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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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ちちんぷいぷい1

「断る」

「いや……フィカル、そこは受けとこう?」


 私が頭を下げる冒険者とフィカルの間に立つと、フィカルは無表情ながらにしょんぼりした(現代日本バージョンの)犬っぽい目を向けてきた。


 王都の騎士、中央の冒険者ギルドのお役人、そして貴族お強いトリオが去ってからも、フィカルは相変わらず悠々自適生活を送っていた。とはいえ人の口に戸は立てられぬもので、フィカルが魔王を倒した勇者であるということは知れ渡り、やれ顔を見せろだの力試しの相手をしてくれだのと冒険者が押し寄せる生ける観光スポットと化していたのである。


 フィカルは勇者のみに与えられる星10というランクになってしまったため、言ってみればこの大陸に存在するギルドのあらゆる依頼を受けることが出来る唯一の存在になったのである。さらに騎士団にも所属していないというフリーな身分であることから、遠方、主に全体的な仕事のランクが上がる傾向にある北西のギルドから直々に依頼が来るようになった。


 そんな異例の事態も、フィカルの必殺「断る」攻撃に徐々に減少傾向にあるものの、今度は反対に「冒険者のくせに勇者のくせに仕事しなさすぎじゃない?」的な圧力が他の街のギルドからかけられるようになったのである。

 フィカルは仕事を強制されるくらいならギルド脱退も辞さない程の鉄の意志を持ったニートなので最終的には圧力をかけたギルド側が折れる形にはなったけれど、人間、折り合いをつけるということも大切である。フィカルは私の手伝い程度の生ぬる〜い仕事であれば一緒にやってくれるので、トルテアの街からそう遠くない範囲での仕事であればたまに受けるようになった。

 のだけれども。


「ちょっと荷物運んで行って帰ってくるだけだし……」


 フィカルは緩やかに頭を振る。

 この辺りでは星ランクの高い仕事よりも低い仕事の方が圧倒的に多い。そしてランクの低い仕事の中でもフィカルによく依頼されるようになったのが「荷運び」である。

 平和で力の弱い生き物が多い東南地方では、騎乗出来るほどの竜は生息しておらず、そして竜を飼い慣らしている冒険者も少ない。竜はその飛行能力と強さから速く大量に荷物を運べるので、北西地方では荷運びは竜を持つ冒険者にとって良い小遣い稼ぎなのだそうな。


 そんなわけでフィカルにも荷運びの依頼が来るわけだけれども、荷運びの依頼には私は付いていけない。理由は、スーに乗るのが怖いからである。非常に強いバランス能力と三半規管を必要とする竜への騎乗は、私の今やりたくないことリスト1位を突っ走り続けていた。

 隣街程度への配達であれば、スーに先に空経由で荷運びをさせ、フィカルが私と一緒に馬車で向かって依頼人に報酬をもらうこともある。ぶっちゃけ私いらなくね? といつも思うが、私が一緒に受けたほうがフィカルも仕事を引き受けやすいという情報が回っているためここ最近はそういった仕事も多かった。


 けれども今回の仕事は馬では片道1日ほどかかる。スーに乗れば荷運びをしても夕方にはトルテアに帰ってこれるけれど、流石に陸路でついていくのは無駄が多い。その上、私は私で今日は仕事が入っていた。フィカルはその時点でお断り姿勢を固めていたが、依頼人がロランツさんである。ロランツさんは星9ランクのプリンス系冒険者であり、貴族であり、スーの高そうな鞍をくれた相手でもある。さらに、フィカルが騎士団入りを拒んだときも一言添えてくれたとか。

 これは断らないでちゃちゃっと運んでしまったほうが良い案件である。


「ほら、また舞茸とエビのフリッター作ってあげるから! ね?」

「……」


 凄腕ネゴシエーター私の説得によって、フィカルは渋々頷いた。

 この世界では揚げ物という概念がほとんどない。けれど先日どうしても揚げ物が食べたくなって、私はサクサクのフリッター作りに力を注いでしまった。舞茸、というか舞茸にそっくりなパパルという生き物と、エビのフリッター。出来たては非常に美味しく、私だけではなくフィカルの胃袋をも魅了した。スパイシーな味付けの衣が私達の手を止まらせなかったのである。

 エビ多めで作るという約束を交わし、フィカルはいつものごとく私をぬいぐるみとか猫とかのように抱きしめてスリスリしたあとに旅立った。名残惜しそうだったので、フリッターのための買い物リストも手に握らせてあげる。羽で大きな風を起こし、みるみるうちに小さくなっていくスーとフィカルに手を振ってから、私はよしと気合を入れた。


「ルドさん、マルス、リリアナ、レオナルド、お待たせっ!」

「毎度毎度、スミレも大変だな」

「やっとフィカル行ったのかよー。勇者っつってもあいつは寂しがりやだなっ!」

「フィカルはスミレちゃん大好きだもんねぇ〜」

「……僕に聞かないでほしい」


 本日の仕事は、久し振りに子供達の指導である。

 私達がなんやかんややっている影で、冒険者のタマゴである子供達はせっせと細々した依頼をこなせるように成長していた。シオキノコを宿屋に納品したりだとか、いなくなった子猫探しだとか、おばあさんの家の家事手伝いだとか、共同風呂の掃除だとか、そういった経験値を着実に溜め、時には冒険者のおっちゃんにからかわれたり、冒険譚を繰り返し聞かされたり、怖い話で脅かされたりと心身共に強くなっているのである。ちょっと見ないうちにしっかりした顔付きになった。どうかそのまま生き生きと、世間擦れしすぎないで成長して欲しい。


 ある程度の依頼をこなした冒険者のタマゴは、いよいよ昇格試験に臨むことになる。その前に冒険者として3つある基本の仕事をこなす必要があった。冒険者の基本の仕事とは、まず採集依頼。これは最初の仕事から既に取り掛かっているものである。次に生活依頼。ちょっとしたお手伝いも、弱き者を助くという冒険者の信念を身に付けるのに必要な仕事なのだ。そして最後のひとつが冒険者としての醍醐味、狩猟・討伐の依頼だった。


「今日は皆の憧れであるルドさんも一緒だよ〜」

「ま、フィカルにゃ負けるけどよろしくな、チビ達」

「おれはチビじゃねぇっ!」

「すごい冒険者なんでしょ? 街のお姉さんたちが言ってたよ〜」

「星5つも、十分強い」


 紺色の瞳に短髪のルドさんはここトルテアの主力冒険者であり、若手のホープナンバーワン。ロランツさんやフィカルほどのキラキラ系ではないものの、しっかり筋肉を付けた精悍な好青年というのはあらゆる年代に受けが良かった。弓の名手で剣も強いので、私も同行者としてこれ以上ない心強さを感じている。こうして一緒に仕事をすることも珍しくはないけれど、私がトルテアに来た頃には既にルドさんは星5だったことから、冒険者として指導をしてもらった相手でもあるのだ。


「皆、何か危ないことがあったら遠慮なくルドさんに助けを求めようね」

「それはリーダーとしてどうなんだスミレ……」


 元気に返事をしたタマゴ3人と私、そしてルドさんを連れて、今日は森の川向こうを目標にチームは出発した。






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