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5-67 夫婦の混浴

 大吾を頭目とする男性陣による覗き未遂事件が解決し、ほとんどの男子が気絶からの拘束か疲労による休息に入った状況。

 遅れて登場し軽く相手をひねるだけで済んだランは、女性陣が出てから少し時間が経過してから一人ゆっくりお湯につかろうと温泉内に入って髪を洗っていた。


 雲がなく月明かりが輝く空の下、一人黙々と身体を洗っているラン。だがやはりまだ本調子を出せないところに体を動かしたためか、表情に疲れが見えた。

 だがこの疲れは、彼自身が頭の中で浮かべている悩みから来るところもあった。


(幸助も南も、試験に合格した……だが、やっぱアイツ等は……)


 そんな中、ランの貸し切り状態になっていた温泉の出入り口の扉が開き、誰かが入ってきた。

 足音からして来たのは一人。放っておこうとしたランだったが、その人物が丁度彼の真後ろに足を止めた事で声をかけた。


「他にいくらでも洗い場は空いてるだろ?」

「それじゃあ身体を洗ってあげられないでしょ」

「ッン!!?」


 耳に入ってきた声にランが仰天して後ろを振り返った。温泉内に入ってきたのは、布地面積の少ないかなりきわどいビキニを着たユリだった。

 本人も普段着ないような攻めた格好をしているからか、恥ずかしそうに体をモジモジとさせながら頬を赤くしている。


 今目の前で行われているユリの珍妙な行動。ランは咄嗟に持って来ていたタオルを股下に被せつつ当然のツッコミを入れた。


「何やってんだお前!?」

「何って、さっきも言ったじゃない! 体を洗ってあげに来たの……何よ! 妻が仕事で疲れた夫にねぎらいをかけることの何が問題なの!?」

「問題しかねえよ!! ここ公共の温泉だぞ!! こんなもん他に誰かが入ってこようものなら大騒動だ!!」

「そこは大丈夫よ。しばらく貸し切っていいって入間姉に許可とったから」


 入間から許可を取ったというセリフの時点でランはなぜここにユリが現れたのかを大体察した。大方湯路に入っている最中にその入間にそそのかされたのだろう。わざわざ水着を用意しているあたり相当準備されている。

 だがほかに問題点もある。ランは次にそれを指摘した。


「変に気合を入れるな。祭りの時も言ったが、俺達は()()()()関係じゃない。変なことはやめて部屋に戻れ」


 ランの冷たい返しにユリはムカッと来たようで、恥ずかしがって揺れていた動きが止まりこぶしを握って怒りが込み上げてきた。


「人がせっかく勇気をもって来てあげたっていうのに……何よその態度!!」


 ユリはランに指を差し、いつも以上に強気な姿勢でものを言った。


「いい! アンタがどう言おうと、これは私が自分の意志でやっている事なの!! 頭ごなしに拒絶しないでさっさとねぎらわれなさいよバカ!!」

「恫喝してる時点でもうねぎらいじゃないだろ!!」


 口論が何度か続く二人。とはいえランはこういうときユリが頑固なことも知っているため、これ以上彼女の機嫌を損ねてひどい目に遭わされたくはないと判断し、彼女のご奉仕を受け入れることにした。


 ランの背中にユリが持つ泡立てられたスポンジを当てていく。そんな中で彼女はふと空いていた左手で彼の背中をなでるように触れてきた。


「綺麗な背中。怪我は全部治っちゃってるのね」

「ま、お前がくれた力のおかげでな」

「……」


 ユリが沈黙すると、今度はランの方から彼女に問いかけてきた。


「それで、何の用で来た?」

「え?」

「ご奉仕っていうのは半分建前なんだろ。何の用だ?」


 ユリは自分の中では建前ではないのにと文句を言いたくなるような顔になるが、ランの言っている通りもう一つ目的があったのも事実なので、ここは表情を戻して話に合わせることにした。


