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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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王都から8

「フィカル……」


 鮮やかな魔術が2人を囲んで光っている。間髪を入れずに剣と魔術で畳み掛けるロランツさんは僅かに笑みを浮かべていて、対照的にフィカルは不機嫌顔から無表情へと変化していた。あれほど激しい動きを続けているというのに表面に出さないとは、2人はアンドロイドか何かなのだろうか。野次馬の冒険者達だけではなく、スーも黙り込んで二人の動きを目で追っていた。


 フィカルが攻撃を剣で防いだと同時に、僅かに足元が不安定になる。ロランツさんが水の魔術を沢山使い始めたせいか、2人が戦っている周辺の地面が水を吸ってぬかるんでいる。体勢を崩しかけた隙をロランツさんが突こうとしてフィカルは上手く躱したけれど、何度も続くと危ないかもしれない。見ているだけでも何度か、フィカルは足元を気にするような動きを見せていた。


「ん? なんでロランツさんは滑らないんだろう?」

「おそらく、自分自身に魔術をかけてるな。足元に火の魔術を掛けて地面を固めているのかも知れない」

「ずるくないそれ?!」


 ルドさんの分析に思わず文句を言うと、その向こう側から嘲笑が聞こえてきた。


「自分の能力を使っているだけなのに卑怯呼ばわりとは……」

「そもそも、フィカルは3人連続だから疲れてるんですよ?」

「おやそれはそれは申し訳ない。勇者殿がまさかたった3人の連戦に耐えられないとは思っていなかったのでね……くくく」


 キルリスさんの癇に障る言い方に思わず「ローブにカビでも生えてしまえ……」と私も呪いを呟いてしまった。


「聞こえているのだがァ?!」

「別にキルリスさんのことだとは誰も言ってないですー」


 非常に大人げない反撃はそこまでで置いておいて、私はスーに近寄った。ぎゅっと握っていた体格にしては小さい手を引っ張って、フィカルに集中していたスーの意識をこっちへ持ってくる。そして頭を抱き寄せて、低い位置に固定した。ぱちぱちと瞬いている金色の瞳に言い聞かせるように、ゆっくりと説明する。


「スー、ほら見て? あそこの地面濡れててフィカルが大ピンチだよ。わかる? フィカルが困ってるの。フィカル可哀想〜。ほらスーだったらあそこ乾かしてあげられるんじゃない?」


 スーは瞬膜をさらにぱちぱちさせて私とフィカルを見比べた。そのまま説得を続けてみると次第に尻尾を震わせ羽を動かし、やがて決心したように大口を開けて地面を炎で埋め尽くす。戦っている2人が飛び上がってそれを避け、着地する頃には地面がすっかり乾いていた。スーは目に期待を浮かばせてこちらを見ているので、思う存分褒めちぎる。

 フィカルやロランツさんはこちらに何を言うこともなくそのまま戦闘に戻っていたけれど、それを見守っているデギスさんがこっちを一睨みする。


「おいおい、冒険者の力試しに手を貸すたァ頂けねえなぁ」

「いや、手は出してないだろう。竜が勝手にあくびしただけだ」

「嘘を吐け嘘をッ! 今何か命令していただろうッ!」


 気色ばんだキルリスさんがびしっと私を指差している。それをルドさんは笑っていなした。


「スーの主人はフィカルだぞ。スミレが命令出来るわけないだろ?」

「えっ」


 そうなの? と聞き返しそうになって、ルドさんの目配せに黙る。しかしキルリスさんは騙されてなかったようだ。


「確かに普通の竜は主以外の言うことは聞かない……しかし竜がただの人間に大人しく触らせてるのもおかしいだろう!」

「しかし一般的にありえないことだ。スミレが竜に言ったからといってそれを実行したとは立証できないんじゃないか?」


 初耳だった。普通の竜は自分を負かせた人間のみを認めて、他の人間に対しては塩対応らしい。スーはフィカルの厳しい教育のおかげなのか、流石に誰でもというわけにはいかないけれど私が触っても大人しく撫でられているし、子供達からお菓子を投げてもらったことも何度かある。

