6-37 金持ちの慣れの果て
ジネスとの問答に折り合いが付いた直後、本人達は知らない事ながら、別の場所で撃退されたはずの怪物が肉片から出現した。
解かれかけた緊張感が一気にぶり返し、ラン、幸助、ユリの三人がそれぞれで構える。
(肉片から生えてきた。切り離した時に幸助の身体に張り付いてたっていうのか?)
だが警戒は意味をなさなかった。怪物はほとんど目にもとまらぬ素早さで移動、一瞬にして三人の間合いに入って来たのだ。
(速い! さっき以上じゃ)
単純に驚く幸助に対し、ランは怪物の動く方向に注目していた。
(この方向、こいつの狙いは!)
ランは咄嗟に隣にいるユリを突き飛ばした。突き飛ばされた側は何が起こったのか理解できず倒れると、直後に怪物はラン、そして奥にいたジネスを両手に捕まえてビルの壁を破壊していった。
「ラン!」
「二人を攫った? なんでそんなこと!」
追いかけようとする二人だが、そこにも足音が聞こえて来た。再び振り返ると、この場と繋がる各廊下から、豹変したスタッフが集まって来ていたのだ。
「このビルの人達なのか? 南ちゃん達が抑えているはずじゃ」
「さっきの騒ぎを聞きつけたのかも。でも、それにしたって数が多い気が」
「それって、なんで?」
「分からないわ。でも抑えるしかない」
幸助とユリは目の前の相手の対処に追われ、ラン達を追いかけることを防がれてしまった。
一方のランとジネス。剛腕に掴まれたまま何度も壁に激突させられていた。ランはローブで、ジネスはゾンビの身体のおかげでどうにか無事だったが、骨が折れるのも時間の問題だ。
(躊躇なく全力疾走しやがって! まずはこれ止めないとな)
ランは空気抵抗が大きい中で腕を動かすことが出来ないならばと、ブレスレットを腕にはめたまま輪の厚みの一部を針上に変形、怪物の足に突き刺した。
床に貫通する針に怪物は杭を打たれた形になり転倒。放り投げる形で二人は解放された。
床に激突しても勢いは殺しきれず、二人は頭を後方の窓に激突させて破壊しつつ、どうにか止まることが出来た。
ふとランが首を回すと、高低差で小さく見える建造物が見えた。二人は外に飛び出るギリギリの位置で踏ん張っていたようだ。
(アイツ引き連れたまま外に飛び出すつもりだったのかよ。それとも取り込む気で? どちらにしろ危ない事しやがる)
二人は頭を戻しつつ立ち上がると、同じく立ち上がった怪物に面と向かった。
「全くどうなってんだあの怪物。兵器獣には間違いないと思うんだが」
「兵器獣?」
問いかけて来るジネスの顔を見たランは一瞬止まった。そこで見たジネスの顔はさっきまでの絶望しきったものではなく、失くしかけていた気合が戻ったように見えたからだ。
「何だよ?」
「いや、なんでもない」
ランはほんの少しだけ安心した様子を見せて顔を戻し、説明した。
「兵器獣、俺らが異世界で戦ってた生物兵器。ゾンビのメカニズムも似たようなもんだ」
「なるほどな。社長が変身させられたのはそれか」
「社長?」
「目の前にいるあれだ」
「何!」
ジネスが軽く答えた内容にランは驚いた。目の前にいる怪物はリコルの父であり、RAIDERのボスである『バズ マリファ』その人だったのだ。
「何がどうなってあんな姿になってんだ?」
「俺もよく分からん。捕えられていた部屋に突然二人組の女が突撃して来た、アイツに何かを注射してたんだよ。そしたら目の前であんなのに変貌して、動けない間に取り込まれた」
「欲深で利用され、切り捨てられたのか。二人組、ノバァとその連れだな。注射した。つまりノバァのウイルスによる変貌でないのは確かだな」
しかしそうなるとノバァ達は自らが生み出した兵器獣に襲われたという事になる。その上、薬品を注射されただけで即席で生成される兵器獣。ランも初めて聞く個体だ。
「色々と謎は多そうだ。だが捕えても肉片残されて被害が増える可能性もあるか。話も通じそうにない。おまけに奴の狙いは……」
ランはさっきの事を思い出した。怪物の初手の動きは、明らかにユリを狙っていた。本来ならば彼女を連れ去りそのままこのビルから出ていくつもりだったのだろう。
万が一取り逃せば再びユリが危険な目に遭う。ランの判断は決まった。
「こうなると、撃退するしかないか」
ブレスレットを剣に変形させて構えるラン。すると隣のジネスがランの肩に手を置き、一歩前に出た。
「俺も戦う」
「ほう、相手が相手だから、復讐したいってか?」
「確かにそれもある。だが」
ランからのわざとらしい問いかけ。ジネスは怒りとは違う、真剣な目付きを向けた。
「俺には今、とにかく会いたい奴がいる。俺をゾンビと知って尚大切に思ってくれたアイツに」
ジネスは手を放して振り返り、バズを睨みつけてランに告げた。
「俺はここで過去の決着を付ける。そして、これからを生きる!」
ジネスの曇りが晴れたような言葉に、ランは口角を上げてジネスの隣に立った。
「なるほど、それじゃあこんな事は、さっさと終わらせないとな」
「ああ、だから俺は使う。心底嫌いな力でも、これからの為になるのなら」
