3-23 だから俺はお前が嫌い
ここまで有利に戦いを進めて相手を追い詰めていたチロウには、今フジヤマの目の前で起こった弾丸の消失の理由を考えていたが、直後に更に彼を驚かせる事態が起こった。
フジヤマの体を拘束していた剣の刃が、彼に突き刺さっている部分から先程の弾丸と同様に変色して消失し、彼の身体を解放してした。
「な、何がどうなっている!? 何故拘束が勝手に……」
チロウが動揺している内に、伸ばしていた剣が彼自身の体の方に向かって更に消失していく。
流石にこれに気が付いたチロウが伸ばしていた剣を引っ込めると、ようやく消失が収まったが、自分の体が削られていたことに彼はいつの間にか恐怖から冷や汗を流していた。
「これは!? これは一体!!?……」
「お前より後に、俺が手を挙げたようだな」
先程チロウが例えた後出し勝負にちなんだ言い回しでこの状況の答えを彼に告げた。
「何を……言っている!?」
フジヤマの言っていることの意味が分からない状況に混乱しているチロウに、拘束が解けて立ち上がったフジヤマが皮肉めいた物言いでここまでの理由を話した。
「何をだと? これは、他でもないお前達が俺の体に刻み込んだ技術だろう?」
フジヤマの言い分にチロウは一つだけこのようなことが出来る宛が思い浮かんだ。
「まさか……ラメールシステムを使って!?」
「元々ラメールシステムは、特定の範囲内の生物や空気中にある分子構造を自由自在に変形させることが出来るシステム。そんな俺相手に金属で挑むのは間違いだったな」
「ッン!!」
チロウはそこまで説明されて気が付いた。チロウは自身の周囲にある空気の分子構造を変換し、金属をすぐに脆くさせる程の水素を充満させていたのだ。
「想定していたよりも参加するまでに時間がかかったがな。余程密度がある金属だったのだろう」
フジヤマが負傷した脚を息を吐きながら痛みを堪える形で前に向かって歩かせる。
焦ったチロウが数発の銃弾を発砲するが、彼に近付いてすぐに脆化して型崩れを起こし消滅した。
「アァ! アアアアァ!!」
近付いてくるフジヤマにどうにか対処法はないものかと辺りを見回すチロウは、自身の側にいる存在に目が行き、これが合ったじゃないかとでも言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべる。
そしてチロウは拘束したアキの身柄を拾い上げ、あれだけ自分のものにしようと拉致までした彼女の喉元に自身の銃口を突きつけた。
「動くな! アキが……コイツがどうなってもいいのか!!?」
動揺に気が狂った態度を見せるチロウ。
フジヤマは彼のこの行動にここでも怒る様子は一切なく、むしろこのような状態になった彼を哀れんでいるようだ。
「お前、そこまで墜ちたのか……」
「何を!?」
フジヤマは思うところがあったのか一度視線を下に向けたが、すぐに決心を付けたかのように前を向き直すと、今のチロウに対しても、アキに対しても最悪手とも思える事を始めた。
「撃ってみろよ」
「……は?」
チロウはたった今フジヤマがこぼした一言が理解できず、焦りをどこかに置いて静止してしまった。
実際にはしっかり彼の言葉が聞こえていたのだが、予想の斜め上を疲れたために理解しようとしていなかったのかもしれない。
チロウが次の動作に戸惑っていると、あろうことかフジヤマの方から同じ言葉をかけて再び挑発をかけてきた。
「撃ってみろと言ったんだ。やらないのか?」
今度は確かに言った撃ってみろの言葉に、優位な立場に立っているはずのチロウの体が震え出す。
震えに続く形でチロウの口からは浮かんできた疑問を興奮した叫び声で外に飛び出させる。
「な、何を言ってんだお前!? コイツはお前の婚約者だろうが!! それが殺されそうってときに平気なのか!!?」
おおっぴらに銃を動かして脅しを強めるチロウにもフジヤマの態度は以前変化はない。
チロウはアキの顔を覗いてより恐怖させようとするが、そこで見えた彼女の方もまるでフジヤマの意思のまま従うかのように恐怖している様子はなく、唾を飲みながらも表情を崩さずに保っていた。
「お、お前ら! なんでビビらないんだよ!? 頭でも狂ったのか!!?」
質問を投げかけるチロウに、フジヤマは素直に返事した。
「お前は、アキを撃てない」
「ッン!?……」
まるで分かりきっているかのようにハッキリそう告げたフジヤマ。怒らせるどころか更に怒りが強くなるチロウ。
「何だと!? 何故そんなことを言い切れる!!?」
焦りに汗を流すチロウにフジヤマはハッキリ告げる。
「そもそもお前は、人間を撃てないんだろ。だからあのとき、俺を自分を兵器獣の実験材料にした」
そう、そもそもチロウが本当に人殺しが出来るのならば、フジヤマが国外追放を企て、計画を一人で考えている合間にその機会がいくらでもあったはずだ。
しかしチロウはわざわざ赤服達に計画を知らせ、自らの手は一切汚すことなくフジヤマ達を罠にかけた。
これだけならば下手に動いて警戒されるのを防ぐためとも思える行動だが、フジヤマには先程のチロウの行動に関しても触れた。
「それにさっきのルミの攻撃もだ。相殺しようと狙い撃ちしたからこそ気付いたが、あの弾丸、アイツの位置からそれてたぞ。
天然なのか意図的なのかは知らないが、怖かったんだろう? 肝心な所で足がすくんだ」
