きのこにご注意2
ルキタスが喚きながら説明してくれたことによると、騎士団では竜を使う人間もいるらしい。文字通り竜騎兵と呼ばれているが、彼らと竜の関係はもっと厳格で、竜は他者と馴れ合うことも少ない。そして騎士団長である父が「危険だから近付くな」と彼に厳命していた。
しかし、彼の災難はこれでは終わらない。
「クエッ!!」
森に入ってすぐのところにある星石でお祈りすると、1匹のヒメコリュウが突進してきた。「うわっ!」というルキタスの叫び声と、3人の楽しそうな歓声がハーモニーを奏でる。
「おっまえ、また来たのかよー!」
「ヒメコちゃん、今日も遊ぼう〜」
「3日振りだね」
荒くれスーから共に逃げ延びた仲として、あのときのヒメコリュウは3人に友情を感じているらしく、森のクエストがあれば何かと遊びに来る。3人も初めて出来た人間以外の友達にまんざらでもないようだった。流石にヒメコリュウがおやつのおすそ分けに立派な芋虫を持ってきた時は逃げ回っていたけれど。
ヒメコリュウは3人がスーに慣れるのと同じように、最初に怖がっていたことを忘れているくらいに大きい竜に対しても馴れ馴れしくなった。鼻先を近付けてクエッ! と挨拶するほどである。スーはあんまり反応しないけど鼻先を近付け返しているので、それが竜の挨拶なのかもしれない。竜は見た目がだいたい恐竜なので、メルヘンなジュラシックパークみたいな光景である。
「なんなんだ、お前らは!! いいのか、こんな生き物を連れて行くなんて!」
「勝手に付いてきちゃうし、別に条件にダメって書いてないからいいんじゃないかな?」
「曖昧すぎるぞ! うわっこっち来るな!」
このうるさいやつは誰? とばかりに近寄ったヒメコリュウに手を振り回し、ルキタスはますます眉を顰めた。相手は小さくて飛べないといえども竜。手を器用に避けながら顔を覗き込んでクエッと挨拶した。ルキタスの怒りゲージはますます上昇している。
「えーっとほら進もう! 今日は森をちょっと奥に入るからね」
「おう! ルキタスも遊んでないで行くぞ!」
「うるさい! 僕は遊んでなんかいない!」
「クエッ!」
「寄るなっ!」
賑やかな一行はこれまでに行ったことのあるエリアよりも更に奥を目指す。森は街に近いところは普通っぽい木や繁みが多くて見通しもそう悪くない。そこを奥へ進んでいくと、ある地点から木に太くて紫色のツタが絡み始める。ムラサキワタシヅタと呼ばれるその植物は葉も紫色で大きい。最大で葛の葉の2倍くらいになるので、一気に視界が狭まってしまうのだ。そのため木には一定間隔で街の方を示すリボンやキズが付けられている。
ムラサキワタシヅタが絡まった木の前で一旦停止して、そばに落ちていた巨大な松ぼっくりのようなものを拾ってみせる。
「座学で聞いたと思うけど、ここから先は枯れ葉や乾いた枝がほとんど落ちてないんだよね。そういうところに行くときは何に気を付けるか覚えてる?」
「迷わないようにする!」
「雨の日を避ける〜」
「火を熾しやすいように、薪を持っていく」
「ソレを拾っていくんだろ、どうせ」
「全部正解。注意してても怪我や事故で夜を過ごしたり、寒いときに焚き火をしやすいように、燃えやすいタキギマツの枝や実をある程度拾って備えるんだよ。別に他の木でも乾いていれば構わないんだけど、タキギマツはどこでも生えてるし、火が付きやすいから」
半日もかからないような用事であれば、お守り程度にひとかけ持っていく程度で十分だ。そうやって持ち歩いたり帰りに置いていく人が多いので、タキギマツの欠片はすぐに見つけることが出来る。それぞれ見つけた枝と実をリュックに入れて、さらに進む。ちなみに私は歩くリュックサックであるフィカルの籠に大きな実を2つ入れた。
ヒメコリュウは4人の周りで同じように枝を拾ってはポイッと落としてを繰り返しており、スーは松ぼっくりを拾いすぎてフィカルに指導を食らっていた。フィカルの背中くらいの籠の三分の一がすでに埋まっている。帰ったら暖炉の着火剤にでもしよう。
「依頼書読んだよね。今日はキノコの採集依頼だよ。キノコは採集したことある?」
小さな冒険者達は揃って首を振る。
「父上も騎士団の皆も、絶対ダメだって言ってたな」
「……おれ牧場に生えたキノコで遊んでめちゃくちゃ怒られたことある」
