王都から5
怒涛の展開に見えないふりをしていたが、そういえば当初の問題が残っていた。
プリンス系のロランツさん、マッチョ系のデギスさん、そして根暗魔術師系のキルリスさんはまだトルテアを去るつもりがないらしい。
ロランツさんは穏やかな表情ではあるけれど、フィカルを見据える瞳の奥がそこはかとなく波立っている。デギスさんとキルリスさんはもうこれ見よがしに黒い炎がメラメラと燃え上がるのが視認できそうなほどだった。
「フィカル、君が議会や中央ギルドから認められた勇者だということはわかった。しかし俺達は仮にも同じく勇者を目指し、そこへ最も近い3人だったと自負している。哀れにも勇者になり損ねた3人に同情して、少し君の時間をくれないか?」
「断る」
まままたバッサリと断ち切ったー! 今日のフィカル、切れ味抜群! 異世界の剣豪!
王都から来たオーラ抜群トリオと表情筋死滅のフィカルとのサンドイッチにされて、私は当事者たちよりもストレスに曝されている。もう今すぐ、ぴゃっと抜け出して近くで静観しているルドさんを盾にしてしまいたい。当然、それは叶わぬ願いだ。フィカルの手が私の手首をしっかりと捕まえてしまっているので。
「オイ何でだよ! お前は本物の勇者サマなんだろ? ちょっとお相手してくれや」
「断る」
「我々と戦うのが怖いのか? そんな臆病者を本物とは認められな」
「断る」
「話を最後までェ聞けェ!!」
「皆さーん落ち着いて! 冷静に話し合いましょう! ねっ!」
キルリスさんは神経を逆撫でされて声を裏返して怒っている。平和的解決を目指しているのが私だけだなんてつらい。
「フィカルは無意味な争いを避けてるんです。3人共もう見るからにお強いじゃないですか。戦わなくても実力は伝わってきますよ」
「ありがとう、スミレ。だけど目指していた獲物を目前で掻っ攫われたとあっては、黙っていられないのが貴族の性分でね」
「ぽっと出のフィカルが魔王とか倒しちゃって何でって思う気持ちはよーくわかります! 怒ってるなら私が謝りますからー!」
「おチビちゃん、俺達は何も死闘を繰り広げたいわけじゃねぇよ。コイツの腕がどんなもんか知りたいだけだ」
「ほんとフィカルはもう普通です! そりゃ結構強いけど、普段はもう非常に大人しいですよ。犬のように」
「おい、気狂いの化身と言われる犬に似てる男のどこが大人しいんだ。邪悪で獰猛過ぎるだろう……」
説得失敗どころか、私と異世界の犬のイメージの差異のせいで火にガソリンを注いでしまった。もうやだ。この3人の思考回路どうなってるの。そしてこの世界の犬もどうなってるの。
どうしようどうしようと回らない頭をフル稼働させていると、不意にロランツさんが近付いてきた。長くて意外とごつい指で私の顎をクイッと掬って、ニッコリとプリンススマイル攻撃をお見舞いされてしまう。後光が差しそうなイケメンオーラに、つい黙って赤面してしまった。
「スミレはフィカルを随分構うんだね? 羨ましい。恋人なのかな?」
「ふぃ、フィカルは……私の……友達というか……仲間というか……」
「大事に思ってるんだね。じゃあその大事な仲間の実力を信じてみるのはどうだろう?」
「それは……エット……何も戦わなくっても……」
「ところで、」
指先の固い人差し指で顎の輪郭をそっと撫でられて、ひぃ、と息が漏れた。ロランツさんの端正な顔から息が感じられそうなほど近い。
「フィカルがスミレの恋人ではないなら、俺はどう?」
くすっと笑った笑顔に返事をする暇もなく、視界を光のきらめきが下から上へ一閃した。細く硬質な音が空気を切り裂くのと同時に、フィカルに掴まれていた腕が引っ張られて慣れた腕の中へと勢い良くぶつかる。しっかりと抱え込むように力を入れられると痛いほどだった。
「彼女が関われば随分と積極的になるね?」
笑みを込めた言葉を発したロランツさんは、いつの間にかフィカルの間合いの向こうにいる。逆手に引き抜いた剣の柄を弾みを付けて順手に握り直したフィカルは、しっかりと目の前で微笑む男を睨みつけていた。覗き込むと、表情筋が全力で仕事をしている。頬に「ムカついています」の文字が浮かび上がりそうだった。普段おっとりぼんやりしている紺色の瞳は、剣呑な色が混ざると非常に物騒になることが判明する。
「ちょっとフィカル、う、きつい、」
「女性を手荒に扱うと嫌われてしまうと思うよ」
「ロランツさんはもう静かにしててー!」
フィカルの不機嫌オーラを察してか、大人しく屋根の上で小さくなっていたスーまでもが唸り声を響かせている。もうこれ私はネゴシエーター役を放棄していいかな。私をロランツさんから遠ざけるように抱えているフィカルは、お気に入りのぬいぐるみを取られまいとする子供のようにも見える。
「こうするのはどうだろう? 俺達3人がフィカルに勝てば、スミレを王都へ招待しよう。俺の領地でもてなしてもいいしね。君が勝てば、もちろん潔く手を引くよ」
「すいません、人を景品扱いするのやめてもらって大丈夫ですかね」
「スー」
「ギャゥウ!!」
フィカルの呼び掛けにマッハで応えたスーは猛スピードで私達の直ぐ側に着地した。ギルドの事務所の壁際すぐまで歩くフィカルに尻尾を振って付いて行き、フィカルが手放した私を心得たように紅色の翼で正面に囲い込む。分厚い翼のカーテンが交差するところから顔を出すと、フィカルがぐりぐりと顔を寄せてきた。
「フィカル、あとでほっぺ伸ばしの刑」
こっくりと頷いたフィカルが背を向ける。
広場を占領していた3人のキタオオリュウ達は、主人の命令で頭上を旋回することで場所を空けてくれている。その空間の中央に立つのは、筋肉の塊ことデギスさんである。
ロランツさんとキルリスさんは私達の近くで観戦するのか、近付いてきた。スーによる鉄壁のディフェンスに踏み込まない距離に2人は立つ。そして私とスーを心配して近付いてきてくれたルドさんへと声を掛けた。
「君、冒険者だろう? 立ち会いをしてくれないか。デギス、キルリス、俺の順で手合わせする」
「引き受けた。俺はルドだ。先に脚以外が地面に着いた方が負け。フィカルもお前たちも、卑怯な手は使うなよ。冒険者として、誇りを持って手合わせしろ」
それぞれが頷いたのを確認して、ルドさんは「始め」と簡潔に火蓋を切った。
私達の他にも見物客が遠くから広場を眺めている。ギルド事務所の窓際にはガーティスさん達が観覧席を設けていた。私は分厚い紅色の間から、フィカルを見つめる。いつも通り無表情だが、均整の取れた体は動きやすいように僅かに開かれている。対するデギスさんは背負っていた大剣を抜いたかと思うと風切り音を重く響かせる。それだけで地面から砂埃が舞うほどだった。
フィカルが小さい生き物や魔物を捕らえるところは見たことがある。僅かな時間ではあったけれど、スーを相手にしているところも見た。けれども、人間を相手にしているところは見たことがない。弱いとはまったく思っていないけれど、フィカルの強さが他人と比較してどうなのかはまったくわからなかった。
ゴクリとツバを飲み込んで私は決意した。
いっそこの熱血少年漫画的状況をエンジョイしよう。




