ちちんぷいぷい4
「なんだそれっ! それがマルマリオオトカゲ?!」
「どれくらい大きいの?」
「そんな危ない生き物、トルテアの森にいるの?」
マルマリオオトカゲは見た目はぷいぷいちゃんたちとそっくりなんだけど、大きさはアバレオオウシよりも大きいくらい。高さが背の高い男の人の2倍以上あって、足もこーんなにでっかいの。それがすっごい勢いで私達を追いかけてきてたんだよ。
マルマリオオトカゲって普段はまったく姿を見せない生き物なんだよね。座学で、マルマリトカゲは魔獣じゃなくて、普通の生き物だって教えてもらったでしょ。でも、マルマリオオトカゲっていうのは、魔獣なの。魔術はあまり使わないけど獰猛で人を傷つけることもある。希少な存在だからあんまり研究が進んでないけど、マルマリトカゲを大量に殺したり、無駄に痛めつけたりすると、マルマリオオトカゲが現れるって言われてるんだ。
マルマリオオトカゲはマルマリトカゲと同じで、水が苦手だから川を越えられない。だから、万が一マルマリオオトカゲが現れたときのために、川向こうで狩猟をして、逃げるときは川越えて街に逃げる。川向こうに行くのにはそういう理由もあるんだって。
でもお坊ちゃんと護衛たちは、川のこっち側でやらかしちゃったでしょ。街の方へ走ろうとしてもマルマリオオトカゲは大きさに見合わずに素早くて回り込んでくるし、マルマリオオトカゲが街で暴れたら皆が危険な目に遭う。だから、川の向こう側に逃げるために走ったの。
「こ、こえぇ!」
「それで、どうなったの?」
「……絶対、遭いたくない……」
もう、死ぬほど走ったよ〜。この前、スーに遭遇して走りまくった時と同じぐらい。後ろからズォオオオ……って低くてこわーい鳴き声が聞こえるんだけど、それがどれだけ走ってもずっと近くから聞こえてくるの! あんなに真剣に走ったなんて人生で初めてだったわ……
で、すっごい走ってようやく川を見つけてね、浅い川だからそのまま走って向こう側まで辿り着いたわけ。その途中で川の水が跳ねてぷいぷいちゃんが脅えたように鳴いて、ようやく私はぷいぷいちゃんを抱っこしたまんまだったって思い出したのよ。
もう大分走って体力も限界だったし、様子を見るために振り返ったら、マルマリオオトカゲは本当に川を渡れなくて、向こう側でずっとこっちを睨んでるのよね。ぷいぷいちゃんの目はつぶらで可愛いけど、マルマリオオトカゲの目はもう大き過ぎるのもあってすごい怖かった。苛立って足で地面を蹴ってるし、うろうろしてこっちに来れないか狙ってるしで。ね、ルドさん。
「あれは肝が冷えたな。どう見ても固くて弓は通じなさそうだったし、俊敏だったから多分直接戦ったら死んでた」
もう皆すごい怖くて、でも川向こうに行かないと街に帰れないでしょ? それなのに、マルマリオオトカゲはずっとこっちを睨んで立ち去ろうとしない。で、貴族のお坊ちゃんが、私がぷいぷいちゃんを抱いてるせいで怒ってるとか言い出してね。もう、ハァ? って思ったよね。
ぷいぷいちゃんは今までにも抱っこしてたし、どう考えてもあんた達がマルマリトカゲにひどいことしたせいでしょ! って言い返したんだけど、護衛やお坊ちゃんは逃げる途中で手に持ってたマルマリトカゲはとっくに捨ててるし、とにかくそれを捨てろ! とかもうパニックになっちゃっててね。
でも、マルマリトカゲは自分では川を越えられないの。水が怖いからね。今ぷいぷいちゃんを離したとしたら、ぷいぷいちゃんはもう自分の縄張りには帰れなくなっちゃう。だから、ぷいぷいちゃんは川の向こうに帰ってから戻すって言ったのよね。そしたら「近寄るな」とか「それを抱いて囮になれ」とかまー張り倒したくなってくるようなことをのたまうし、マルマリオオトカゲはそのまま待ってるしで、じゃあ私が囮になってマルマリオオトカゲの気を引いてる間にさっさと帰ってギルドで助けを求めて来てよってルドさんとその面倒くさい5人組に言ったの。
「ええええ!! スミレお前、一人で待つのかよ!」
「やめなよぉこわいよぉ」
「ルドさんと一緒にいたほうが安全だったんじゃ……」
