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6-22 真実の記憶

 時はジネスの少年時代、事件の日に遡る。


 インターホンが鳴り、彼の母が応対するため玄関移動し扉を開けた。そして直後、二人の近くに飛ばされる形で彼女は殺害された。

 直後、騒ぎを耳にして飛び込んだ父も子供達を庇って飛んで来た無数の銃弾に撃たれて倒れていた。


 両親の最後の記憶。これに関してはこれまで記憶していた内容と同じだ。


「父さん?……」

「パパ?…… パパッ!! パパアァ!!! イヤアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!」


 叫び出すファンスと動けないジネス。そこに現れた人達が再び銃口を突き付け、躊躇のない攻撃が再び飛び出そうとしたその時、ジネスの身体は考えるよりも先に動いていたと思われていた。


 だが記憶の違いが出るのはここからだ。先に動いていた庇ったのは、ジネスではなかったのだ。


「お兄ちゃん!」


 次の瞬間にジネスが本当に目にしたのは、固まって動きが遅れた彼を庇った妹ファンスだったのだ。


「ファンス?」


 自身の目の前で撃たれて倒れた最後の家族の姿にジネスの頭は酷く混乱した。


「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 嘘だ! ファンス! ファンス!! アアアァァァァァァァ!!!!」


 たった一人残ったジネスに向けられるいくつもの銃口。襲撃犯は止めを刺すために指示を送ろうとした。だが次の瞬間、彼等は目にした光景に動きを固めてしまった。


「お、おい。あれ……」


 襲撃犯達の目の前でジネスの身体から少しずつ、まるで何かが殻を破るかのような変容が起こったのだ。身長が伸びつつ肌の色が変わり、僅かな時間の合間に異形の姿をした怪物が出現していた。


「何だあれは?」

「ゾンビ? これまで見た事のないタイプだ」


 変貌ジネスが放つ不気味な雰囲気に襲撃犯はどう動きべきかを判断に悩んだ。その一瞬の隙が場面を大きく変貌させた。

 襲撃犯達が瞬きをする間にそのゾンビは彼等の間合いに入ると、そこからは反応する間もなく前方にいた隊員達の身体が鋭い爪によって引き裂かれた。


「え?」


 最初にやられた隊員達が突然いなくなったかのように見えた他の面々が脳の処理に遅れている中、対応しきれないままに次々とその身を引き裂かれ、血しぶきを上げていった。


 反撃が一通り済み、辺りが静まり返る。そんなとき、おぼろげながら初めてジネスは意識を取り戻しかけた。

 そこで彼が見た光景こそが、体のいたるところがちぎられ、バラバラにされた機動隊に似た服装の男達と、彼らが流した血で埋められた一帯の地獄絵図。


 おぼろげな意識のまま、ジネスはここでふと視線を向けた先にあったのは、ダークグリーンの退職をした化け物……の全身像が映る鏡だった。


「な! 何だよ……何がどうなって!?……」


 自分が見ているものが鏡に映った自分自身であることに気付いていないジネス。更にそんな彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「お兄……ちゃん?」

「……ファンス? お前……なのか?」

「お兄ちゃん……お兄ちゃん!!」


 鏡を見るままに聞こえるジネスの妹、ファンスの声。まだ彼女は生きているのではないかと思いかけたジネスだったが、ここで自身の右肩に何かが撃ち込まれた。


「こ、この……化け、物が……」


 発砲したのはジネスが倒しそびれていた襲撃犯の隊員だった。ジネスはこれを受けたこと自体には何も感じていなかったが、負傷から流れた血を手に取って視界に入れた。


 それがいけなかった。血を見た途端にジネスの頭には両親の襲撃時の光景を始めとした強烈な頭痛が引き起こされた。


「アッ! ガッ!……アアアァァアアアァ!!!」


 直後にジネスは自身に攻撃を仕掛けてきた男を睨み、やられる本人にも気づかない速さで身体を輪切りに引き裂かれた。

 この行動で部屋の外に出たジネスは周辺で待機していた襲撃犯の残党の姿が目に入る。


「で、出てきた!」

「怯むな、奴を始末するぞ!」


 未知の相手への恐怖を感じているも、それを押し殺して向かっていった。だが今のジネスの前では通じない。獣のように暴れ狂う怪物を前に隊員達は次々と肉片へと変えられていった。


