王都から3
「……すいません、もう一度言って頂けますか?」
愕然としている人々代表として、私は咳払いをして王子っぽい見た目をしている謎の冒険者に質問した。彼は少し困ったように笑って、けれども気を悪くした風もなく私に向き合う。
「いきなりすまない。俺はロランツ・ネイガル、ランクは星9つだ」
「あ、どうも、私はスミレ、こっちはフィカルです」
「星……9つ?!」
「おい、マジかよ」
「ネイガル……ネイガル卿?!」
普通に握手をしていると周囲が盛り上がってびっくりする。何? この人偉い人?
視線を巡らせて助けを求めると、事務官が「北方のネイガル地方を治める貴族だ」と耳打ちしてくれた。よくわからないが貴族というからにはすごい人なのだろう。北方は強い魔物も多いと聞くし。強くてすごい人ということだろうか。
「確かに伯爵位は持ってるけど、俺は三男坊でどっちかというとあちこち飛び回ってる冒険者だから」
「そうなんですか」
あとで事務官に教えてもらったことだが、こっちの爵位は領地を持つ人に与えられていて、しかも実質的に統治に関わっているのであれば一家の複数人で共有して名乗ることが出来るらしい。貴族は王都で政治にも関わるけれど、領地を魔物や災害から守るためにはそう簡単に行き来してはいられない、ということから出来た制度らしかった。地名を名乗るということはその土地を治めている貴族であるということらしい。元の世界の貴族制度についてすらよくわかっていないので、そういうものか、で終わった話である。
「フィカル、君とは一度会っているんだけどね」
「え?! そうなの?」
フィカルはロランツさんを見て首を傾げ、ふるふると否定した。
「まあ、王城で見かけただけだから、覚えていないのも当然かな」
「王城ぅ〜?」
そんなとこ行ってたのか、フィカル。
いきなりふらっと旅立ったフィカルの足跡は、ギルドでの依頼受領記録を照会することで確かめることが出来た。とは言っても、どの地方のどんな仕事を引き受けたかという情報を調べるのは、ある程度の権限と時間が必要になる。反対に仕事の受領数くらいの情報だけであれば、名前とランクがあれば検索ができるので、最初の1ヶ月以外はたまに受領数を確認して数が増えていることで生存確認をしていただけだった。なので、どこへと旅していたかは知らなかったし、無口過ぎて聞き出すのも一苦労なので尋ねていなかった。
「もしかして言っていなかったのかな?」
ロランツさんが語ったところによると、ロランツさんといつも組んでいるメンバー2人は、王都へと招請され、国王より魔王討伐の命を受けたらしい。中央ギルドで高ランクの冒険者へ魔王討伐依頼が出されており、それとは別に貴族の中でもランクの高いものが魔王討伐を任されるのは当然の流れらしく、彼らは出発の準備を行っていた。しかしある時突然、魔王討伐の報が王城へともたらされたのだ。申告したのは竜には乗っているもののたった一人だけの冒険者、しかも星4という低ランク。けれども彼は魔王を討伐した紛れもない証を持っていたため、中央ギルドは慌てて王城へと遣いを出したのだった。
「紛れもない証って何ですか?」
「非常に細かい繊維状の魔石なんだ。魔王しか持っておらず、精製することも出来ないものだから、知っている者が見ればすぐにわかる」
ギルドによる討伐依頼でその繊維状の魔石を持って帰ることが魔王討伐の条件らしい。王城と中央ギルドは慌てて事実確認に奔走することになるが、倒した本人は報酬を受け取ると引き止める声にも返事せずさっさと竜に飛び乗ったらしい。
私は内心アワワワと汗をかいていた。
あのフィカルが何かと無限に出してくる金貨、私達の食事をちょっと豪華に彩るために主に使われているあの金貨、魔王討伐の報酬だー!
「有志のものであちこち確認してみたが、やはり魔物の数は明らかに減少し、魔王がいると言われているトラキアス山の麓に生える植物も毒性が低下していた」
「なるほど……フィカル、本当に魔王をやっつけたんだね」
フィカルはこっくりと頷く。そんなに簡単に頷かないでほしい。
「えっと、それで……ロランツさんはフィカルに会いに来たと?」
「うん。彼が星4の冒険者だっていうのが本当なのか確かめたくて。それと、俺の連れはちょっと短気でね」
軽く肩を竦めたプリンス系冒険者ロランツが一歩横に退くと、岩でも着てるの? と言いたくなるような筋骨隆々のシュワルツネッガー系男子と、自分の背の丈程もある立派な杖を高らかに打ち鳴らしている真っ黒なローブ姿の陰気な魔法使い系男子がこちらを見つめている。
えーっと、これは。
フィカル、もしかしてピンチ?
