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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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ちちんぷいぷい5

「はい、思い出話おしまい。皆も気をつけようね〜」


 私が話を締めくくると、3人の子供達は元気なく返事をした。


「あれ? この話面白くなかった?」

「面白いとか面白くないとかじゃねえだろっ!」

「不安になるお話だった〜」

「またマルマリオオトカゲが出たらどうするの……」


 どうやら子供達にとっては、これからマルマリオオトカゲが出るような行動をするという不安を植え付けてしまったようだ。教訓のお話としては効果が強すぎた。私がどう挽回しようかと思ってると、苦笑したルドさんがぐりぐりと子供達の頭を撫でる。ついでにちゃっかりヒメコリュウも頭を差し出して撫でられていた。


「安心しろ、ずっとここで生きてきた俺でもその時初めて見たくらいだぞ」

「そうそう、マルマリトカゲをいじめたりしなければ大丈夫だからね。あんな凶暴な魔物、このへんでそうそう現れるわ……」


 ズォオオオ……


「現れるわけが……」


 ズォオオオ……


 あれーなんでしたっけこういうの?

 デジャヴ?


「スミレのうそつきー!!!」

「いやああこわいよおぉ」

「……!!」


 気が付くと私達は必死の形相で走り出していました。なんで?!

 前をリリアナとレオナルドの腕を掴んだルドさんが、その後ろを私とヒメコリュウと手を繋いだマルスが追いかける形で川の方向を目指す。ヒメコリュウだけが尻尾を振って楽しそうにクエックエッと鳴きながら走っている。足の速い動物は気楽でいいな!


 子供達の足は大人に比べてそう速いわけではない。けれども冒険者として経験を積んできたマルス達は健闘したし、何よりも川に近かったのが助かった。聞き覚えのある地響きめいた足音が近付ききる前に、私達は川を渡った。

 ちょろちょろとしか水流のない川を。


「オイこれ川かっ?!」

「わたしでもまたげちゃったよぉ?」

「雨季……まだだから……」


 のほほんとしたお天気続きだった森の川は、冬前のあの頃よりも大分しょぼくれていて心許ない。川というよりもちょっとした水の流れている場所と形容したいようなそれを飛び越えて、私達はようやく背後を振り向いた。

 私達からそう時間を置かずに、マルマリオオトカゲが木や蔦の生い茂る森から姿を現す。3メートルはありそうな巨体に象のような鼻。ズォオオオ……と呻きながら大地を揺るがせて……そして止まった。


「だ、大丈夫……みたい」


 マルマリトカゲは朝露すら嫌って日が登りきってから活動すると言うけれど、マルマリオオトカゲも水がよほど苦手なようだ。剣を抜いて構えていたルドさんと一緒に安堵の息を漏らす。


「でけえっこえええっ!」

「わたしたち、いじめてないのに〜」

「か、かえれないよ……」

「確かに妙だ。何故マルマリオオトカゲがいきなり襲ってきた?」


 まだ私達は1匹もマルマリトカゲを捕まえてすらいない。前に襲われたときは、マルマリトカゲ達が上げたあの高い鳴き声に反応して現れたように思えたけれど、もちろんそんな声も聞いていなかった。

 ちょろちょろと頼りなく流れる川の向こう側で、マルマリオオトカゲはじっとこちらを見つめている。象のような足が、川原の石をもどかしそうに掘っていた。街に帰るにはその向こうを通らなければならない。

 以前にも川の街側で現れた。そのマルマリオオトカゲがまだうろついていたのだろうか? 私やルドさんの匂いに反応してお礼参りに? 私が思い出話をしたから呼んでしまったとか?


 何が原因にしろ、今回はぷいぷいちゃんがいない。あの時明らかにぷいぷいちゃんの周囲だけを襲わないようにしていたことから、前回のときのようにマルマリオオトカゲの横をすり抜けて帰ることが出来ないだろう。

 ヒメコリュウであればマルマリオオトカゲを振り切って逃げることが出来るだろうが、ギルドに伝言をするような賢さはないし、何よりも本人は楽しそうに周囲を探索している。

 スーがいれば飛んで逃げられたけれど、まだ太陽は高いところで輝いている。ちょうど荷物を街に届けた頃だろう、フィカルと共に帰ってくるまでは何時間もかかりそうだった。


 子供達をマルマリオオトカゲから自分の影に隠すように立って、私とルドさんは目で会話する。

 何か策は。ないです。だよな、俺もだ。

 目で会話して、ダメ元で腰に付けていた魔除けの香をマルマリオオトカゲの向こう側に投げてみる。小さな魔物は寄せ付けない代わりに大型の魔物が好むとされているものだけれど、案の定マルマリオオトカゲは見向きもしないでこちらに唸っている。基本的に魔除けの香は見つからないようにという目的で作られているので、ロックオンされていれば効き目はないに等しいのだ。


「遅くなればギルドの誰かが探しに来ると思うが……そっちを襲う可能性もあって危険だ」

「救援の狼煙も同じですよね。フィカルが帰ってきてくれたらいいけど」

「ここにいるって気付くか?」

「スーは耳が良いから、呼べば気付いてくれるかも」


 私達の会話を聞いて、子供達が一斉にスーを呼び始めた。いや、まだ遠くにいるのよ。なだめるけれどヒメコリュウの鳴き声も加わって騒がしくなる。その騒ぎは、より大きい声で唸ったマルマリオオトカゲによって沈静化される。


「やべえ怒ってる!」

「スミレちゃんやだよぉ」

「……おそわれちゃうの?」

「諦めてくれるまで待つとか……あああぷいぷいちゃんがいてくれたらなぁ」


 私が溜息混じりにそう呟くと、マルマリオオトカゲが一際大きく唸った。子供達は口を閉じてぴったりと私やルドさんの背後にくっついている。辺りの葉っぱすら揺るがしているようなその叫び声はしばらく続いた。

 そしておもむろに、ルドさんが私をまじまじと見る。それからマルマリオオトカゲを見て、疑わしそうに呟いた。


「……あいつが、ぷいぷいちゃんじゃないのか?」

「えっ」


 ルドさんの口からぷいぷいちゃんという名前が出るとミスマッチすぎて面白い。そんなことを咄嗟に考えていると、ルドさんがマルマリオオトカゲを指差した。


「ほら、あそこの傷……あの時剣でやられた痕に似てないか?」


 マルマリオオトカゲの頑丈そうな右肩辺りの皮膚には斜めに白く線が走っている。あまりハッキリ覚えているわけではないけれど、そう言われてみれば、あのときに貴族のお坊ちゃんが連れていた護衛にやられたのは、あのへんだったかもしれない。

 けれど、あれからまだ半年くらいしか経っていない。私が抱えられるくらいの小ささだったぷいぷいちゃんが、体高3メートルを超える重量級に成長するなんてことがあるのだろうか?


 ひっついて離れようとしない子供達をルドさんにひっつかせて、私は恐る恐るマルマリオオトカゲに近付いた。たった一歩で跨げてしまう川を挟んで目の前に立つと、マルマリオオトカゲの象のような鼻が伸びてくる。硬い皮に覆われたそれは、私の頭上で息を吸い、それから私の輪郭をなぞるように顔の前を過ぎて差し出した手にぽんと落ちる。大きくて重さのあるそれは乾いていて、マルマリオオトカゲが呼吸をする度に勢い良く空気が出入りした。


「……ぷいぷいちゃん?」


 大きな唸り声とともに、マルマリオオトカゲの尻尾がざかざかと辺りの草を薙ぎ倒す。

 いわゆる感動の再会である。






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