4-28 コク ゴース リベリオル
突然現われた謎の女。彼女を倒すために人が変わったかのように暴れるラン。
そして彼の勝利が確定的かと思われたとき、気配も感じさせずに出現しランを蹴り飛ばした男『コク』。数日前に彼に出会っていたユリは、他より混乱はましだったが驚きは隠しきれなかった。
だが出会っていたのはぬいぐるみの姿をしていたときのユリ。コクは本来の姿に戻っている彼女と会うのは初めてだったため、知らない相手に自分の名前を呼ばれたことに困惑する。
「誰だったか……ええっと……」
どこで会ったのかを思い出そうとするコクだったが、真下に倒れている女が話しかけたことで思考がそれた。
「お……遅い……わ……」
「ああ、メンゴ、ブルーメ」
ブルーメと呼ばれた女は機嫌の悪い顔をして自分を助けてくれたコクに開幕早々文句を述べる。
「どうせ! また……迷ったんでしょ!!」
「すまないすまない。遅れている間にまさかこんなに重症になっているとはな。後は俺がやるから、休んどいてよ」
ブルーメに対しフランクに接していたコクだが、彼女から離れ立ち上がったランを見たときの目付きは、これまでの彼のものとは違う異様な圧があった。
「お前……どうしてここに……」
さっきまでの勢いはどうしたのか、何処かしんどそうなラン。彼の顔を見たコクは、以前会ったときと髪の色が違うがために初めて彼がランであることに気が付き、表情が軽いものになる。
「お前! あの時の風来坊! 随分雰囲気が違うが……そうか、俺の女をこんなにしたのはお前か」
頭を下に向け、軽く髪をかきむしるコク。口にする言葉は、徐々に怒りのこもったものになっていく。
「一度ならず二度も……どうやらお前は俺にとことん迷惑をかけてくる奴らしい」
「俺の女!?」
コクの発言に反応した幸助。彼の事を知らない幸助は、本人ではなく彼を知っているらしきユリに問い詰める。
「ねえ、あの人は?」
「アイツは……」
「あ~……待った」
ユリが説明しかけたタイミングに、当の本人が右手を前に出して待ったを入れる。次に右腕を降ろすと、彼は自分から自己紹介を始めた。
「そういうのは自分でした方がはやいだろう。風来坊にもフルネームは名乗ってなかったし、丁度いい」
コクは一歩前に出ると、肩幅に脚を広げて腕を組み、顎を広げて相手を見下すような構えを取りながら名乗り出す。
「俺はコク……『コク ゴース リベリオル』。特殊部隊『ユウホウ』隊長にして……
星間帝国、皇帝の……実の息子だ」
自己紹介を聞いた一行全員が声が引っ込むほどにこわばった。
星間帝国。ラン達が普段『赤服』と呼んでいる軍団の正体。そのトップである皇帝、実の息子。
「お、お前が……ガァ!!……」
体勢を戻そうとするも、突然吐血するラン。
「ラン!!」
「ラン君!!」
頭髪の色も黒く戻り、身体の発生した模様も消える。今のランはブルーメよりも疲労困憊し、自分で立つこともままならないような様子だ。
「おい、どうしたんだよ! ラン!」
ランの体に何が起こっているのか分からない幸助と南。ユリが相手にバレることを防ぐために口を酸っぱくして何も言わなかったが。コクは見ただけですぐに察した。
「へえ、なるほどね。ブルーメがこうも一方的にやられるだなんてどんな方法を使ったのかと思っていたが、時間制限付きのドーピングか。これなら確かにあり得るかもな」
「ドーピング!?」
ランがいきなり嫌なことがバレてしまったことに苦い顔を浮かべると、コクは勝ちを確信したためかゆっくりを歩いて一行の元に近付いてくる。
だがそうはさせまいと、すぐに幸助と南は眉間にしわを寄せて間に立つ。
「幸助君! 南ちゃん!!」
「ランを連れて逃げて!」
「この場は僕達が!」
威勢のいい言葉を発する二人だが、コクは幸助は疲労よる身体の震え、南はどこか恐怖から足がすくんでいる様子をすぐに見抜き、一度足を止めて忠告する。
「勇気があるね。でもそのガタガタに震えた身体じゃ、秒も持たないよ。退いてくれたら見逃す。俺が用があるのは、そっちの風来坊だ」
引くように勧めるコクに、二人は唾を飲み込みながらも聞く耳を持たない。
「しょうがない。こういうやつは多少痛めつけても聞き分けないし、始末するか」
コクは二人の対応に仕方ないと割り切ったようで、目を閉じて再び一歩足を前に踏み込ませた。
二人が身構えどう来るのかを予測していると、次の瞬間、コクは姿を消し、気が付いたときには幸助は右に、南は左に身体が吹き飛ばされていた。
何が起こったのか分からない二人。次に二人は一瞬にして地面に叩きつけられており、痛みすら遅れて感じるほど事態に混乱しきっていた。
(何が起こって!?)
