4-7 マルジ ケイ ウィービィル
幸助と現われた令嬢、ユレサは互いに挨拶こそ済ませたが、ここから話を繋げることが出来ずにお互い黙ってしまっていた。
幸助は、ユレサのカルミとは全く違う引っ込み思案キャラにどう声をかけたらいいのか言葉を考え込んでいたのだ。
するとそんな二人の元に、大きく足音を響かせながら走ってくる一団が現われた。
「お嬢様アアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!」
城中に轟かせる程の大声で準備中の各所の使用人達がランと南も含めて一斉に幸助達に視線を向ける。
視線を受けている二人は恥ずかしい気持ちにより会話が出来なくなってしまったが、そんな彼等の元に四人の使用人がこの世の終わりのような剣幕な表情をして近付いて来た。
「お嬢様ぁ!!」
「み、皆さん!!」
この状況からして予想はしていたが、やはり彼等はユレサの使用人だったようだ。
「何処に行っておられたのですかお嬢様!! 我ら城中を駆け巡りましたぞ!!」
「そのとーりであります!!」
「貴方はこのような機会に慣れていないのですから、我々と共にいていただかないと!!」
「す、すみません……」
怒濤の説教に幸助からはユレサが子人になるまで縮こまったようにも見えたが、第三者でいたのも束の間、使用人達はユレサの側にいる幸助の存在に気付き、話かけてきた。
「おや、貴方は?」
使用人からの問いかけに幸助も我に返り、ユレサの時と同じように挨拶する。
「幸助です。ロソーア家で使用人をしています」
「ほう! ロソーア嬢の使用人でしたか。噂には聞いていますよ。私は彼女のワガママにつきましたは」
「アハハ……どうも……」
どうやらカルミのあの悪役令状っぷりは世間で噂になるほど有名らしい。
幸助は自分に向けられた同情とも取れる言葉に微苦笑をこぼしたが、相手の筆頭である中年の男は彼の両手を自分の両手で強く掴み、引き千切るような勢いで腕を振った。
「いやぁ、同じ使用人として痛み入りますぞ。そんな中でユレサ様を助けようとしてくださり、本当にありがとうございますぞ!!
おっと、自己紹介が遅れましたな。私はユレサ様の筆頭使用人をしております『ウィーン』と申します」
「ど、どうもぉ……」
丁寧な自己紹介をされていても、今の幸助には正直このオーバーアクションな腕の振りをどうにかして欲しい一心だった。
すぐに彼の心情をユレサが気付き、今だ腕ふりを止めないウィーンに止めるように声をかけた。
「ウィーンさん! それ以上は止めて上げてください。コウスケさんが大変です!!」
ウィーンも彼女の声を聞いて目の前の事態が目に入り、ようやく手を放した。
「これは、失礼しました」
「い、いや、大丈夫です……(キャラの濃い使用人だなぁ……)」
目に付かないように軽く手払いをする幸助。幸い相手は彼の動作を気にすることはなく、四人揃ってユレサに詰め寄った。
「そうでしたぞ! こんな雑談をしている場合ではございません!! お嬢様、本日の晩餐会に向けた準備はまだ終わっていないのですぞ!!」
「すぐに部屋に戻っていただけなければ困ります!!」
「さあさ! 時間があ~りません!!」
「急ぎましょう! いっそぎましょう!!」
次々と一方的な話を進める使用人達にユレサ本人はほとんど連行されるような形で広間から離れていった。
静まり返ったかと思われ微苦笑を解いて一息つきかけた幸助だったが、今度は自信の背後から聞こえる別々の家から来た使用人達の会話によって途中で止められてしまった。
「めちゃくちゃ目立ってたな」
「あれが噂のシーズ嬢か」
「噂?」
話をしていた使用人の近くにいたランが興味本位に聞いてみる。
「そんなに有名なのか? あのお嬢様」
「知らないのか!? シーズ嬢を」
端から見れば彼女を知らないということ自体が驚きの様子だ。すぐにその使用人を含めた数名がランと南に彼女のことを教えてくれた。
「『ユレサ シーズ』、都市街ですらない貧しい村で生まれた平民の女性でありながら、学問の才に恵まれ、貴族階級にまで上り詰めた女性」
「なんでも数年前にどこかから支援を受けて、王子も通っていた最高身分の学校にまで特待生で入学し、主席を収めたとも言われている」
「この舞踏会にだって、王子が直々に招待したとか」
二人の元に戻ってくる道中に話を聞いた幸助も彼等の会話に参戦してきた。
「支援って、じゃああの使用人さん達も?」
「数年前から彼女に付けているらしいよ。平民に対して使用人なんて、本人が使い勝手割るようにしているけど」
最後に少し悪い冗談を交えながら話をしてくれた使用人は仕事に戻っていった。
(ユレサさん……そんなに凄い人だなんて……)
幸助がまた考え事をし始めると、ランが彼の左肩に手を置いて止めさせる。
「余計なことは考えなくていいだろ。俺達は、あのワガママお嬢様のご機嫌を損ねないように仕事をするだけだ」
お人好しが故に頭を悩ませることを防いだのだろう。ランは手を放して仕事に戻り、幸助も彼の言い分を今は素直に聞いておこうと、南を手伝う形で準備に戻った。
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多少頭の中にもやついた部分のある幸助は残しつつも、大勢の使用人によって準備は完了し、とうとう晩餐会が開催される夜がやって来た。
