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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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王都から4

「とにかく、フィカル達は中へ。ガーティスも待っているからね」


 野次馬の数がどんどん増えていく中で、サンサスさんが手を叩いてその場の収拾をつけた。スーは不満を露わにしながらも、ギルドの事務所の天辺で黄色い竜を監視することで沈黙の姿勢を取り、面白そうな話の展開を見逃したくない冒険者はルドさんが外で食い止める役を買って出てくれた。平和で刺激の少ない街での出来事なので、この騒ぎは既に街中に広まっていることだろう。


 ギルドの事務所2階の奥にある応接室は普段は使われていないが、今日は多くの人が足を踏み入れた。

 それぞれ挨拶を終え、向かい合ったゆったりめの2人掛けソファの奥側に座るのがフィカル、そしてフィカルの膝の上に乗せられることを回避した私がその左側に座っている。その後方には冒険者ギルドのトルテア事務所を仕切るガーティスさんとその奥さんのメシルさん、そして事務長のサンサスさんがどっしりと構えていて非常に心強い。

 向かいには金の刺繍がアクセントになって青が鮮やかな騎士服の青年が一人、燕尾服のような正装ではあるものの、素材や構造が動きやすいものを身に着けている壮年の男が一人僅かに隙間を空けて座っている。それぞれ王都の近衛騎士団のザイさんと、王都にある冒険者ギルド――通称「中央ギルド」のキルカさんだった。正直、初対面の人が多過ぎて名前を間違えそうだ。彼ら2人の後ろにはプリンス系冒険者のロランツさん、マッチョのデギスさん、黒ローブのキルリスさんが聳え立っている。


 それにしても物々しい雰囲気である。誰もが一角の人物っぽい中で私の場違い感が異常だ。間に挟んだローテーブルへお茶をサーブしているタリナさんが一服の清涼剤に感じる。しかしタリナさんはお盆を抱いて素早く扉の近くへと避難した。それを合図にまず口を開いたのは、中央ギルドからやってきたキルカさんである。


「まず問い合わせを貰った、星4ランクの冒険者が竜を保持しているということについてだが――規則によれば基本的に認めることが出来ない。速やかに昇格試験および規則違反に伴う罰則を受けることになる、しかし」


 ごほん、と咳払い。


「対象者は先日、中央ギルドにおいて討伐の証である魔王の魔石を提出したと報告を受けている。まずこの事実について、フィカル君、君が行ったということで間違いはないか?」


 フィカルはこっくりと頷いた。安定の通常営業である。ちょっとくらい緊張するとかしてもいいと思う。せめて、返事は口に出そう。私はフィカルを肘でつついて、口で、とジェスチャーした。


「そうだ」

「それはつまり、君が魔王を討伐したということか?」

「そうだ」

「……君が、単独で、トラキアス山へ登り、魔王と対峙したと?」

「そうだ」


 そうだ、しか言ってない。フィカル。もうちょっとなんかあるのでは……

 目で訴えてみても、無表情で首を傾げられた。


「……了解した。実は、慣習としてはギルドの魔王討伐依頼については高ランクのものしか受け付けていないが、厳密には規則として冒険者のランクの条件が定められていない。そもそも、魔王による諸々の危機が起こった場合、その対処が最重要視されるため、この依頼だけはギルド加入者以外でも適用されることになっている」


 魔物が増えたり環境に影響が出てるのだから、どうにか出来るなら誰でもいいからやってくれ、ということなのだろう。確かにわざわざ条件とか付けてる場合じゃない。


「そのため、順番が前後はしたが星4ランクである冒険者フィカルは魔王討伐依頼を受領し、そして達成したということにしたいと思う。既に報酬のひとつである金銭は渡しているはずなので、異論はないだろう」


 ギルドの依頼は基本的に依頼書にサインをしてカードを使って受領しなければ効力を成さないのだ。けれども条件も満たしている上にフィカルはお金も受け取ってしまっているので、あとは書類の問題だけなのだ。