自分の内心では認めたくはないものの、フジヤマの言った通りになっている事実にチロウが激高する。それでも彼がアキに銃弾を撃ち込む事はなかった。
本人は発砲しようとする意思があるのだが、やはり恐怖からかあと一歩が踏み出せないでいる。
フジヤマは隙だらけになっているチロウにめがけて真っ直ぐに走った。しかしこれにチロウは反応してアキに突き付けていた銃口をすぐにフジヤマに向けて発砲してきた。
(やはり、俺には躊躇なく撃ってきたか。俺がもう人間では無い、化け物として見ているからなのか……それとも単に嫌われていたからなのか分からないが……)
チロウが怒りにまかせて攻撃してきたと予想したフジヤマは単純な金属弾ではまた酸化されて消滅させようとしたが、直後に金属弾は予想より素速くフジヤマに飛び込んで彼の腹を貫通した。
「ガァッ!!?」
何故ダメージが入ったのかに驚くフジヤマに、チロウはもう必要ないと用済みとばかりに再びアキを放り出して勝手に語り出した。
「ハッ! ハハハハッ!!!……ハハハハハハ!!! そうだ、いくら高濃度酸素を周囲にばらまいたからって、金属の脆化には多少の時間がかかる。
弾丸の密度を強めて、撃ち出す速度を上げればどうと言うことではなかったな!!」
フジヤマへの対策が確立したことに息巻いたチロウは、今度は腕をバズーカに変形させてフジヤマに突き付けた。
「俺は生命としてお前よりも常に上にいる。ここでそれをハッキリさせてやる。この一発で地獄へ行け!」
高速砲弾でケリを付けようとしているのだろう。先程のように逃げても弾速からして蜂の巣にされるのがオチ。
フジヤマはチロウに対し真っ向から迎え撃つしかなくなり、ラン達に使った水球弾を応用した水素弾の発射準備をする。
西部劇のガンマンの決闘のように間をとってたたずむ二人。
動けないアキが一人見守る中、二人はお互いの顔を睨み合う。
「……」
「……」
アキが一呼吸を挟んだ次の瞬間、フジヤマとチロウは覚悟を決め、ほぼ同時に目を大きく開き、お互いに片腕を動かして発砲した。
流石に高速の金属砲弾を完全に回避することが出来ず、直後にの体には金属弾が横腹に命中して大きく出血が起こり、膝を崩して右手を地面についた。
「ヒデキ君!!」
ここでは仕留めきれなかったものの、もう動けなくなるほどに追いつけた藤山の様子を見たチロウは思わず口元をにやつかせて高笑いをした。
「ハッ!……ハハハハハハ!! ハハハハハハハアァ!!!! 俺の! 俺の勝ち……」
勝利宣言を仕掛けたそのとき、突然チロウは全身が激しい苦しみに襲われ、声を出すことすらままならないような状態になった。
「アガッ!? アガガァ!!……(な、何だ!? 何が起こった!!?)」
原因不明の苦しみにうつ伏せに倒れてしまうチロウに、息を上げているフジヤマが説明した。
「俺が……撃ったのは……水素弾……だけじゃない……」
「な……に?……」
痛みに体が慣れ、息切れがましになってきたフジヤマが今度は途切れることなく話を続けた。
「空気中には、生物にとって有毒となる気体が多く混ざっている。その中でも特に有毒なものを一塊にして、発射した」
フジヤマは撃ち合いになったとき、片腕で水素弾を発射した後で動いたとき、チロウの顔への弾道を作り出してもう片手に作り出していた高濃度酸素の塊を撃ち出したのだ。
これによって呼吸の際に一気に大量の酸素を吸い込んでしまったチロウは当然体に不調をきたして立っていることすら出来なくなる。
どうにか再び立ち上がったフジヤマは、既に体を動かすことすらままならないチロウのもとに疲労もあってゆっくり歩いて近付いた。
倒れているところを上から見る形になったフジヤマに、声がかれながらも話が出来たチロウは、一つフジヤマに質問をした。
「どうして?……俺を、殺さない?……お前をそんな体にした……張本人だぞ……」
チロウが見上げるフジヤマの顔には、やはり怒りの感情は見受けられなかった。
「確かに、俺をこんな体にした真相を知った今、お前を許すことは出来ない。
だが……今でも俺にとってお前は、大切な仲間だと思っているからな。」
チロウはフジヤマの甘い姿勢に対して反射で噴き出してしまった。
「プッ!……ハハハッ!!……本当に、甘い奴だ!!」
チロウは諦め悪く咄嗟に体を動かし、アキに銃を発砲しにかかった。
フジヤマは咄嗟のことにアキを守ろうとする意思が真っ先に働き、思わず水球弾でチロウの心臓部を貫通してしまった。
「ッン!!……」
そのとき、微かにフジヤマとアキに見えたチロウの表情は、どこか邪念が抜けたようなスッキリとしたものになっていた。
「チロウ!!」
「クウリ君!!」
チロウは今度は仰向けに倒れ、吐血しながらフジヤマに嫌みを吐いた。
「だから……俺はお前が……嫌いなんだ……」
この言葉を最後に、チロウの目から光が消え、体の力が無くなった。
直後、アキを拘束していた金属片が勝手に消滅し、彼女の体は自由になった。
立ち上がったアキとフジヤマはチロウの姿を見てたくさんのことが浮かび上がらせながらも、その中で口から出て来たのはほんの僅かだった。
「クウリ君……」
「俺は、それでも……」
勝負には勝ったものの、フジヤマの心境にはむなしさが大きく残ってしまった。
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