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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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夜明けのお仕事2

 カルカチアの林は非常に小さく、生えている木も細い白樺のようなものが多い。木と木の間隔もトルテアの森と比べて広いのは、きちんと人が手を入れて管理しているからだと説明された。人々が作った人工林なのだ。

 白くて竹ほどの太さの幹の間に、太めの蔦が這っている。水色で握ると丁度良いくらいのそれは、水を撒くホースそのまんまのように見える。ウネウネと茎を伸ばすホースの途中に、冬瓜のような実が等間隔に生っていた。

 その蔦は、非常に物騒な名前が付いている。


 私はナイフの鞘をウエストポーチに仕舞い、動きの邪魔にならないようにポーチの部分を後ろに回す。楕円形の実を一つ、両手で掴んで揺するとずっしりと重かった。その振動を感知して、ホースがズルズルと動き始める。フィカルは頷いて、鞘ごと帯から外した剣を構えた。


「始めるよー」


 ナイフで実の付け根あたりの茎を切り落とすと、のたうち回るように太い蔦が動き回る。最も動きの激しい先端が鎌首をもたげてパックリと口を開けた。だらっと粘液をこぼしながら私に食らいつこうとするそれを、フィカルが鞘でいなして注意を逸らせる。


 ヒガシヒトクイウリは、こう見えてヒトクイヅタ系でも大人しい種類の一つだ。大きな実は割ると酒が詰まっているけれど、収穫していると捕食を試みてくる。一番太い蔦の先が蛇の頭のようになっていて、噛まれると酩酊してそのまま餌にされてしまうのだ。動きはそれほど素早くはないけれど、頭を切り落としてしまうとたちまち繋がっている実の中に詰まった酒が苦くなり飲めなくなる。そのため、誰かがヒガシヒトクイウリの気を逸らせているうちに収穫してしまわなくてはいけない。

 こうして収穫されたお酒はヒトクイザケと呼ばれ、収穫後数年熟成させると度数が高い貴酒になる。地域によって棲息する種類が違い味も変わるため、毎年多くのヒトクイザケが収穫されては全土へと流通する。


 林の入口に置いてあった木製のリヤカーをスーが引っ張ってきた。ウネウネとフィカルを攻撃しようとしているヒガシヒトクイウリに気を取られながらも、収穫した実を荷台に乗せる作業を手伝ってくれる。

 最初に咥えたときに力加減を間違って噛み砕き、中のお酒を飲み干してしまったスーは目を白黒させていたものの、あまりお気に召さない味だったらしくそれからは牙だらけの口でそっと実を掴んで上手く運んでいた。1つにつき2キロから3キロくらいの重さがあるので、手伝ってもらうと非常に助かる。


 成熟していた実をすべて収穫し終わり、しばらくそっとしておくと蔦の先は段々と大人しくなり、くてんとただの植物のように動かなくなってしまう。林に点在するヒガシヒトクイウリの苗を回ってリヤカーに実を山と積み上げ、スーの手綱を前に付けて後ろから押して林を出る。本当は何度か往復して収穫するものだけれど、私のチームはスーがいるので効率よく収穫できてラッキーだった。

 荷馬車が待っているところまで運ぶと流石にスーもゼイゼイと息を切らしているけれど、褒め称えながら撫で回していると誇らしげに喉を鳴らすのが可愛らしい。見た目恐竜のスーがこんなに可愛く思える日が来るとは、初対面の時には想像することもなかったなぁ。


 収穫の進捗を把握しているカルカチアのギルドから派遣されていた人から、午前の作業はこれで終わりだと告げられる。あとの水をやったり肥料をやったりという作業は、農家の人が苗の調子や残りの実から調整して行うらしい。