「そうね、確かにもう一つ。ここの所旅がにぎやかになって二人でゆっくり話をする時間がなかったから、いい機会かと思って」

「それは、確かにな……幸助に南、随分にぎやかになったもんだ」


 勇者の世界で幸助と出会って以降、元々二人だけで回っていた旅はずいぶんと変わった。魔法少女の世界にて南も加わり、より変化したものだ。

 だがそれは同時に、ランとユリの二人だったからこそ出来た事が出来なくなった場合もあった。


 ユリはふと手が止まり、ランに問いかける。


「ラン、二人を三番隊に入れる気は」

「ない」


 ユリが言い終わる前に即座に反対の声を出したラン。ユリの表情は暗くなるもそれでもランは続ける。


「あいつらを三番隊に入れるっていうことがどういうことなのかはお前もよく知っているだろう。

 今のとこ言わなくで済んでいることも伝えなければならない。当然、あのこともな」

「それは……」

「アイツ等はただでさえ筋金入りのお人好しだ。知れば確実にこれまで以上の無茶をする。

 三番隊は今のままだからこそいい。アイツ等とは、これっきりだ」

「ラン……フンッ!!」


 ユリは暗い雰囲気で己の言い分を述べたランの背中に張り手を浴びせた。素肌に一撃受けたために刺激が直接身体を襲ったランは思わず体を震わせてしまう。


「痛っ!! 何すんだ!?」


 驚いて後ろを振り向くラン。ユリはそんなランの肩を掴んで椅子の軸を回すように身体ごと自分の方向に向かせると、両手で彼の頬を高い音が響く程に叩きながら彼の目を見て怒鳴りつける。


「思った通りだった! アンタって常に周りの見ながら器用に行動する癖に、肝心なことに対して独りよがりし過ぎなのよ!!」

「それは……」

「もしアンタが今言うように二人を別の隊に送ったとしてどうなると思う? 二人のことよ。その隊での誘いを断ってでもアンタに押しかけにくるわよ。

 旅をしていくうちにドンドン諦めの悪い性分になっていったんだもん。()()()()に似てね」


 眉にしわを寄せてもユリの目は真っ直ぐその誰かさんに視線を向けるが、相手の方はまだ承諾する気はないようで無意識の内に視線を逸らしてしまう。


「それでも俺は二人を隊に入れない。アイツ等が折れるまで拒むさ」

「ラン。アンタが二人を拒絶するのって、()()()の……」


 ユリが何か言いかけた瞬間、ランは血相を変えて自分の両頬を掴んでいた彼女の両腕を左腕で弾いた。


「やめろ!!……もういい。話は終わりだ」


 ランは桶にあらかじめ貯めていたお湯で体に付いた泡を洗い流すと、あからさまに不機嫌な態度のままタオルを腰に巻きつつ立ち上がった。


「俺の意志に変わりはない。とっとと部屋に戻れ」


 一人無理矢理に話を切り上げてユリから離れていこうとする。捨て去るように放置されたユリもすぐ立ち上がると、沸々と湧き上がる怒りに体を震わせて拳を握らせた。


「待ちなさいよ……」


 普通の声ではランは聞こえても無視している。ユリはより険しい顔になると、風呂場の床を走ってランの背後に近付き、彼に向かって殴り掛かった。


「待ちなさいって……言ってるでしょうがぁ!!!」


 しかしランは振り返り様にこれを受け止め、ため息交じりの台詞を吐いた。


「やめろって。お前と戦うつもりはないし、時間の無駄だ」


 ランはユリと戦う気が毛頭ない。戦っても勝てると思っている節があるのだろう。ランは受け止めた拳を優しく払おうと腕を振るう。

 だがこれはユリにとって計算の内だった。


(こう来ると思った。アンタは私に怪我されたくないから、滑ってこけないようにわざとかわすんじゃなく受け止めた。

 言葉は厳しいのに本音は優しい。だから隙があるのよ)

