6-6 清掃員
翌日の朝、ゾンビ討伐部隊『RAIDER』の拠点ビルの中。出勤して来た構成員達が玄関ホールを通り抜けていくこのビル内での日常的な風景。
ジネスもここで働く者として特に可もなく不可もない表情をしながら他の人達と同じく玄関ホールを通り抜けていこうとすると、突然目の前に水色の作業服を着た清掃員がモップ掛けをして横切った。
足取りを止められてもジネス無反応だったが、清掃員は深く被っている帽子の唾を掴んで外さない程度に軽く動かし彼に挨拶をする。
「失礼しました」
「あ。いや、どうも……」
声をかけられるとは思っていなかったジネスはここに来て表情が少し緩んで驚いたような反応を露わにしつつ反射的な言葉にならない声を出して返事をすると、気まずくなったのか清掃員の横を通って玄関ホールを通り抜けていった。
対して横切った清掃員。そこから一直線上に掃除を進めて人目に付かない場所に入ると、下げていた帽子の唾を上げてジネスの背中に顔を向けた。
「アイツ……ここの社員、いや構成員だったのか」
清掃員に見えた人物は、このビル内に侵入したランだ。胸ポケットの中からぬいぐるみ姿のユリが顔を出して彼の顔を見上げると、ランも同じく彼女に顔を向けて話しかけた。
「世間は狭いというか、思わぬ縁だな」
現在ラン達は清掃員に変装しそれぞればらける形でビル内に侵入していた。このゾンビの世界の結晶の回収、及び次警隊の裏切り者『ラウス ゾーム』の捜索のためだ。
今のところ目ぼしい情報は掴めずランは再び清掃作業を再開しようとしたが、ここで突然ビル内に警報音とアナウンスが鳴り響いた。
「ゾンビ出現!! ゾンビ出現!! 駆除部隊は直ちに集合、出動してください!!」
アナウンスを聞いた玄関ホール内の人達は部外者であるランとユリを除いて一瞬にして緊張感のある空気が流れだし、つい今しがたまでランが背中を見ていたジネスが突然慌ただしくホールの奥に走っていった。
「早速出現か……思わぬ縁。想像以上に深いところに近付いているのかもしれないな」
ランはジネスの行動に何かを感じて周りの目に触れないように気を付けながら走り出す。直後に彼のブレスレットに着信が入り応答すると、幸助、南の映像がそれぞれ映し出された。
「ゾンビが出たって!?」
「すぐに向かわないと」
ランは二人の前のめりな姿勢にこうなると思っていたと言いたげな表情になりながら二人に釘を刺した。
「お人好し精神が出るのはいいが今回は抑えてろ。構成員の数が減っている間にそっちでいろいろ調べて置いていてくれ。俺が現場に行く」
「エッ! なんでランだけ!?」
「たまたま現場の奴と縁が出来たかもしれない。時間ないから切るぞ。ビルの方は頼んだ」
「ナッ!」
「ちょっと!!」
受けた指示に困惑する二人を余所にランは通信を切り、ジネスを追いかけて走り出した。
一方で一方的に話を切られた幸助は掃除を終えたばかりのトイレの近くで苦い顔を浮かべていた。
「ラン……いくら調査も重要だからって……」
目の前に助けるべき人がいるはずなのに動かしてもらえない。現実的な問題があったとしてもお人好しの幸助にはどうしても引っかかる点があった。
するとそんな幸助の元に着信が入り、応答して映し出されたのは別の場所で清掃員に扮しているスフェーだった。
「ユリアーヌ隊長」
「早速ランに振り回されたって感じだね」
「あぁ、まあ段々慣れてきましたけど……」
幸助が言葉ではそう返しても顔では何処か納得いっていない様子であることを見抜いていたスフェーは優しい顔を見せつつ励ますように声をかける。
「気にすることはない。アイツは子供の時から勝手が多い奴だった」
「アイツの子供時代、知っているんですか!? ……って、ユリちゃんのお兄さんなら知ってて当然か。ていうかこの前ユリちゃんに聞いたお話にも出てきてたし」
一人で勝手に自己完結する幸助にスフェーはふと彼に問いかけてくる。
「ん? その話、マリーナから聞いたのかな?」
「え? あぁ、ランの過去を中心にある程度は……確か、幼い頃から喧嘩仲だったとかって」
「喧嘩仲……まあ、奴は今も昔も大いに迷惑をかける奴だったんだ……周りを振り回し自分も奔走する。挙句それで大事になった事もある……」
スフェーは一度少し考えたような表情になると、すぐに戻し映像越しに幸助の顔を見ながら彼に何か思い立ったかのように改まって話しかけた。
「西野隊員、君と夕空隊員に一つ提案したいことがある」
「提案?」
幸助とスフェーが話を進めていくそのころ、ジネスを追いかけていたランはそのまま更衣室の近くにまで到着。ジネスが中に入って行くのを確認すると部屋の中で姿が見られることを避けるために一度足を止め角に隠れる。
そこでジネスが着替え終わるのを待っていると、別の隊員が更衣室に入り中にいたジネスに話しかけた。
「オルド隊長! お疲れ様です!!」
(隊長! アイツが!?)