広間の中にカルミを始めとする大勢の貴族令嬢、伯爵とその筆頭使用人が入り、逆にラン達は広間の外へと出された。
ここまで働かされながらいざ本番となると追い出される事に釈然としない三人だが、この晩餐会の主役は彼女達なのだから仕方がない。
とはいえまだまだ使用人生活に慣れていない者にはかなりキツいのも事実。周りに人が多くいても、つい疲労の声を漏らしてしまう。
「フゥ~……疲れたな……」
「バイトで体力付けていたけど、慣れない作業は体に来るなぁ……」
同じタイミングに顔を下にして息を吐く幸助と南。そこにここまで見た何処の家の使用人とも少々違う服装の色合いをした使用人が彼等も元に近付いて来た。
「ロソーア様の使用人の方々でよろしいでしょうか?」
「? そうですが、何か?」
使用人の一人が返事をすると、相手は軽く頭を下げてから話しかけてた理由を告げる。
「王子のご婚約者の使用人様方には、別室を用意してありますので、そちらに移動をお願いできますでしょうか?」
「別室?」
いつらカルミが王子の婚約者として決まっているとはいえ、その使用人にまで特別待遇がされるのは珍しい。
少し奇妙な気もした一行だが、王族の城の中で提案されたことに断ろうものならそれこそ大事になりかねない。
実質的に拒否権のないことに流される形で一行はその人物に連れて行かれ、城の奥にある部屋にへと案内された。
一方の広間。入って来た令嬢達が世間話をしている中、部屋の奥にいた使用人の一人が叫んだ。
「第一王子、『マルジ ケイ ウィービィル』様の、ご入場です!!」
彼の言葉が響いた途端におしゃべりをしていた令嬢達が一斉に口を閉じる。
次の瞬間に広間の奥から、銀色の鈍く輝く整った髪に豪華なに輝く衣装を着込んだ、見栄えと容姿のいい青年が登場し、広間の奥に立って令状達に挨拶をした。
「ごきげんよう。今日ははるばる城に出向いてくれたこと、感謝する」
容姿端麗に甘い声。令嬢達が次々と頬を染めていく。しかしカルミにそのような油断はなく、マルジの話を聞いていても呆けていない。
カルミは広げていた扇を閉じ、その他の令嬢達を足音だけで我に返して道を開けさせてリガーを引き連れて歩き、マルジの眼前で足を止めて跪いた。
「お久しぶりです、マルジ王子。お元気そうで何よりです」
「カルミ、そちらは相変わらず気品に満ちているな」
「フフッ……婚約者として、日々磨いておりますので」
「そうか……」
カルミはその状態で自分からマルジに右手を差し出す。本来男性が行なう役割なのだが、身分上、王族より下である為許しを得るという意味があるのだろう。
マルジも彼女に近付き、差し伸べられた手に応えるように左手を伸ばした。
しかし、彼が手を取り、晩餐会が始まるかに思われた次の瞬間、マルジはカルミの想定とは全く違う動きをとった。差し伸べてきた彼女の手を弾き飛ばしたのだ。
「エッ!?」
思わず声を漏らすカルミに、マルジは弾いた手を軽く払って再び直立して先程彼女にしていた話の続きをする。
「しかしカルミ、君がそう自分磨きをする必要は……もうなくなった」
「それは……どういうことですか!!?」
事態が飲み込めずに頭を上げて叫んでしまうカルミ。リガーも彼女に続いて顔を上げ、感情に流されて立ち上がろうとする彼女を制止する。
マルジは再び挨拶したときと同じ位置にまで移動すると、冷たい目付きでカルミを見下げながら結論を告げた。
「単刀直入に言おう……カルミ メル ロソーア。君との婚約を、破棄させてもらう」
「……!!」
「そんな……唐突に何故!!」
衝撃のあまり声が出なくなったカルミの代わりに質問するリガー。マルジは当然の返しだと受け取って返事をしてくれた。
「理由は二つ。一つは僕に君よりふさわしい相手が出来たから。この晩餐会も、彼女の紹介をするために用意したのだ。さあ、入っておいで」
マルジに呼び付けられ、彼が入って来た箇所をなぞるように一人の令嬢が広間に入って来た。彼は震えている令嬢を紹介した。
「紹介しよう。彼女の名は『ユレサ シーズ』。この度僕の正式な婚約者になった女性だ」
マルジの隣にまで歩いて足を止めるユレサ。彼女は衆目の視線に目線を下げて黙り込んでいると、マルジは一人話を続ける。
「学園での成績はもちろん、気立てや性格も良い。彼女こそ、僕の妻にふさわしい」
「そんなの、いくらなんでも勝手がすぎます!!」
リガーは無礼な台詞と知りつつも、あまりに突然すぎる婚約破棄に、この程度の理由では納得が出来ないと反論した。
こう返されることを読んでいたマルジは、より冷たい雰囲気を醸し出しながらもう一つの理由について口にした。
「確かに普通なら勝手な意見だ。だが今回は違う。カルミ、僕から見れば、裏切ったのは君の方だろう?」
「何を言って?」
「使用人がしゃしゃり出すぎだ。いい加減口を閉じろ」
明確な理由も分からないまま絶体絶命の危機に陥ってしまうカルミとリガー。
この危機は、別室に移動していた使用人達にも流れていた。
「おいおい、これはどういうことだ?」
今この時、ラン達を含めた使用人達は、部屋の中にて大量の兵士に囲まれていたのだ。
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