6-10 怪人二体
目の前に突然現れ、一瞬で姿を変貌させた男に驚くユリ。どう考えても自分を狙った何者かの目論見であることは明白だと警戒を強めて構える。
「その体……元から持ってた能力……てことはないわね。誰にやられたの?」
ユリが距離を保ちつつ怪人に質問を飛ばすも、怪人からの返答はない。ただユリの身体を舐め回すように下から上に見上げれ襲い掛かって来た。
「話をする気もなし。こうなったらちょっと痛い目を見てもらうわよ!!」
ユリは怪人の大振りな攻撃を回避、男が破り捨てた服の破片を拾って身体を反転させると、同じく振り返って再度ユリに襲い掛かろうとする怪人に向かって投げつける。
「<クラッシュ エメラルルド>!」
ユリが技名を口にして直後、服の破片は怪人の目の前で爆発を起こした。単純な動作をしていた怪人はこれを自分から近づいて受けてしまい体制が崩れる。
これにユリは相手の間合いにまで距離を詰めると、自身の手を触れて続け技に技を発動させた。
「<ビート エメラルルド>!」
ユリが接触した個所から自身のエネルギーを流した。とはいえ魚人の世界の時とは違い、相手を撃退しない麻痺させる程度に力を抑えている。
ユリの目論見通り怪人は身体を痺れて早々と戦闘終了になりそうだった。
「こんな感じかしら? 話が聞けるかどうかは分からないけど、捕えさせてもらうわよ」
倒れかかろうとする怪人に道具を取り出して本格的に拘束しにかかろうとするユリ。そんな彼女が次に感じ取ったのは、背後から何者かが自分の身体に触れる気味の悪い感覚だった。
「何っ!?」
首に腕を回され、もう一方の腕を腰に回され怪人から後ろに引き放されるユリ。何とか後ろを振り向いた彼女は、さっきまでは確かにいなかったはずの怪人がもう一人出現していた。
目先に見えるゴリラのような怪人と打って変わり、後ろに現れたのは細身の両手両足、手長猿のそれを成人男性のサイズにまで巨大化させた様相だ。
「この人、もしかして!?」
あのときユリが会ったナンパ男はもう一人いた。考えられるとすればそのもう一人も怪人にさせられてしまったのかもしれない。
だが相手が誰なのか、それは問題ではない。ユリは今の今、音が出ない、聞こえない間に現れた相手に捕えられてしまったのである。
「唐突に現れていきなり触らないで! 私にそういうことをしていいのは! 一人だけよ!!」
ユリは抱えられることで接触した個所から自身のエネルギーを流し込み怪人の撃退にかかった。しかしユリが攻撃をするよりも早くもう一方の怪人によって首根っこを掴まれてしまった。
手長猿の怪人が手を放すと、ゴリラの怪人がそのままユリの身体を掴み上げる。
「ナッ!……」
単純な行動しかしない分パワーは大きい例に漏れず、力強く締め付けてくる相手にユリは意識を失いそうになる。
(マズッ……このままじゃ……)
息がつまり、抵抗する力もなくなっていくユリ。このまま気絶してしまうかに思われた彼女だったが、直前に首を掴んでいた怪人がその力を緩めた。
突然の行動に落下するユリ。手長猿の怪人が再び捕えようとするもこちらも突然動きが止まり、力が座っていない今の彼女がこのまま地面に足を付ければ足をくじいてしまうかに思われた。
しかしユリの身体は地面にぶつかる事はなく、手長猿の怪人の動きを止めた人物が瞬時に前に出て彼女の身体を負担がかからないよう丁寧に救い上げた。
「クッ……ケホッ! ゲホッ!!……」
「ったく、こんな所にいたか。勝手にいなくなるなよこんな危ないときに」
「ゲホッ!……ら、ラン?」
ユリを救助して抱え上げたのは、ゾンビとの戦闘現場にて別れたランだった。危機一髪から逃げた矢先に勝手に動かれたことに不機嫌な顔を浮かべている。
「説教は後だな。とりあえずこいつら片付けるか」
「貴様に言われることではない」
ランが声を出すと、特に相談したわけでもないながら突っかかる反応をした人物がゴリラの怪人が倒れた事で姿を見せた。声や態度からして予想が付いた通り、現れたのはスフェーだった。
「その程度来てすぐに完了するものだ」
スフェーの言う通り、二人の活躍によりユリを襲撃した怪人二体は動く様子はなかった。ユリは息を整えつつ自分を抱えるランに質問する。
「……倒しちゃったの?」
「まさか。気絶……というより戦闘不能にしただけだ。向こうの方は知らないが」
「当然こちらも生かしてある。事情聴衆は必要だ。我が妹に汚い手を触れた奴ら。本当なら今すぐ叩き潰したい気持ちでいっぱいだがな」
眉間に浮かび上がる血管からスフェーが本当に激情を抑えていることがよく分かる二人。怪人の撃退が完了したことで、スフェーの指摘はランに向いた。
「いつまでマリーナに触れている貴様! その汚い手から去ったと降ろせ!!」
「はいはい。ユリ、立てるか?」
「うん……もう大丈夫、ありがとう」
ランはユリの状態を聞いて確認すると、彼女を気遣ってゆっくりと立たせた。一方のスフェーはこの合間に手に持っていた手錠型のデバイスでサイズを合わせつつ怪人二体を拘束する。
「こいつら、一体何処から」
「唐突に現れたとは思いにくい。何処かで見張られているのか?」
