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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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王都から9

「良い戦いをありがとう、フィカル。良ければ昇格のお祝いに俺達も混ぜてくれ」


 こっくりと頷いたフィカルとロランツさんはどことなく砕けた雰囲気になっている。

 この、さっきまで真剣に戦っていた相手と打ち解けるとかそういう少年漫画的な展開についていけないのは私だけなのだろうか……他の冒険者達に囲まれて和気藹々とする雰囲気に心のなかで異議申し立てをしてみる。デギスさんやキルリスさん達も特に禍根は残っていないみたいだし、戦う男の精神構造は現代っ子には難し過ぎるようだった。いきなり始まっていきなり終わる、潔すぎ。


 早速フィカルが星10ランクという輝かしい地位に就いたお祝いをするということで、広場で宴の準備が始まった。キルリスさんはトルテアの魔術師であるコントスさんと一緒に会場の設営を手伝い、ロランツさんとデギスさんはルドさんの案内で夕食を狩りに出掛けていく。宴の知らせは既に街中に広まっていて、沢山の人が広場や大通りを楽しそうに行ったり来たりしている。

 昇格の宴の費用はお祝いとギルドの費用から出されるらしい。フィカルが金貨を一枚費用として寄付したので、宴は更に盛り上がりそうだった。

 宴が始まる夕方まで主役は待ってるだけでいいと言われてしまったので、フィカルは現在私の椅子となることを満喫中である。ガッシリと腕が回っているので、シートベルト機能付きの安全な椅子だ。


「フィカル、あんまりくっつくとやりにくい」


 私も宴の準備をしたかったのだけれど、フィカルが確固たる信念を持って私を離さなかったので仕方なく諦めた。街の中央にある広場はもちろん、ギルド前の広場も準備に使うからと追いやられた私達は、とりあえず森の星石にお参りに行って、あとは森の入口近くの大きな倒木に座って時間を潰している。

 フィカルはストレス発散をするかのようにいつもより多くスリスリしているので特に退屈はしていなさそうだったけれど、私は暇だったのでフィカルに花冠を作ってあげていた。はじめは立ち上がって花を摘んでは椅子に捕獲されてを繰り返していたけれど、段々フィカルに抱えられたまま花を摘むことになり、最終的にスーが豪快に千切ってきた花を使うことになった。同じく場所を追われたロランツさん達の竜であるキタオオリュウ3匹が森で休んでいるので、スーは私達の近くにいることにしたようだ。


 ウネウネと動く花や薬効のあるものは除外して、一般的な花で冠を作っていく。色々な花を混ぜることでカラフルな冠になったし、ピカピカ光る蕾を混ぜたことでイルミネーション的役割をこなしてもくれそうだった。無表情のフィカルの頭上で点滅する花冠。よし。


「それにしても星10とはすごいよねぇ。フィカルがまさか魔王とか倒しちゃうほど強いなんてしらなかった」


 蕾の位置を調節し終わって、頷きながら呟く。冠をセットしたついでによしよしと頭を撫でると、手が離れるのを惜しむように細めていた紺色の目が開く。もう一度撫でると気持ちよさそうに目を細める様は、どことなくスーに似ている。いや、スーが似ているのだろうか。

 ロランツさんとの戦いで僅かに汚れた頬を親指で拭って、そのまま両手で頬を包み込む。心地良さそうに伏せられた長い銀の睫毛をしばらく眺めてから、ぎゅうっと両頬を抓った。


「なんで言ってかなかったの? 勝ったから良いけど、魔王なんて一人で倒しに行ったら危ないでしょ!」


 そのままぎゅい〜と伸ばすと、フィカルは伸ばされるがままに顔を動かしている。


「途中で手紙を出すとか、帰ってすぐに言うとか出来たでしょ〜! フィカルは言葉が足りなさすぎ!」


 フィカルは僅かに赤くなった頬で小さく「すまない」と謝った。殊勝な態度ではあるものの、頭上で花冠がカラフルに点滅しているので雰囲気台無しである。


「今度から長時間出掛けるときはきちんとどれくらい行くとか何しに行くとか言ってよね」

「もう行かない」

「えっ、えっと、何かの用事とかが出来たときに」

「行かない」


 私の背中に回った腕が更に力を強くして、ピカピカ光る花冠がより眩しくなる。まるで離れることを厭うかのように、指先までがしっかりと背中に回されていた。近くでスーが余った花を齧ってはポイしている。

 それだけ離れがたいと体現されてしまっては、もうこれ以上怒るに怒れないではないか。私は不満を溜息ひとつに交換して、フィカルの背中をぽんぽんと叩いた。


「とにかく、おめでとう。何か欲しいものある?」


 ぎゅっとフィカルの腕力が増したので、私は肩をタップする。これ以上締められるとサンドイッチがカムバックするぞ。


「フィカルはもっと口で表現することを覚えたほうがいいと思うな……」


 フィカルはこっくり頷いたので、多分わかってない。連戦連勝に免じて、私は今日のお小言を今度こそ終了した。



 デギスさんの発奮により捕まえられたアバレオオウシ2頭とフィカルの金貨によって、準備が整った広場は非常に活気に満ちていた。簡易の屋台で沢山の料理が作り出され、あちこちから音楽が鳴り響いている。円形に広がる広場の中央には魔術で高くなった火柱が上がり、その周囲で既に街の住民が踊り始めていた。

 日が傾いて辺りが暗くなり始めても、ピカピカと目立つ花冠でフィカルはわかりやすかった。誰もがお祝いの言葉を掛けている。フィカルは相変わらずの無表情を貫いているが、ゆったりと広場を見回してフィカルなりに楽しんでいるようだった。私はフィカルに抱き上げられていて、花冠と同じようにフィカルの目印に甘んじている。


「おおいフィカル! スミレ! 俺の獲ってきた花束焼き食ってけ!」


 デギスさんが大きな手を振って私達を呼んだ。辺りには食欲をそそる匂いが充満している。

 花束焼きというのは、肉を細長く薄切りにしたものを串に刺して焼いた食べ物。どうしてそんな豪快な食べ物が可憐な名前になっているのか今までわからなかったけれど、デギスさんが手にしている串を見て理解した。薄くスライスした肉を器用にアクセントを付けて巻くことで、横から見るとバラの花がいくつも並んで串に刺されているように見える。デギスさんの手が大きいせいでさらに可愛らしく見えていた。デギスさんは見た目によらず手先が器用なのかと感心する。


「アバレオオウシでも相当なデカさだったぞ。まあ、俺の拳で一撃だったがなァはっはっは!!」

「ありがとうございます、いただきます」


 焼きたての花束焼きはジューシーな肉の旨味がたまらない逸品だった。私を片腕で捕まえて、フィカルも黙々と平らげている。デギスさんはその食べっぷりに気を良くしたように笑っている。その手はくるくると肉を折っては串に刺している。手際が良いから慣れているようだ。


「キルリスさんやロランツさんは一緒じゃないんですか?」

「キルリスはほら……あそこでここの魔術師と喋りまくってる。オタクだからな、魔術のことになると止まらねェんだよ」

「オタク……」

「ロランツはもうすぐ帰ってくるんじゃねぇか?」


 あれだ、とデギスさんが指差したのは、星が光り始めている空の大きな竜影だった。ゆったりと羽を動かしている大きな竜は、広場の上をくるりと3度回ってギルドの方へと向かっていく。

 デギスさんはニッと歯を見せて竜が消えた方を顎で指した。


「間に合ったようだな。お前ら、ロランツからの贈り物を受け取ってやってくれ」






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02)

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