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4-26 二重の策

 目の前にいるこれまでのどんな怪物よりも恐ろしいとされる女。彼女に対抗する策を思い付いたというラン。

 幸助は彼の作戦がどんなものかと聞きたいのはやまやまだったが、蹴り一撃を受けたとて怯んでいない女を前に悠長に会話は出来なさそうだ。


 幸助は全容を聞く事は諦め、自分がこの場で何をすればいいのかを聞く形に変えた。


「細かいことはいいや。俺は何をすればいいの?」

「簡単だ。奴を警戒しつつ責め続けろ。ただし出来るだけ距離を取ること。そして……散れ!!」


 会話の最中、女はまた地面をえぐる攻撃を仕掛けてきた。ランと幸助は咄嗟に左右に分かれると、動いている最中にランから最後の続きを聞いた。


「俺とも離れて動け! 以上!!」

「了解!!」


 とりあえずの指示を受けた幸助は、ランの言うとおりに距離を取って走り出し、出来るだけ魔力消費の少ない技で応戦した。


 女はまたしても攻撃をかわされたことに少し憤りを感じ、特に攻撃を感知しているであろうランに睨みを効かせる。


(あの男ね。さっきからあ~しの攻撃がかわされる原因は。コイツらの頭脳担当かしら? なら)


 女はまずランを倒してしまおうと同じ技をランに向かって連続して撃ち出す。だが距離を取っている上横に移動している彼には当たらない。これはランの仮説だった。


(理屈は分からん。だがあの女の攻撃は、中距離間を一直線上真っ直ぐに進んでいる。横幅が広がっていく事はない。とりあえず横方向に走り続けていれば直撃が避けられるだろう)


 ランの動きを模倣する形で、幸助も横方向、ランとイタチごっこをするように反対方向を走っている。

 女はランを始末しようとしても、後方から跳んでくる幸助の攻撃に気を散らされて狙うに狙えない。

 ランの考えたこの策は、単純ながらかなり効果があったようだ。


「後ろからちょこまかと面倒ねえ」


 かといって幸助に攻撃を向ければ同じようにランから妨害を受ける。小賢しい挟み撃ちの対処に悩む。

 ランは現状を見て効果があるのを確認したが、決定打にならない事も承知している。


(長丁場になれば疲労があるこっちが負ける。やれる手があるとすれば一つだ)

「幸助!!」


 ランの叫びを聞いた幸助が彼に顔を向ける。するとランが走りつつも剣に結晶をかざしている動きを見て大技を撃つつもりであることを知る。

 だが彼がただ技を出すだけでは、女にまたかき消されるのが関の山。つまりそれを防ぐために出来るのは。自分の彼と同じタイミングに大技を出すことだ。


(体力からして残り一発が限界だろうけど、アイツのことだ、何かある!)


 幸助も限界一発の七光衝波を、ランはこれまでの恐竜の結晶とは違うものをかざして技の準備をしていた。


(フジヤマ。早速借りるぞ!)


