6-20 資料館
ランの目の前でヘレティックの姿にへと変身したジネス。彼自身が自分の妹、ファンスがその正体だと言っていた怪物は相手のゾンビを貫通していた腕を引き抜き、最初に見た時と同じように自身の身体に付いた返り血を無言で見つめる。
そして直後、ジネスことヘレティックは背中を大きく逸らして雨雲を見上げながら甲高い雄叫びを上げた。
「ジネス!!」
声を出したランが驚いたのはジネスの姿が変わった事ではなかった。その周囲にいた討伐部隊の隊員達が、何の迷いもなくジネスの方向に銃口を向けた事だ。
「ヘレティックが出現した! 捕えろ!!」
ジネスに代わって別の隊員の叫びを合図とし、隊員達は一斉に機関銃を発射した。ヘレティックはこれにかわすこともせずその身に受け続け出血するが、痛みを感じていないかのような素振りで首を回して隊員達に顔を向ける。
「ウゥ……」
ヘレティックはその後一瞬の隙に隊員達の至近距離まで近づき、鋭い爪で彼等の身体を引き裂きにかかる。隙を突かれて的になっていた隊員達を見かねたランは彼等とヘレティックとの間に立ってレイピア上に変形させたブレスレットを使い受け止めた。
(密度を高めてどうにか耐えられたか。もっとも連撃受けたらやばいな……)
レイピアから感じた衝撃に腕が震える思いになるも、強引に立て直して目の前の対処を考えるラン。ところがそんな彼の背中に、先帆ぞゾンビに向けられていたものと同じ銃口が突き付けられた。
「貴様、隊の者ではないな?」
「大人しくしろ。身柄を拘束する」
ランは背後からの信じられない行為に驚きが一蹴回ってため息が出るような思いになった。
「今しがた助けられといてこれかよ。恩知らずにも程があるだろ」
だがランが動くよりも先にヘレティックは動いた。ランは下手にこれを放っておけずに再び走ろうとすると、隊員達は容赦なく発砲の合図をした。
「逃げたな。撃てぇ!!」
放たれる銃弾の数々。ランは音の差を聞き分けて器用に回避しつつ剣をブレード型に変形させて弾き続ける。機関銃だけならば対処しきれたと思われたその時、更に後ろからヘレティックが爪で切りかかり、ランはそれをギリギリで回避した。
「見境なしか! 本当に変身している間は自我がなくなっているみたいだな!!」
ランにとってこれは非常に厄介だった。弾幕だけでなくどのように動くのか規則性が見えない上に被弾を気にしないヘレティック。両者を同時に相手取っていてはタイミングがずれた途端にハチの巣だ。
気が抜けない状況に段々と息が荒くなり、汗が噴き出していくラン。内心ヘレティックの存在を厄介に思っていた。
(落ち着かせるにも条件が分からん。このまま置いていてはこいつが出血多量でやばいしな。クソッ!)
だがランが考えに悩んでいたその時、突然相手取っていたヘレティックの動きが鈍くなった。
最初は出血多量による身体の限界が来たのではないかと思ったランだったが、直後に彼は膝を崩し、手を地面に付いて疲労しきっていた。
「何だ?」
「鎮静弾。効果確認」
「鎮静弾? さっきまで撃ちまくっていたあれが!?」
全く知らされた事のない情報。今の状況から察するにジネスには始めから伝えられていなかったのだろう。ヘレティックは尚も抵抗するが、明らかに動きは鈍くなっていく一方で、一分もしない間に彼は倒れて気を失ってしまった。
「ヘレティックを回収しろ。あの男は逮捕。抵抗するなら射殺して構わない!」
指示を受けた隊員達はランに対しても容赦のない出で立ちだ。だがランとしても、このままジネスを攫われるわけにはいかない。
隊員達とヘレティックの間にもう一度たったランは、今度は討伐部隊に対して睨みを利かせた。
「色々事が動こうとしているようだな、気になることが多いんで教えてもらえないか?」
隊員達はランの言う事には一切聞く耳を持たず、ヘレティックが戦闘不能になった分余った団員も揃ってランを攻撃するために意識を向けた。さっきよりも酷い集中砲火を受けることは明らかだ。
かといって統制が取れている集団に囲まれてしまった現状で強引な包囲網突破も難しい。動けなくなったヘレティックを抱えていくのならなおさらだ。
だが考え事をしている間もなくランの周りには銃弾の雨が降りそそぎ、もはや上下左右何処にも逃げ場は見つからなかった。
「ったく、本当に統制の取れた動きで……」
ランが何発かは掠る覚悟で集中砲火を掻い潜ろうとしたその時、上空から突然落雷のような強い光が高速で降り注いできた。
その光はランの全身の傍の空間ごと包み込み、光が収まった時には彼と彼の服に隠れていたユリを纏めて消してしまった。
「何が起こった!?」
「雷に打たれたのか?」
「奴の件は後だ。ともかくヘレティックを回収する」
指示を受けた討伐部隊は意識を失ったジネスの身体を回収するために近付いて行った。
_______________________
ランが現場にて驚きの事態に遭遇する中、幸助と南は言われた通り資料館の中に清掃作業の名目で潜入した。二人は仲に入って清掃作業を装いつつ、貰ったメモリを指すことのできる箇所を探していた。
(手ごろなところ……適当な場所でいいって言ってたけど……)
幸助が迷う中、一緒にいた南が彼の肩を軽く叩く。
「幸助君、あそこ」
南が指を差した先には、監視カメラから伸びたコードが繋がっているサーバーが見えた。幸いな事にメモリの接続口もいくつも見える。
