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4-13 縛られるユレサ

 タイミングよく広間の中に登場した幸助の存在に、当然ゴンドラ一行は反射的に質問してしまう。


「何故ここにいる!?」

「広間に放った兵士は、吸血鬼を仕留め損ねたのかぞ!?」


 飛び交う質問に、幸助は自慢気どころかジト目をしながら顔に冷や汗を流して一瞬顔を背けて返答した。


「あぁ……それについてはあんまり聞かないで。そのときのこと、思い出しただけでインパクトが強いから……」


 戦闘中でありながら、幸助の頭の中に先程の魔法少女に変身したランの姿がチラつく。

 今は笑っている場合ではないと首を振って邪念を払った幸助は、隙を突いてスプレーを吹きかけてきたウィーンの攻撃を咄嗟にかわして再び剣を構える。


「ほお、中々に素速いですぞ」


 幸助は距離を取って警戒しつつ、現在の広間の状況を頭の中で整理する。


(怪物が四体にユレサさん。他に人はいないようだけど、ユレサさんのあの表情、そして今の声。まずは確認するか)


 幸助は思い立った仮設を確かめるためにゴンドラに話しかける。


「もしかしてアンタ達、ユレサさんの使用人の……」

()使用人ですぞ。ここまで来れば用済みとなったので、先程手を切らせていただいた所存ですぞ」


 堂々とユレサを捨てたことを告げたウィーンの態度に、幸助はユレサが何故絶望の表情を浮かべているのかを理解し、ゴンドラに対して怒りを覚えた。


「そういうことか」


 ランから聞かされた仮説の時点で、カルミ達が追い込まれたことには裏に誰かの存在があるとしていた。


 それが今目の前いる。挙げ句、ここまで自分達の主人であったはずのユレサですら軽々と切り捨てた姿勢に、幸助は怒りにまかせて走り剣を振り下げた。


 ウィーンは右手のハサミで剣の刃を受け止め、力の押し合いをしながら鼻で笑うような態度で幸助に話しかける。


「ほほう、怒りにまかせて突撃とはいかにも感情的ですぞ。あまり使用人には向かない性格だ」

「主人を軽々と裏切った奴に、言われたくない!!」


 幸助は力比べで押し勝ちウィーンを弾き飛ばすも、ウィーンは敢えて下がって玉座も側にまで後進する。


 幸助はすぐに追撃をかけようとするも、直後に後ろから物音が聞こえてきたことで足を止めて振り返った。

 現われたのは広間の外にいた兵士数人。様子のおかしな同じ格好の男であった幸助を怪しみ、ここから物音がしたのも重なって駆け付けたのだ。


「何の騒ぎだ!?」

「貴様! 見ない顔だな。こんなところで何をやっている!?」


 目の前にいるはずの怪物ではなく、真っ先に幸助の方に注目してきた。

 幸助自身はどういうことだと視線を前に戻すと、ウィーンは怪物の姿を変身させて再び国王になりすまし、アングラはマルジ、残り二人も兵士に変身して二人を守っている風に構えていた。


「これは!!」


 何も知らない人から見れば、王家親子とユレサに幸助が凶器を持って襲いかかっている状況にしか見えない。

 幸助はすぐに兵士達に説明しようとするが、異世界人や変身能力なんてこの世界の常識から外れた概念を一から説明したところで早々理解されるものではない。


「貴様! 国王陛下に何をする気だ!!」

「大人しく投降しろ!!」


 幸助が口を開いて説明するよりもはやく、兵士達は幸助を拘束しようと武器を持って向かってきた。


 黒幕を見つけ出してもこの場では倒すことも捕まえることも出来ない。かといってこのままユレサを広間に置いたままにしていては危険すぎる。


 迷っている時間はない。幸助は向かってくる兵士達に対して剣から離した左手を強く握り締め、離した途端に白い光りの球を出現させて宙に浮かせた。


「<閃光玉(せんこうだま)>」


 次の瞬間に白い球は大きく光り輝き、ゴンドラも兵士達も目を眩まされて幸助の一が視認できなくなった。

 幸助はこの隙に放心状態になったままのユレサの腕を掴み、無理矢理引きつける形で広間から脱出した。


 幸い広間の近くにはあまり兵士がいなかったようで、すぐに追っ手をまいて人気(ひとけ)のない場所にまで逃げ切ることが出来た。


 しかし必死な思いでユレサを連れ出した幸助に対し、彼女は混乱していた思考を戻しきれないままに彼を拒絶した。


「放してください!」

「でも、君は……」

「放してください!!」


 二度も強く言われたことで幸助は仕方なく掴んでいたユレサの腕を放した。


 解放されたユレサは途端に後ろに下がって幸助から距離を取る。幸助はこれを突然仲間に裏切られた事による錯乱からだと予想したが、次の彼女の台詞で間違っていたことが分かった。


