帰り道3
干し肉とパンとシンセツソウで昼食を取り、さぁ再出発、というところでその騒ぎは起きた。
「ギャギャッ クィキェエーッ!!」
「グァッ!」
「なにどしたの?!」
それまで私達の周りをウロウロしていた仔竜がいきなり奇声を発しながらスーの脚に噛み付いたのである。
ちょうど立ち上がってくわぁとあくびをし、足をのびーと片方ずつ伸ばしていたその隙を狙われたスーは、ビタンと尻尾を強く打ち付けて反射的に牙を向いて炎を出したものの、その熱は仔竜に当たることなくピタリと止められた。ググゥと唸ったスーはどしどしと鼻先で何度か噛み付いている仔竜を上から押し、それから首元を咥えてブランと持ち上げて巨大竜の親の方へと結構な勢いで投げた。
ブンと鈍い空気の音とともに放り出された仔竜はバタバタと空中で翼を動かし、足からべチャリと地面に着地した。そしてまたキェェエ〜と鳴いている。
「びっくりした……。スー、足大丈夫?」
保護者の皆さんはスーが炎を出しかけたところでブワッとこっちに注目し身構えていたけれど、後は静観していた。スーは噛まれた場所を自分の炎で炙った後はすでに普段と同じに戻っている。心配して近寄るとギュゥ〜と喉を鳴らして身を低くし、ウルウル目であざとく見上げてくるところからして元気そうである。
よしよしとスーを撫で慰めながら仔竜を見ると、ばったんどったんと何やら悶絶していた。足で地面を何度も踏み鳴らしたり、かと思えば顎から地面に伏せてズリズリと蛇のように這ったり、ゴロゴロ転がったり、木の幹に噛み付いたり。
大丈夫だろうか。シンセツソウでラリッてしまったのかもしれない。
心配になるけれど、尻尾を入れると2メートルを超えている仔竜が暴れている状態で中々近付けない。
「フィカル、あれ大丈夫かな。なんかいきなり苦しそうだけど」
フィカルはわからない、というように首を傾げながらも、暴れる仔竜の被害に遭わないように私を持ち上げてさり気なくスーの影に入れた。
仔竜はケーッと鳴きながら巨大竜の尻尾に突進し、バクリと噛み付いてブンブン首を振っている。いや、振ろうとしているけれど尻尾が大き過ぎて自分の首が微妙に揺れているだけだった。ガブガブと噛みつきながら尻尾も苛立たしそうにぺんぺんと地面を叩き、体ももどかしそうにジタバタしている。
噛まれている方の竜はのんびりしたもので、伏せていた頭を上げたものの地面に預けている体は動かしていない。他の竜もおっとり眺めているだけなので、この奇行は仔竜がお腹を壊したとかそういうのではないらしかった。
巨大竜の一匹がのそりと立ち上がり、傍を流れている川に鼻先を寄せた。一口喉を潤した後、ズオオと唸って鼻先を水面に沈め、しばらくしてから引き上げると、何か大きなものを咥えている。
岩だった。私の片腕分くらいの長さがある、やや平たい岩だ。
水に濡れてやや色が濃くなっているそれを巨大竜は仔竜の近くに持っていき、半分咥えたまま小さく鳴く。するとモスグリーンの尻尾に噛み付いてもんどり打っていた仔竜が口を開けてその岩にかぶりついた。巨大竜が離すと仔竜はガジガジとその岩を噛みまくり、やがて小さい手や立派な足を使って抱き込むように齧りついている。
「岩を食べたりするのかな……」
岩齧りに夢中になって大人しくなった仔竜に近寄ってみると、仔竜が大きな黄緑色の目でこちらを見た。涙が溜まっているその瞳で、キューキューと喉を鳴らしている。
近くで見ても普通の岩である。仔竜が思いっきり力を込めているのか、齧っているところが微妙に削れ始めていた。
「あれ? 歯、伸びてない?」
グワッと噛み付いている岩と口の間に見える牙の列は、先程見たときよりも明らかに大きくなっていた。3センチほどの三角錐だったものが、今は倍程の大きさに成長している。きれいに並んでいるそれが生えている歯茎がやや赤っぽくなっているので、それが痒いのかも知れなかった。
「竜の歯固めは岩なんだ……」
従姉のおねえちゃんが子供を連れて遊びに来てくれたことを思い出す。その子は中に水が入っていて凍らせることが出来る歯固めを一生懸命齧っていたけれど、やはり竜はスケールが違った。違うけれど、行動は大体一緒である。
キューキュー鳴く仔竜を慰めるように頭を撫でると、目を細めてねだるように頭を押し付けてきた。岩を齧ったままなので岩も私に近付く。
それは危ない。私の足に落ちようものなら骨が軽く砕けてしまう。
同じように思ったらしいフィカルが私の両脇に手を入れて後ろから持ち上げ、ヒョイと遠ざけてしまった。気を紛らわせるものが一つ減った仔竜はキエーと叫んでまたジタバタし始める。仔竜が暴れるとその分だけ私を抱えるフィカルが距離を取り、それさえも気に食わないっと仔竜が癇癪を起こしているようだ。
あんまりジタバタするので、巨大竜がしかたないなぁと言わんばかりにまた川に鼻を突っ込んで岩を持ち上げていた。あれは川底から出しているのだろうか。それとも竜が作っているのだろうか。
「仔竜ちゃんが動きそうにないし、今日はここまでにしとこうか」
別に巨大竜ファミリーと同行する必要もないけれど、私達だけで先に行こうとすると巨大竜が優しく邪魔をしてくるのだ。それを振り切って行くよりも、仔竜が元気になるのを待ったほうが気持ち的にも楽である。
夜営のために枯れ枝を拾っていると、川の向こう岸に花が生えているのが見えた。
「フィカル、あれイロドリハナナじゃない?」
フィカルも顔を上げて、こくりと頷く。
イロドリハナナとは、食べられる野草の一種である。茎の部分は酸っぱくたくさん食べると苦味が出るけれど、花の部分は癖もなく食べやすいので花菜と呼ばれているのである。大体はサッと茹でて食べるけれど、イロドリハナナの花を沢山と、茎を細かく刻んだものを一緒に茹でると程々の酸味が味を引き締めて美味しいのだ。
川は大分幅を狭めていて、その分深さが増しているようだった。途中途中に顔を出す岩に飛び乗りながら向こう岸へと着くと、一面に鮮やかな花が広がっている。
イロドリハナナは花弁の色が多種多様なのも特徴的である。花の大きさは親指と人差し指で作った丸くらいで、花びらが上に3枚、下に2枚ある。日本でよくプランターに植わっていたヴィオラににていた。
「ここのはすごく鮮やかだね。ほんとに沢山の色があるんだ」
普段私達が口にするイロドリハナナは、トルテアの森にも少量生えているけれど、大体が南端の街で取れたものを市場で買っていた。淡いパステルカラーの屋台は花屋さんかと思ったくらいである。
そのいつも食べているものよりも、ここのは色がはっきりしている。
夕食のために花を摘みながら、私はとある色を探した。川をジャンプで渡ったスーが近くで真似をしてイロドリハナナをそっと咥えて食べては、酸っぱかったのかクギッと喉を鳴らしていた。
絨毯のように地面を覆う花の中をじっくりと眺めて、その中の一つを手に取る。
「あった!」
花弁全てが青紫色をしたそのイロドリハナナは、菫に似ていた。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