コウスケは南からの提案に乗ってメモリを手元に隠しつつサーバー付近にまで近づくと、差込口の一つにメモリを差して起動させた。
監視カメラの映像が切り替わったのかは分からない。しかし幸助と南はランとユリを信じて作業に取り掛かることにした。
「調べるのは、ゾンビについての詳細な情報」
「そして、ラン君に渡されたあの事」
二人はアイコンタクトを取り手分けする。項目としてゾンビに関する棚は発見した二人だが、紙の資料とはいえここまで増刷量が多いとなると断片的な手掛かりだけで探すのは骨が折れるかに思われた。
幸助が資料を探して駆け回る中、南はふとゾンビ関連の資料の中に気になるものを見つけた。
「幸助君! ちょっと来て!」
幸助が呼ばれるままにやって来ると、南は棚の中に入っていた資料の一つを取り出した。ファイルの表紙には『兵器獣研究の経過』と書かれている。
「兵器獣!? 赤服が絡んでいるのは分かっていたけど、兵器獣の研究までしていたっていうのか」
「それと、こっちも……」
南が次に取り出したのは、一つ目の半分ほどの厚みのファイル。表紙に書かれていたのは『ヘレティックの生体研究の経過』と書かれている。
「ヘレティック……確かランが遭遇してジネスさんの妹が変身した姿って……」
そちらの方に興味を持った二人が先にヘレティックの資料を広げる。するとそこにはいきなり驚くべきことが記載されていた。
・コードネームヘレティック…… 本名、 ジネス オルド の経過観察記録
「これって!!」
「ジネスさんが、ヘレティックって事!?」
二人がいきなり知ってしまった重要情報に仰天しているその時、突然資料館の扉が開いて部屋に誰かが入って来た。二人は急いで南のブレスレットの中に資料を収納すると、すぐに清掃作業に戻って平然を装った。
しかしこんなタイミングに誰が入って来たのかと気になる二人は、出来るだけその人物に見つからないよう気を配りつつも棚の物陰の隙間から覗いてみた。
(一体こんな場所に誰が……この組織の上層部の人か?)
幸助が簡単な予想を立てて覗こうとすると、突然彼の首元に刃物が突き付けられた。
「ナッ!」
「動くな。抵抗すればその途端に首をはねる」
幸助が一瞬の合間に危機に陥り、南はそれに気づいて近付こうとするもその途端に自身の背後に気配を感じ取り、同時に巨大な針の先端を心臓付近に突き付けられていた。
(もう一人いた!?)
「貴方も。動けばすぐに貫きます」
背後から聞こえる長舐めな少女の声に南も動くことが出来なくなった。
「貴方達は一体!?」
「まさかこんな所に次警隊が来ているとは……先程隊長とすれ違った事から考えるに、三番隊の隊員ですね? ゴンドラの件に姫の件といい、どうにも貴方達とは引き合うらしい」
「ゴンドラ? 姫!?」
「もしかしてお前達は、コクの部隊の!?」
二人は相手の言及した情報。吸血鬼の世界でのゴンドラの件、忍者の世界でのマリーナ姫の件。この二つを知っているという事から相手が以前戦ったコクの部隊である『ユウホウ』であることを気付かせた。
「向こうも危険ですが貴方はより動かない方がいい。私の刃に触れれば貴方は即刻命を落としますので」
相手自身も自分の正体がバレることには特に何の問題も感じていなかったようだが、突き立てた鎌も刃をそのままに丁寧な口調で幸助に脅しをかける。
「何故赤服がここに? 資料でも取りに来たっていうのか?」
幸助からの質問に相手は答えることはせず、代わりに一度ため息をついて独り言に近い台詞を吐いた。
「ここに来たのは別部隊からの仕事の押し付けでしたが、思わぬ収穫ですね。一緒に来てもらいましょうか」
このままではユウホウのメンバーに誘拐されてしまう。かといって少しでも身動きを見せればその途端に二人がそれぞれを間合いに入れている敵から攻撃を受けるだろう。
ならば相手に動かれるよりも前に自分達が、それも気づかれることなく技の準備をする必要がある。
微かに力む幸助と南。敵側が攻撃に動きかけたその瞬間に幸助も南もほとんど同時に動いた。
(今だ!)
しかし二人が反撃に転じようとした瞬間、突然二人の身体に異変が起こった。
(何だ!? いきなり動きが止まって……)
(違う……動きが遅いんじゃなくて、身体が……)
次の瞬間、二人は床に片膝を付き、とてつもない倦怠感に襲われた。
(身体が重い……何だこれ!?)
二人が自分の身体の変化についてこれずに息を上げていると、敵側も二人は武器を収めつつ幸助の傍にいた人物が口を開いた。
「効いてきましたか。常人なら即刻意識を失うのですが中々に体が頑丈だ。コクが攻撃しても倒れなかったことも頷けます」
敵側二人は勝利は確定したと判断して歩いて近付いて来た。
「口封じをしておくのもいいですが、この先万一の場合コクの言う例の風来坊、将星隊長に対する人質となってもらいますので」
ここから逆転の目はもうない。赤服は自身のブレスレットを操作し身体を動かせない幸助と南の真下の床、というより空間にヒビを入れる。
(マズい!)
(このままじゃ連れていかれる)
床周りの空間が割れて連行されそうになったそのとき、突然部屋の中に煙幕が発生し幸助達も敵側も全員を包み込んだ。
「何だ!」
「これは……」
全員が困惑していると、幸助と南に何者かに動かせない身体を持ち上げられた。煙が晴れたその部屋からは、二人の姿は既に消えていた。




