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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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王都から7

「おいスミレ、もっとこっちに寄っておけ。踏み潰されるぞ」

「うん、そうする……」


 私を守るようにキリッと立っていたスーは、フィカル達の戦いを見ているうちにヒートアップしたのか、もじもじそわそわと体を揺らし、足踏みや唸り声が段々激しくなってきた。竜は空を飛ぶ生き物なので見た目ほど体重は重くないとはいうけれど、長い長い尻尾を含めれば6メートルほどになるような恐竜に潰されたらひとたまりもない。じわじわと距離を空けて、私はルドさんの近くに避難した。スーから2メートルほど左に離れて私、その隣にルドさん、更に左に2メートルほどのところでロランツさんやデギスさんが立っている。


「こんなに見応えのある力試しはトルテアでは貴重だな」


 デギスさんの闘士っぷりも凄かったけれど、二番手であるキルリスさんの魔術は見ているだけでも派手だった。

 トルテアの街で暮らしている唯一の魔術師コントスさんは、魔術を使うときにとても小さい範囲で力を使う。例えば火を点けるときも、手を翳せば下の枯れ葉が赤く光って段々燃え上がるし、呪いを掛けるときも神秘的な文様が星の輝きのようにきらめく。幻想的で、それも凄い使い方らしいけれど、キルリスさんの魔術はもっと直接的だった。大きな杖の先や握っている手からそのまま水や雷を出している。炎もそこにガスバーナーか火炎放射器でも付けてるのかと思うほど思いっきり出ている。どちらかというと、スーが炎を吐く様に似ている。そのためか、フィカルがキルリスさんと戦い始めてから、スーの身動ぎがより激しくなった。


 息もつかせぬ速さで攻撃をするキルリスさんも凄いけれど、それを避けているフィカルも凄いのだろう。筋肉が柔軟なのか、さほど力を入れているようには見えないのに、次から次へと繰り出される魔術をきちんとそれぞれに対応して避けているように見えた。

 炎や水を避ける間に何度かキルリスさんへ攻撃も繰り出している。それは当たってはいるものの、キルリスさんは倒れそうになると魔術で体勢を立て直すのでなかなか勝敗がつかない。


「フィカルは面倒がってるけど、冒険者としては見応えがあっていい」

「まあ、見てる分には……」


 ルドさんいわく、冒険者同士で戦ういわゆる「力試し」は珍しくない行為なのだそうな。

 ランクが星5以上の冒険者は、昇格したら先輩から実力試しも兼ねて可愛がられるらしい。そこで自分が新しいランクの冒険者の中でどのくらい強いのか、更に強くなるにはどうすればいいかを学べるし、力試しで仲良くなった相手と組んで仕事を受けることも珍しくない。力試しを重ねて相手を負かす機会が増えてくれば昇格試験を受ける、という冒険者も多いのだそうだ。

 冒険者という字面からある程度は予想していたけれど、思っていたより暑苦しいギルドだった……


「そうだスミレ、フィカルの昇格祝いはどうする?」

「お祝いですか?」

「そうだ。トルテアの住民は大体星3か4までで満足する奴が多いからな。俺が星5を取ったのも10年振りの快挙だったんだぞ」


 基本的に脅威の少ないトルテアの街では、わざわざ厳しい場所まで赴いて実力を上げる人は少ない。ルドさんは私達が来る前である去年の夏に昇格して帰ってきたらしいけれど、その時は街の広場で一晩中お祭り騒ぎだったそうだ。


「星6はガーティスさんが21年前に取ったのが最後らしいからな……」


 まったりとした暮らしを営んでいるトルテアの人々は、非日常であるお祭りが好きである。誰それの結婚式だとか、大物の魔物を倒しただとか、隙あらばお祝いの機会を狙っているのだ。


「宴って、何をするんですか?」

「まず暇な冒険者が狩りに出る。それを分け合って歌え踊れのどんちゃん騒ぎだな」

「楽しそうですね」

「焚き火を囲んで一晩中ぐるぐる踊り回るんだぞ? 主役は逃げ場がなくて正直試験より辛かったな」


 思い出しげっそりをしているルドさんはトルテアで生まれ育った若者であり、思いやり溢れる器量良しである。街中の老若男女にお祝いをされて、好意を無碍にも出来ないで付き合ってしまうルドさんが容易に想像できた。


「うちの街ではもっと物騒だったな」


 ロランツさんが会話に入ってくる。近付くとスーが威嚇をして騒ぐので、腕組をしてその場から動いてはいないものの、こちらに笑みを向けている。


「街によって違うんですね。ロランツさんのとこは何するんですか?」

「昇格した奴の持ち物を賭けて力試しするんだ。負ければ持って行かれてしまうし、過酷だったよ」

「うわぁ……」


 それはお祝いではないと思う。一応、昇格した冒険者が勝った場合には負けた方からお祝いの品を贈られるようになっていて、お祝い事ということで最終的には負けてくれる人も多いらしい。けれど相手が負けるまでにこてんぱんにされるし、何人も相手にするので数日は休養するハメになるということだった。熱血すぎ。


