4-24 ワガママは人を救う
段々と意識が回復し、ゆっくり目を開いたアングラ。しかし彼がぼんやりとすることは許されず、まず先に目を向けた箇所に殺意を向けるランと、彼が構える剣を刃があったからだ。
「アガッ!?」
「目が覚めて早々悪いが、お願い聞いてくれるよな?」
身体も拘束され、抵抗も出来ない状態からの脅し。アングラは屈するしか選択肢はなく、カプセルに閉じ込めていた人達を解放せざるを得なかった。
次にカプセルから解放し、負傷を敢えて手当てで済ませた状態で国王、及びマルジは目を覚ました。
「ンッ! ンン……ハッ! 私は……そうだ! 変な怪物に捕まって、何処かに飛ばされて」
「国王陛下」
声を聞いた国王は視線を向けると、自身に対してへりくだった姿勢を取る、カルミを始めとしたこの場にいるもの全員がいた。もっともゴンドラの監視をしているランと幸助、ユリを除いてだが。
「君は、ロソーア嬢」
「お、お前! 何故お前がここにいる!? お前は禁忌を犯して投獄したはずだ!!」
混乱が冷めやらず荒っぽい口調でカルミを罵倒するマルジ。これに国王が手を挙げたことで黙り込ませる。
「色々聞きたいのだが、話してもらえるか?」
「もちろんです」
「私からも! させてください……」
別の場所から聞こえて来た声。幸助に連れられ避難していたユレサもここにやって来たようだ。
「ユレサ! 君は無事だったか!」
掌を返してユレサに近付こうとするマルジだが、あまりに感情のままに流された動きをする彼に国王が指摘する。
「止まれマルジ! まずは話を聞くのが先だ」
「は、はい。父上」
そこからカルミやリガー、ユレサのそれぞれの主観から見た今回の事件の全貌を二人に説明した。
異世界人にオーバーテクノロジー、普通に聞けばとても信じられないようなないようだが、幸い話を聞いている二人も怪人の姿を見ていたため、内容を疑われることはなかった。
「そうか……下手をすればこの国はおろか、世界そのものが危機に瀕していたというのか。それを、君達が救ってくれた。国王として、心から感謝する」
国王は素直な気持ちを持って頭を下げるが、マルジはそれを止めようとする。
「何をしているのですか父上! 吸血鬼や犯罪者に頭を垂れるなど、国王のやることでは」
「黙れ馬鹿者が!!」
マルジは国王の怒鳴り声に身を震わせて口を閉ざした。
「この方達は国から差別を受ける身でありながら、自らの身を省みずにこの国を! 世界を救ってくださったのだ!! 態度を改めるべきはお前の方だマルジ!!」
「そ! そんな……」
国王は改めてカルミを見ると、どうにか彼女達に恩返しが出来ないものかと考え、真っ先に思い立った事を口にした。
「この国は吸血鬼によって救われた。私の権威で出来る範囲だが、君達吸血鬼の権威を上げることを確約しよう。
ロソーア嬢、君の罪も始めからなかったことに。いや、元から君は何も犯罪を犯していなかったのだな」
「国王陛下……」
カルミ達一同は同時に頭を深々と下げ、自分達の願いが通じた感謝を声に出した。
「ありがとうございます!!」
「止めてくれ、感謝するべきは、我々の方なのだから」
「父上……」
マルジはカルミの態度にいまだ納得がいっていないようで、国王をも方ってユレサの方に駆け寄った。
「そんなことよりだ。ユレサ、君が無事で何よりだよ。あんな怪物共に利用されてさぞ辛かっただろう。
でももう心配ない。君には罪はないんだ。これからは僕が婚約者、ひいては主人として君を助けて……」
「マルジ王子……」
ユレサは一度視線を下に下げて小さめの声を出したが、次の瞬間、頭の中に幸助とのやりとりが思い浮かんだ。
「勝手に自分で諦めたら、前に進めない」
ユレサは頭を上げ、ハッキリマルジの目を見て自分の口で告げた。
「私と貴方の婚約のお話、白紙にさせてください!!」
「エエッ!!?」
マルジの頭に衝撃が走った。動揺する中、ユレサは上がってテンションに押されるところもありながら、自分の意思を持って話を続けた。
「どうして!? 僕と結婚することが君にとっての望みじゃ!?」
「私、やっぱりもっと勉強して、科学者になりたいんです!! だから、王子とは結婚できません!! ごめんなさい!!」
頭を下げて謝罪するユレサ。マルジはこれを受けて態度が同様から逆ギレに変わっていき、彼女を怒鳴りつけようとした。
「黙って聞いていれば! たかだか庶民の分際で! 王子の僕になんて口を!!」
「マルジ!!!」
マルジは怒鳴る途中、自分の父親の怒りがこもった叱責を聞いたことで再び身を震わせ肩が上がってしまう。
更にマルジが後ろを振り返ると、いつの間にか近付いていた国王によって左頬を思いっ切りぶたれてしまった。
「痛い!! 痛いよぉ!!……」
「本当に情けない……どうやら私はこれまで、お前を甘やかせすぎたようだな。
これからはもっと厳しくしつけてやろうマルジよ。お前から国も人も思えないような子供の性根が消え去るまでな!!」
「そ、そんな……父上……」
横で泣いているマルジは無視し、国王はユレサにも謝罪の態度を取った。
「貴方にも謝ろう、シーズ嬢。君はもう王家に縛られることはない。自らのしたいことをやるといい。当然、金銭面に関しては、我々が負担する」
