3-16 悩むフジヤマ
視点は星間帝国侵略基地、泡の都市内へ転送されるゲートの手前にある通路内に戻る。
ゲートを通るために下手な破壊が出来ないフジヤマと、彼の固い鱗に対策が出来たランの戦い。どちらが優勢なのかは一目瞭然だ。
腹の痛みのせいで力が入りきらないフジヤマの隙を突き、ランは手元の武器を変形させながら間合いに近付き、先程攻撃した箇所に性格に正拳突きを叩き込んだ。
「ガハッ!!?」
さらなる痛みのショックにより吐血したフジヤマ。ただのパンチなら負傷していてもそうそうダメージを受けない体の彼だが、さっきの攻撃があったため何かあるとすぐに察し、後ろに下がりながら小型の水球弾を爆ぜさせて煙幕を張る。
周囲に目くらましを張られたランは周囲に目を配りながらも、どちらかといえば耳の方に意識を集中させた。
(煙か。距離感を誤魔化して再起を図るつもりなんだろうが……相手が悪かったな)
元から耳が良いランは、この煙幕による視覚の妨害は通じず、加えてあまり動ける場所がないこの通路内では返って自分の居場所をより鮮明に音で響かせてしまった。
「ッン! そこだ!!」
ランは自分の側に寄ってきた足音を聞いて右拳をまた振るった。
しかしフジヤマが現れて当たる直前、ランはまたしても前回の戦いの時と同じ感覚に襲われる。空気の分子配列を乱され、呼吸を遮断されたのだ。
「ッン!!……」
どんな人間といえど、激しい運動をしたり、作戦を考えているときには反射的に必ず呼吸をして、体や脳に酸素を取り込みたくなるものである。
そんなときにいきなり自分の周囲から空気が消えるということは、長距離マラソンのゴール直前にゴールテープが遙か彼方に消えるように気が滅入る事態だ。
当然ランにもこれは適応される。彼がいくら警戒していても対応しきれず、息を切らして前のめりに倒れていってしまう。
ランの予想通りの位置から晴れかけの煙を吹き飛ばすように水圧の剣が出現し、後に続いてフジヤマが全身が現れた。
「お前の機転で思わぬダメージを受けた。だが生憎、小細工だけでどうにかはならなかったな。」
フジヤマは剣の先端を突き立て、急所は避けつつもランに重傷を負わせようと構えた剣を突き刺しにかかった。しかしそのとき、フジヤマの体にも異変が起こった。
「ッン!?」
彼の身体は呼吸困難とは違う、全身に痺れが回っていくような感覚に襲われて体勢を崩し、生成した剣の形も維持できず、消滅させてしまった。
「何だ!……これは!?……(突然気分が……)」
フジヤマの身体の異常に反して薄まっていた意識が戻ったランは変形が戻りかけていたブレスレットをもう一度握り絞めることで寸鉄に形を変えると、立ち上がりながら先程攻撃を当てて脆くなった箇所にもう一度拳を振り付けて寸鉄を直撃させた。
「ガハアァッ!!……」
二度も同じ場所に強烈な打撃を受けたフジヤマは、先程から感じていた気だるさも増大し、とうとう膝を付いてしまった。
「ハァ……ガァ……ん?」
ふと自分の首筋に違和感を感じたフジヤマがゆっくり手を伸ばして触れてみると、いつの間にか鱗を纏っていない側の首に刺さっている異物の存在に気付いた。
彼は弱い力でも引っこ抜けたそれを目で見て確認すると、細く小さい針が見えた。
「これは!」
「麻酔針。牢屋の警備兵に刺したのと同じ奴。眠るまではいかなかったが聞いてくれて安心したぞ」
「こんなもの、いつの間に? ハッ!!」
麻酔針を抜いた事で思考が戻ってきたフジヤマに一つ予想が付いた。
ランは煙に周囲が包まれて音でフジヤマの居場所を感知したとき、寸鉄で殴りかかるとみせかけてそちらにフジヤマの意識を集中させた隙に、この仕込み針を同じ方向に飛ばしていたのだ。
「前回の戦いからお前がいつでも人を窒息させられることは知っていたが、戦闘中にそうそう器用に呼吸を止めることは出来ない。
だからお前にもダウンしてもらうことで技を解かせてもらうことにした」
「だが、針を正面から飛ばしたなら何故俺に見えなかった?」
そう、フジヤマの真正面から普通に針を投げただけでは、当然敵に目視も出来る。そのままフジヤマが回避してしまえばこの攻撃は終わりだ。だがその穴を向ける部分についてランは説明を付け加える。
「そこは、お前が出した煙を利用させてもらった。普通の空間に針を投げても丸見えだが、お前が目くらましを広げてくれたおかげで誤魔化しが効いた。
煙の中からその針を見つけ出すのは至難の業だっただろう?」
「俺の技すらも……利用しただと! どこまでも、小賢しいことを!」
ダウンした息を整えようとするフジヤマが睨み付けながら悪態をつくと、ランは何も後ろめたい感情など持たない堂々とした様子でこう言ってのけた。
「当然だろ。俺はお前や、これまで会ってきた奴らと違って身体強化も改造も受けちゃいないんだ。だから使える手は何でも使う。
どんなに汚れてでも、必ず大事な奴を守り抜く。それがこの俺、将星ランのやり方だ。」
聞きようによっては開き直りとも取れる台詞だが、フジヤマはそのときのランの瞳に見た、中途半端に意思を取り繕っている今の自分にはない真っ直ぐな覚悟が見えた。
