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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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王都から1


「速報速報〜! 早便だよー!!」


 その声で私は目が覚めた。ぼんやりと開けた目でギルド事務所の扉を開けて飛び込んできた少年と目が合う。明るいピンク色の髪にそばかすの浮いた鼻がチャーミングなルタと呼ばれる少年は、郵便や新聞を配る仕事でいつもあちこちを飛び回っている。ギルドは書類のやり取りや手紙も多いので、既に知った顔だった。手に握りしめている丸めた紙を受け取ろうとして、腕が動かないことに気付く。


「えっとー、もしかしてお邪魔だった?」


 にこにこ言ったルタのことに何のことやらと首を傾げて見回すと、間近にフィカルの仏頂面。そして毛布に包まれている自分の体。いわゆるお姫様抱っこ。


「……いや、フィカル、何度も言うけど私を寝かせたまま運ばなくていいから」


 冒険者ギルドは魔物が暴れた場合の対処なども請け負っているため、基本的にギルド事務所を無人にしないことになっている。そのために夜勤が組まれていた。この世界は夜明けが大体5時頃で、日暮れも大体夕方の5時頃。日が暮れてから明けるまでを夜勤にしている。前半と後半に二分割して交代して休憩を取ることになっているが、基本的に平和そのものの暮らしなので、フィカルが旅に出ていて私がここの上で寝泊まりしていた時の夜勤当番は一人でこなすこともあった。


 フィカルが帰って来てからは基本的にフィカルは私の手伝いをしているので、2人で夜勤をしている。いつも前半の日暮れから夜中までが私でフィカルが休憩なのだが、フィカルは上階の仮眠室を使わずに自宅から持参した毛布を持ってきて事務所奥のソファで座って寝ている。夜中になるといきなり起きて、私を毛布でぐるぐるに包んでソファに転がせる。

 あっという間の早業で春巻きにされてしまう上に、上階の仮眠用ベッドは硬くて狭いためソファとあまり変わらない。フィカルが満足そうに目元をハンカチで覆ってくれるので、私はいつもそのまま寝ることにしているのだ。そして夜勤が終わると、半分くらいの確率でそのまま家のベッドで目が覚める。


 私を運ぶことに失敗したフィカルは残念そうな空気を背負っているが渋々毛布を剥がしてくれた。ルタはそれが待ちきれないというように喋り始める。


「王都からの速報だよ! 魔王が討伐されたんだ!」


 そういえばこの世界、魔王とかいたな。

 私とフィカルが行き倒れかけてこのトルテアでお世話になり始めた頃、ギルドは大人の新規加入者も少なくはなかった。こんなものかと思いながら仕事を覚えていっていたけれど、先輩受付嬢であるタリナが教えてくれたのだ。


 魔王が活動を始めていて、魔物が全土で急激に増えている。そのため魔王討伐を目指す人間がここから旅をして力をつけようとしているのだと。

 魔王は志ある冒険者ならば討伐したいと思う魔物の頂点に位置しているらしい。


 その頃は私も冒険者になったばかりで星も持っていなかったし、ギルドの受付と事務仕事を覚えるので手一杯で森にもほとんど行かなかったので魔物が増えているというのは話にしか聞いていなかった。その噂を聞いた最初はすごい世界に迷い込んだな、と不安に思ったものの、そのうちこの街は魔物が増えても大体は小物だから安全だしと忘れてしまっていた。


「あれーもうちょっと反応してよ! すごいことだよ!」

「みたいだねぇ。そもそも魔王の実感が全然湧かないけど」

「そう? オレはほら街と街を渡ってるだろ? 夜なんか魔物が増えて怖かったよ」

「そうなんだ」

「最近は襲われることもなくて、もしかして、って思ってたんだよね!!」


 夜が明けたばかりだというのにテンションが大分高いルタは受領サインを受け取るなり、他の街に行かなきゃ! と飛び出していった。ルタ達配達人が使っているダチョウのような生き物、一度は乗ってみたい。


 ギルド事務所宛の手紙をガーティスさんの机に置き、告知用の紙を壁の掲示板に貼り終わると、フィカルが毛布を広げて立っていた。再び春巻き化である。

 そこへやってきたのがこのトルテアにある冒険者ギルドの事務長、サンサスさんだった。


「間に合ったか。スミレ、フィカル。夜勤明けに悪いが、今日の午後も顔を出して欲しい」


 サンサスさんは事務長というだけあって、ギルドの規則や国の法律にとても詳しい。グレーの髪をぴっちりと分けて撫で付けている姿はいかにも堅物という感じだが、娘が3人いる子煩悩パパの一面を隠し持つダンディなおじさんである。


「フィカルの星ランクと竜の件な、問い合わせの返答が今日あたり来るらしい」


 フィカルがいきなり竜のスーを連れて帰ってきたことは、ギルド内ではそこそこ大きな騒ぎになっていた。


 竜は騎士団で竜騎兵隊というのも組まれているくらい力の象徴として憧れられている反面、人間を襲う魔獣として恐れられてる生き物でもある。知恵がありプライドも高いため、暴れると普通の人間では手が付けられないのだ。

 そのため、竜を捕まえて乗りこなすためには、騎士団で竜騎兵隊に入るか、冒険者ギルドで星6つになることが義務付けられている。しかし、これはそれほどの実力を持っていなければ竜と対峙するのは難しいからでもあった。それぞれ然るべき場所で腕を磨き、先達からアドバイスを貰い経験を積んだ上で捕獲や討伐に臨む。


 しかしフィカルはあっさりとそれをすっ飛ばして竜を従わせてしまった。竜を乗り物として扱うためには騎士団か冒険者ギルドに登録しておく必要があるが、規則上星6つ以上でなければ登録できないようになっている。かと言って、星ランクの昇格試験は上のレベルになるほど煩雑で、すぐにフィカルが星4つから6つに上がれるわけではない。

 何よりトルテアに帰ってきてからのフィカルはネオニートというか悠々自適の生活なので、特に仕事を受けようという積極性もない。無口なフィカルから聞き出したところによると、スーはどうやら乗り物として便利だから捕まえただけで、面倒なら手放していいとすら思っているらしい。すっかり仲間だと思っているスーが聞いたらおいおい泣きそうな話である。


 この状況をどうすればいいのかトルテアのギルドの事務側で話し合った結果、結局王都にある中央ギルドにお伺いを立てるべきという結論に達した。春分の日から1週間後には便りを出したものの、中央からは「勘案するためしばし待て」と返答があり、冒険者のタマゴ達も無事に成長し忙しさも一段落した1ヶ月半後の今頃にようやく正式な文書を出すというお達しが来た。


「おそらくスーの登録手続きが行われて、昇格試験を早めにするように言われるだろう。罰則はないとは言い切れん、さほど重いものになるとは思えないがね」

「罰則って、大体どういうものですか?」

「竜の所持を隠していたら厳しくてギルド追放もあるが、悪意もないしな……ギルド依頼の仕事を無報酬で幾つか振られるくらいが妥当だと思う。フィカルの実力によって内容は変わると思うが……」

「あ、じゃあ星の多い仕事はこの辺にはないから、またしばらく帰ってこれないっぽいですね」

「あり得るな」


 珍しく、フィカルが露骨に嫌そうな顔をしたので、私とサンサスは笑った。


「何の事情があったにしろ、竜なぞ捕まえてしまったのが運の尽きだな」


 そう言ってフィカルの肩を叩いたサンサスさんと交代して、嫌そうな顔のフィカルと春巻き姿の私はようやく夜勤を終えて家路に就いた。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02、2017/09/19)

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