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6-19 白いワンピースの女

 バズからの圧力で止められようとしていた資料館に入れる手はずが整ったその時にタイミング悪く響いて来たアナウンス。ゾンビが出現し人が襲われているのだ。

 こうなればジネスもランも放っておくことは出来ない。今すぐにでも出動しなければならなくなった。


「チッ、嫌なタイミングに出てきたもんだ」

「まさか同日にまた出てきたとはな」


 一応先程出動したばかりという事もあって確認のためジネスが自分が持っているデバイスを確認すると、彼の討伐部隊に出動命令が出ていた。


「出動か……俺はすぐに出ざるおえなくなったな。お前はどうする?」


 すぐにでも現場に出動しなければならなくなったジネスからの問いかけ。資料室に入れる事が分かった今、ランがジネスの討伐部隊に同行する必要性は減ったからだ。


「そうだな……」


 ランの目つきが一瞬下に向くも、すぐに前方に戻って判断した。


「俺もついて行く。気になる事もあるしな」

「気になる事?」


 ランの言葉に幸助が反応を示すと、ランは幸助達への指示を飛ばして黙らせた。


「お前ら二人はすぐに資料室に入って調べ物をしてくれ。調べて欲しい内容についてはある程度目星はついてる」


 ランは服の袖に隠していた小さく折り畳まれたメモを取り出した。


「それは」

「さっきの内容からのメモか。この忙しい間に用意していたとは抜け目のない奴だな」


 ジネスがランがしれっとやってのけた行動に感心している中でランは幸助にメモを手渡す。幸助は早速メモを広げようとすると、一瞬ランがメモを上から制止してから手を離した。

 幸助はランの一瞬の行動に何か意味を感じてメモを広げずに自身の服の胸ポケットにしまった。


「そっちは頼んだぞ」


 ランからの何処か含みがあるような一言の台詞に幸助と南は何処か気合を入れられたような感覚になり、何処か困惑気味だった目つきを鋭くさせて返事をした。


「おう!」

「ラン君も、気を付けて!!」


 ランも一度頷いて言葉のない返事をすると、すぐにジネスと共にゾンビが暴れている現場にへと足を駆け出した。


 つい先ほど脱いだばかりの戦闘服を身に纏い、雲行きの怪しくなってきた空の下で遊撃車に乗って出撃する部隊。

 車両の中では重要な動きをする直前にこの件が入った事もあってか、ジネスの醸し出す雰囲気がどことなく近寄りがたいものを出していた。


「それで、今回のゾンビについて情報があるのか?」


 ジネスからの問いかけに周りの隊員が情報を報告してきた。


「それがなんでも、ヘレティックが出現したって報告が上がってまして」

「何っ!?」


 ジネスとランが顔を動かして反応してしまう。


(ヘレティックが出現した? どういうことだ!?)

(ファンス……)


 一気に状況が変わった二人。特にジネスは顔色が悪くなりそうなのを抑えるのに必死になった。

 隊員は続けて自分の詳細な内容を説明した。


「何でも別のゾンビが出現した場所にヘレティックが同時に出現。二体が戦闘に入ったとのことでして……」

(二体が戦闘? 一体目の出現に反応したのか?)


 ランは無言のまま考える。


(今のところヘレティックの出現にどういうメカニズムがあるのかは分からない。だがそう指示があったって事は、何かある)


 遊撃車は走っていき、現場に到着してすぐに隊員達は車両から飛び出して銃を構える。


(あれは!)


 ランも外に出て目の前に見たのは一体のゾンビ。そしてそのゾンビに襲われている帽子を深々と被っている白いワンピースの女性の姿が見つかったのだ。


「ゾンビと白い服の女!?」


 この状況を目で見たランは直前に聞いた情報とすり合わせて思い当たった事を現場にいる隊員の一人が突然隊長であるジネスを置いて声を挙げた。


「あの白い服の女がヘレティックだ! 二匹とも仕留めろ!」


 その隊員の声をアイズにジネスとランを除いた討伐部隊の全員が銃口を目の前の相手に向けて引き金を引こうとした。


(なんであの女がヘレティックであることがバレている!? いや、それより隊員達があの女を攻撃しようとするものなら!!)


 ランの頭によぎった悪い予想は、直後に現実となって目に映った。ジネスが真っ先に飛び出していき、白い服の女の前に被って隊員達の狙撃を遮ったのだ。


「隊長! 何を!!」


 隊員から飛び出したジネスの行動はやはり咄嗟の考えなしのものだったようで一瞬彼はここで冷や汗を流して混乱したような顔を見せた。

 だがジネスは討伐部隊の隊長。こういうちょっとしたミスの場面でもすぐに対処できなければならない。


「ヘレティックは攻撃してきた相手に対して徹底的に襲撃をかけてくる。ハチの巣にしても撃退できるかは分からない。

 まずは奥にいる奴一体! 優先して駆除しろ!!」


 即席で考えた方便。だがここまでヘレティックが舞台と遭遇した経験があったこの部隊にはそれを聞き入れ、銃口の向きを揃えて白いワンピースの女より奥にいるもう一体のゾンビに合わせた。


「撃て!」


 ジネスの指示に揃って発砲する隊員達。ランもそれに合わせて攻撃をしようとするが、どうにも引っ掛かりを感じて仕方なかった。


(どこから白いワンピースの女の事について情報が漏れた!? 個人で活動している奴の動向が漏れるなんてこと……まさか……)


 ランに思うところが改めて浮かぶ中、部隊の隊員達はジネスの指示通りに攻撃を続けていく。相手のゾンビはすぐに抵抗し、討伐部隊の隊員達に向かっていった。


 一方でジネスはもう一方のゾンビにも気を配りつつ目の前にいるヘレティック……ファンスをどうするべきかに頭を悩ませていた。


(なんでファンスがここに!? ゾンビの出現にでも引き寄せられたとでもいうのか!? 何にしろ、このままここにいてはマズい!)


