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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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きのこにご注意4

 シオキノコは生命力が強い。柄がしっかりと太くて、傘の端は舞茸のようにひらひらとしている。白っぽく透き通っているシオキノコが1メートルほどもある岩塩にもっさりと生えている光景は遠目に見ると白い水晶のレースみたいで綺麗だが、近付いてみると割と気持ち悪い。刈り取ってみると根本がツルツルとして固い岩塩なので見分けも付きやすい。沢山刈り取っても雨が降ればもっさりに復活している。人間だけではなく塩分を必要とする生物を支えている縁の下の力持ち的キノコだ。


「シオキノコは干すと長持ちするから、沢山採っても大丈夫だよ。ナイフを岩塩に立てると刃毀れするから気を付けて」

「干してあるやつより大きいなー。ぷにぷにしてるしっ」

「すきとおってるキノコ、かわいい〜」

「よく見ると、一株一株しっかり分かれてるんだ……」


 大きい岩塩の側面からそれぞれがシオキノコを収穫していく。私とフィカルは子供が手を伸ばしにくい上の方から取っていく。塩分は毎日使うものだし、何度も取りに来ているので私もフィカルも慣れたものだ。


「スミレ、これは食事に使うのだろう? 1日にどれくらい使う?」

「ん? 干したキノコひとつで結構塩分が出るから、うちは半分に切って干してそれを1日に1個くらい。家族が多いなら1日1株くらい使うんじゃない?」


 シオキノコを持ったまま見上げてきたルキタスに答えると、彼は頷いてせっせとシオキノコを数えている。今日収穫したものを家族に食べさせてあげたいのだろう。態度は大きいが、そういうところは可愛い。


 子供達よりも先に収穫を終えた私とフィカルが4人を見守っていると、背後から私の右手の下にズボッとスーが顔を突っ込んできた。体が大きいのに比例してスーは頭が大きいので、腕が突っ込んできた頭に乗ってしまっている。グウゥと小さく鳴いて、紅色のウロコの間に埋まっている黄色の大きい瞳でじっと見つめてくる。

 私が恐竜のような大きな生き物が大人しいという状況が珍しくてつい隙あらば撫で回していたせいで、撫でられることが好きになったようだった。今日は色々と活躍もしたので、褒めてほしいのだろう。塩対応なフィカルに頼まないあたりちゃっかりしていて可愛い。


「スー、今日は大活躍だったねー。すごかったねーえらいねぇ。疲れたでしょ? 頑張ったね」


 よーしよしよしと動物王国の王様のように撫でくり回すと、ピカピカの黄色の目を細めてグググと喉で鳴く。縦長の瞳孔も横の両側からシャッターのように閉じる瞬膜も見慣れると可愛いものだ。ツルツルとしていて隙のないウロコを撫でて感覚が伝わっているのか不思議だけれど、スーの額に手を当てているとじんわりと温度が伝わって気持ちいい。


 わしっと正面からスーの顔に乗っかる。長めの鼻先に抱きついて体重を乗せると、上半身を預けても私の顔はスーの眉間の上くらいまでしか届かない。スーが少し顔を浮かせて、私の足をぷらぷら揺らす。

 スーが動かすままにゆーらゆーらと揺れていると、背中にのしっと重さがかかった。フィカルが私の背中に凭れ掛かってきたせいで、スーはぐっと鼻先を下げることになる。成人男性一人分の体重がかかるので割と重い。


「フィカル、重い。潰れるー」


 すると呼吸が楽になり、それと同時にヒョイッと持ち上げられた。くるりと反転させられ、子供のように抱き上げられる。フィカルが私の腕を取って頭に回す。スーと同じことをフィカルにやれと言いたいらしかった。高い位置から見下ろすと、そばに大きい籠が置いてある。キノコが山盛り入っているので、溢れないようにフィカルが背中から降ろしておいたらしい。