「お料理されてるのしか見たことない〜」
「キノコは怖いって……」
「そう、キノコは目立つ色をしてるものも多いけど、死ぬような毒があるキノコも多くて危ないの。食べられるキノコにそっくりだけど食べると泡吹いて死ぬとか激痛で死ぬとかね」
想像したのか、4人はすごくイヤそうな顔になった。
この世界のキノコは日本よりも多種多様で、めちゃくちゃカラフルだったり珍しいデザインの模様があったりすることも多い。食用も多くて日常的に食卓に上るものでもあるけれど、毒性も多種多様で素人判断は非常に危険な食べ物ナンバーワンだった。冒険者としても必要最低限でわかりやすいもの、知っておくべき危険なものについては必ず座学と実地で学ぶことが義務付けられている。その他の食用キノコについては、厳しい試験と経験を積んだ専門家が採集することになっている。
「だから知らないキノコには触らないこと。なんかおかしいと思ったらすぐ私を呼ぶこと。わかった?」
4人と2匹は元気なお返事を返してくれる。
「今日拾ってくるのはシオキノコ、シルモノダケ、ポポリカスだよ」
「シオキノコ知ってるぞ! 台所にあるカッチカチのしょっぱいやつ!」
「シルモノダケ好き〜冷製スープにするとおいしいんだよねぇ」
「スミレちゃん、ポポリカスは、毒じゃないの?」
「なんだと?! おい、なんで毒キノコも採集するんだよ!」
レオナルドの冷静な声に反応したルキタスが吠える。
ポポリカスというのは妖精の家のことを指す昔の言葉らしい。15センチくらいまで成長するキノコで、傘の天辺が赤く、下に行くに連れてオレンジからピンクへと変わる。その姿形が丸みを帯びて妖精が住んでいそう、と名付けられたという説と、このキノコを食べると妖精の家に遊びに行った夢を見る、という説がある。このキノコには幻覚症状をもたらす毒があるのだ。致死性はないけれど、口に入れると舌に痺れが走り直後から8時間ほど幻覚を見る。
ポポリカスとそっくりな外見をしているのがシルモノダケで、香りがよくふわふわしているので「汁物」に入れると非常に美味なキノコだということからシルモノダケと名付けられた、という説と、ポポリカスとの違いを「知る者だけ」がその美味しさを味わうことが出来る、という由来である説がある。
ちなみにシオキノコは岩塩の表面にのみ生えるキノコである。ここの岩塩はあちこちに点在しているもののダイアモンドのように固く、煮ても焼いても変質しないのでそこから塩分を摂取することは非常に難しい。岩塩の表面を舐めてもほとんど味がしないくらいに固くて塩分が分離しないのだ。その岩塩を菌床にするシオキノコはエリンギのような大きさで生えるのも早いので、生き物の多くが塩分を摂取する時はシオキノコを食べている。生活に欠かせないキノコだった。
「シルモノダケだと思ってポポリカスを食べると大変なことになるから、きちんと見分けられる練習をするの。シオキノコとシルモノダケは採取してギルドでチェックしてもらったら、持って帰ってお家で食べられるよ」
3人はわぁ、と声を上げた。
冒険者は魔物を討伐し、希少な採集物を持ち帰ってこそというイメージがある。もちろん本当はもっと地味なものや違う種類の仕事も沢山あるけれど、これまでのいかにも練習のようなものからそれらしい仕事になったので、やる気も上がろうというものだ。
親に見せるとか沢山採りたいだとか夕食にするとか盛り上がっている3人の脇で、ルキタスはふてくされたようにそっぽを向いている。
しゃがんで目線を合わせてどうしたの? と尋ねる。隣にヒメコリュウが並んで小首を傾げているが、ルキタスはスルーを覚えたらしい。
「ニュダは食材選びにうるさいんだ。市場でも少しでも傷があったり古いのは買わないし、きちんとした業者かどうか確かめてる……それに僕の家からここまで10日かかる。採っても意味がない」
キノコは採取した当日に食べるのが理想と言われている。種類によっては3〜5日ほど保存できるが、保存の魔術をかけてもさほど鮮度が変わるわけではないらしかった。シルモノダケは調味料と共に濃く煮込む保存方法があるけれども、1週間ほど保つのがせいぜいだった。
冒険者といってもまだ6歳、遠くまで旅をさせるには心配な年頃だ。あの威圧感たっぷりな保護者代理は団長にくれぐれもよろしくと頼まれて神経質なほど気を使っているのかもしれない。