彼はこれに圧倒され、これ以上何も抵抗をしなくなり、代わりに自分を卑下した。
「小賢しい……だが、肝の据わった奴だ。俺とは違うな」
「あ?」
フジヤマは自分のこれまでの軌跡を振り返る。
「俺が作った技術のせいで、大勢の人達を傷付けた。
挙げ句一度裏切ってまで止めようとした国の悪行を手伝おうとしているんだ。笑い話にもならない情けない話だ」
裏切った国の為にまた働くことになり、それすらもこのとおり敗北してしまった。完全に心が暗く染まったフジヤマ。
だがランはそんな彼に近づき、淡々とした声で自分なりの解釈を口にした。
「そうか? 俺はお前とは似たところがあると思う。お人好しなのは違うがな」
「何?」
ランは彼と目線を合わせるためにしゃがみ込み、真っ直ぐフジヤマの瞳を見て話を続ける。
「アンタがただ情けない奴なら、なんで長い間仲間に会わないであんな洞窟に居座っていた?」
「ハッ……そんなもの、怖くなったからさ。見ての通り、俺はもう人間じゃない。『ヒデキ フジヤマ』なんて人間は死んだ。ここにいるのは醜い化け物でしかない」
鱗に覆われた自分の手を見てランから視線を外すフジヤマ。しかしランは話を終わらせる気が毛頭なく、震えるフジヤマの鱗が生えた方の手を掴んだ。
「ただの化け物なら、そんな後ろめたいこと考えもしねえよ。
あの場所は、奴らが鹵獲した怪魚や、兵器獣がうろつき、場合によっては都市の中へ送り出すための倉庫だった」
ランは手を握る力を強め、彼の身体を引っ張って立たせた。
「それに気付いたいたお前は、一人体を張って、ずっとアンタの大切な人を、関係のない一般人を守ろうとしてきたのだろう」
ランはフジヤマを初めて見たときから、そのボロボロの服装に年月だけではない何かを感じていた。ランは繋いだ手を放して彼の猫背を真っ直ぐにしようと左腕を軽く叩いた。
「それが今、大事な奴らと関係無い奴ら、どちらか救えない状況にされて板挟みになっている。そしてお前は大事な奴らを選んだつもりだったが、他の奴らも見捨てられない。そうだろ?」
「違う! 俺は……」
「でなければ、こうも簡単に俺がお前に勝つわけがない」
「買い被りすぎだ」
フジヤマはランの言い分を否定の言葉を上げるが、彼自身の中に迷いが振り切れていなかったことも事実だった。そんなハッキリ出来ないフジヤマにランは腕を組んで提言した。
「どちらも救うのに一人では出来ない。だから協力してやるよ」
「……ハァ!?」
フジヤマがランの提言に衝撃を受けると、寸鉄から元に戻したランのブレスレットに着信が入り、彼はブレスレットの装飾に触れた。
「ランより南へ、ランより南へ」
今回は立体映像は出現せず、南の声だけが聞こえてきた。
「ラン君。」
「南か。どうだそっちは?」
返事を受けた南。彼女は今ユリに渡されたブレスレットで通信しながら、この基地の司令室の中で複数のモニターを見上げている。
周囲には既に彼女に倒された兵士達が気を失って倒れていた。
「言われたとおり、発信器の痕跡から館内司令室に侵入したよ」
「ッン!」
近くにいて話が聞こえているフジヤマが反応した。何故南が司令室にいるのかが分からなかったからだ。彼が質問も出来ないでいる内にランと南は二人で話を進めていた。
「随分すんなり入れたな。もう少し時間がかかると思ってたぞ」
「いやいや、時間がなかったから他に連絡される前に気絶してもらっただけで」
南のどこか息を吐くような声での言い回しにそれなりの数の相手を倒して来た事が伝わり、ランは自分から頼んだ事ながら微苦笑を浮かべる。
「真正面から全て倒したのか……」
「部屋の中にそんなに人数もいなかったから……」
「そうか?」
少し不自然な部分を感じながらもランは時間がないためにとりあえず本題の話を進めることにした。
「それで、カメラの映像は見つかったか?」
「うん。君の予想通りいくつも映っている内の一つ、教えてもらったやり方で機械をいじったら見つけた」
「場所は?」
「君に渡されたメモリでデータはコピーした。そっちに送る」
南の仕事は素速く、ランが質問を飛ばしてからすぐに彼のブレスレットにデータを転送させ、この基地のマップが立体映像で出現させた。
これより先の詳細な事柄は、南自身の口から説明を付け加える。
「地図に映っている中の右端上、第六号予備室。そこにアキさんはいる!」
フジヤマは会話の中にアキの名前が出て来たことで大きく動揺し、二人の会話に割り込んでしまう。
「ちょっと待て! 何でお前達がアキのことを……」
ランは自分達が手に入れた情報を利用し、ここでフジヤマに一つ持ちかけてみた。
「さあ、取引だフジヤマ。お前は仲間やこの世界の民衆を守りたい。それを叶えるのに丁度いい手が一つある」
「ッン? 何が言いたい」
そしてランは台詞を続けながらもう一度右手を伸ばし、今度は握手を仕掛けるようにフジヤマの前に差し出した。
「俺達と組んで、赤服の連中に一泡吹かせてみる気はないか?」
よろしければ『ブックマーク』、『評価』をヨロシクお願いします。