 ロランツさんはそれから何度か水の魔術で一帯を濡らしたけれど、その度に私が何も言わなくてもスーが炎で地面を舐めて乾かしてしまうのでその作戦は諦めたようだった。

 その光景を見て、キルリスさんが唸っている。


「竜が主以外の命令を聞くなど……そもそも自主的に主を助けるなどありえない……」

「それってそんなに珍しいことなんですか?」

「そもそも人間は奴らを屈服させて使役してるのだぞ。人語を発するというコウテイリュウレベルならともかく、プライドの高い竜が屈辱を食らわせた相手に友好的になるなど考えられない。貴様らは何者なんだ」

「何者と言われましても」


 ただの行き倒れかけた2人です、とでも言ったらまたキルリスさんは怒りそうだ。


「なぜあいつは今までこの実力を隠して生きてきた? あの髪色の薄さは貴族の血筋ではないのか?」

「え、髪の色で貴族とかってわかるんですか?」


 そう言われてみれば、ロランツさんは金髪、デギスさんは暗めの銀髪、キルリスさんは緑っぽい銀髪だ。3人ともフィカルに似た金や銀っぽい輝きの髪色をしている。トルテアの街ではあまり見ない髪色だけれど、他の人もカラフルな頭をしているのでこの異世界は色んな色素を持つ人がいるんだなあとしか思ってなかった。その法則から行くと真っ黒な私は血統書付きのド庶民ということだろう。


「あれほど明るい銀なら王族でもおかしくないが、隠し子や姿を見せない王族の情報もない。ギルドへ登録したのも1年以内で魔王を討伐するなどありえん事だ」

「確かに、フィカルは謎なところが多いですね……」


 自分のことでいっぱいいっぱいだったのであまり考えたことがなかったけれど、フィカルはそもそもどうしてあんなところで行き倒れていたのだろうか。もしかして、フィカルも別の異世界からやってきたとか?

 そもそも、突飛な話過ぎて誰にも言っていなかった疑問がある。

 異世界からこの世界へとやってくるのは、珍しくないことなのだろうか?


 貴族であるキルリスさんであれば何か知っているかもしれない、と顔を上げると、キルリスさんは面倒くさそうな顔で手を上げて制している。


「やめろ、余計な情報は抱えるだけでも危険が付き纏う。スミレにしても、確実でない相手を迂闊に信頼するのは感心しないな。貴様らの求める答えを私は持っていないようだが、何か利用方法は思いつく可能性もあるのだぞ」

「えっと……ご忠告ありがとうございます?」

「フン、語尾を上げるな」


 キルリスさんのツンデレにちょっと和んだ瞬間、視界がホワイトアウトした。引っ張られて誰かに庇われるような感覚と共に、バーン! と何かが壊れたような大きな音が響く。音と光でしばらくクラクラしていたが、キルリスさんの話に気を取られているうちにどうやらフィカルとロランツさんの2人に何かが起きたらしい。光と音から、大きな雷でも落ちたようだった。

 しばらくして視力を取り戻すと、ルドさんが私を庇うように体を使って広場から隠すように覆ってくれていて、そのルドさん越しにスーも羽を広げて私達を覆っていることに気が付いた。大きな音で耳はわんわんと若干遠くなっていたけれど、それ以外には辺りに変化はない。ルドさんとスーにお礼を言って広場の真ん中を覗くと、ちょうどロランツさんが立ち上がって服についた土埃を払っているところだった。軽く手足を動かして、朗らかに言う。


「ああ、負けた負けた。君は随分強いな」


 フィカルは差し出された手をスルーしてこちらへと歩いて来る。ロランツさんも苦笑してそれに続いて、しばらくして周囲の冒険者達が歓声を上げた。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02)

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― 新着の感想 ―
気持ちが落ち込んだら読みに戻っています。 何度目かな? そうしたら、まだまだ書いて欲しいことがある!と気づきました。 人語を話すコウテイリュウです。 すみれはまだ会っていませんよね? 是非書いて欲しい…
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