「形式として、これに受領のサインをして欲しい」


 そう言って、キルカさんは一枚の依頼書を差し出した。




全地域統一依頼 ギルド許可番号 種別99番号99999

管理地域 冒険者ギルド統一本部


依頼者 冒険者ギルド統一本部(登録番号1000ー00000)

被依頼者 依頼達成能力のある者 1名以上


依頼内容 魔王を討伐し、かかる災厄及び魔物の異常発生を止めること

条件 魔王の魔石(規定第7条)を持ち帰り提出すること


装備の指定 なし 依頼を達成した場合、装備に必要な経費を請求することが出来る。


報酬 冒険者ギルド規定に基づく金銭報酬、また成果により被依頼者の希望する地位を与える。


以上を冒険者ギルドの許可のもと依頼する。




 細々とした条件などが書かれている普通の依頼書と比べると、非常に簡潔な内容である。フィカルがサインをすると、キルカさんは素早く書類を仕舞い、その代わりに一枚のカードを渡す。


「魔王討伐を達成した冒険者に対して、ギルドは無条件でのランク昇格を行っている。また、竜の所有については魔王討伐に必要だということも考慮に入れ、中央ギルドはフィカル君の規約違反についても不問に付すという結論に達した」

「じゃあ、フィカルは罰則も受けなくて良いんですか?」

「その通り。これは君の新しいギルドカードだ」


 なんと魔王を倒していたことで、色々なことが解決してしまった。ん? いや、魔王を倒すためにスーを捕まえたなら、そもそものきっかけが魔王なわけで……まあ、いいか。

 やったね、と笑いかけると、フィカルは頷いて元のカードを取り出し新しいのを袋に入れて懐に仕舞……おうとして、キルカさんの露骨な咳払いがそれを留めた。


「……い、一応それはギルドから勇者への特別措置なのだが、確認してくれないか」


 努めて冷静に振る舞っているが、キルカさんは「えーそれさっさと仕舞う? ないわー」みたいな雰囲気を醸し出している。

 ギルドカードは淡い金色で、細かい線が刻まれているのか縦方向に繊細に光を反射する筋が走っている。名前とギルド名が書かれているところは変わらない。しかし一緒に覗き込んでいた私は、そのカードに刻まれた星の数を数えて、もう一度数えて、素っ頓狂な声を上げてしまう。


「これ、星10個あるんですけど?!」

「何だと?」

「どういうことだ!」


 何個数えても、指を使って慎重に数えても星は10個ある。しかも、色とりどりの小さな石を星に見立てて埋め込まれているという、セレブなゴールドカードのような代物だ。

 私の声で、その場にいる皆がざわめいた。いや、フィカルはいつも通りで、キルカさんはややドヤ顔をしているので、それ以外の人々が。


「魔王討伐は数百年単位の間隔が開くことも珍しくない。そのため一般には伝わっていないが、勇者のみに与えられるランクとして星10ランクが存在しているのだ」


 貴族でそういうことに詳しそうなロランツさん達も、近衛騎士団のザイさんも表情を変えているので、本当に知っている人は少ないのだろう。しばらくそれぞれの考えやキルカさんのドヤ顔などで空気がざわついたものの、やがて静かになり、今度はザイさんが恭しく書状を取り出した。


「貴殿の功績を国王及び議会は評価し、筆頭騎士に叙任することが決定した」

「断る」

「えっ? ええっ?」


 凍った一帯に私のリアクションが吹き抜けていく。いきなり何かすごいことを言い出したザイさんに驚き、しかもそれを食い気味に断ったフィカルにも驚く。珍しくしっかりはっきりと発音した。ノーが言える人間である。それにしても一刀両断すぎるけれど。


「……今、何と?」


 凍結から抜け出したザイさんが、震えるように聞き返している。一同もぽかんとフィカルを見つめていた。

 ほら、フィカルがあんまりバッサリ切るから!

 断るならもっと柔らかく遠回しに断ってあげて!


 私が念を込めて見上げていると、バッチリと視線があったフィカルは心得たとばかりにしっかり頷いた。そして正面を見据えて口を開く。


「迷惑だ」


 全然伝わってないー! 私達、以心伝心の逆を行ってるよー!


