中心には長い柱が立てられていて、それに掴まってひたすら足踏みをするのだ。

 酒が溢れないように桶は腰の高さくらいまでの深さがあるけれど、中に入っている液体は脛より少し上くらい。それでも足踏みするには抵抗があって中々疲れる作業だった。私は歌を知らないのでひたすら足踏みしているだけだけれど、さらに歌っているのに平気そうな人も多くて体力の違いを思い知らされる。


「スミレさんって、あのフィカルと仲が良いんでしょう?」


 作業に慣れてきた頃、シシーさんがわくわく顔で質問してきた。頷くと、リテルさんと肘を突き合ってクスクス笑っている。

 あの、その隣にいる人が私を能面のように睨んでいるのですが。


「フィカルってどういう人? どうやって魔王を倒したの?」

「えぇっと……無口だけど親切ですかね。どうやって倒したのかは聞いたことないのでわからないです」

「やっぱり強いの? 一緒に暮らしてるってホント?」

「ランクが違うから討伐なんかはわからないけど、強いみたい。一緒に暮らしてるのはホント」


 きゃあっと盛り上がった二人の横で、般若がくわっと口を開いた。


「でもあなた達、結婚してないんでしょう? それって変よ!」

「テューサ、言い過ぎじゃない?」

「何よ、本当のことでしょう?」


 気の強い美人を前に、大人しめの2人はタジタジで、足だけを動かしながら私の様子をうかがっている。


「えっと、私とフィカルは同時に街で保護されたんで、成り行きで助け合って生活することになったんですよ」

「それでも、住み始めてもう半年以上でしょう? 独り立ちしても良いんじゃない? カルカチアにも空き家はあるから、フィカルとは別に暮らすべきよ」


 割と私とフィカルの情報に詳しいな、テューサさん。

 確かに生活のあれこれなんかは大体把握できるようになってきたけれど、ぶっちゃけフィカルの生活費の恩恵は非常にありがたいものだし、反対にフィカルがあまり好きではないらしい料理や繕い物を引き受けたりして中々上手くいっていると思う。なので、わざわざ別の家を借りてまで今の生活を変える必要性が見当たらないのだ。

 これを言ったらますますテューサさんの般若化が進みそうで言わないけれど。


 困っていると、タリナさんが助け舟を出してくれた。


「まあでもぶっちゃけどうなの? フィカルと」

「どう……」

「色恋沙汰ってことよ。正直、テューサなんか婿探しに必死なわけよ。美人でプライド高いからその辺の男じゃ妥協できなくて、フィカルが空いてるなら狙いたいって」


 タリナさん、それ、泥舟だー!!

 結局テューサさんの般若化は進み、もはや阿修羅といった風貌である。美人な分迫力が半端ない。写真を壁に貼っておくと悪霊とかが寄り付かなさそう。


「そ、そこまで焦る年齢ではないのでは? 美人だし……」

「歳は関係ないわよ! うちは宿屋なの。跡継ぎが必要でしょう」

「えっもしかしてあの宿屋テューサさんの家? わーご飯が美味しくて助かってます」

「当然でしょ!!」


 何故か怒鳴られた。

 なるほど、テューサさんは最近婚活に熱心らしい。


 この世界は、治安が悪いということはない。もちろん日本よりは自衛をすべきことは多いけれど、王都と比べても東南地方は穏やかな気風だ。警戒すべきは人の悪事ではなく、魔物に襲われることである。そのために冒険者ギルドが自衛団のような役割を果たしているし、魔物の被害が多いところには騎士団も置かれている。

 そんな世界ではやっぱり強い人間が頼りになるし、モテる。その観点から言ってもフィカルは高得点、美人でモテそうなテューサさんがガツガツ行くのもわかる。


「あなたフィカルと結婚する気がないなら、他の人にも目を向けたら?」

「いやフィカルとというよりも、そもそも生活するのに精一杯で結婚とか考えたことなかったっていうか」

「なにそれ! そんな理由?!」


 どんな理由でもいいじゃないか。そう思ったけど、この世界では私はバッチリ結婚適齢期である。恋愛結婚が主流ではあるけれど、もっと若くて結婚している人もいる。でも逆に、もっと年上でも独身という人もいる。


 余計なお世話だよ!!


 という言葉は飲み込んで足踏みのパワーへと変換した。





ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/09/19)

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