「俺は一度家紋の入った剣飾りを兄貴に取られて、次の昇格で取り返すまでめちゃくちゃしごかれた」

「激しい世界ですね」

「キルリスが負ければ俺の番だけど、これがネイガル風のお祝いだとすると、俺は君に賭けの商品をしてほしいな」

「くげっ……!」


 ロランツさんがにっこり王子系スマイルを見せたのと同時に、キルリスさんが苦しそうな音を出してフィカルに取り押さえられていた。首根っこを掴んで容赦なく地面に押し付けているので苦しそうだ。魔法で逃げ回られてちょっとイラッと来たのかもしれない。スーが喜びを体で現すせいで地面が僅かに揺れている。


「どう? フィカルが負けたら、うちの領地に来る?」

「いえ、過酷な環境で生きていけない自信があるので遠慮します」

「じゃあ王都はどう? 楽しいことや美味しいものが沢山あるよ」

「それは魅力的ですけど、そもそも私、フィカルの持ち物じゃないんですが」


 フィカルがキルリスさんを黒い荷袋のように担ぎ上げて、こっちにぶん投げてきた。キルリスさんは悲鳴を上げて、慌ててデギスさんがキャッチする。ロランツさんはそれに声を上げて笑って、そのまま広場の中央へと歩き出した。その先ではフィカルが顰めっ面のままで待っている。

 仲間2人を無傷で倒したフィカルに対して特に気構えもなく歩いて行くロランツさんの背中を眺めながら、ルドさんが首を傾げた。


「お前なんかロランツに好かれてないか?」

「あれどう考えてもフィカルを戦わせる材料にしてるだけでしょ」

「いや……そんなハッキリ……ちょっとはその、気に入られてると思うぞ」


 フォローはいらないです。

 いきなり投げられた不運のキルリスさんがフィカルに対してブツブツと呪いの言葉を呟いているのをBGMに、2人は剣を抜いた。

 ロランツさんが持っているのはフィカルのものよりはしっかりとした剣ではあるものの、一般的な魔物討伐用の剣よりはやはり細めのものだった。鍔には装飾が施されているのか、キラキラと光を反射している。美しく磨かれたそれは、実戦よりも儀礼用といわれたほうがしっくり来そうだった。金髪のロランツさんと銀髪のフィカルが向かい合って剣を構えている姿も、一枚の絵画になりそうな美しさだ。


 フィカルの強みはその速さだろう。一気に距離を縮めて繰り出す攻撃は剣だけではない。むしろ蹴りや拳を多用しているように見える。その速さに付いていくために後手に回っているロランツさんも、それらの攻撃をきちんと受け止めている。デギスさんやキルリスさんの戦い方と比べても、実力はフィカルと近いのではないかと思わせる動きだった。正直に言って速過ぎて私は2人の動きについていけてない。


「凄いな。優男に見えてもさすがは過酷なネイガル地方育ちだ」


 ルドさんや離れた場所にいる他の冒険者の食いつきっぷりからも、2人の凄さが伝わってくる。誰もが息を呑んで2人の戦いを注視していた。剣が火花を散らすたびに誰かが小さく声を上げる他には、皆黙り込んでいる。


 急にフィカルが後ろに下がった。

 ロランツさんが薙ぎ払うように動かした剣が、大きな炎を纏って残像を残している。刃を覆っていた炎はゆっくりと消えて、今度はパリパリと小さな雷が音を立てていた。ルドさんが驚いて声を上げる。


「あいつ、魔術も使えるのか!」

「ひひ……ロランツはどっちも一流だ。だからこそ、デギスやこの私が認めたからな。あの無礼男がどこまで付いていけるのか見物だ」


 完膚無きまで叩き潰されろ……とキルリスさんは暗く笑った。根暗だな、とデギスさんに呟かれている。

 それまでとは反対に、今度はフィカルが逃げの一手になった。剣撃の他に、地面にも炎が生える。魔術は高い集中力が必要だという。相手を剣で攻撃しながら使うロランツさんの実力は冒険者としても一線を画していた。魔王を討伐するために国王に選ばれただけある。


 フィカルはロランツさんの攻撃を避けている。けれども、髪の先はわずかに水に濡れ、服には所々炎で焦がされている場所が出来ていた。金属なので、ロランツさんの剣が雷を帯びていると剣で受ける訳にはいかない。

 じわじわとフィカルは劣勢に追い込まれているように見えた。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/09/19)

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