「来ないで! 貴方も! 吸血鬼なんでしょ!!」

「吸血鬼? 俺が?」


 当然幸助は吸血鬼ではないのだが、カルミの使用人は吸血であるというマルジからの情報を受けていたユレサには、おそらく言っても信じない。


 だが幸助が自分が人間であることを言おうとする前に、彼女はマルジから受け取っていた十字架を幸助に向かって掲げた。

 ユレサは恐怖と混乱のために後先を考えずこれで幸助を殺そうとしてしまったが、当然これが彼に通じることはない。ユレサは更に混乱に襲われてしまう。


「あ、あれ? 何で!? 何で効かないの!? これで吸血鬼を倒せるって!!」


 十字架の裏表を何度も見て何処か壊れているのかと探すユレサに、幸助はへりくだる態度をとり、彼女を刺激しないように出来るだけ優しい声で返事をした。


「あぁ……俺、吸血鬼じゃないから」

「え?」


 反応を示したユレサに、幸助は端的にここまでのことを説明した。


「俺、数日前に色々あって弁償沙汰になっちゃって。その弁償って事で、あそこの屋敷の使用人に」

「そ、そうだったん……ですか……」


 幸助の対応が上手くいったようで、ユレサが少しだけ落ち着いた態度になった。


「すみません。そうとも知らずに……私、過去に吸血鬼に襲われて……怖くて……」


 ユレサは自分で言ったことで過去のトラウマがフラッシュバックしてしまい、身体が震え出す。それを引き金にまた恐怖に混乱されてはいけない。


 幸助は震えだしたユレサに対し、叩くように彼女の両肩に触れ、真っ直ぐ彼女の目を見ながら一言の言葉をハッキリ口にする。


「大丈夫!!」


 単純な方法。しかしこういうパニック時には意外とこういう単純な手が効くものだ。ユレサは心拍を抑え、息をゆっくり整えた。


「治まったかな?」

「あ、ありがとう……ございます」


 幸助は辺りに兵士がいないことを確認しながら話しかけた。


「その、聞いていいかな。広間の中で何があったのか」


 ユレサは一度小さく頷くと、主観で分かる範囲ながら広間で起こった事を話した。


 幸助は話を聞いて驚いた。『ゴンドラ』、カルミの屋敷で働く事になる前に大悟から話を聞いていた、様々な異世界で暗躍し、奪い取った土地を売り払う地上げ屋。

 その犯罪者達の名前を、まさかユレサから聞く事になるとは思いもよらなかった。


「そうか、奴らがゴンドラだったのか」

「コウスケさん、その言い回し」

「ああ、これ言っちゃっていいのかな……」


 コウスケはふと自分がこぼしてしまった台詞でユレサに妙に疑われてしまう。

 だがランも初対面の自分に対して堂々と異世界から来た事も話していたことから、ユレサに対してなら良いだろうと自分の正体を話すことにした。


「俺と仲間達は、こことは違う、別の世界からやって来たんだ。この世界で犯罪を犯しているゴンドラを追っていた。

 まさかこんなところで見つかるなんて思わなかったけど」

「ここと違う世界? さっきウィーンさんも言っていましたけど」


 幸助はむず痒そうな表情になって頭をかき、ユレサから視線を逸らす。


「俺もよく分かってないんだけどね。でもこの世界の外には、まだまだ俺達には全く想像もつかないような色んな異世界が広がっている」


 幸助は話をしている最中に自然と優しく笑った顔に戻った顔をユレサに向けた。


「俺は偶然別の世界に来ちゃった身だから、生まれた故郷に帰るために旅をしている。

 けど行く先々で出会う人達とか、色んな景色を見に行けるのは、とても凄い体験をしていると自分でも思っているよ」


 幸助のどこか楽しそうな語り口調や表情に、ユレサはふと顔を沈めてため息のように言葉をこぼした。


「羨ましいですね」

「羨ましい? 俺が?」


 ユレサはさっきよりも少し大きく頷き、幸助から顔の向きを外して理由を口にした。


「私は、結局やりたいことをやれていませんから」

「ユレサさんのやりたいこと?」


 ユレサは顔を天井より先にある空を見ているように上げ、何処か自分を卑下するように口角を上げながら話を続ける。


「私、科学者になりたかったんです。工場の廃棄物で、庶民の生活環境はどんどん汚染されてしまって、病気になってしまう人も多くいました。

 だから私が科学者になって、少しでも皆が明るく暮らせる国にしたいって」


 ユレサは語りながら、過去の自分を振り返っていく。


「いっぱい勉強しました。庶民の出身だからって、諦めたくなかったから。その甲斐あって、貴族の人達が通う名門校に入学することが出来て、より将来のための勉強がすることが出来た。けど……」


 この時彼女の頭の中に流れ込んできたのは、当時同じ学校に在籍していたマルジの姿だった。彼は手を差し伸べ、笑いながら話しかけてきている。


「その途中で、マルジ王子に気に入られ、密かに縁談を結ぶ流れにまでなってしまいました。

 元々王子は、高慢な態度のロソーア嬢を嫌っていたようで、変わりを見つければすぐに理由を付けて追い払うつもりだったようです。

 断れませんでした。この国の女性にとって、王家に嫁ぐことはこれ以上ないほどの至高の喜び。そう教えられてきたからです。ウィーンさん達の説得に押し切られ、私は自分の意志を貫くことが出来なかった」


 ユレサは自身の右腕を左手で強く掴む。自分の意志を曲げてしまったもどかしさと、それすら全てこの事件のための一部に過ぎなかった事を知った悔しさによるものだ。


 彼女にどう声をかけたら良いのか分からない幸助。だが次の瞬間、ふと彼の頭の中に以前にランと自分を比較したときのことを思い出した。


「勝手に自分で諦めたら、前に進めない」

「?」

「俺がある人物を見て学んだことさ。アイツはほんの少しで可能性があれば、自分の希望を諦めずに突っ走ってる。口で言うと単純だけど、落ち込むって事を知らないような、凄い奴さ」


 幸助が思い浮かべたその男は、今まさに地下牢内にて騒動に巻き込まれているところだった。


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