まあぶっちゃけすごく怖かったけど、でも私が囮になっても逃げた人達をマルマリオオトカゲが追いかけた場合、ルドさんが一番街まで辿り着く可能性が高かったし、あのまま護衛の人達と一緒にいたらぷいぷいちゃんを無理やり取り上げられそうな感じもしたし。
それで内心ビクビクしつつだけど、まず私がじわじわルドさん達と距離を空けながら川の近くまで歩いて戻ったのね。そしたらマルマリオオトカゲがすっごい見てくるしズォオオオ……ってずっと唸りながら近付いてくるしで気が気じゃなかったんだけど、川のギリギリまで来たら丸まってプルプルしてたぷいぷいちゃんが顔を上げて、マルマリオオトカゲを見つめて鳴いたのよ。ぷいぷいっ! って。
そしたらマルマリオオトカゲも川のギリギリに近付いてきて、長い鼻をこっちに近付けてきたんだよね。正直怖すぎて逃げたかったけど、ぷいぷいちゃんも同じように鼻をマルマリオオトカゲに向けてて、尻尾もぴるぴる振ってたの。それで、マルマリオオトカゲがぷいぷいちゃんを掴んで向こうに持っていこうとしてるのかなってぷいぷいちゃんを差し出すように持ち上げたんだよね。
ぷいぷいちゃんはマルマリオオトカゲと鼻を近付けて、しばらくぷいぷいぷいぷい鳴いたと思ったら、なんとマルマリオオトカゲが鳴き止んで大人しくなったのよ。あれって思ってたらマルマリオオトカゲはゆっくり歩いて私とぷいぷいちゃんから離れて、ルドさんとお坊ちゃんたちの方をまた睨みだしたわけ。
それで、私は恐る恐る川を渡ってみたけど、マルマリオオトカゲはじっと見るだけで襲ってこない。それで、ルドさんが私に近付いて同じように川を渡ったら、マルマリオオトカゲは最初すごく怒った感じですぐにルドさんを襲おうとして、でもぷいぷいちゃんを抱いたままの私がそばにいたらしばらく睨んでからやっぱり襲うのをやめたの。で、ぷいぷいちゃんがいるとマルマリオオトカゲは襲ってこないんじゃない? って思ったのよね。
「ぷいぷいちゃん、すげえ! 名前はダサいけど!」
「マルマリオオトカゲとおしゃべりしたのかな?」
「親子だったのかも」
マルス、名前のことは置いとこうね。
結局お坊ちゃん達もぷいぷいちゃんがいると襲ってこなかったから、離れずにひとまず街まで帰ろうってことになってね。でも、すっごい至近距離でマルマリオオトカゲが付いて来るの。もう、私達を踏み潰すまであと1歩くらいの距離ね。
ずっとついてくるからビビったお坊ちゃんが途中で、ぷいぷいちゃんは俺が抱くから寄越せ! って無理やり私から抱き上げたら、ぷいぷいちゃんは暴れてまたキュイーッて鳴いて、そしたらその途端にマルマリオオトカゲが殺気立ってズォオオオッって鳴くからもう怖くって。
お坊ちゃんが取り落としたぷいぷいちゃんは慌てて私の脚にしがみついてぷいぷい鳴くから、抱き上げてよしよししてたらマルマリオオトカゲも段々静かになって。それからはお坊ちゃん達は私とぷいぷいちゃんからぴったり離れないように大人しく歩くことにしたみたい。
「へっざまあみろだなっ!」
「ぷいぷいちゃん、スミレちゃんが好きだったんだね〜」
「貴族の人、怖がりだ……」
ようやく森の終わりまで歩いて、そこで私とぷいぷいちゃんは立ち止まったのね。ほら、マルマリトカゲは森から出てこない生き物だから。それでまずルドさんがゆっくり歩いて森から出てみたら、マルマリオオトカゲはそこまでは追いかけて来なかったの。それで次はお坊ちゃんと護衛がこっちも笑うぐらいの速さで街まで走っていってね。マルマリオオトカゲが思わず走って追いかけそうになってたけど、ぷいぷいちゃんが鳴くと諦めたみたいだった。
私がしゃがんでぷいぷいちゃんを地面に下ろすと、ぷいぷいちゃんは前足を私の腕に乗せて、ぷいぷいっ! って鳴いてね。助けてくれてありがとう〜って撫でると嬉しそうに尻尾を振って、それからのたのた歩きでマルマリオオトカゲの方へ歩いていって、また2匹は鼻をくっつけて、それから一緒に森の奥へ帰って行っちゃった。
この体験で懲りたみたいでその貴族のお坊ちゃんは冒険者になることを諦めてさっさと帰っちゃって良かったんだけど、それから森に行ってもぷいぷいちゃんに会えることはなくなったんだよね。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02)




