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4-6 悪役令嬢

 さて、ラン達一行が借金返済のためにお嬢様の使用人になって数日。


 その間の雑用を終わらせた三人は、揃ってかなりの疲労に襲われ、椅子に座った途端に大きく猫背になった態勢になりながらため息をついた。


「「「ハァ~……」」」

「めちゃくちゃハードだな。この仕事」

「つ、疲れたね……」 

「ああなりゃ当然だ。なんせ……」


 三人とも普通の人間よりもかなりタフなはずだが、それでも疲労困憊していることには理由があった。


「あのお嬢様、人使いが荒すぎる」


 この屋敷に来て、三人はカルミのワガママに振り回されていたのだ。


 あるときには着替える服を南が運んできたとき……


「おぬし! そんな服をわらわに着せる気かぁ!!」

「エェ!? しかしこの屋敷の中にあったものなんですが……」

「だからなんだというのじゃ! 今のわらわはそんな服の気分ではない!! 他のを持ってくるのじゃ!!」

「そんなぁ!!」


 あるときは幸助が部屋の掃除を行い、落ちていた本を拾おうとしたとき……


「おぬし! 何をしておる!!」

「エッ? 落ちていたんで片付けようと……」

「その本はわらわがあとで読もうと思って敢えてそこに置いておいたんじゃ!! それを退かすなど何事じゃ!! さっさと部屋から出て行けい!!」

「エエエェ!!!」


 またあるときはランが作った料理をテーブルに運んできたとき……


「おいおぬし、まさか今日のこんだけはその肉料理というのではなかろうな?」

「ん? ああはい」

「却下じゃ! わらわは今魚が食べたい。今すぐ作り直せ」

「今から!?」

「はやくしろ! わらわはお腹がすいたのじゃ!!」

「んな無茶苦茶な!!」


 という風に、カルミは何処までも分かりやすくワガママな性格だった。


「まあ、残った料理は裏でユリが完食したからいい。だがあのお嬢様、とことん自己中だな……」

「自己中っていうか、創作作品で見る典型的な『悪役令嬢』のそれだよな」

「ああ、シンデレラに出てくる意地悪お姉さんみたいな?」


 同じ日本出身でも、創作作品に詳しい幸助と武術ばかりであまり詳しくない南では思考の範囲が全く違っていた。


 幸助が軽いカルチャーショックを受けて反応に戸惑っていると、部屋に入って来たカルミに怒鳴られたことで残り二人と揃って表情を固めた。


「何をサボっておるのじゃ!?」

「お! お嬢様!!」

「座って休んでるなんぞ随分余裕者のぉ。どれ、それなら疲れ切ったわらわの椅子にでもなって貰おうか」

「「ハアァ!!?」」

「それ、最早ただのやばいプレイだろ」


 カルミの命令の趣向に驚く幸助と南、同じく若干引いてしまうランと彼に隠れるユリ。


 こんな命令も従わなければならないのかと対抗に困った一行だったが、流石にマズいと感じたのかリガーが部屋の中に飛び込んできた。


「お嬢様あぁぁ!! いけませんお嬢様ああぁぁぁぁぁ!!!」

「あ、リガーさん」

「流石に突っ込み入れてきたか」


 ラン達はリガーがカルミに対して説教をしてくれると注目する。


「良家のお嬢様ともあろう御方が、そんなはしたない事をするものではありません!!」

「お~……まともな説教始まった」


 ランが興味本位に二人のやりとりを見ていると、リガーは慌ててここに来たために少し乱れた服装を整えながら話を続きを口にする。


「そう! そんな貧相な椅子に座るのなら……」


 次の瞬間、カミラの目の前で綺麗な四つん這いの態勢になった。


「このリガーめを椅子にしてくださいませ!!」


 リガーの斜め上の台詞に三人揃って椅子からずっこけてしまった。


「違った」

「ある意味一番やばいの使用人の方だぞこれ!!」


 リガーは更に四人にドン引きされながらも自分の口を止めようとしない。


「さあ、その尖った鋭いヒールで僕の尻に思いっ切り踏み込んでくださいませ!!」

「恥も外聞もねえなあの執事」


 カルミは扇を広げて口元を多い、臭いものでも見るような目付きをしながら彼の腹を右足で蹴り上げた。


 蹴りを入れられたリガーはショックに体勢を崩して痛みにもだえていたが、カルミはこれを無視して一度わざとらしい咳をこぼすと、話の本題に入った。


「オホンッ!……まあよい。そんなことよりおぬしら、明日の準備には抜かりなかろうな?」

(ああ、わざわざその事を確認しに来たのか)


 疑い、というより念を押すような圧をかけてくるカルミに、三人はドレスを始めとしたそれぞれ支度を行なった荷物類類を彼女に見せた。


「この通り、抜かりなく」

「……まあまあじゃの。まあ来て数日にしては手際がいい方か」


 上から目線な感想を述べるカルミに微妙な顔になる三人。だがカルミは扇の内側で少し頬を緩ませて彼等に命令を告げた。


「おぬしら、当日はわらわをとことん引き立てよ。便りにしておるぞ」


 腹痛のリガーの足を引いて彼の身体を引きずりながら部屋を離れていったカルミ、


 普通に見るとわざわざ行事の準備に屋敷の主人が直接見に来るなんてそうそうない事なのだが、それだけ明日から行なわれる晩餐会が重要なようだ。


 この数日の間に彼等がリガーから説明された内容によると、これから行なわれる晩餐会は、成人したこの国の王子との婚約をその他周囲の貴族達にアピールする機会だそうだ。


 当然パーティーの中心人物である王子の婚約者としては、イベントの最中に一つのミスも許されない。王子からの印象を悪くするだけではなく、周りの貴族からも格下に見られかねない。