「お、恐れ多くも、これは王の……」

「すごく、迷惑だ」

「お……おいおいフィカル、ちょっと待ってやっても良いんじゃないか?」


 普段は豪放磊落なガーティスさんでさえも、相手の気持ちを慮って若干の低姿勢を示している。それもどこ吹く風でフィカルはダイヤモンドのような姿勢を崩さないつもりのようだった。いつも割と柳のように流されるというか、私が面倒な頼み事をしてもあまり嫌がることも少ないフィカルなので、そんなにすぐに断るということはよっぽど嫌なのかもしれない。


「えーっと……ほら、フィカルはあんまり騎士とか向いてないんじゃないですかね……」

「そうだそうだ、こいつ無口だから」

「スミレにべったりだしねぇ」

「規則も多く礼儀が厳しい騎士としては不適格かと……」


 私達トルテア勢はフィカルのフォローに励む。


「しかし、魔王を討伐した勇者に筆頭騎士の称号を与えるのは慣例でもある! 近衛として王の身辺を守護出来る誉を授かるのだぞ!」

「冒険者としては、異例の出世と言えるな」

「他にも、重要な領地を封ぜられて貴族の仲間入りも出来るしね」

「筆頭騎士っつったら誰もが羨む地位だろうが!」

「神経を疑う……!」


 対する王都勢はザイさんに付いている。筆頭騎士とはその名の通り全土に何千といる騎士の頂点に立つ地位で、どれほど才能や権力があったとしてもなれるものではないらしかった。また領地を治め魔物から守るということは、貴族の仲間入りをするということになる。貴族になれば税収入や議会からの報酬も出る。色々と特典を並べてくれるが、そのたびにフィカルはじわじわと嫌そうな表情になっていくので完全に逆効果だった。


 筆頭騎士がどんなに魅力的な地位なのか、対、フィカルがお固い職業にどれだけ向いてないかの戦いは、サンサスさんによってまあまあと宥められた。さすがトルテアの歩く知恵袋である。


「そもそも、勇者は希望する地位を与えられるのが通例ですが、フィカルの場合は今のままの地位が彼の求めるものだと言えるのではないでしょうか」

「しかし……」

「もちろん、陛下や議会のはからいが彼を思ってのことであることはこちらも承知しています。しかしフィカルは地位に執着がない。このままでは星10ランクすら放棄しかねません」


 サンサスさんの説得に、フィカルが「その手があったか」と言わんばかりに頷いてカードを取り出そうとする。そこで慌てたのが中央ギルド代表のキルカさんである。


「それは困る!! というか、そんなの、受け付けられないぞ」

「そうでしょうね。魔王がこれほど早期に討伐され、幸い犠牲者は少ない。これから各地が安定していく今、十分な数の貴族がいるのですから、勇者は各地を自由に動けるという冒険者本来の地位を保つのもさほど悪くないのでは?」

「う……うむ……とりあえず王城へ報告し、議会に判断を委ねる」


 ザイさんもキルカさんも、これ以上の話し合いは事態の悪化しか招かないと判断したのか、それで納得して席を立った。フィカルの実態を見た以上、ザイさんはフィカルを筆頭騎士にすることを強制しない方がいいと説明してくれるだろうし、現在唯一人が持つという称号を捨てられかねないことに気付いた冒険者ギルドとしてもキルカさんがフォローを入れてくれるだろう。

 疲れた背中を見せて去っていく2人を見つめて、やれやれと私達は溜息を吐いた。


「何だかすごい展開の連続だったね……」

「お前ら、さっき入っていったときの数倍は疲れた顔になってるぞ」


 野次馬をほとんど帰すことに成功したルドさんが気の毒そうな顔で慰めてくれる。嵐のような展開にヘトヘトだ。


「まあでも、きちんと手続きも終わったし問題は片付いたかな」

「それじゃあ、俺達のお相手をお願いできるかな?」


 ぽん、と私の肩に手を置いたのは、にっこり笑ったロランツさん。オーラのように筋肉と魔術を背負っている。

 私は自分の頬が引き攣っているのに気が付いた。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02、2017/09/19)

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