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4-2 コク

 さて、ランとユリ、南がそれぞれで分かれた先で別の物事に巻き込まれてしまった中、もう一人少年を捜すために動いていたフジヤマ。


 彼も同じく人混みの中にいたが、長い間兵器獣と戦い続ける生活をしていたおかげで何の戦士よりも感覚は鋭く、妙に急いでいる子供のものを足音を鋭く見抜いた。


「そこか」


 視点は変わり、吸血鬼の少年は人混みを器用に抜けて路地裏の中に入っていき、戦利品の結晶を目の前に出してまじまじと見た。


「ヘヘッ! 儲けたぜ。あの兄ちゃん、身なりは庶民なのにこんな宝石隠し持っているとなんて……さてはお忍びの貴族か?」

「いや、ただのお人好しだ」


 少年が突然自分の台詞の答えを声かけられたことに驚くと、既に彼の後ろにはこの場に先回りしていたフジヤマの姿があった。


「い! いつの間に!?」

「危機的状況が常にある環境にいたのでな。色々敏感なんだ」


 早速結晶を取り戻そうとするフジヤマだが、スリの少年が素直に渡すはずがなく、フジヤマが手を伸ばすと同時に彼から距離をとった。


 だがそれはフジヤマも想定済み。結晶を持つ少年の右腕の少し上に水滴を精製して落とした。


 微かとはいえ、少年が受けた水の冷たさに反射的に手を力を緩めた瞬間を見逃さず、フジヤマは少年から結晶を奪い取った。


「よし」

「しまった! 返せ!」


 すぐに取り返そうとする少年だったが、ふとフジヤマの後ろを見た途端に青い顔になった。


「ゲッ! やばっ!」


 少年は直後に結晶を盗んだとき以上に足早に逃げていき、すぐに姿を消してしまった。


 フジヤマは彼が何を見たのかと後ろを振り返ると、甲冑姿の衛兵らしき成人男性が何人か通り過ぎるのが見えた。


(衛兵を見て逃げたのか? いや、結晶は取り戻したんだ。余計なことに首を突っ込むものでもないな)


 フジヤマは自分の中で整理を付け、魚人の世界にて改造し、青色になったブレスレットを顔に近付けて通話を試みる。


「フジヤマより将星へ……フジヤマより夕空へ……フジヤマよりアキへ……」


 するとブレスレットに突いた金色の装飾から複数の立体映像が出現し、それぞれにランと南が映ったが、何故かアキからは返答がなかった。


「結晶は取り返した。アキがいる場所に戻るぞ」

「そうか。先に戻っていてくれ」


 普段結晶のことを優先するはずのランからの妙な返事に引っかかる。


「ん? お前、何かあったか?」

「人捜し先で別の問題に巻き込まれた」

「は?」

「あれ? ラン君も?」

「「はぁ!?」」


 続けて南からも同じ事を言われたことにフジヤマと共にランも驚きの声をこぼしてしまう。


「何でも、一緒にいたお兄さんとはぐれてしまったらしくて……小さい女の子だから、このまま放っておくのもまずそうだから……」


 通話をする南の近くには、先程出会った女の子が無言のまま突っ立っている。


 同じくランには立体映像越しに彼を真ん前から見ている例の青年。二人とも戻るに戻れなくなっていた。


「分かった。俺は先に戻っておく」

「悪いな」


 通信を切ったフジヤマ。アキの返答がなかった事に危機感を覚え、急いで戻ることにした。


 同じく通信をきったラン。目の前の青年はまた何処か影のあるような笑顔になり、彼に話しかけた。


「お前の方の用事は終わったようだな。じゃ、プレゼントを捜すのを手伝ってくれ」


 ランはらこつに嫌そうな表情を向けたが、相手には全く効果がないようだった。


「まあいい。キーホルダーでいいのか?」

「そうだね~……話ながら考えるのもいいかな」


 ランはコクと共に近くの露店街に入ると、まずは壊してしまったキーホルダーと同じものを買いに行く。

 ところが彼等が店に到着してみたのは、水晶玉のような装飾が先端に付いた、質素な作りに対して法外とも取れるような願いで売られているキーホルダーだった。


「マジか……」


 驚くランに露店の親父が申し訳なさそうに事情を話す。


「すまないねえ……最近はただでさえ材料が揃わなくて、これでも結構安い方なのよ……」

(安いキーホルダーでこれ……公害問題もあるのに、随分物価が高いな……

 というか、こんなものをいくつも買う辺り、コイツ見た目に反して結構金持ちなのか?)


 コクのラフな格好から見て意外な事であったが、それよりも問題なのは、このキーホルダーをランが買えるかどうかだ。


 コクも自分で言った事ながら高額な商品をランに買えるのか少し心配になった。だがランは少し苦い顔をしながらも、大量の金貨を取り出して支払ってみせた。


「意外と金持ちなんだ。何者なんだお前?」


 さっきの自分の思考と全く同じ事を言われたランは苦い表情を強めるも、商品のキーホルダーを受け取った。


「ただの風来坊だ」

「風来坊か……どうりで質素な格好だ。それ買えるだけの金を持ってるのに」

「お前が言うか? お互い、そこまで金に興味がないんだろう」


 ランはすぐに受け取ったキーホルダーをコクに渡し、弁償分を帳消しにした。


「これでいいか?」

「ああ、これで帳消しだ。しかし物好きだねお前、あの状況なら普通面倒から逃げるだろう?」

「よく言う。逃がす気ないって握力してたくせに」


 ランは実のところコクに対して警戒していたのだ。ただ力が強いだけでは、ランの器用な動きですり抜けることなど容易に出来たはず。しかし彼はそれをしないのではなく、出来なかったのだ。