ルキタスは自分の仕事の成果が得られないことを不安に思っているようだった。
「シオキノコは干して持って帰ったら良いよ。上手に干せば半年経っても大丈夫だから。シルモノダケも、夕食に使いたいってお願いしてみたら?」
「でも、ニュダは厳しいし……ダメって言うだろう」
「私も一緒に頼んでみるし。大体、もし食べられなくっても、また採集してお父さんに食べてもらえばいいじゃない。シルモノダケは森のほとんどに分布してるキノコなんだって。見分け方を覚えたら家の近くで探せるよ」
「本当かっ!」
ルキタスはぱっと表情を明るくさせた。
「じゃあ僕は完璧に見分けられるようになって父上や兄上達に夕食を作る! そうと決まったらさっさと探すぞ、スミレ!」
ぐっと手を掴んで引っ張ってくるルキタスはやる気にあふれている。歳相応にしているとなかなか可愛げがあるじゃないか。やっぱり子供は素直が良いなあ。
反対の手をヒメコリュウに掴まれてやっぱり振り払っていたけど。
「スミレちゃん〜キノコあったよ〜」
「リリアナすげえっ! どこどこっ」
「ほんとだ……」
「僕にも見せてみろっ」
大きい木の根元にたくさん生えていたのは、まるっとしたシルエットの妖精の家だった。傘の部分が大きく、赤から薄ピンクへのグラデーションが可愛い。全体的に薄っすらと透明感があるので、本当に妖精が住んでいそうな雰囲気がある。周囲を見渡すと、同じような場所に似たようなキノコがポツポツと生えている。
「スミレッこれ、シルモノダケかっ?」
「ポポリカスじゃない? すごくかわいいもん」
「見分け方があるはず……」
「スミレ! 採っていいか?」
「シルモノダケもポポリカスも触ってただれるような毒はないから、採っていいよ」
お手本にひとつ採集して見せると、小さな手でそれぞれキノコを持ち、習った通りに下の方をナイフでそろそろと切っていく。危なっかしい手付きなのでゆっくりねと念を押して、採ったキノコをくるっと裏返した。傘の裏側が真っ青に染まっている。根本の切り口も青かった。これはシルモノダケの特徴で、ポポリカスであれば傘の裏側や切り口が真っ赤なので見分けるのは簡単だった。
しかし、さらに簡単な見分け方があると私はルドさんから教わっていた。立派なこのキノコを、私の手元にしきりに顔を近付けて上下させているヒメコリュウの口に放り込む。ぽいっと投げるとヒメコリュウはかぷんと素早くキャッチし、クムクムと篭った声を出しながら美味しそうに食べてしまった。隣でスーがグゥと呻く。
竜は非常に五感が鋭く、さらに食の好みが人間に似ていると言われている。そのため毒性があるものを避ける傾向があり、竜が食べる動植物はだいたい人間が食べても安全だと判断できるのだ。種類によっては岩や毒を好む竜がいるので完全に安全であるとは言えないし、竜は胃が強いので毒にも中らないとも言われるけれど、毒のあるものはペッと吐き出すことが多いらしい。ちなみに竜が好む食べ物は美味しいことが多く、竜に探させて採集する希少な食材もあるのだとか。竜はグルメなのである。
「スミレちゃん、もっと採っていい?」
「いいよー。他のキノコは採らないようにね」
「おいルキタス、勝負しようぜ!」
「ふん、僕にかなうわけない」
「これは……ポポリカスかな……」
フィカルは見つけたシルモノダケを手早く刈り取ってはぽいぽいと背中の籠に積んでいっている。その隣で必死のアピールをしているスーがかわいそうになってきたので、私が代わりに上げることにした。投げ込んだ大きめのキノコをスーはむにゅっと噛んで、ペッと吐き出す。どうやらポポリカスだったらしい。あちこちのキノコを採っては投げてみると、食べるものと食べないものを素早く判別して飲み込んでいた。なかなか有能な毒キノコ判別機である。食用が全部食べられるのが玉に瑕。
しばらくもくもくと手を動かしていた私達は、ふと同時に顔を上げた。
クエックエッ! とヒメコリュウが鳴く。スーも鼻先を高く上げる。
立ち上がって深呼吸したマルスが、不思議そうに呟いた。
「スミレ、なんかすごいいい匂いがするぞ……?」
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02、2017/09/19)