 もはやこのままでは理性を失ったまま暴走するかに思われたジネス。だがそんな彼の振るった腕を受け止める人物が現れた。


「ダメ!」


 耳に入り頭に響く声。首を回して見た先には息も絶え絶えな様子で力を入れるファンスの姿があった。

 出血はそのままに青い顔をそのまま必死に駆け足で来たのだろう。自分の兄の暴走を止めるために。


「ダメ! お兄ちゃん……元に、戻って……」


 声はか細くなりつつも、気持ちを込めて逆に腕の力は強めていくファンス。


「お兄ちゃん!」


 何度も目の前の兄の目を見て叫ぶファンス。これにジネスは再び酷い頭痛が走り、自身を掴むファンスの両腕を振り払い数歩下がった。


「ウッ、ウウゥ……」


 唸り声を上げるジネス。暴走が収まったかに見えたファンスが少し安心してホッとした。そこで警戒を解いたのがいけなかった。


「ウウゥ……ウアアアアアアアァァァァァ!!!」


 直後にジネスは雄叫びを上げてがむしゃらに暴れてしまい、訳も分からないままに目の前にいたファンスを爪で切り裂いてしまったのだ。


「お兄……ちゃん……」


 酷い出血を起こし、その場に倒れるファンス。ジネスはこのほんの数秒の暴走を最後に足元をふらつかせ、血に塗れた手を頭に当てつつ何も思考を回せずに歩いて行った。


 そのままジネスの足は自身が飛び出した家の中へと戻っていき、完全に力がなくなって膝を付く段階も飛ばして倒れた。

 ジネスは混乱する頭が落ち着くと同時に意識を失った。


 そこからどのくらい時間が経過したのか。ジネスが次に目を覚ました時には、その姿がヘレティックではないいつもの人間の姿に戻っていた。


 そして今のジネスには思考力が戻っており、ヘレティックになっていた間の記憶はほとんど残っていなかった。

 残っていた記憶は鏡に映った怪物の姿と、同じタイミングに耳に入って来たファンスの声に少ない情報から頭を整理していた。


(ファンス……そうだ、ファンスが化け物の姿に!)

「ファンス……ファンスは!?」


 ようやく起き上がることが出来たジネスは、怪我の痛みを忘れてファンスを探そうと駆け出した。


 身体をバラバラにされて惨殺された襲撃犯達の遺体が部屋中に散らばった現場。

 ジネスはそれはもちろんの事、自身の身体に付いていた返り血についても全く気付かずにとにかくファンスを探すことだけを考えて玄関を飛び出した。


 玄関を出て数分も経たず、幸いなのか不幸なのかジネスは探していたファンスが重傷を負い意識を失って倒れているのを発見した。


「ファン……ス?……ファンス! ファンス!!」


 彼女もジネス以上に自分へのダメージを顧みず動いたのか。ジネスはファンスの身体に触れて何度も声をかけるも、彼女からの返答は一言もなかった。


 そこからしばらく時間が経過して警察がやって来た。生き残ったジネスとファンスは病院に運ばれて治療を受ける流れとなり、謎の集団による襲撃事件は幕を閉じた。



_______________________



 ジネスはバズに知らされたことをきっかけに思い出した真実の記憶に目を震わせた。


「お、俺が……俺がヘレティック? 俺が、ファンスを……俺が!?」


 目元から始まった震えが顔や肩、腕へと振れ幅を大きくして身震いした。


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 俺が? そんな、そんなことは……嘘だ! 嘘だぁ!!」


 情緒もままならず文にならない言葉を吐き続けて自分を誤魔化そうとするジネス。バズは彼の様子を狂ったような危機として見ながら逃げ道を塞ぐように声をかけた。


「嘘ではない。今君自身が自分の姿を見てそれが真実であると思い知っただろう」


 バズは続けてこれまで時折現れていたヘレティックの事についても説明した。


「あの事件以降、君は自身の妹が変貌し目を覚ましたと思い込んで現実逃避をしていた。事件の日と同じ大雨を引き金とし、自我もなく変貌しては私の部下達に襲撃をするようになった。

 それも全ては、君の本能に過ぎない。だがその戦闘力に私は魅入られた。この力を制御し量産すれば、間違いなく素晴らしい兵器を作り出すことが出来る!」


 散々歩きまわりながら語っていたバズだったが、説明が終盤に入って来たのかジネスに顔を向けて話を続けた。


「君の存在を知って一番の問題は変身するたびに常に暴走して暴れるところだった。だが他と違い人間に戻り日常を送れるゾンビなど他には存在しない貴重なサンプル。見逃す手はない。

 ならば変身した状態で生け捕りにし、文字通り一度頭を冷やせば力の制御は上手くいくのではないかと仮説を立てた」


 バズは前のめりになり、ジネスはふと顔を上げて目線があった体制になる。

 バズは目の前で自分が思い出した記憶に恐怖し、碌に思考も回ってすらいない相手に心からの喜びを浮かべている。その瞳はどこか乾いており、普通の人から見ても完全に異常だ。


「結果は、今現実に起こっているこの通り。まさに仮説通りだってということだ。素晴らしい、素晴らしいぞ!」


 体制を後ろに少し引いて顔を上に向けたバズ。ここから先の事を考えてより高揚している様子だ。


「後は君の血を抜き、それを元に何度も実験すればいい! 何人処分することになるかは分からないが、それ以上に価値はあるものだ! やったぞ! この事実だけもで私はまたあの方々との関係を続けられる! 首の皮が繋がったんだ!!」


 落ち込み絶望するジネスと狂ったように笑うバズ。

 バズの自分以外はどうでもいいと言わんばかりの正直な主張。ほんの少しながら正気を取り戻しかけたジネスは、目の前にいる相手がもはや本当に人間なのかと疑ってしまう気持ちが湧き出ていた。


 邪悪笑い声が壁に遮断された向こうの空間。二人のいる部屋のすぐ手前にふと近付いている足音があった。

 フードを深く被っている人物が二人。資料館にて幸助と南が遭遇した赤服の二人だ。


「この先にいるよ。随分と盛り上がっているみたい」

「そう。それじゃあ私達は、本題の仕事を始めますか」

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