 つまりそれだけコクが強い力でランを掴んでいたということであった。ランはこうなるとコクが何者なのか少し気になり、一筋の冷や汗を流して質問を仕掛けた。


「お前、一体……」

「コク!!」


 ランの質問の直前に近くからコクの名前を呼ぶ女の声が聞こえて来た。


「オォ、ノバァ!!」


 『ノバァ』とコクに呼ばれた赤いショートカットに左目を髪に隠した女性が少し機嫌が悪いように唇をつぶらせ、目を細くしてコクを見ていた。


 コクはこれに軽くすみませんと言いたげな表情でへりくだりながらランから離れ、彼女の元にやって来た。


「ようやく見つけました。勝手に動くといつも迷子になりますから」

「すまん。お詫びとしちゃ何だが、プレゼントをあげるから許してくれ」


 コクは早速ランから貰ったキーホルダーをノバァに渡すが、彼女は受け取りこそするも機嫌は直らない。


「これで誤魔化されるわけじゃないですよ。ま、受け取れるものは受け取りますが」


 素直でないながらプレゼントを受け取ったノバァに離れたランは話しかける。


「嫁さんには会えたようだな。弁償を済んだし、俺はお暇させて貰う」


 そこからランはコクの返事を聞くことも無くその場から離れていった。事情を知らないノバァはコクに聞く。


「彼は?」

「お前らへのプレゼントを壊されてな。弁償して貰ったんだ」

「いいんですか? 挨拶くらいしなくて?」

「かまわんさ。多分、すぐにまた会えるだろう」


 コクは何か含みのある台詞を残し、ノバァと共に人混みの奥に姿を消した。


 コクとは逆方向に進み、ふと立ち止まったラン。いつの間にか肩に乗っかっているはずのユリの姿が消えていたことにここで気が付いた。


「アイツ……また勝手に……」


 探し出そうと元来た道を戻ろうとするランだったが、後ろを振り返ってすぐに当のユリ本人が本来の姿に戻って立っていた。


「お前、何処に行って……」


 ランが説教を仕掛けると、ユリは右手を挙げてそこに握っていたキーホルダーを彼に差し出した。


「これ……さっきの……」

「せっかくだからプレゼントよ。最近夫婦らしいこと何もしてなかったし」

「余計なのが二つ増えたからな」


 この場にいない二人に愚痴を飛ばしながらもプレゼントは素直に受け取る。


「可愛い嫁様からもお守りよ。精々大切にしなさいよね」

「お前って奴は、どうしてそう上から言うんだか……」


 ランはユリを呆れた目で見てからも少し嬉しそうな顔でキーホルダーに目をやると、ポケットの中にしまった。


「だがま、ありがとう。可愛い嫁からの愛情、受け取らせて貰うよ」


 ランからの真っ向からの返事に逆にユリが頬を赤くしてしまった。


「なんだ照れてんのか?」

「な! そんな! アンタの気のせいよ!!」


 二組の夫婦によるキーホルダー騒動が解決した。


 だがこのとき、別の場所ではまた違う騒動が勃発していた。


 時は少し遡り、ラン達と別れてすぐに幸助を回復させるため、彼の身体を抱えて町を少しな晴れた人気のない場所に移動していたアキ。


 ところが幸助の体はそれなりに体重があり、非力なアキには正直重かった。


 先の世界での疲労が取り切れていなかったこともあって、アキはふとしたときに身をよろけてしまう。


「しまっ!……」


 幸助の体を放してしまい、自身も転びそうになるアキ。地面に体が激突するかに思われた次の瞬間、突然アキの体が前方から何かが受け止めるように支えられた。


 アキが自身に何が起こったのか閉じてしまった目を開けると、片膝をついて彼女を抱き支えている男の姿があった。


 いつ現われたのか分からない男の存在にアキは驚き、彼から離れて後ろに身を退いた。彼も彼女の態度にまずは一言謝罪した。


「おっと、すまん」


 少しなまりがあるしゃべり方をする青年。さっきから見かけるこの世界の庶民と同じ服装を着込み、夜空に似た色の瞳と、同じ色の少しくせ毛な髪を跳ねさせている。


「突然倒れかかってきたもんやから、ビックリしたで」

「ご、ごめんなさい。でも……」


 アキは自分の事よりも、隣で誰にも支えられず地面に倒れた幸助のことを心配した。


 次に彼女が青年に目を向けると、彼は一瞬の間にアキとの間合いに入り、幸助のことを全く気にする様子もなく彼女の両手を包み込むように掴んだ。


「いいんやお詫びなんて。それより、ここで貴方に会ったのもなんかの縁やと思うねん。まるで絵本に出てくる姫と……えぇっと……まあええや。ということで何処か二人でお茶でもせえへんか?」


 流れるようにお茶の誘いをしてくる青年に、アキは困惑しながら断ろうとする。


「ご、ごめんなさい。私、用事があるから」

「大丈夫やって、ちょっとくらい……」


 なで回す様子手をさする青年にアキは若干引いてしまうが、意外にも彼の力は強く、離れられない。


 言うことも聞いてもらえず困り果てていると、青年が突然表情を冷たくさせ、直後に彼の後ろから膠着を進める声が聞こえてきた。


「何をしている?」

「ヒデキ君!」


 結晶を取り戻して一番に帰ってきたフジヤマが、自分の婚約者を邪な目で見る青年に睨みを効かせていた。


 対する青年も顔を後ろに向け、フジヤマの姿を見た途端に何かを悟ったような冷たい声を漏らした。


「ホォ~……これはこれは……」


 膠着は解かれたが、代わりに緊迫した空気が流れ出した。


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