「国王陛下……私にまで、本当にありがとうございます!!」
残念なマルジ一人を取り残し、この国で起こっていた大きな歪みは、これから少しずつ改善されていきそうだ。
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一方の王城外の物陰。身柄を拘束し気絶させたゴンドラを引き連れ、ラン達一行は一人離れていた南と合流した。
「あ、皆」
「よう、お疲れさん。この通り騒動は解決だ」
「そうか、よかった」
ランの言葉を聞いて安心した南は、ただでさえ疲れて壁にもたれていた身体がより体勢を崩した。咄嗟にランから離れたユリは変化を解いて彼女の側に行き、倒れそうになる彼女の身体を支えた。
「ユリさん」
「酷いダメージ。待ってて、すぐ回復するから」
ユリは目を閉じ回復術を使う中、南の目付きは何処か暗い様子だった。
何か引っかかる事でも出来たのかとランが彼女に聞こうとしたが、その前に幸助の名前を叫ぶ女性の声が聞こえてきた。
「コウスケさん!!」
全員が目を向けると、やって来たのは国王との話を終えたカルミ達一同。声の正体は先頭を走っているユレサだ。
「ユレサさん」
コウスケの近くにまで走ってきたユレサは、足を止め息切れしている姿で彼に頭を下げて感謝の言葉を口にする。
「ありがとうございます! 私、貴方のおかげで勇気が出せました!!」
「えっ? ええっ?」
言われる側からすれば何のことか理解しにくかったために首を傾げていると、ユレサは顔を上げてすぐに彼の両手を包むように自信の両手で繋ぎ感謝の理由を話す。
「私! 自分から婚約を破棄してきました! それだけじゃありません! 科学者としての援助も受けることになって……
全部、コウスケさんのおかげです。貴方が勇気づけてくれたから、諦めない事を教えてくれたから!!」
「いやいや! 俺はただ横から話をしただけで……褒められるようなことはないも」
謙遜する幸助だが、ユレサは首を横に振って否定する。
「そんなことありません! 会って時間も経っていない私のために、貴方は助けて、寄り添ってくれた。貴方がいなければ、私は利用され、捨てられていましたから」
少し離れているランの元にカルミとリガーが歩いてくる。ランが先に話しかけたのは自分達をそっちのけで話している幸助とユレサについてだ。
「なあ、あの感じ」
「オホォ~! イイものを見たのお!」
「分かりやすく甘い空気ですね」
「歩くフラグ建築士かアイツ。ったく、アイツらがとことん浮かばれねえ」
「アイツら?」
「知らなくていい」
ランの頭にまたしても勇者の世界にいる幸助の仲間三人が思い浮かんだ。
同情はせずとも幸助の天然たらしっぷりに呆れかえっているランに、カルミは広げた扇子で口元を隠してふと何かを手渡した。なんとそれは、カルミが所持していたこの世界の結晶だ。
「これ!」
「色々世話になったからのお。借金以上の働きとしての退職金じゃ。お主らには他にまだまだやることがあるのじゃろう」
「ほう、これは気前のいいことで。おありがたく受け取ります」
ランが結晶を手に入れてしまう中、カルミの台詞を聞いていたユレサが幸助の手を話して少し寂しそうな顔になる。
「あ……すみません。コウスケさん忙しいのに、勝手に時間を取ってしまって」
ユレサはこれまで自分を利用していたゴンドラと決別できたものの、一人になってしまったのは変わらない。そして仲良くなれた幸助とも、ここでお別れになってしまう。
「ユレサさん……」
幸助としても、孤独なユレサに寄り添ってやりたい気持ちはある。しかし、だからといって自分の目的を何も果たせていない今、幸助は旅を終らせるわけにはいかない。
お人好しが災いして彼女にかける言葉を悩ませてしまう幸助。このむず痒い状況を打破したのは、割って入ったカルミだった。
「何じゃお主、要は一人になって寂しいのか」
「デリカシーの欠片もない」
「お嬢様はそういう方ですから」
隣のランとリガーが若干引きつる反応を示す中、カルミはユレサに近づき畳んだ扇子を彼女の左肩に当ててサバサバとした軽口で提案した。
「ならばお主、わらわの屋敷にでも住めば良いじゃろう」
「「……ハイィ!!?」」
ユレサと幸助、二人揃って驚く動きをする。カルミの隣にいるリガーは慣れた様子で「ああ、またお嬢様のワガママか」とでも言いたげな様子だ。
カルミは困惑するユレサをそのままに勝手に話を続ける。
「お主の勉学の努力は素晴らしい。貴族の学校に特別入学が出来るほどじゃ! ならその知識、側に置きたいものでのう。もちろん、必要なものは用意してやる」
「用意するの僕らなんですけどね」
「今更戻ってきて欲しいとかいうなよ」
「言いませんよ」
カルミはユレサに当てていた扇子を離し、ユレサも身体の向きをカルミに向ける。
「ロソーア様……」
「カルミでいいのじゃ。お主とは、友として接したい」
「カルミさん……ありがとう、ございます……」
カルミは実にワガママだ。だがそのワガママは、決して自分だけのことを考えているのではない。自分を含め、自分の助けたい人全員を幸せにしなければ気が済まない。
ある意味ではランと似たもの同士なのだろう、と回復中のユリは思っていた。