(一瞬で吹っ飛んで……地面に叩きつけられた?)
更に南はいつの間にか姿を見せたコクにサッカーボールのシュートを決める構えで蹴り飛ばされ、ランよりも遙か後方に飛ばされてしまう。
「南ちゃん!!」
幸助が南に意識を向けている間もなく、素速いなんて生ぬるい速度でコクは幸助に至近距離まで近付き、南と同じく蹴りを入れようとした。
ところがここでコクは南よりも数段固い身体に吐き気は起こしながらも蹴り飛ばしきれず、止まった足に受け止められてしまう。
「ほう、固いな」
幸助は目線を上げると、コクは瞳の色を両目とも紫に変え、先程より少々細身な身体に髪の一部も瞳と同じ色に染められている。
(姿がさっきから変わっている!? この男も異能力持ちか!?)
「俺の足を止めるか。相当力があるな」
コクの能力を考えつつ、足を捕まえたことを好機に剣を持ち上げつつ起き上がって反撃に出ようとする幸助。彼に感心していたコクは、向かってくる剣に目も向けずふと目を閉じて広げると、瞳の色が両目とも赤く変化している。
「これは、こっちの方がいいな」
首元にまで近付く剣。コクはこれを左腕を上げて受けると、普通の人を軽く越えた幸助の力を持ってしてもかすり傷すらつかなくなった。
「切れない!? 何で」
幸助が再びコクの姿を見ると、先程とは真逆に全体的に筋骨隆々な体格になり、髪の色も先程染まっていなかった部分が赤く染まり、紫になっていた部分が元に戻っている。
「小手先の通じない奴は、パワーでゴリ押しだね」
コクが空いていた左腕で幸助の腹を殴りつけると、幸助はさっきの蹴りとは比べものにならない衝撃を受け、ハッキリと骨が折れた感覚に襲われ血を吐いた。
「幸助君!!」
宙に浮いた幸助にコクはガラ空きの背中を肘打ちし、彼の身体を地面に激突させる。あまりのパワーにあの幸助が、考えることも出来ない間に白目を向いて失神してしまった。
コクは反応がなくなった幸助を見て一息つく。
「おっと、死んだか? まあいいや。邪魔は減ったし」
圧倒的。その一言に尽きる結末だ。これまで赤服の刺客と戦い勝利してきた彼等が文字通りに手も足も出ない。
挙げ句、ランは既に戦闘が出来る状態ではない。残されたのはユリだけだ。
コクは抵抗しなくなった幸助は放ってランに意識を向けて近付いてくる。攻めてランは守ろうと前に出ようとするユリだったが、彼女が動き出す前に大きく震える腕が道を塞いだ。
「ッン! ラン!!」
「下がってろ……」
息も絶え絶え、意識があるのがおかしい状態でランは剣を構えた。
コクは未だに自信を睨んでくるランの視線を感じ取り、驚きはしないが感銘を受けているようだった。
「根性の座った奴だ。それだけボロボロの身体をしておきながら未だに負けん気もない生意気な姿勢。こちらを仕留める気満々のその目付き。余程強い精神力を持っているな」
コクは足を進めつつ、ランが何故ここまでして立っている理由が知りたくなった。
「何故そこまで強気でいられる? そこの女にそれ程の価値でもあるのか?」
コクは改めてユリを見たことで、ランの側にいたぬいぐるみと同じ黒いリボンの存在に気が付いた。
