ココラー14 廃屋の戦闘
イベント会場から場所は変わり、広いながら日の光が入る窓もなく明かりも一切点灯していない室内。閉鎖になって改修工事がされていない場所といったところだろうか。
この場の中央に黒いマスクに似た何かを口にはめられて声を抑え込まれ、縄とは違う拘束具によって拘束されて正座をさせられた鈴鹿がもがいている。そしてもう一人、鈴鹿をさらった今回の事件の犯人『ムール』だ。
ムールは次に後ろでせめてマスクだけでも外そうと躍起になって体を震えさせる鈴鹿の方に振り返り、彼女の髪を引っ張るように掴んで怒声を浴びせた。
「大人しくしていろ!!」
ムースが握った髪の毛を床に叩きつけられるようにしたことで鈴鹿が抵抗も出来ずに倒れてしまうと、ムースはそんな彼女をはたいて一方的に鈴鹿に向かって文句を吐きつける。
「本当にクソみたいな世界だぜ!! 僕のように本当に優秀な才能を持つ奴が理解されずに、お前みたいな見た目だけの何の能力もないような奴が採用されやがって!! ふざけんな! ふざけんな!! ふざけんなあぁ!!!」
暴言は徐々に単純なものになっていき、中身のない言葉に力強い暴力。逃げ場のない危機的状況におびえる事しか出来ない鈴鹿。
一通り怒鳴り切ったムールは、次に部屋の奥に適当に放り出されていたビデオカメラを手に取る。
「ふぅ……そうだそうだ……足が付くとは思わないが、楽しみは先にやっておいた方がいいし撮影を始めようか」
(撮影?)
鈴鹿が何をされるのか恐れを抱いていると、それを見たムースが邪悪ににやけながらより彼女を怖がらせるためにわざと教えた。
「このカメラはな、僕の才能を認めてくれた奴が送ってくれたプレゼントなんだ。撮影を始めた途端にあらゆる放送設備、配信期間をジャックし映像を流す。
そこに映された映像で、一番の宣伝党であるお前を痛めつけられたうえで裏で隠していた事実を露見させられたGINGAGAMEはどうなる事か……カハハ! いい見せしめになるだろうさ!!」
そんなことをしたってGINGAGAMEはそう簡単に弱まったりはしない。普通に考えればわかる事だ。だがこの男は本気で企みが実行出来ると考えている。それが故に質が悪い。
妙に技術だけしっかりしている点を鑑みると、今いる場所もムール自身ではなく技術提供をした人物による入れ知恵なのだろう。
ゴツゴツとした手を近づけ、抵抗できない鈴鹿に迫るムース。鈴鹿は助けが来れる訳のない状況に絶望し、これから起こることを見たくはないと目を閉じて震えていた。
だがムースの乱暴な手が鈴鹿に触れる寸前、突然に廃屋の扉は破壊されたのか力づくで開かれ、外の日の光が差し込んできた。
「何だ!?」
驚いて出入口に目線を向けるムール。直後に扉を開けた犯人はシルエットを確認される前に突撃し、動揺して隙だらけのムールにタックルを喰らわせて鈴鹿から離れさせた。
一瞬の内に目の前で行われた出来事に鈴鹿がついて行けずにいると、次に彼女自身の身体が一瞬にして磁石にでも引き寄せられるように光の方向に移動した。
背景が変わった事態に周りを何度も確認しても大きく慌てていると、彼女を拘束していた黒いものが突然切り裂かれ、解放された。
「あれ……どうしていきなり解けて」
「鈴鹿」
すぐ後ろから聞こえてきた声に混乱が一気に覚めた鈴鹿。もしやと思い後ろを振り返ると、そこにいたのは鈴鹿が探し求めていた相手が、頬に汗を流して酷く心配する様子で見つめていた。
「雷太……兄!?」
「ようやく……お話が出来たね、鈴鹿」
涙ぐんで潤んでしまう瞳を見せる雷太に鈴鹿も釣られて涙が浮かび上がっていく。胸の奥に塞ぎ込んでいた感情の栓が緩んでいき溢れ出すように涙が溢れ出し、号泣しながらお互いを抱きしめた。
「雷太兄! 雷太兄!! 会いたかった……会いたかったよぉ!!」
「俺も……ずっと会いたかった……こんなに時間がかかってしまって」
一度抱き合った事で気持ちが落ち着いた二人は、近くにいたココラとオーカーの視線を向けられる。突然鈴鹿が移動したのはオーカーの能力によるものだったようだ。
雷太は状況を鑑みて抱き着くのをやめ、鈴鹿に謝罪した。
「ごめん。今はこのくらいで……後でいっぱい話し合おう」
「雷太兄」
雷太は一度鈴鹿に頷くと、手元に装備召喚用デバイスを取り出して立ち上がり起動。彼女の眼前で鎧を装着した。
「その姿」
「ちょっと行ってくる。すぐ終わらせて戻って来るから」
雷太は鈴鹿から離れるとすぐに戦闘モードに意識を切り替えてムールを鋭く見た。
そのムールは弾き飛ばされたまま地面に転倒し転がる羽目になるも、すぐに立ち上がり自分に攻撃してきた相手を睨みつける。相手は右半身を魚のような鱗に覆われた男、フジヤマだ。
「今ので気絶してくれればすぐに拘束出来て片が付いたんだが、そう上手くはいかないか」
「貴様……余計な事をしやがって! どうしてここが分かったぁ!!!」
ムールからの当然の質問にフジヤマは鈴鹿の方に視線を向けて白状する。
「攫うだけ攫って慢心したな。攫った相手に発信機くらいついていると考えてないとは」
「発信機」