「フィカルもお疲れー」


 わしわしと銀色の髪を撫でると、フィカルは満足そうに頷いた。ぐりぐりとお腹に擦り寄ってくるので、体勢が不安定で若干怖い。


「おいお前たちっ! 何遊んでるんだ! 仕事中に気を緩ませるなど騎士としてたるんどるっ!」


 ルキタスが上げた父親を真似ているらしい叱責の声に思わず顔を上げると、フィカルの周囲で採集を終えた子供達が見上げていて、私は非常に気まずい思いをした。


「あースミレずるいぞっ! フィカルおれも持ち上げて!」

「やっぱしらぶらぶなの〜?」

「……こういうのは、そっとしとくんだよ……」

「すいません……帰ろうか……」


 この体勢のまま帰ろうとしたフィカルの頬はまた伸ばされた。



「シオキノコはざるに並べ終わった? 次はポポリカスとシルモノダケの見分けだよー」


 無事森を出て竜たちと別れた私達は、ギルドの事務所の右隣にある屋根のない作業場で収穫物を広げていた。子供達がどちらか見分けないまま持ってきたキノコをひっくり返して見分け方を教える。傘の裏や切り口が青いシルモノダケはそれぞれのそばに置いてある水を張った桶へ。紅いポポリカスは大きなざるにまとめて入れる。


「青くてきれいな方が食べれるんだね〜」

「……反対かと思った……」


 リリアナとレオナルドは採集する時点で色に違いがあることに気付いていたらしく、赤も青も大体同じくらいの量を採集していた。袋に入れるときも混ざらないようにお互いを偏らせて入れていて、分別作業もそれほど苦労していない。

 一方、お互いに数を競い合っていたマルスとルキタスは闇雲に刈っていたようで、食べられないポポリカスの方が沢山あるようだ。キノコの裏側を覗いてはざるに入れている。


「あっ! これもダメだ! くっそー」

「シルモノダケが少ないぞ! どうして採るときに教えてくれなかったんだ!」

「観察眼や判断能力も冒険者には必要だよー。それにポポリカスも良いやつは買い取ってくれるから、投げやりにならないでね」


 結局、小さな桶いっぱいにシルモノダケが入っているリリアナとレオナルドに対して、マルスとルキタスはお互いに水面に余裕がある程度で引き分けになったようだ。採るときからキノコをしっかり観察していた2人に話を聞いて、次は負けないと意気込んでいる。

 大きなざるの前ではルドが手慣れた早さでポポリカスを選別していた。大きくてキズのないものをそのまま残して、小さく傷んでいるものを袋に入れている。


「マルスもルキタスも良いポポリカスを取ってるじゃないか。もっと丁寧に扱えば買い取れるキノコは増えてたぞ」

「う〜次はちゃんとするっ!」

「ポポリカスは毒キノコなのだろう? 買い取ってどうするんだ?」

「ポポリカスは幻覚作用を起こすが、鎮痛作用も強いんだ。だから成分を抽出精製して希釈したものは簡易の痛み止めになる。旅の途中で休めない状況なのに怪我した時なんかに重宝するんだよ」


 狩りや討伐の仕事でも基本的に星2つ程度のものが多いトルテアにおいて、若手なのに星5つを持っているルドは子供達の憧れの的でもある。面倒見もよく見た目もかっこいいので近隣のお年頃な女性にも大人気だそうだ。


「……星5つになると製薬も出来るってほんとなんだ……!」

「かっこいいね〜」

「お前らのグループは良いポポリカスが多かったからな、6小銅貨でどうだ?」

「わあ、相場よりちょっと多めだよ、やったね皆」


 ポポリカス採集の依頼書にサインをしたルドがくれたお金を子供達に配ると、感動した目で受け取った小銅貨を見つめている。初めて自分で稼いだお金の輝きは一際嬉しいものだ。

 子供達が多くてこの時期はポポリカスの供給が多く、普通は報酬は子供達にあげる程度になるのが普通だけれど、私とフィカルが採ってきたものを合わせても使えるポポリカスが多かったようでルドが色を付けてくれたのだ。


「うふっマルスとルキタスのおかげだね〜」

「おう! カンシャしていーんだぞ!」

「……ぼくのシルモノダケ、少し分けてあげる」

「いいのか?」


 助け合いはグループクエストの醍醐味だ。シルモノダケが少なかった2人には私とフィカルが採ったものも分けて上げようと思っていたのだけれど、4人で分け合うようなのでシオキノコを皆に分けることにする。


「このまま日光に当てて乾かすんだよ。でも日が沈む前に部屋の中に入れて、朝に出すのを3日繰り返すの。曇りの日は出していいけど、雨には当てちゃダメ。夜干してると味が変わるから気をつけてね」