 ジネスは何とかしてファンスを戦闘現場から離そうと考える。自身の身体に飛びついて来る白いワンピースの女に小さく彼女にしか聞こえない程の声量で語り掛けた。


「ファンス! こんな所で暴れるのはやめろ! 父さんや母さんの復讐は、俺がお前の分までやり遂げてみせる! だから!!」


 ジネスの語り掛けに白いワンピースの女は攻撃の手を止める。一瞬固まった彼女だったが、そんな二人の肩にほんの少しの水滴が落ちてきた。


「ん?」


 ジネスが気を取られたわずかな時間、女は目線を下に向けたまま、何処か苦しそうな様子になりながらにジネスから離れて逃げ出した。


「ファンス!」


 足早に逃げていく彼女を追いかけようとするジネス。ところがもう一体のゾンビは隊員達からの集中攻撃を浴びてもしぶとく暴れまわり、彼の行く手を阻んだ。


「隊長!」

「チッ! 駆除しきれなかったか!」


 ジネスもこうなれば周りへの体裁上討伐部隊としての仕事を優先せざるおえなかった。そこでジネスは一瞬だけランの向かって首を動かして視線を向けた。

 暗に示して来たアイコンタクト。察しの良いランはジネスの行動の意味をすぐに理解すると、出来るだけ気配を消して討伐部隊の中から一人抜け出した。


 白いワンピースの女は一人足早に何処かに走り去っていこうとする。だがランの方が足が速かったようで、そこまで苦もなく追いつきかける。


 女は一度後ろに振り返って自分を追いかけてくるランの存在に気付いたようで、顔を前に戻した途端に足の速度を上げてどうにか逃げ切ろうとする。

 だが彼女の足の速さは、とても人間の身体能力を超えたゾンビのものとは思えない程に遅いと感じさせてきた。


「やっぱりか……」


 ランがふと息を吐くように独り言を呟くと、負けじと走る速度を上げていく。そして少ししてランは女に追いつき、彼女の左手を掴んで地面に押し付けて取り押さえた。


「ガッ!!」

「ようやくとっ捕まえることが出来たな。さて、お前には色々聞きたいことが山積みなんだが……」


 ランは空いていた手を伸ばして女が深く被っていた帽子を掴むと、抵抗も出来ず苦い顔を浮かべる彼女から外した。


「よお、まずはなんであの場にそんな格好して出てきたんだ? 隊長殿の恋人さんよ」


 ランが取り押さえていた相手。それはヘレティックの正体だと思われていたジネスの妹の『ファンス オルド』ではなく、ジネスがRAIDER(レイダー)の社長のとつながりを得るために付き合っていた恋人『リコル マリファ』だった。


「お前がヘレティックじゃないことは予想がついてる。わざわざ事件が起こるたびにそんな格好をして痕跡を残すようにしていたのは何故だ?」


 ランからの質問に何処か暗い顔をして黙ったままでいるリコル。そんな二人の身体に曇り空から降り始めた雨粒が濡らしていく。


「……雨?」


 ランがふと空を見上げると、リコルはこれに突然表情が崩れていき段々と酷くなっていく雨と同じように瞳から涙を流していった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「あ?」


 抵抗されるか怒られることを想定していたランは、リコルのこの反応に少し首を傾げてしまう。


「おい、いきなりどうして……」

「もう、引き返せない……ごめんなさい……ジネス君……」


 ランはリコルのこの台詞に何かを感じ取ったのか、取り押さえていた手を放して彼女を開放。拘束の一つもせずその場に置いて一目散に来た道を戻っていった。


(まさか! 俺が思っていた一つの引っ掛かり!! ヘレティックの出現条件。それがもしこの雨なんだったとしたら!!)


 ランが先程の現場に戻ったそのとき、彼は直後に目にした。一つの確実に異様な光景


「ウゥ……ウゥ……」


 呻き声を上げ、人間のものとは思えない異様な右腕でゾンビの身体を貫いているジネスの姿だった。


「これは……やはり……」


 ランが味の悪い顔をしながら顎を引く。目の前にいるジネスは正気と思えない視点の定まっていない目つきをして力んでいると、その身体を無意識の内に徐々に変貌させていく。


 変貌が終わってジネスが立っていたその場所に姿を現したのは、ダークグリーンの身体に返り血の赤色を纏ったような風貌をした不気味な怪人。

 間違いなく彼自身はその正体を自分の妹だと思っていたゾンビ『ヘレティック』であった。

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