ランは自分がたまたま出会った人物が想定以上の大物であったことに静かに驚いた。
(いきなり大きな情報だな。運がいいのか、はたまたより面倒な事への布石か……)
ランがこれまでの自分の経験上から来る嫌な予感を頭の中で感じつつも、今は討伐部隊からできるだけ情報を集めたいと意識を戻して崩れかけた表情を引き締めた。
数分後、更衣室から出てきた討伐部隊の服装をブレスレットで投影、コピーしたラン。変化した服のポケットの中にユリを大事に匿いつつ隊の動きの流れに自然な足取りをとって合流、同じ遊撃車に搭乗してビルから出動した。
車両内で向かい合わせの二列で座る隊員達。前回と違い調査のために搭乗したランは車両内を見回して確認していく。
(搭乗員数は十人程度。各隊員ごとに武装を持ち警戒態勢。車自体は割と単純な感じだな。予備の武装をいくつか置いているってくらいで車自体に武装はない感じか?)
ランが顔を覆うヘルメット越しに視線だけ動かして駒から情報まで手に入れていく中、彼等を乗せた遊撃車は乗用車よりもはるかに素早いスピードをほとんど急ブレーキに近い形で停車。運転手から言われるよりも前に出口傍の隊員二人が扉を開き、一斉に車外に飛び出していった。
(無駄のない素早い動き。慣れってやつだな)
ランももちろんこの流れに乗ってマシンガンを手に持ち遊撃車から飛び出した。そのまま統制の取れた走りを真似しつつ前方に目を配ると、前回と同様に一体のゾンビがフラフラと体を揺らしながら歩いている様子が見えた。
体のバラバラな位置に甲殻生物の殻に似た何かが生え、顔は左半分が虫のような形に中途半端に変形している。
(昨日のものとはタイプが違うゾンビ。でもやっぱり、どこか生物がまじりあっているような風貌だな)
ゾンビの見た目にどうにも既視感を感じるランだが、今優先すべきはそちらではないと判断。両隣の隊員の動きに見様見真似ながら合わせ、横並びに発砲準備の姿勢を取る。
自分以外の部隊が構えたのを確認した隊長のジネスは合図の掛け声を出した。
「撃て!!」
ランを含めた一般隊員達はジネスの指示に即座に従い、手に持ったマシンガンを発砲。一体のゾンビに対し確実に仕留めるように大量の銃弾を撃ち込んだ。
しかし前回の時と違いここで問題が起こる。ゾンビの身体に生えた殻は相当硬い装甲になっていたらしく、集中的に撃ち出された銃弾を防御姿勢を取ることもなく弾き、体の内側へ通さなかった。
「全て弾かれてる!?」
「隊長!」
初手の攻撃が通じない事態に隊員達がジネスの意見を仰ぐと、ジネスはすぐに次の指示を飛ばす。
「発砲を止めろ! A班はブレード、B班はハンマーを装備。円陣を展開し接近戦に移行。攻撃して砕いた個所に銃弾を至近距離で撃ち込め!」
「了解!!」の掛け声を上げて隊員達は一斉に動き出す。自分に班などあるわけがないランがここに来て行動に一瞬迷いかけた。
だがここで臨機応変に動けるのがランの強み。彼はすかさず持っていた銃の構造を理解し形を変形、ブレードを出現させて同じように武器を変えた隊員達の一番後ろに紛れることで流れに便乗した。
今のところ特に攻撃する様子を見せないゾンビを取り囲む隊員達。ここでランがいるA班がブレードでの攻撃を試みて仕掛けていく。
ところがゾンビはこれを狙っていた。先頭の隊員が刃物をゾンビの殻にぶつけた直後、殻が外側部分から離れてハエトリグサのような形に変形、剣を抑え隊員の動きを拘束してしまったのだ。
「な、なんだこれは!!?」
驚く隊員にゾンビは変化のなかった顔付きを大きく不気味ににやつかせる。同時にゾンビは先程より広範囲で殻を変形させると、人一人の見込める程の大きな口と見て取れるようなものを出現させた。
「アイツまさか!!」
ゾンビはわざと近接攻撃をさせたのだ。一度攻撃させてその身体を捕らえ、一瞬で全身を飲み込んでしまう。それがこのゾンビの狩りの仕方だったのだ。
このままでは隊員が食われる。しかしこういうときにすぐ近くの隊員達の足は止まっていた。ランは隊員達のこの状態に舌打ちをついてついつい前に出てしまう。
「チッ!……(統制が取れている分アクシデントにはフリーズかよ!!)」
討伐部隊の統制が下手に良いが為に起こった危機に隊員達が動けない中、皮肉にも部外者であったからこそランが割って入りゾンビの口が閉じる前に隊員を救出した。
「ったく、危なっかしい部隊だな」
射撃では傷一つ付かず、近距離攻撃をすれば拘束され喰われる危険が生まれる。厄介な相手にジネスはどう対処すべきか頭を悩ませ
ランが下がってすぐにゾンビに視線を向けると、さっきの攻撃の時と違いゾンビはまたフラフラと歩くだけで追撃をしてこようとはしなかった。
(追撃が来ない? さっきと同じようにただ茫然と歩いている?)
視覚を利用しているのかどうかさえも分からない動き方。周りに人がたくさんいることにすら気付いてないかもしれない様子。
ランは細かく観察しても変化がない相手に目を細めた。
(もしや……)
ランはゾンビの動きから頭の中に一つの仮説が思い浮かんで来た。それを確かめるためにランは再びか動き出した。
雲行きが怪しくなる空模様の下。どこか重い雰囲気が流れ始めていた。
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