王都から10
冒険者ギルドの事務所へ行くと、スーがまた屋根の上に登ってギルド前の広場を睨んでいる。その視線の先にいるロランツさんのキタオオリュウはゆったりと羽を仕舞って大人しくしていた。辺りには冒険者達がやいやいと集まっている。その中心にはロランツさんがいた。ガーティスさん達と喋っていたロランツさんが私とフィカルに気が付いて微笑む。
「フィカル、俺からの贈り物だよ。気に入ってくれると良いんだけど」
ロランツさんが指したのは、鞍だった。黒檀のように美しい色だけれど乗馬用と比べるとうんと大きいし、形も変わっている。所々に宝石がはめ込まれているし、その宝石と美しい彫刻が形をなして魔術の紋章のように見える。鞍から生えている何本ものベルトにも白い文様が刻まれていて、遠目に見るとレースの飾りのように美しかった。
「これ、もしかしてスーに付ける鞍?!」
「当たり。竜は登録が済んだら騎乗出来るけど、基本的に鞍を付けることが義務付けられているから。フィカル、付けてみてくれ」
フィカルはこっくりと頷いて、私は久し振りに自分の足で立つことになった。冒険者達が空けてくれたスペースにフィカルがスーを呼び寄せると、素早くやってきたスーはカッと一度キタオオリュウを威嚇してからフィカルに鼻先を近付けた。鞍は大きいので、ガーティスさん達が乗せるのを手伝っている。他の冒険者が触れるのにスーは不快そうにしているものの、これが何の為のものかわかっているかのように我慢していた。
背中に乗せられた鞍を首と胸元のベルトで固定すると、フィカルがスーの背中に乗って上の方のベルトを固定していく。ベニヒリュウの鮮やかな紅色の鱗に黒檀色の鞍が映えて、鞍に刻まれた文様や宝石が更に美しさを引き立てていた。
「うわぁ……すごく高級そう」
「そう? 値段はそれほどじゃないよ。それよりあの鞍、2人乗りなんだ。他にないから急いで作ってもらって大変だった」
「えっ」
「それだけじゃあないぞ……あの文様で色々魔術を掛けておいたからな……この私があれだけやるのは珍しい……それだけで国宝ものだ」
「キルリスさんいつの間に」
スーを眺める私とロランツさんの間にぬっと顔を出したキルリスさんがフンと鼻を鳴らした。暗くなってきているのでローブがますます闇に溶けている。
「こんな平和ボケした街にもちょっとは魔術を語れるやつがいるじゃないか」
「あぁ……コントスさんって割と凄いらしいですね。私はわからないけど」
「ど素人にはわかるまいよ」
ヘッと見下すようにキルリスさんが笑い、ローブから出る手を私の顔の前に持ってきた。節くれ立った人差し指がくるりと円を描くと、直径5センチほどの円陣が浮かび上がって緑色に光る。細かく字が書かれた魔法陣は回転しながら私の額へと前進する。それから一瞬だけ額に熱を感じて、後は緑色の光も消えてしまう。
「うぐっ」
何なのかを聞く前に、キルリスさんが押し退けられて私はフィカルに捕獲された。またヒステリックに文句を言うキルリスさんを丸無視して、フィカルは私の前髪を持ち上げじっと覗き込んでいる。
「ただの加護陣だ。害はない。貴様に贈り物をするのは業腹だからな」
「え、私がフィカルの代わりに貰っちゃって良いんですか」
「星10ランク様は自衛くらい訳がないだろう」
「確かに」
ありがとうございますと頭を下げると、別にお前のためではないとツンデレならではのセリフを頂いた。フィカルはやや納得していないような顔をしているものの、一通りの検分を終えたらしい。途中でほったらかされたスーが不満に嘆いている。
「さあ、中央広場に戻ろう。宴はまだまだこれからだろう?」
デギスさんの贈り物であるアバレオオウシもまだまだ沢山食べたい。フィカルを見上げると、心得たように頷いて、ロランツさんとキルリスさんに「ありがとう」と言った。2人は微笑みを返す。
その後、初めてフィカルと一緒にスーの背中に乗せて貰った私が悲鳴を上げまくってしばらく高所恐怖症に陥ったのは別の話。
安全装置なし絶叫マシーン、ダメ、絶対。