「<ビート エメラルルド 弱>」

「ッン!?」


 ランはユリが技名を唱えたことで咄嗟に反されようとするも時すでに遅く、彼女の身体から触れている腕を使ってエネルギーが流れ込み、彼の身体を痺れさせた。


「ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


 完全に意識の隙間を突かれたランは元々あった疲労と重なって膝をついてしまうと、ユリは腰に拳を置き胸を張った体制をとりながらハッキリとした声でランを叱り付けた。


「何よ、私にすらやられているじゃない! そんなんでよく三番隊は今のままでいいだなんて言えたわね」

「今のは、ずるいだろ……」

「普段からせこい手ばっか使っている奴が何を言ってるの。いい!!」


 ユリは目線が少し下になっているランに右人差し指をさして目線を集中させた。


「私達を取り巻く危険はこんなものなんかじゃない!! もっと酷い世界だっていっぱいある!! それどころか、これまでだってそうだった。

 魚人の世界だって、吸血鬼の世界だって! 私達だけじゃ危なかった! 幸助君や南ちゃんがいたから乗り越えられたんじゃない!!」


 二人の頭の中に幸助と南が加わってからの旅路の記憶が流れてくる。


「アンタにお世話になる気はなくても、もう既に私達は二人に助けられているの!! そして二人は、旅を続けるために、私達の仲間でい続けるために頑張って、試験に合格した。

 それなのに一方的に二人を遠ざけようとするなんて……それが二人のためになるだなんて! 勝手に決めないで!!」

「ユリ……」


 話の最中、だんだんと腕が下がっていき、瞳が潤んでいくユリ、いったん吐き出した激しい感情は引っ込みがつかなくなっていき、自分が次に何を言い出しているのかもほとんど分かっていないような状態になる。


「そんなんなら……アンタにだって私と一緒にいて欲しくなんて!!」


 ユリが激情に流され泣きかけながら拒絶の言葉を吐きかけた途端、ランは強引に体を動かしてユリの身体を抱きして彼女の台詞を止めた。


「やめろ……それだけはやめてくれ……」

「……」


 ユリの背中に回した手でそっと彼女の後頭部を撫でるラン。反対腰だった姿勢が崩れ、上がった肩の荷が下りた。


「俺はお前と離れなくない。すまなかった。確かに勝手なわがままだったな」

「こんなので……収まると思ってるの?」

「分からん。だが、俺はお前に悲しまれるのが一番嫌なんだ。反省してる……」


 どこまでいってもやはりユリには勝てない。内心ランは改めてそう思った。

 数分間そのまま経過し、ゆっくりユリの気持ちが落ち着いたのを確認してランが彼女を放した。


「……」

「……」


 二人の声は止まった。一難去って改めて見た自分たちの姿に心奪われていたようだ。


(さっきまで意識してなかったが、ユリっていつの間にかこんなに成長してたのか……出るとこ出て腰は細くて……水着を見るのも久々だからなのか……なんというか……)

(分かってはいたけども、目にしてみるとやっぱり凄い鍛えられてる……腹筋割れてて、胸も腕も引き締まってて……なんというか……)


 お互いの身体に目移りしていた二人の視線が重なる。今回はどちらも逸らすことはなく真っ直ぐ見つめ、徐々に顔の距離が近くなっていった。


(ダメだ俺! 俺はユリとそういうことは! でも……)

(どうしよう。ドキドキが止まらない……凄く、ランが……)


 風呂の中で温かい湯気があふれる中、とうとう二人の唇が重なろうとした。


 しかし肝心な瞬間に突然扉が開き、声が聞こえてきた。


「フ~……ようやくお風呂だぁ!! 疲れたぁ!!」


 意気揚々と風呂場に入る幸助。後から聞いた話によると、このとき彼は覗き魔撃退後疲労からすぐ部屋に戻り、少し寝て起きてからやって来た。寝ぼけていたために貸し切り中の張り紙を見えてなかったらしい。


 だがそんなことはランにはどうでもよかった。何よりまず今このタイミングに現れた事。これがランにとって心底腹を立たせた。


「お前……タイミング考えろ!!」


 幸助が声を元に探知してランの姿を確認すると、そのランが思いっきり殺気立った視線で自分を睨んでいるのが見えた。


「えっ!? ラン!!? それにユリちゃん!! なんで!!?」

「んなことはどうでもいいんだよ……タイミング! 考えろって言ってんだ!!!」


 その後、さらなる負傷を受けた幸助が再入院。しかし持ち前の回復力によって翌日にランと共に退院したことは、また別のお話。

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