9話 奪ってでも
久しぶりの更新です、大変お待たせしましたm(_ _)m
只今、ゴールデンウィーク更新中。
色々更新してます。
「──一輝君っ、ちょっと待ってっ! ねぇ、どうして急に私を避けるのっ!?」
必死に追い縋る少女の声。
「……少しの間距離を置きたい。暫く俺には近付かないでくれ」
けれど、少女に向けられたのは少年の突き放すような声だった。
少しの間距離を置く、それは端から聞いていても遠回しな別れ文句だ。
本来のシナリオとはかけ離れているけど、丁度良い。
その様子を眺めていた詩音は口角を上げた。
「どうして、何でよ、私はヒロインなのにっ……全部、全部、あの女のせいよっ。何なのよ……氷の王族って……そんなのゲームにはいなかったのにっっ」
少年が去った後も、残された少女は独りぶつぶつと喋り続けた。
髪を掻き乱し血走った目で爪をかじる姿は、到底人に好かれるものではない。
この姿を目の当たりにしたら、先程の少年も少しとは言わず永遠にと言い直したであろう。
“ヒロイン”……やっぱりこの人も記憶を持っていたのね。
全ては聞き取れなかったが、“ヒロイン”と呟いたのははっきりと聞こえた。
やはり、彼女は詩音と同じく前世の記憶を持っているようだ。
そして、ゲームの記憶も──
「……こんにちは、ヒロインさん。私、詩音って言います」
詩音は少女に声をかけた。
おおよそ酷い状態の彼女を、詩音は哀れに思う。
少女と詩音はとてもよく似ている。
詩音もついこの間までは自分こそがこの世界のヒロインだと思っていた。
この世界は自分の為の世界だとも。
──けれど、現実は違う。
ヒロインはあの時見たお姫様だ。
本物のお姫様。
自分がヒロインだと思っていたのが恥ずかしいくらいに、私達とは存在が違う。
きっとあのお姫様はどんなに窮地に立たされたとしても、眼前の彼女のように醜くなる事はないのだろう。
「………何よ、アンタ……モブごときが私に馴れ馴れしく話しかけないで」
ギロリと詩音に気付いた彼女が睨み付ける。
詩音をモブとしか認識しておらず、一切の関心もない眼。
「どうやら、私の事は知らないようですね……そうですよね、私の事を知っていたのなら何かしらの対策を講じる筈ですもんね」
あれから詩音はこの世界の事を調べた。
伝も力もない詩音では大した事は調べられなかったが、それでも分かった事はある。
それは七星 ひかると水城 瑠璃が転生者で、ゲームの記憶を持っている可能性が高いということ。
特に水城 瑠璃に関しては間違いないだろう。
ゲームとはまるで性格が違うし、断罪シナリオを避けようと行動しているように見える。
この2人の存在がゲームのシナリオをぐちゃぐちゃにねじ曲げてしまったのだ。
「七星さん……私ね、やっぱり夢を捨てきれないんです。だって、捨ててしまえば何も残らない……惨めで無価値な私のままです。だから……」
彼女が私の事を知らなくてよかった。
警戒されるより、無防備で隙だらけな今の方が何かと都合がいい。
「はぁ? アンタ、意味わかんない。さっさと私の前から消えなさいよ……ねぇ、ちょっと、聞いてんの?」
「──お願い、レイレイ」
詩音は自らの精霊を呼んだ。
その姿は初めて見た時とは違う。
雷と暴風を纏い、炎や吹雪を噴き出している。
正しく異形だ。
初めてレイレイのこの姿を見た時、詩音は改めて自分が氷の王族ではないのだと理解したものだ。
レイレイは氷の精霊などではなかった。
「何よ、それ……何でそんな化け物が、ここに……リリアっっ!!」
初めて少女の顔に恐怖が宿る。
少女はやっと詩音を登場人物として認識したのだ。
少女を庇うように光の精霊が姿を現した。
「──喰べて、レイレイ」
そう詩音が告げた瞬間、異形の精霊はその姿を広げて精霊ごと少女を呑み込んだ。
高位の力を持った筈の光の精霊だがなすすべもなかった。
「……これで光の属性も手に入った。でも、こんなんじゃ足りない。この程度ではまだまだ遠く及ばない」
男爵に手のひらを返された詩音を助けて、レイレイは言った。
“奪えばいい”と。
力をつければ詩音が馬鹿にされる事はなくなる。
力を手にいれれば、詩音も特別になれるとも。
レイレイは他の精霊を喰らう事で、その力を奪う事の出来る特別な精霊であった。
だから、詩音は奪った。
弱い精霊から順に、光も闇も炎や雷、様々な属性の精霊達から。
『そうだよ、まだ全然足りない。もっと、もっと必要だ』
詩音に声をかけるのは異形の精霊。
詩音に残された最後の希望。
「うん、分かってる。次は王子様達の精霊を貰いに行こう」
そう笑みを浮かべた詩音は、間違いなく自身が嫌っていた悪い魔女であった。