ランが聴覚を集中させ、スフェーが辺りに睨みを利かせる。するとランは何かを感じ取って目を開き、一瞬視線を向けた方向にスフェーが我先にと走り出した。
路地を出て開けた場所に出るスフェー。ランの視線の方向に目線を向けると、少し離れた建物の物陰辺りにすぐに隠れた人影を一つ確認した。
「あれか」
スフェーは即座に怪しい人物を見かけた場所にまで走ったが、物陰の反対方向に足を進ませても既に誰の姿も消えていた。
「察しの良い奴だ。逃げたか」
眉間にしわを寄せてより怒りの形相が強まるスフェー。追いかけるにも何処に消えたのか痕跡も残さない相手にこれ以上の捜索は無意味だと突き付けられた。
この合間にランによって拘束された怪人二体は次警隊の施設に転送し、スフェーも戻って来た。ともすれば次にやる事は決まっていた。
幸助、南も交えた上で人目に付かないところに集合した四人の見下げる中で星座になって縮こまるユリ。詰まる所急に一人勝手に抜け出した彼女に対する説教だ。
「全く、お前を狙う奴がいるって分かったばっかだろうが」
「そんなときに一人何も言わずに単独行動をするだなんて!」
「ランとユリアーヌ隊長が間に合ったからよかったけど、一歩間違えていたらどうなっていたか!」
次々と降り注ぐ説教の台詞にぐうの音も出ず小さくなっていくユリ。一方三人に対してスフェーは反省するユリに近付き優しい声をかける。
「マリーナ……君の事だ、何か思うところがあって動いたことは分かっているよ」
「お兄様……」
「けど、だからといって君が勝手な事をしてもしもの事があれば、それは私や彼等だけではない、次警隊全体の危機にも陥りかねない事なんだ。
たとえ人のための思いだったとしてももう少し考えて、せめて誰か一人に一言声をかけてから行動してほしい」
スフェーの優しく遠回しながらもしっかりとした説教にユリは縮こまりを解除して立ち上がりつつ彼に頭を下げて謝罪した。
「ごめん……いや、申し訳ありません、お兄様」
反省の返事をするユリとそれを聞いて微笑ましい顔を浮かべているスフェーを見て南がふとランに耳打ちをして来た。
「あの隊長さん、なんだかユリさんに甘いような気が……」
南の引っ掛かりにランは同じく耳打ちの形を取って正直に答えた。
「アイツは昔からああなんだよ。妹に対して甘すぎる。その上妹の身に何かあればそれが他人のための行動だったとしても第三者の方に激情を浮かびながら突っかかってくることもある。今回も……」
ランが言いかけたのと丁度同じタイミングにスフェーはユリから離れて表情を厳つくさせつつランに迫って来た。
「それよりも貴様だ! マリーナの勝手な行動は貴様が諫め、守るのが第一の仕事だろう!? それすらキッチリとこなせていないようだな!!」
「ほらな来たよ」とでも言いたげな表情を浮かべるランに隣に南も微苦笑を浮かべて言葉に困ってしまう。そこからはスフェーによるランの監督責任についての追及が続いた。
「マリーナが動くのならば貴様はそれに配慮し動く! それが常識であろう!! そんなときに確認もせずに自分一人だけ戻って来るとは……」
「さっきは単独行動を叱って来たくせに」
ユリが絡んでいるとなった途端に説教の内容が変わるスフェーにランは半ば呆れ気味に話を聞いていた。そこからネチネチと説教は続いていたのだが、少ししてスフェーが口にした内容にランの教条が一瞬で真面目なものに変化した。
「やはり……さっきの話を実行するべきか」
「あ? さっきの話?」
スフェーの話に反応するラン。対して彼の両隣にいる幸助と南はランから逸らすように視線の向きを変えた。
ランは勘が良い。もちろん話の内容が切り替わった途端に周りの空気感が変わった事からも自分にとって都合が悪い内容の何かがあった事に気が付く。
「お前ら、俺が討伐部隊に便乗している間に何か話していたのか? それも俺にとって面倒になりそうな事を」
ランからの指摘を受けて更に表情が曇る幸助と南。少し悩んだ様子はありつつも幸助が最初に口を開いた。
「ユリアーヌ隊長から聞いたんだ。ランの、隊長としての立場の状況について……」
幸助の回答にランの身体がピクリと動いた。喉に引っかかったのか話を止めたランに代わり、スフェーが話し出す。
「以前入隊試験朝護に行われた隊長会議にて行われた議題の一つ。貴様を隊長のままでしていいのかどうか……について」
スフェーが出した話題。強く反応したのはユリだ。
「それって! 入間姉が抑えたはずじゃ!?」
「これまでの旅での経緯から大きく意見が分かれていたのだ。数々の世界での失態。ついには輝身を使ってまでもマリーナを危機に陥れたと聞いている。
だから私から提言したのだ。お前ではマリーナを守ることは出来ない。隊は解散し、マリーナの護衛は他の隊に任せるべきであると」
スフェーはユリに強く伝えるように最後に一言付け加えた。
「その提案に、五人の隊長が賛同した」
「五人!? 半数も……」
自分が原因となってランが追い詰められていた。ユリは大きく表情を変えてランを見た。
「言って、なかったな……」
ランにも額に冷や汗が流れていた。
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