「おいおい、こんな細っこいのが勇者だってのか? 冗談キツイぜ」
そんなところに筋肉があったんですね、という場所までムッキムキの青年は、浅黒い肌に銀色の髪を短く刈っている。同じ銀髪でも、フィカルは虹色に光を反射する明るいシルバーなのに対し、彼は燻し銀といった暗めの色をしている。大きな体の後ろから覗いている大剣も厚く長い造りで、それを気軽に扱えそうな大きな手は素手でくるみを砕いた上にオイルを絞れそうだった。灰色の瞳に鬼瓦のような表情でフィカルを睨めつけている。
「魔王の魔石を持っていたと言っても、彼が倒したという確証にはならないだろう」
ヒヒヒ、と闇色のローブから卑屈そうな笑い声を出した青年は、フードから緑がかった銀髪の長い髪を垂らしている。フードと髪で目は見えず高い鼻と歪めた口元しかみえない。ねっとりと陰気なオーラを発してはいるものの、地面まである長いローブからはわかりにくいが、がっしりとした太さのある杖を握っている両手は筋張って大きく、背丈もあり体はしっかりとした厚みがある。ローブに隠れた左腰が剣の形に歪んでいることからも、ただの文系、いや魔術師系というだけではないことは確かだった。
「紹介しよう。こっちの大剣使いがデギス・ガルガンシア。魔術師の方がキルリス・パルリーカス」
「ガルガンシアって、岩窟の要塞の?」
「おう、よく知ってるじゃねえか」
デギスさんの手は大き過ぎて、私は彼の指3本ほどとしか握手出来なかった。キルリスさんがジトッと見つめてきたけれど、私は生憎地名に詳しいわけではない。ロランツさんが見兼ねてフォローをしてくれた。
「パルリーカスは魔術師の里だよ。大人から子供まで皆魔術師の素養がある」
「えっ? 魔術師って少ないんですよね? そんなすごい場所があるんですか?」
「……フン」
及第点だったのか、キルリスさんは高い鼻を鳴らして手を差し出してきた。軽く握って離そうとすると、グッと引き寄せられる。キルリスさんは握ったままの私の手をじっくりと見て、それから私の瞳を覗き込むように顔を近付けてきた。フードと前髪に隠れていた瞳が暗いオレンジ色だったことがわかる。
「毛色が珍しいと思ったが……フン、想像通り素養がないな」
「まじですか」
「おまけに何だ、これは……へぶっ」
自分が魔術を使える見込みがないと知って地味にショックを受けている私を更にジロジロ眺めていたキルリスさんは、いきなりフィカルに顔面をがっと掴まれてたたらを踏んだ。フィカルの反対の手は私をしっかりと引き寄せている。
「ちょっとフィカルそういうのはやめておいたほうがー……」
「いや、キルリスはちょっと礼儀足らずなところがあってね。スミレ、すまない」
「い、いきなり人の顔を掴むなど……!」
「すみません、キルリスさん。フィカルもほらすみませんって」
屈辱に身を震わせていたキルリスさんは、私の謝罪とロランツさんの取りなしで落ち着きを取り戻したようだった。まだ不快そうな雰囲気を隠しもせずに、フンと鼻を鳴らす。
「この男は君のペットか何かなのか? 鳴かない割には躾がなっていないようだが」
確かに。と同意しそうになって、慌ててすいませんともう一度謝る。
「フィカルは無口無表情で私もよくわかってない部分があって……でも強くて気遣いも出来ていつも助けられてるんです」
「オウ、その強くてってのは本当なのか? 星4だろ?」
微妙に不機嫌な無表情のフィカルが、私を抱えていない方の手でギルドカードを取り出してデギスさんに投げた。妙に小さく見えるギルドカードの星が4つしかないのを見て、デギスさんはバカにしたように笑った。他の2人もカードを覗いてデギスさんほどではないものの、似たような反応をしている。
「でも、フィカルはスーも仲間にしたし、昇格試験を受ければもっと上にいける筈です」
「このベニヒリュウねぇ……その程度であれば誰でも捕獲出来ると思うがね」
「だよな、俺らの乗ってるキタオオリュウくらいいくと、星8はないと難しいがなァ」
ネッチョリムキムキコンビにバカにされたのがわかったのか、スーが片足でダンダンと地面を鳴らした。吠えなかったのは偉いけれど、微妙に地面が揺れている。撫でるとすぐに大人しくなったのは、フィカルが近くにいるせいかもしれない。
黙って目を細めていたスーは、私が手を離した瞬間にパッと顔を上げた。そしてギャウッ! と短く鳴く。大人しくなったそばから……とまた手を伸ばすと、今度はロランツさん達の竜が騒ぎ始めた。スーよりも低い鳴き声を交わしながら、同じ方向を見上げている。スーも牙を剥いている方向を見上げると、何かが2匹、連なって飛んでいる。それはみるみるうちに大きくなって、竜だということがわかった。大きな翼をはためかせ、尾と共に先に光を反射させる何かの付いた布を泳がせながら2匹は頭上を旋回し、再び背を向けて街の中央にある広場の方へと姿を消した。
「あの旗は王都騎士団と中央ギルドのものだね」
手でひさしを作って同じように見上げていたロランツさんが、フィカルを見つめて告げる。
「やはり君が俺達の探していた人物だね」




