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3-1 いきなり水難

 上を見ても明かりどころか空すら見当たらない暗い空間で数人の若い男女が岩肌や砂をそのまま残した荒い地面を息を上げながら必死な思いで走っている。


「ガァ! ハァ!!……」

「頑張れ! もう少しだ!!」


 次の瞬間、彼等の後方から突然大きな爆発が起こり、辺りが一気に明るくなった。この事態に、逃げていた女性の一人が悲痛な表情で突然身体を後ろに向けて、来た道を逆走しようとした。

 しかし他の仲間がそんな彼女を羽交い締めにして行かせまいと止める。


「離して!!」

「ダメだ!! 戻ったら殺される!!」

「イヤ! イヤアァ!!!!」


 彼女は無理矢理拘束を引き剥がそうとするも押さえ込まれ、そのまま爆発箇所から離される。

 彼女の叫びが響くと、それを上塗りするかのように更に大きな爆発が起こり、叫び声を爆音がかき消した。



______________________



 時はそこから進み、魔法少女の世界から移動して扉から新たな世界に出て来たラン一行。彼等は今……


「アバババババババババ!!!」

「ゴボボボボボボボボボ!!!」


 砂利だらけの水中で絶讃溺れかけているところだった。揃いも揃って流れに抵抗できていない中で幸助は内心で悲痛に嘆いていた。


(何でこんなことになるんだよ!! 扉をくぐった先がいきなり水中なんてこともあるのか!?)


 こんな事態になってユリも気を失いかけたために変化を保てず元の姿に戻ってしまうが、そこにどうにか駆けつけたランが彼女の口元に小さな機械を取り付けた。


「フガッ!? (呼吸できる)」


 正気に戻ったユリが前を見ると、息を止めながらも正気を保っているランが見えたが、彼でも敢えて抵抗せずに水に流されている事しか出来ないようだった。


(チッ! ある程度安全な場所を選んでるはずなのにこれか!? 一体何が……)


 思考を回すランだったが、音が聞こえづらい水中で何かがこっちに向かってきている音を聞き取った。ランはその音に警戒するが、見えてきた音の正体に目を丸くした。


(あれは!?)





 気を失っていた幸助がボンやりと意識を戻して目を開く。

 ぼやけた目線の先に、優しくまばゆい光を背負いながら彼を優しく微笑んで見つめる天女が二人いた。


「アァ……ここは、天国か?」


 次の瞬間、幸助の死角にいたランが倒れている彼を右足で踏みつけたことで強制的に意識をハッキリさせた。


「ウブッ!!?」


 途端に幸助は身体を上げてV字腹筋をするように上げ、彼を見ていたユリと南は驚いて身を引いた。


「「ウワァ!!」」

「ああ、なんだユリちゃんと南ちゃんか。一瞬天女の幻を見たのかと思った」

「何言ってるの貴方」


 ユリが少し冷たい目で再び地面に頭を付けた幸助を見る。

 幸助は身体を起こしながら踏みつけにしてきたことは気付いていないためか特に怒る事もなくランに聞いた。


「お前が救助してくれたのか?」

「まさか。あの水の流れで出来るわけないだろ」

「じゃあ誰が?」


 ランは無言で顎を軽く前に突き出して幸助に後ろを向くように暗に示すと、幸助は理解して頭をかきながら座ったまま身体を捻って後ろに振り返る。

 次の瞬間、幸助は先程天女を見た感じ時とは真逆に顔を固めて驚いた。


「フォエ!!?」


 目先にいたのは二人組の人型をしたシルエットに緑色の鱗にまみれた身体に服を着て、肘や耳元など一部にヒレを生やした存在。

 幸助の出身世界でまさしく『半漁人』と呼ばれていたものだ。目を覚まして景色より先にこれが飛び込んできては動揺するのも無理はない。


「いきなりの半漁人!? あの人達が助けてくれたのか!!?」


 半漁人達は幸助のリアクションを面白そうに反応している。しかし幸助には彼等が何を話しているのかが分からない。これは日本から来たばかりの南も同様だった。困惑する二人を見てユリは忘れていたことを思い出した。