ムールはもちろん鈴鹿も驚き、彼女が自分の身体をくまなく見回すと、服の襟の内側にとても小さな発信機が取り付けられていた。
「いつの間にこんなもの!?」
「念のための、私が付けておきました。渡されたときはどんな道具か分かりませんでしたけど、消えた人を探せるなんて、凄いですね!」
「ここまで小型で高性能なものは、作ったドドドドド天才美少女殿のおかげであるがな」
「ドドドド……ド天才美少女?」
ココラはオーカーの台詞に何と反応するべきなのか分からずに微妙な顔をしてしまう。
一方のムールは説明されてしまえばいとも簡単な方法で居場所がバレてしまった事実が心底気に障ったようで、瞼をピクピクと動かしながら髪をかきむしっていた。
「クソが! クソが!! クソガアァ!!!」
ムールは汚れることもいとわず地面を何度も叩きながら立ち上がり、リモコンを操作して二体の共通の姿をした恐竜型大型兵器獣を出現させた。
「イシヒメを残して他は殺せ!! 僕を守るんだ!!」
指示を受けた兵器獣はフジヤマと雷太に襲い掛かるも、単純な量産型では戦い慣れた二人の相手になるはずもなく、それぞれ水球弾と引きによる切断で軽々撃退されてしまった。
「そんな……僕の力が、こんなにあっさりと」
「相手が悪かったな。俺はもっと酷いのと何度も戦って来たんだよ」
「俺は、ゲームでの腕だったんだけど……でも、この武装もだいぶ使い慣れてきた」
フジヤマと雷太の想定外の戦闘力。自分が手に入れた力が通じない現状。ムースは自分が追い詰められていく程に癇癪が酷くなっていき、リモコンを壊しかねない強さで握ってしまう。
「なんで……なんでなんでなんでなんで!!! なんで僕がこんな目になるんだよ!! 俺は成功するべき才能があるのに!! 俺は成功して当然なのに!! なんでこうも上手くいかないんだよぉ!!」
ここまで事を大きくしておいて自分には何も悪くはないとでも言いたげな台詞。
聞いている側には、特に自分の技術を悪用されたフジヤマと散々鈴鹿を守るために戦ってきていた雷太からしてみればとてもたまったものではなかった。
怒りからか自然と足が進んでいく二人。ムースはやけくそになってリモコンの色んなスイッチをいくつも押していき、サイズも元の生物種もバラバラの兵器獣を大量に出現させていく。
後ろに控えているココラ達は警戒を怠らずに鈴鹿を守る体制をとる。
「まだ出てくる」
「どれだけ与えられたのか。フンッ、奴の愚劣の深さだけいるという事か」
「雷太兄」
雷太に対して心配の目を向ける鈴鹿。見かねたオーカーはココラに顔を向けた。
「我も行く。彼女は頼んだぞ、ココラ譲」
「は、はい!」
ココラが気を引き締めて構え、オーカーはフジヤマ、雷太と共に前線に赴いた。
数に任せて一斉に攻めてくる兵器獣達。だがそのどれもが以前のイベントや前回の撮影時で出現したものばかり。オーカーも加わってより隙のなくなった三人には相手にならず、次々と撃退されていった。
「なんでこっちに来た?」
問いかけてくるフジヤマにオーカーは戦闘を継続しながら返事をする。
「鈴鹿譲が心配している、早く終わらせるために手を貸すのだ」
「お節介……ではないか。ありがとう」
以前のフジヤマならば邪険に扱っていただろうが、前に出会った一団とのやり取り方協力することによる素晴らしさを知った彼は、オーカーをないがしろにはしなかった。
「残りも少ない。このまま押し切るぞ!!」
「「何でお前が仕切ってんだ!?」
いるのだ!?」
雷太の呼びかけにツッコミを入れつつもフジヤマもオーカーも彼に動きを合わせ、横に並んでいた三体の兵器獣を撃破。
三人の撃破の勢いにはリモコンの操作が間に合わず、短時間にしてムールはまたしても追い詰められてしまった。
「今度こそ、追い詰めたぞ」
「さあ、いい加減大人しく我らのお縄にかかる時だ」
少し背を逸らしてノールックで指を差しそれっぽいポーズと台詞を決めるオーカーに残り二人が反応に困ってしまうも、すぐに冷静さを取り戻してムールに視線を向けた。
ムールは焦りからまたスイッチを押そうとするも、フジヤマが脅しの意味を込めて水圧を剣を突き付けた。
「クソッ……クソクソクソクソクソ!!! クソガアァ!!!!」
やけくそになったムールは地面にリモコンを投げ捨てた。三人がリモコンに気を取られた隙に逃走を図ろうとしたムールだったが、フジヤマが見逃さず取り押さえて拘束した。
「この! 放せ!!」
「考えが甘い」
「クソッ! クソォ!!……なんで俺が、俺ばっかりが……」
冷や汗をかきつつも未遂で済んだことにホッとするフジヤマ。一方のムールは万策尽きたようで癇癪のままに叫んでいたが、何も変わりはしないまま事件は一件落着かと思われた。
直後にオーカーがあるものを見つけるまでは……
「待てフジヤマ殿、これは」
オーカーがふと見たのは、ムールが地面に落としたリモコンだった。リモコンからはバチバチと紫色の電撃が目に見え、湯気が飛び出して見るからに故障をしている。
そしてリモコンが爆発すると、同時に屋内はもちろん、屋外にも大量の立体映像が出現、兵器獣として形を構成し、その全てが実態をもって暴れ始めた。




