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4-9 新しい婚約者

 犯罪を犯したとはいえ、貴族の中でも有数の家の人物であったカルミがこうもあっさりと逮捕された事実に、広間に居た他の令嬢達は使用人も含めて唖然となった。


 どう動けばいいのか分からないと誰も言動の一つもしない沈黙が流れたが、これを変えたのもまた騒動を起こした張本人だった。


「皆、長い時間失礼した。せっかくの楽しみの場を汚してしまったな、謝罪する」


 頭を下げる国の第一王子。彼よりも立場の低い令嬢達は、こうされてしまえば当然彼を立てる流れになる。


「あ、頭を上げてくださいませ王子!!」

「そうです! あれは全てロソーア嬢が犯したこと。王子の迅速な判断のおかげで被害が少なく済んだのです!!」


 マルジは令嬢達の養護を受けて頭を上げる。


「そうか。諸君らの寛大な心に感謝する。それでは気を取り直して、晩餐会を楽しもうか」


 マルジの言葉を皮切りに広間に広がる令嬢達。マルジも後ろに振り返ってユレサの前に跪き、自ら踊りの誘いをする。


「それではユレサ嬢、どうか私と一曲、踊っていただけませんか?」


 王子から差し伸べられた手。ユレサは先程のショックが残っているのか体を震わせていたが、ゆっくりと彼の手の上に自身の手を乗せた。


「は、ハイ……」


 マルジは少し口角を上げると、立ち上がって彼女の手を引き、広間に流れ出した音楽に合わせて踊り出した。


 少し後の時刻、三人の兵士が上にの通路を歩き、使用人達を追い詰めた別の広間の扉を開けた。


 中にいる使用人の風貌の人達は全員その場に倒れ、兵士だけが立っていた。


「始末は完了したようだな」

「全く、なんで国で一番豪華な城の中で吸血鬼の始末なんてしないといけなくなるんだか」

「数が多いんだ。下手に連行しようとして逃がすより罠に囲って追い込んだ方が簡単。マルジ王子からの指示だろう?」

「こりゃ掃除が大変そうだ」


 人殺しとは思えない軽い会話の流れ。彼等にとって吸血鬼とはとことん害虫と同じ扱いなようだ。


 兵士達は広間の中の吸血鬼達が全員始末が完了したことを確認すると、更に数人を引き入れて部屋の掃除をしようと扉を閉じた。



______________________



 晩餐会の時間が進み、夜も更けてきた時刻。王子に案内されたユレサは二人っきりで城の庭園に出て来た。


 目の前で吸血鬼の姿を見たことでうつむいているユレサに、マルジはふと振り返って謝罪した。


「先程のことはすまなかった。計画とはいえ、、君の目に吸血鬼の姿を醜い姿を見せてしまった」

「い、いえ……私のような庶民に、謝らないでください、マルジ王子」


 謝られたことに謝り返すユレサ。それでも彼女の事情を知っているマルジからすれば、どんな事情であれ非が自分に有るという自覚があった。


「僕は、君が幼少期に吸血鬼に襲われたことを知っている。君が今は大丈夫だとしても、せめて謝罪は受け取って欲しい」


 こう言われてしまえば受け取らざるおえなくなる。頭こそ下げるも、これ以上反抗ともとられかねない遠慮もしなかった。


「わ、分かりました。ありがとうございます」


 マルジは自分の中で納得したのか、少し口角の上がった表情をして頭を上げた。続いて彼はしんみりした話はここまでと言わんばかりに別の話題を提示する。


「ところでだ、今回のことで君は正式に僕の婚約者になった訳なんだが」

「は、はい。私……」


 返答に戸惑っているユレサに、マルジは彼女の言おうとしていることを先回りして口にした。


「庶民の出でありながら、王子である僕と結婚する。色々不安がある気持ちはよく分かる。家柄を重視するこの国としてもは、前例のない事態だからな。当然回りから不服の声も出るだろう」

 だが安心しろ、僕は君の味方だ。君にとって理想的な国にするために、全力を持って支えよう!!」


 マルジは力説しながら最後にユレサの両手を強く握り締めた。マルジが手を放すと、彼が密かに持っていたものを彼女に手渡していた。晩餐会の直前、リガーを苦しめていた十字架だ。


「お守り代わりに貰ってくれ。これがあればもう吸血鬼に対して恐れることはない」


 マルジの元気な圧に押されるユレサは仰天して顔から汗を流してしまうが、どうにか彼に返事をしようとする。


「あ、ありがとうございます。王子……私……」

「お嬢様!!」


 二人の会話は突然外野から入り込んできた呼び声によって強制的に打ち切られた。ユレサが戻ってこないことを心配に思ったらしきウィーンがここまでやって来ていたようだ。


「ウィーンさん!」

「広間から忽然と姿を消していましたので心配していましたぞ! ささ! 皆が今回のお嬢様の話を聞きたがっているのですぞ!! さあはやく!!」


 風にように流れる動きで割って入ったウィーンによってユレサは連れ出される形で庭園を後にした。一人静かな空間に取り残されたマルジは邪魔をされたと言わんばかりに不機嫌に顔のしわを寄せた。


 対して連れ出されたユレサは、元々用意されていた部屋の中に集まっていた使用人達の言葉攻めに遭っていた。


「おめでとうございますユレサ様!!」

「これで世間にもお嬢様がマルジ王子の婚約者であることが示されました! 我々は既に知っていたこととはいえ、いややはり感慨深いものがある」

「庶民の出身であるユレサ様が王族となれば! 貴族社会となっているこの国も大きく変わるでしょう。敵も多いでしょうがどうかご安心を!