「アッ! そうだった。そこの二人!」


 ユリは立ち上がって幸助と近付いて来た南にそれぞれランのものとよく似ていながらも装飾が丸く小さいブレスレットを渡した。


「これは?」

「倒した赤服のを魔改造して作った貴方たち用のブレスレットよ。これを着けてれば色んな世界の言語が自動翻訳されるわ」

「これってそんな機能もあったのか!?」

「本当に何でもありのブレスレット……」


 二人がブレスレットを左手首に装着すると、さっきまで何を言っているのか分からなかった半漁人達の台詞が翻訳された。


「どうすんのあのヘンテコさん驚いてたわよ!」

「知らないよ! 俺はお前が助けたいって言うから……」

「だって、あの人みたいに困ってるのかもしれないじゃん!! 放っておいたら怪魚に食べられちゃうし!!」


 二人で盛り上がっている中、側で話を傍観していたランがらちがあかないと間に入った。


「内輪で盛り上がっているとこすまないが、ここは何処なんだ? 何で水中に、あんな都市がある!?」


 ランが指を指して全員が見た遠くには、この岩肌だらけの場所とは打って変わって日本のものと違った、壁から何まで光り輝く高いタワーやビルといった建造物が目に見えた。


「何だあの建物!?」


 驚く幸助と南。半漁人達はお互いを見て質問をしながらも焦りがないランの態度を小声で話し合ってからラン一行に話しかける。


「今回のヘンテコさんは前と違ってパニックじゃないわね」

「何か手慣れている感じだな」

「案内するわ。私『ラルコン』」

「俺は『マルト』、よろしく」


 ラン達は都市部に案内されながらこの世界について説明を受けた。


「ここは私達、進化の果てに二足歩行をするようになった魚こと人間が作った割れない巨大な泡の中よ。

 この中では今でも都市を広げていっているんだ。規模が大きすぎてさっきみたいに開発が進んでないところもあるけどね」

「つまりここは海の中に住む『魚人の世界』ってことか?」


 幸助が二人を魚人と呼んだことに反応した。


「やっぱり! 貴方たちヘンテコさんは私達をそんな呼び方するのよね」

「へ、ヘンテコさん?」


 向こうからの呼ばれ方に戸惑う幸助に対してランはラルコンの台詞の言い回しを指摘する。


「さっきからまるで過去にもそう呼ばれたみたいな言い方だな」


 ランの指摘に魚人二人は特にしまったという様子もなく普通に返事をした。


「ああ、お前の言うとおり、この世界に来たヘンテコはお前達が初めてじゃない」

「私達その人に凄くお世話になってるの」

「だから変な見た目している私達にも特に警戒しないのね」

「どんな人なんだろう、僕、会ってみたいな」

「うん。何だったらそこにも案内するよ!」


 初対面ながらも二人の親切な態度に世話になりながら新たな世界の中に踏み入っていく一行。

 しかし突然ランは足を止め、鋭く尖った視線で後方上部を睨み付けた。真後ろにいた南は軽くぶつかりながら一歩下がってランに聞く。


「アタッ! どうしたのラン君?」


 ランは謝ることもなく少しの間何もない箇所をじっと警戒してみていたが、特に何の異常も変化もなかった。


「いや、何か視線を感じたんだが……気のせいか?」


 視線を前に戻してまた歩き出す一行。六人がその場から離れて少しすると、ランが睨み付けていた箇所に小さな亀裂が入った。

 亀裂は割れ、空間の内側からはランの勘通り彼等六人を見ている人間のものともラルコンやマルトのものとも違う瞳が片目だけあった。


「……」


 瞳は何かを企むように少しの間彼等を見た後、亀裂を元に戻して空間の奥に消えた。


 六人はそれなりに歩いたが、都市まではまだつかない。そこでランはそもそもなんで二人があの場にいたのかが気になった。これについても二人は答えてくれる。


「捜しもの……というより探し人だ。知人の知人があの付近で行方不明になっていてな」

「いつもなら別の人が来ているんだけど、今日はその人が忙しくてな。俺達が代わりに来たんだ」

「そしたら驚いたわよ! 泡の入り口の先で人が溺れているんだもん。どうしてあんな所にいたの? 怪魚に襲われるかもしれなかったのに」

「いつの間にかあの場にいたとしか言いようがないな」

「怪魚っていうのは?」


 ラルコンとマルトは言われて思い出したかのように説明した。どうやらこの世界ではそれ程当たり前の存在らしい。


「怪魚は、この世界の外の海にいる魚の中でも一番凶暴で強い生物よ」

「牙は大きな岩でも簡単に砕き、そこら中にいる海藻や他の魚はもちろんのこと、俺達でも問答無用で襲いかかって来る。

 この泡を破る力はないから、ここはそういう意味での安全圏でもある」

「漁師さん達は食料を取るために専用艇に乗って外に出ることもあるけれど、怪魚には絶対に関わらないようにしているの」

「鉄製の船じゃ襲われたら終わりだからな」

「鉄、あるんだこの世界……」


 幸助が反応を示したところで会話が途切れた瞬間、またしてもランがその場で立ち止まったが、今度は事前に場所をずれていた南が当たることはなかった。


「今度はどうしたんだよ」


 ランは幸助の呆れ気味の質問に両目の視点を泳がせながら警戒態勢を取る。


「微かだが何か変な音がする」

「音?」

「何も聞こえないけど?」


 幸助達だけでなくラルコンとマルトにも聞こえていない。ランは徐々に近付いてくる謎の音に足を止めたことを後悔することになった。


「この向き……下か!!」


 気付いたときにはもう遅く、一瞬にして大きな音と共に六人全員の真下に大きな亀裂が発生していた。


 ランが微かに感じたのは、空間に亀裂を入れて少しだけヒビが入った音だったのだ。これがどういうことなのか分かっているラン達に対して魚人二人は訳が分からないでいる。


「お前ら、危ない!!」


 ランは目線範囲内にいたユリと幸助を押しだし、魚人二人を蹴り飛ばすことでヒビの範囲から脱出させる。


 しかしさっきのことで少し距離があった南まで助けるには距離があり、向かう途中でヒビが入った空間は丸ごとガラスが割れるように開き、二人を空間の中に落とした。


「ラン!! 南ちゃん!!」


 ブレスレットで脱出しようにも空間の裂け目を瞬時に切られて終わり。詰みと考えたランはユリと幸助に向って叫んだ。


「お前ら!! すぐに戻るからこっちは頼んだ!!」

「頼んだっておい!!」


 幸助の助けも届かず、ランと南は完全に穴の中に身体が包まれ、途端に裂け目は元に戻り、二人の消息は不明となってしまった。


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