 かざしていたのは魚人の世界の結晶。使うのは初めてだが、地を走る恐竜より海を泳ぐ怪魚の方が素速いと考えた為だ。


 ランが剣を振るうと、発射された懺悔気は怪魚の頭の形に変形し、彼の予想通り、恐竜の衝撃波よりも素速く相手に飛んでいった。

 幸助も七光衝波を発射。女は二人による挟み撃ちを仕掛けられる。


「よし! これならどちらかは消すことが出来ない!」

「なんて思っているんでしょうね。砂糖菓子並みに甘いわね」


 女が近付いてくる二つの衝撃にそれぞれ視線を向け素速い舌舐めずりをすると、一言静かに言葉をこぼした。


「<乱池(ランチ)>」


 直後、轟音が響き渡り、衝撃二つが周辺一帯の地面ごと削り取られて消滅してしまった。


「飲み込まれた!? 反対方向二つの攻撃を同時に防ぐなんて出来ないんじゃなかったのか!?」


 喋ったことで女は幸助に視線を向け、始末しようとナイフの先端を尖らせる。

 ところが動きかけた直前、後ろから何かが自分に向かってくることを察知した彼女は咄嗟にナイフの回し斬りでこれを防いだ。

 すると次の瞬間、彼女が攻撃した袋が切り裂いた箇所から開き、中に入っていた大量の白い粉が宙に舞い彼女の身体に覆い被さる。


「ちょ! 何これ!?」


 顔を中心に身体が真っ白になってしまう彼女が不機嫌な顔になっていると、粉の後ろでさっきまでよりも後ろに距離を取っていたランが間髪入れずにレーザー銃を発砲。直後に幸助に叫ぶ。


「下がれ幸助!!」

「ハイッ!?」


 もう訳も分からないままにランの言うことを聞いて後方に走る幸助。逃がさないと女は彼を追いかけようとするも、直後、突然自身の周りに大爆発が発生した。


「ナッ! ナニイィ!!!?」


 爆炎の広がりのはやさについて行けず、女は炎の中に飲み込まれた。


 幸助が何が何だか分からず、ただ目の前の事に呆気に取られて口を大きく開けていると、左腕に付けているブレスレットから着信が入った。開いてみると、ランからの通話が来ていた。


「よう、怪我は無いか」

「あ~……俺は大丈夫だけど、今の何? 投げていた粉にでも秘密があるの?」

「いや、あれはユリの食事用に持ち運んでいた小麦粉だ」

「小麦粉!? そんなものであんなことが!?」

「『粉塵爆発』って奴だ。知らないのか?」


 粉塵爆発。小麦粉のような可燃性の粉が大気などに浮遊した状態で火元が近付けられることで、連鎖的に火が燃え移り爆発を起こす現象。


※場合によっては本当に出来てしまうので、よい子は真似しないでね☆


 これはランの保険だった。相手の技の引き出しは未知数。万が一周辺一帯を同時にえぐり取ることが出来たときのため。

 更に技の発動速度も分からないとくれば、万が一ランの幸助の技のタイミングが少しでもずれれば消し去られる可能性もある。


 なのでランは粉塵爆発を使った。自分達の技を放ち、それが封じられたとなれば幸助が必ず動揺し声を出す。とすれば女は声を聞いた幸助の方に意識を向け、ランへの注意が一瞬それる。

 ランはここをつき、用意した小麦粉の袋を正体が露見しないように投げることに成功。後はレーザーで小麦粉の一部を発火すれば爆発が起こり女は直撃を受ける仕掛け。


「こうなれば流石にダメージを喰らうだろう」

「今の説明、お前しれっと俺のこと囮にしていたって事か?」

「使えるものは何でも使う主義なんでな」

「使いすぎだ!!」


 思わずランに怒り顔で突っ込みを入れる幸助だが、それだけ心に余裕が出来たということなのだろう。


 時間が少し経過し、爆発の煙が晴れていく。警戒を強めようとする二人だったが、この行動が既に手遅れであったことに気付く。


 鈍い音が響き、ランは自分の身体に大きな違和感を感じて下を見た。


「ラン?」


 幸助も彼の奇妙な動きに視線の先を合わせると、ランの腹が後ろから貫かれている瞬間があった。


「ラン!!」


 腹から出血するラン。後ろを振り返ると、ここまでと違い猪狩の顔を歪ませて血走った目を見せる女が睨んでいた。


「お前!?」

「やってくれるじゃない! あんな爆発起こすなんて!! もう少し動きが遅れていたら本当に真っ黒焦げになっていたわ!!」


 ランは口からも血を吐き、何故女が真後ろ、それも至近距離にいるのかの理由を考えた。だがそんなことをせずとも、女の方から説明を始める。


「残念だったわね。あ~しのあの攻撃の速度は相当なものなの! 爆発の中自分が脱出するための穴を

一瞬だけ広げることは可能。

 おまけにアンタはどうにも探知が得意なようだけど、視覚は炎で、聴覚は爆音で誤魔化すことが出来た。気配を消して回り込めば、ここまで近付くことはそこまで難しいことでは無いわ。生憎、人間をやめた身体だから」