 我々使用人は、貴方様に何処までもついて行きますぞ!!」


 次々と元気な台詞を聞き続けて混乱してしまうユレサ。返事すら出来ずに目を回している彼女の様子に気が付いた使用人達が離れると、ようやくユレサはゆっくり混乱を抑えて一息入れながら返事が出来る態勢を整えた。


「その……ありがとうございます、皆さん。こんな私の使用人になって貰って……正直、今でも自分がマルジ王子の婚約者になっている事が不思議でならなくて……」


 何処かふわついた台詞を話すユレサにウィーンは包み込むように彼女の両肩を自身の手で叩いてシャキッとさせた。


「何を言いますか!! 確かにお嬢様は生まれこそ庶民の身分。なれど血のにじむような努力を重ねたことで今の結果があるのですぞ! 間違いなくそれは、不思議でも何でもないお嬢様自身の功績ですぞ!!」


 ウィーンの熱意のある言い分にユレサはまた押されそうになるも、さっきより声が少し小さいながら反論した。


「でもそれは、貴方方使用人の皆さん、それに、匿名で私に貴方たちを遣わせてくれた支援者さんのおかげです。私の努力なんて……それに……」

「大丈夫ですぞお嬢様!」


 掴む力を強めるウィーンに、ユレサは出しかけた言葉を引っ込めてしまった。


「支援者殿も、貴方の素晴らしさが分かって我らを雇ったのです。何も恥じることはありませんぞ! これから国を支える重大な一員として、我らも全力でユレサ様をお支えしますぞ!!」


 満面の笑みで喜びながら話すウィーンに、ユレサも緊張が残った何処かぎこちない形でありながらも少し口角を上げて笑いかけた。


 彼女の説得がどうにか落ち着く中、他の使用人達は彼女に聞こえないような小声でカルミについて話題にしていた。


「にしても、ロソーア嬢も最後はあっけなかったよな」


 最初の一人が口にしたのを皮切りに、何人かの使用人が続けて先程のカルミの印象について口にする。


「まあ、当然のことだろう。あろうことか吸血鬼を使用人にしているなんて」

「何処までもワガママな国一番の迷惑貴族だと噂されていたが、自分の強欲が過ぎて身を滅ぼしたな」

「ある意味、因果応報だろう。ああいう終わりが、彼女にとってふさわしいんじゃないか?」


 当の噂をされている本人。誰かがその人物の話をするとくしゃみをしてしまうとよく言われているが、今の彼女にはそんな些細な動きをする気力すらなかった。


 今朝までも豪華な屋敷での生活とは打って変わり、明かりすらほとんどない薄暗い城の地下に用意された特別牢の中に投獄され、吸血鬼を匿った事による死刑執行まで刻一刻と時間が迫っていた。

 他の罪人は既に処罰済みなのか、牢の中にいるのは二人だけになっている。


 これまでの存在感ありありな高慢な態度はなりを潜め、下を向いて落ち込んだままピクリとも動かない。

 その目にも何も見ず、音も聞いていないような状態であったが、そこに聞き慣れた声が微かに響いてきたことからほとんど失っているようだった意識が戻された。


「……様。……ミ様。……カルミ様」


 気力はないままながらも顔を上げるカルミ。声の正体が、隣の牢に閉じ込められているリガーのものであることはすぐに気付いた。


 カルミはこれに、いつものように怒鳴り散らすわけでも、理不尽な物言いをする訳でもなく、ただ一言


「ごめん……」


 と、ただ小さな謝罪の声を漏らした。すぐにリガーは普段ならあり得ない台詞を吐いたカルミをフォローしようとする。


「謝らないでください。悪いのは自分です。あの場なら誤魔化すことの出来ただろうに、感情に流されて吸血鬼の力を使ってしまった。お嬢様から、何度も忠告を受けていたのに……」


 リガーは腹の内から込み上げてくる悔しさと申し訳なさに、自分に対しての強い怒りを感じ、血がついたままの両拳を自分で潰す勢いで握り絞める。


 だがカルミは一切彼を攻めなかった。会話をする気にはなったようで、彼女も自分を責めだす。


「いいや、わらわの考えが甘かったのじゃ……何処から情報が漏れたの他は知らないけど、まさかお前達が吸血鬼だということがバレていただなんて……」

「止めてください、お嬢様」


 リガーは己を卑下するカルミの言葉を聞いてられず、思わず止めてしまった。


「貴方に、凹んでいる表情は似合いません」

「そうかの? じゃが今のわらわは、どうにも元気が出ないからのぉ……お前達にもっと良い暮らしを与えてやれると思ったのじゃが……」


 もっと良い暮らし。その一言で、今カルミの頭の中に思い浮かんでいる情景がリガーの思考の中にも出てきた。


 それは雨の降る昼下がり。大雑把に捨てられ散乱した腐敗物に小バエが飛ぶ路地裏の先にあった空間の中。


 一人の少年が壁際にうずくまって残飯を手に持ち千切るように口に含んでいたが、そんな彼に影を重ねるように現われた少女が高圧的な笑顔で少年を見下した。


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