「スミレ君、午後は小屋でヒトクイザケの作業よろしく。フィカル君は農具の修理手伝ってくれるかな」

「わかりました」


 不満顔のフィカルの手を繋いで、街の中にある宿へと戻る。スーは器用に屋根の上をハシゴして付いてくるけれど、屋内へと入ってしまうと追いかけては来ない良い子だ。


 街中を歩いていると、カルカチアの人達からの視線が突き刺さってくる。

 主に、フィカルに。

 晴れた日には特に綺麗に輝く髪はもちろん、背も高くて端麗な顔をしているフィカルはトルテアの街でも女性からの視線を集めていた。今では更に星10ランクという身分も付いてくる。私と別の作業をしているときはもちろん、ギルドなどで私も一緒に説明を受けているときでも声を掛けてくる人はいるけれど、フィカルのコミュニケーション手段が主に首を縦か横に振るだけなのでさほど会話は進んでいないようだった。


 宿へと戻ってみるとちょうど昼食を取りに来た宿泊者が多く混雑していて、女将の機嫌が非常に傾いていた。


「食堂は満杯だよ! 皿を受け取ったらどっかに行きな!」


 宿は宿泊棟が幾つかに分かれていて、普通に泊まる分には朝昼夕食事の有り無しを値段によって選択できるらしい。けれども仕事の依頼として来た宿泊者はギルドがまとめて食事ありで宿を押さえているため、普段よりも食事を摂る人が多く、時間帯が重なると大混雑になる。


 山盛りのチャーハンのような食事を2人分ゲットして宿の廊下を歩いていると、見慣れない顔の女の子がフィカルへと近付いてきた。エメラルドグリーンの髪が目を引くキレイ系美人だ。大きくて猫のような目をぱちぱちと瞬かせながら頬を染めている。


「あの、私テューサって言うんだけど、お昼一緒にどう?」


 フィカルは無表情のままふるふると頭を振り、両手に持った2人分のチャーハンを掲げる。テューサさんは私をじっと見つめた。髪と同じ色のつり目にじっと見つめられると、ネズミにでもなったような気分になる。


「あなたも一緒でもいいわよ」

「えっと……私は自分の部屋で食べるから」


 そんなのめっちゃ気まずいに決まってるじゃないですか。

 自分の分のお皿を受け取ってさっさと逃げてしまおうと思ったけれど、フィカルがお皿を手放さない。あまりぐいぐいやるとチャーハン的なものが溢れてしまいそうである。フィカルは私をじっと物言いたげに見つめている。テューサさんも見つめている。私に通訳を求められてもよくわからないので困るというのに。


「……ギルドの別の仕事について話したいこともあるから、また今度ということでもよろしいでしょうか?」


 私の下手くそな言い訳に、テューサさんは憎々しげに頷いた。ホッとして歩き出すものの、足音からしてテューサさんも付いてきている。気まずいまま水瓶に水を汲み、階段を登り、廊下を歩き、両手が塞がっているフィカルのためにドアを開ける。フィカルが先に部屋に入ったのでドアを閉めようとすると、隙間からじっとこちらを見ているテューサさんと目が合ったので速やかに閉めた。

 怖っ!!


 ベッドとテーブルだけの殺風景な部屋に入ってようやく人心地が付いた。チャーハンのような食べ物は角切りの野菜や肉も沢山入っており、塩コショウが効いていて非常に美味しい。もぐもぐと頬張っていると、じっとこっちを見ているフィカルに気がつく。


「ああいうのは、ハッキリ断るのも優しさだと思うよ……」


 そうは言っても、フィカルはほとんど口を開かない。誰かにしつこく捲し立てられて喋るときなど、いかにも嫌々ですという雰囲気を滲ませているほどだ。ぼんやりとしたことであればよく見ているとわかるけれど、喋るのが好きではないのかもしれない。

 返事を書いたカードを何種類か書いておくのはどうだろうか。いや、「話しかけないで欲しい」というカードを常に首から下げている様子が想像できる。


「まあ、あと6日くらいだもんね。帰ったら何か美味しいものでも作ろう」


 フィカルはこっくりと頷いて、ポケットからコロリとおやつを取り出して分けてくれた。林で拾ったらしい胡桃の殻を握って砕く様は何度見ても迫力満点である。これを女の子の前で見せたら何割かはドン引きしてくれるのではなかろうか。


 そうやって和やかにまた1日が過ぎていくかと思われたが、別にそんなことはなかった。

 午後の作業で小屋に行って少人数で作業をすると説明を受け、同じグループになったのが件のテューサさんである。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/09/19、12/15)

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