「人間をやめた!? まさか、フジヤマと同じ人間ベースの兵器獣か!!」


 女の正体が分かったところで今更だ。女のナイフはネオニウム製のローブすらもいとも簡単に貫通し、より深々と突き刺さろうとする。


「やめろぉ!!」


 幸助は激情に駆られながらランを助けようと女の首めがけて力任せに剣を振る。

 女はランに突き刺したナイフを引き抜きつつ後ろに下がると、ランは流石のダメージに膝をついてしまう。


「ラン! 大丈夫か!?」

「大丈夫だこのくら……カハッ!!」


 強気な言葉とは反対にランの身体は吐血し、相当な損傷があることを伝えてくる。


「無茶するな。後は俺が」

「よそ見しないで!!」


 ランに気を使っている幸助が少し意識を逸らしている合間に、女の回し蹴りを右脇腹に受けてしまう。


 人間とは比べものにならない彼女のパワーに、幸助は気絶しているゴンドラの隣を軌道に吹き飛ばされてしまった。

 普通の人よりかなり頑丈な身体をしている幸助も、彼女の攻撃を受けてようやく地面に転がれた時にも強い吐き気に襲われた。


「カッ!……ハッ!……なんてパワーだ。一撃貰っただけでかなり」

「休む暇なんて与えないわ!!」


 幸助がなんとか立ち上がるとしている間に間合いを詰めていた女は、ダメージの残る彼に容赦無くナイフで切りつける。

 幸助は身体を転がせるなどして直撃を避けるも、かすっただけで彼の身体にも傷が増えていった。


「いつまで逃げられるのかしら? 面倒だから、いっそまとめて平らげようかな」


 女は調子を取り戻してきたのかまたしても舌舐めずりをする。ここに来て幸助は近くにいる彼女の言葉がハッキリ聞こえて来た事で、あることが予想に浮かんだ。


()()()()って、まさか食べているのか!?」

「そう。これが私の能力。一瞬にしてあらゆるものを食べることが出来る。その分常にお腹がすくのが難点だけど、またその分食べればいいだけのこと」


 倒れている幸助にナイフが突き付けられる。いくら急いで動いたとしても、本気になった女を相手に逃げられる自信はなかった。


 これを離れた場所からユリを連れて見ている南。いつもなら一目散に飛び出していきそうだというのに、何故か今の彼女は足がすくむだけで出ていこうとしなかった。

 ユリはそんな彼女の汗を流す震えた顔にぬいぐるみ故声は出さないものの彼女の違って飛び出そうとするが、南が力尽くで押さえ込んでいる。


 南が動かず、ランが負傷した今、ユリが元に戻って出て行ってもとても間に合わない。

 女の冷血に刃物が幸助に振るわれるかと感じ、彼自身も受け入れかけたそのとき、横からの叫び声が彼女の動きを止めた。


「待て!!」


 声の主は、負傷し息も荒く、前進が汗を噴き出した状態で立ち上がったランだ。女はボロボロな状態の彼を見て思わず鼻で笑ってしまう。


「ダッサイ姿。まさかそんな満身創痍であ~しとまだ戦う気?」

「だったら、どうした!」

「余程死にたいようねえ。いいわ。アンタから切り裂いて、食べ安くしてから美味しく頂こうかしら!!」


 女は幸助は放ってランに殺すためにナイフを持って走り出す。今の彼にとても勝ち目が見えない幸助は逃げ出すように叫び出す。


「ラン! 逃げろ!!」


 当然今のランに注意を促したところで逃げられるわけがない。抵抗も出来ないところに向かう強靱な刃に為す術がなくやられると思われたそのとき、ランは、一人静かに呟いた。





「 エメラルルド 」


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