ジネスの言葉にランはまさかと目を向ける。ジネスは猫背になり、目を閉じて力を込めた。彼の身体は瞬く間に肌の色を変えていき、爪を鋭くさせていく。
「お前、自分の意志で」
身体が人間のものから怪物のものに変化していく中でも、ジネスは話し続ける。それは彼の意志が残っている証明だ。
「俺は受け入れる。自分のゾンビとしての存在を。全て分かっても、受け入れてくれる奴がいるから。
例え俺がゾンビでも、他とは違うところを見せてやるさ」
ジネスの台詞が止まった丁度その時、彼の姿はヘレティックそのものに変身していた。しかしこれまでとは違い、砲口も上げず落ち着いた様子を見せている。
「人間とゾンビのハーフ。ある意味でどちらでもないこの力、使いこなしてみせるさ」
「文字通りのヘレティックか……上等だ」
二人の準備が整い、警戒する。対面するバズは、ランが次に瞬きをした途端に移動、ジネスの間直に迫っていた。
「ジネス!」
「焦るな!」
バズが今度こそジネスを取り込もむために手を伸ばすと、ジネスは彼以上に素早い動きで右腕を振るい、バズの右腕を切り裂いてみせた。
「速い!」
「凄いなこの身体。軽く動かしただけでこれか」
ジネス本人も覚醒した自分の力に戸惑っていたが、今は感心している時ではない。バズは飛ばされた腕を放置し、まずは動きを止めるべきと判断したのか目からビームを発射した。
ジネスが咄嗟に後ろに下がると、想像以上の脚力に窓近くの壁に激突してしまった。
「おい、今の一歩間違えたら自滅だったぞ」
「分かってる。すぐに慣らしていく」
ジネスが態勢を整えている間にも、バズは彼を攻める。もちろんランがこれを放置するわけがなく、間に入って剣でバズの左手を受け止めた。
もちろんバズは剣を取り込もうとするが、ランは取り込まれかけたタイミングに武器を変形、剣山状にして内部から飛び出し、バズの左腕を破壊した。
バズ、というより操る何者かが危険を感じて後ろに下がる中、ランは剣山を剣に戻した。
連続してダメージを与得られたバズだったが、焦る様子はない。切り離された右腕は独りでに元の一に戻り、破壊された左腕も修復された。
「チッ、やっぱ再生するか」
(倒すには丸ごと破壊光線にでも包むしかないか? だが幸助は剣を破壊されて七光衝波が使えない。スフェーは今何処にいるのかも分からん。連絡取れる隙もなさそうだしな)
ここにいる二人でバズを対処するしかない。だがジネスがヘレティックの力を制御出来るようになったとしても、可能なのは素早い動きと鋭い攻撃。全身を同時に破壊するにはやりにくい能力だ。
結果的に残された手段はランが勇者の世界の結晶を使うくらいしかない。だがそもそも目に捉えられない程に素早い動きをするバズに、溜め技を当てるのは至難の業だ。
だが少ない手札に文句を付けていた所で仕方がない。ランはどうにかバズを撃退する方法を考えていると、バズはここに来て何故か再生させた身体を動かそうとしなかった。
おかげでジネスも態勢を整えることが出来たが、あれだけ奇襲攻撃することが多かったバズがいきなり動きを止めた事に違和感を感じた。
ランとジネスはここで安易に攻める事はしなかったが、バズを操っている存在がこれで焦っている様子もなかった。
するとバズは不自然に両腕を広げ、腹の部分に右巻きの渦巻きを作り出す。明らかに何かあると考えて構える。
だが警戒はあまり意味がなかった。数秒後、戦闘によって出来た風位の塵が浮かび上がり、バズの砲口へと引き寄せられていったのだ。
最初は塵だけだったが、徐々に大きな塵や窓ガラスの破片までも引き寄せていき、何が起こっているのかを二人に理解させた。
「おい、これまさか」
「マズい!」
二人の予感は的中し、直後に二人の身体はさっきの塵や窓ガラスと同じようにバズの砲口に引き寄せられ始めたのだ。
「引き寄せられている? バズがこれをやっているのか!」
「大方、幸助から吸収した風の魔術だ! 弾く力を逆回転させて吸い込んでいるんだろう! 本家本元より器用に使いこなしてやがる!」
ランは剣、ジネスは爪を床に突き刺して吸い込まれないように抵抗するが、それでも突き刺している部分ごと徐々に引き寄せられていく。
「クッソ、時間稼ぎにもなりやしない」
「だったらいっそ、近づいて切るか?」
「ぶった切っても再生されるのがオチだろ。一気に跡形もなく粉砕する他に方法はない」
「跡形もなくか。破壊光線でも撃てたらよかったんだがな。爪にとんでもない破壊力でも付与出来たら話が変わるんだが」
「お前の爪に? ああ、それなら出来るかもな。気は進まんが」
「何?」
ランからの返答に顔を向けるジネス。手段がありつつももったいぶっていた事に苦言を言いかけたジネスだったが、ランの考え事をしている顔に口を閉じる。
(ぶった切る際に内部から爆散。手としてはありだが、そのためには一時的にでも肉片を飛ばさせないようにしないといけない。丸ごと包み込むかあるいは)
ランの脳裏にここまでの旅での戦闘が思い浮かぶ。その中で、一つピンとくるものが出来た。
「そうか、あれなら! いけるかもしれない!」
ランの脳裏に、一つのプランが思い浮かんだ瞬間だった。