 故にカルミもその使用人達も、晩餐会を決して失敗するわけにはいかないのだ。



______________________



 翌日になると、カルミは大悟が壊した代わりに用意した馬車に乗り、使用人達はその後に続く庶民の馬車に乗り込んで移動する。

 こうも大人数の使用人を全員連れて行くのも、ロソーア家の力を見せつける目的があるのだろう。


 とはいえこの道中、一行からはどことなく使用人一行からピリついた空気が流れていた。

 意地悪好きなカルミ自身も一言も言葉を口にしていない。それ程気を引き締めているのだろう。


 王都の城に近付いていくと、道の端に並んでいる鈍く光を反射する甲冑を着込んだ大勢の兵士が嫌でも目に入った。

 全員胸に白い十字架のマークを付けている。おそらくあれこそが、リガーのいっていた聖堂騎士団なのだろう。


「随分兵士が多いな。パーティーに行くって雰囲気じゃないぞ」

「どうにも圧迫感があるね」


 幸助と南が外の景色を見て小声で話をしているのに対し、ランが馬車内部の壁を見ながら猫背の態勢をして黙り込んでいる。


 二人は緊張感からかランがものを言わないことを特に気にしてはいない。ランとしても、この時二人とは全く違う考え事をしていた。


(あの執事。ふざけた態度をとるくせに全然隙がない……)


 実のところ、ランとしてはカルミから結晶をとってトンズラをかけようとしている企みがあった。しかし何度仕掛けようとしても確実にカルミの側にはリガーがいた。


(アイツいつ何時も隣にいやがる。犬じゃねえってのに……)


 くだらない口を頭の中でこぼすラン。それぞれが別の意味で重い気持ちになっている中でとうとう馬車群は城門前に到着する。


 カルミはリガーの手を取り、普段の態度とは打って変わった優雅な動作で馬車から降りた。


 城へ入るときも、広い廊下を歩いているときも、カルミを先頭とした使用人達と揃って整った歩き方をする。この場で一番窮屈だったのは、使用人になって間もない旅人一行に違いなかった。


(合わせるの大変……)

(視線が痛いなぁ……)

(ここで結晶をとるのは無理だな)


 令嬢の屋敷よりも更に広い城の中を歩いて行き、与えられた部屋の中について初めて息をついたカルミとリガー。


「フゥ~……やっぱりここまで移動するのは大変じゃのぉ。はいってからもおべっかばかりで疲れるのじゃ」

「そう言わないでくださいよお嬢様。今夜が一番の勝負なのですから」

「分かっているのじゃ。これはわらわが王子の婚約者としての存在を皆に知らしめる場じゃからの。おぬしらのためにも失敗はせん」

「お嬢様……」


 リガーが少し照れくさそうにし、カルミにお茶を入れた。


 さて一方のラン達。筆頭使用人であるリガーこそカルミと共に休憩室にいたが、彼等はここでの令嬢の為に配列の最終確認や準備を行なっていた。


「全くなんでこんなとこまで来て働いてんだか」

「他の使用人さんも働いてるんだから、仕方ないってラン君」

「それもこれもどっかの馬鹿忍者のせいだがな」


 現在二人は城の証明の安全チェックをしている。落下などによる怪我の元がないかを目視する折、南はふと見えたものに反応した。


「ん?」

「どうした?」

「いや、あれが少し気になって」


 彼女を支えているランが聞くと、南は自身が見た人物に指を差した。

 南の指す先には令嬢らしき小柄な白いロングヘアーの女性が、カルミとは正反対に困惑しきった様子で縮こまりながら一人で広間の中をウロウロとしている。


「迷子かな?」

「さあな。でも放っておいて後で面倒ごとになるのもなんだ。幸助、話しかけてこい」

「エッ!? 俺!!?」


 二人の近くで別の作業をしていた幸助は自分が突然指名されたことに驚く。


「俺達は今手が離せない。お前は空いているだろう」

「俺だって作業中……まあ、分かったよ」


 こう言う勝手な指示に素直に従ってしまう幸助。彼女が気になったお人好しが故だろう。


「どうかしましたか?」

「ヒィッ!!」


 少女は突然幸助から話しかけられたことに更に驚いた表情になり、幸助はそれに気付いて焦ってしまう。


「ああ、すみません。困っていたようなのでつい……」


 物腰の柔らかな姿勢で話を続けたことで、相手も警戒を緩めて話を繋いでくれた。


「そ、その……この広いお城の中で、使用人さん達とはぐれてしまいまして……」


 使()()()()()なんてまるで慣れていないような言い方。その上幸助に対しても丁寧語で話してくる。令嬢のコミュニケーションとしては随分異質だ。


「あ、あの……俺……あぁ……自分、幸助って言います。貴方は?」


 日本での学生時代の途中で異世界転生したがために普通よりも丁寧な物言いになれていない幸助がどうにか言葉を考え込んで引き出した自己紹介をする。


 相手の方はここは令嬢らしくドレスのスカートの端を持って少し上げながら、言葉を選んだような自己紹介をしてくれた。


「『ユレサ シーズ』です。お声がけいただき、ありがとうございます」


 この女性、ユレサこそが、この世界において幸助達と関わるもう一人の重要人物であることを、彼はまだ知らなかった。


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