 それぞれ小さな桶とざるを抱えて頷くと、迎えに来て目を潤ませている親の元へ帰っていく。普段は勇猛で知られていながらも一際泣いているレオナルドの両親は、自分のときと重ねているのだろうか。


「ルキタスは宿に泊まってるんだよね? ギルドの方で干しておこうか?」

「いい。僕も自分で干す。……その、」

「うん。一緒にお願いしてみよ」


 もじもじと去りがたそうに留まっているルキタスの頭を撫でていると、ルキタスの保護者代理兼従者の騎士がやってきた。体と同じくごつい顔付きをしている上に、顰めっ面なので威圧感がすごい。ゆっくりとルキタスの前に膝をついた彼に、ルキタスは思い切って声を掛ける。


「ニュダ。これ、僕が採ってきたキノコなんだ……今日はこれを食べたい」


 目線だけでその辺のチンピラを追い払えそうな顔付きのニュダが桶とざるの中身を見て、硬い表情のルキタスを見、口を開こうとして……素早く片手で顔を覆ってしまった。


「うぐっ……坊っぢゃん……ごりっばになっで……」

「ニュダっ!?」


 何度も頷きながらもこれ以上声が出ないといった風ないかつい騎士は、感動の涙を抑えきれないらしかった。剣を握り慣れた大きくてごつい手で赤くなった顔と涙を隠し、美味しいものを作りましょう、と頷いている。ギルドの事務員に対してモンペ気質だったのは、大事な坊っちゃんを心配するあまりのことだったようだ。


「あんだに……ぢっぢゃがっだのに……ごりっばに……」

「いや……わかった……とりあえず帰るぞ」


 周囲にいた他の保護者も貰い泣きをしているほどの感動シーンだが、いきなりの涙に逆にルキタスは冷静になったようだった。困ったように私に苦笑する。


「スミレ、感謝する。ゆういぎな仕事だったぞ」

「ルキタスも頑張ったね。またシオキノコのことでわかんないことがあったらいつでも聞いて」

「ああ。フィカルもまたな」


 にっこり笑ってまだ肩を震わせるニュダを連れて歩いて行くルキタスは、朝と比べると別人のように素直だった。知らない街で緊張していたのかもしれないな、と思う。今日は竜と戯れたりシクイキノコに出会ったり、色んなことが良い刺激になったのかもしれない。


「フィカル、私達も帰ってキノコの下処理をしよう」


 ポポリカスはすべて出したものの、見本を見せるために数個処理をしてあとはギルドに報告などをしていたため、フィカルが背負いなおした籠にはまだ沢山のキノコが残っている。


「小鍋1杯分は今日食べるとして……これだけあれば瓶詰めする分も味を変えたいよね。塩漬けとハーブと……いや、持ち上げなくていいから」


 また両手で抱き上げられそうな気配を察して一歩退くと、フィカルが無表情から若干の不満顔に変化した。じりっともう一歩下がる途中で素早く捕獲されてしまう。ぎゅっと抱き締められた状態から再び抱き上げられて、私は抵抗を諦めた。


「あのね、子供じゃないんだからさ……」


 ぐりぐりと頬擦りするフィカルは当然話など気にも掛けていない。普段よりも高い目線で溜息を吐き、虹色に反射する銀の髪をワシワシと掻き回した。するとぽんぽんと背中を叩かれる。私のことも労ってくれているらしい。

 すれ違う知り合いが挨拶をしてきたので手を振る。最初の頃は誰もがからかったり笑ったりしていたのに、今では誰も反応しなくなってしまった。慣れというものは怖いものだなあ。


「あ、トビカラシの実が少なかったから、買ってから帰ろう」


 こっくりと頷いたフィカルは無言で行き先を変える。羞恥心がほとんどなくなってしまっているあたり、私も順応している。

 傾いた太陽に、森の方からスーの鳴き声が響いた。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02、11/21、2018/04/13)

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み始めたばっかりですが、 とてもほっこり面白いです。夢中です。 イケメンも、竜も、坊ちゃん嬢ちゃんも みんな愛らしい。悪い奴はいない。 ああいい作品にめぐりあったな。 幸せです。ありがとう…
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