「そうか、お前あの時のぬいぐるみ! あんな不便な姿をしていたって事は、人目につきたくない事情があるのが妥当」
そこにブルーメが核心に迫る鶴の一声をかけてきた。
「コク……その男、次警隊の……隊長よ」
「次警隊の隊長。へえ、わざわざそんな人が守るって相当な御要人」
「そんなんじゃねえ!!」
ランはどうにか力を振り絞って立ち上がり、コクに向かって歩き出そうとする。
「コイツは……俺の家族だ! 家族は、何があっても失いたくねえ!! それだけだ!!!」
満身創痍でありながらも強気な台詞を飛ばすランに、コクはふと足を止めた。
「家族……」
するとほんの少し抱けコクの気が緩んだ瞬間、突然二人の間から煙幕が発生し、幸助のいた場所までを包み込んだ。
(煙幕? アイツらのじゃないな)
冷静に状況を確認しようとするコク。微かな音や煙の流れで違和感を見つけ出した彼は、そこに蹴りを入れて命中した感触を受ける。
その場にいたのは、目元以外を黒いマスクや頭巾で覆った素性が一切知れない青年。
「何者?」
「ウッヒ~! 気配消してたのにこれか! 見つかんのはやすぎやろ!!」
独特な言葉回しをする青年はすぐに後ろに距離を取るも、コクは追撃をかけようと仕掛けに入る。
「逃がすか!」
「ややね! 逃げさして貰うわ!!」
青年は何処かから取り出した手裏剣をコクに向かって投げ、右手の人差し指、中指を真っ直ぐ上げて残りを曲げた印を結んで微かに技名らしきものを口にした。
「<八つ裂き手裏剣>」
唱えた途端に手裏剣は回転している円周上に光りを発生させ、瞬く間に光りを巨大化させてコクに迫りかかった。
腕にかすった光りで傷がついたことを見たコクはすぐに追撃をやめて後ろに下がり、技の効果が収まるまで距離を取ろうとする。
しかし光刃の展開速度は素速く、生ぬるい動きでは確実にコクの身体を真っ二つにする速度があった。
「クッ! 逃げるより砕くだな。<赤衝>!」
コクは強く握り締めて光り輝いた右拳を光刃にぶつけ、真っ向から相手の技を相殺しにかかった。
狙いは的中し光刃は消滅、発生した衝撃波で煙幕も晴れたが、そこにはもう距離の離れた南を含め、ラン達一行の姿は消えてなくなっていた。
「フゥ……あの短時間で逃げたのか。まあいい、俺達の仕事は別だしそっちを優先して……」
コクが気持ちを切り替えてゴンドラの捕獲に後ろを振り返ると、ゴンドラの一団全ての姿も消えていた。おそらく二人がラン達に意識を剥けている間に既に転送されていたのだろう。
「抜け目のない男だねぇ……」
ブルーメは上げた首でコクの顔を見ると、より機嫌を悪くして話しかける。
「アンタ……何笑ってんのよ……」
コク自信も指摘されて初めて気が付いた。ランのやり口を面白く思い笑みを浮かべている自分に。
画して、ラン達一行は突然と吸血鬼の世界から姿を消してしまった。何処へ行ってしまったのか、この場に何に手掛かりも残っていなかった。
突然現れた何者かによって吸血鬼の世界からラン達は移動してしまいましたが、第四章はもう一話続きますので、もう少しお付き合いお願いします。
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