5-66 楽園へ行く戦い
大吾達、楽園へ向かう者達が目的の地へ到着してすぐに面と向かった黒葉を中心とした残りの男性陣。
当然大吾は彼らに対して当然の質問を飛ばした。
「お前ら! なんでこんな所にいやがる!? 揃いも揃って俺が今回誘ってなかった連中、一体なんで!?」
質問を受けた相手側は黒葉が代表して返答して来た。
「俺達は俺達で誘いを受けたんだ。貴方の姉、疾風隊長に」
「姉貴に!?」
「はい。自分たちがお風呂に入っている間、門番をしてくれと隊長命令で」
「職権乱用だな疾風隊長」
「安心して、お駄賃はもらえる手はずだから」
冷静な指摘を挟むフジヤマに即座に返した黒葉。淡々と話しが続いていくかに思われたこの場だったが、大吾がここで怒りを湧きあがらせていた。
「何を血迷って……男というのは美女に夢を求めそれを掴み取るのが幸福やろうが!!
男の使命を捨てた裏切り者共が!! そんな奴らに俺らの足は止めさせやせんぞおぉ!!! 突撃ぃ!!!!」
「ウオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!」
大吾の反論の叫びを合図に何人もの本能に準ずる男達が楽園へ飛び込もうと突撃を開始した。だが相手側先頭に立っていた黒葉が瞬時に何人もの男たちに触れて技を発動した。
「<分解>!」
触れられてしまった男たちは片足を付け根から外されてしまい、バランスを崩して目的の地には辿り着けずに倒れてしまう。
先陣を切った最後の一人を撃退したところで黒葉は大吾を睨みつけながら口を開いた。
「俺の場合はただ頼まれたからってだけじゃない。俺自身の意志だ」
「意志?」
「俺はこの能力で色んな女性を傷付けた。悪気はなくともその事実は変わらない。ならばせめて! 今この先にいる人たちは、そんな被害に遭わせたくないんだ!!」
黒葉の真剣な出で立ちと台詞。この場にいる全員が今の彼をかっこいいと思った。同時にこれが覗きのための悶着ではなく本物の死闘であったならばどれほど良かったかとも。
とはいえ黒葉の手によりかなりの数の味方が撃退された。この事態に大吾は歯ぎしりを立てて攻めあぐねてしまう。そんな彼の肩を後ろから軽く叩き、一人の勇気ある男が前に出た。
「俺が行きます」
「お、お前は!! 第三試験、課題の本を他者からパクッて逃げ勝ったという今受験者内一番の俊足持ち、『イダテ・テダン』!!」
「ずいぶん説明じみたリアクションだな」
後ろでフジヤマにツッコミを入れられながら、俊足持ちのイダテが猛スピードでのれんの方向に突撃をかけていく。
黒葉達はこれに対抗しようと構えるも、イダテは彼らにある程度近づいた途端に進路変更をし、壁に向かって走り出した。
「何を!?」
直後にイダテは壁に足をつけると、素早い動きで壁を地面のように利用して走り始めたのだ。
「ナニィ!!? あまりの素早さに、壁から落下するよりも速く動いて見せているのか!?」
「さっきからいちいち説明しながら驚くの、何?」
イダテは止まらない。壁を走られるのは黒葉達にとっても盲点であり、対策が遅れ突破されるかに思われた。
しかしのれんに手が触れるかに見えたそのとき、突然イダテが足を踏み外し、床に落下した。
「痛っ! なんだ、何かに足をしばかれたような……ガッ!!」
「あの人は!」
イダテが気絶。ほぼ全員が何が起こったのか分からないでいたが、その中で黒葉がある人物に気が付き叫んだ。
「今受験者の中で一番に影が薄く、ほとんど誰からも認識されなかったが為に試験をクリアしていった稀有な存在! 『田中 誠二』!!」
「説明というかもはやディスってるだろ今の」
良い風に言っているが、つまりはあまりの影の薄さゆえにその場に普通にいながら誰からも認識されないままに攻撃したのだろう。
見ようによっては悲しい特技だが、この混戦状態においては頼りになる戦力だ。
「田中君! ありがとう!」
「ど、どうもっす」
「クッ……イダテがやられてしまうとは……」
白熱する戦い。だが大吾達向かう側の男達には目的上ここでの戦闘に時間をかける訳にはいかなかった。有力なメンバーを失ったことも大きく、大吾の判断に焦りが見え始める。
(このまま戦い続けていてはタイムオーバーでこっちの負けやな……こうなれば……)
大吾以上に見てわかるほどに焦る他の隊員達は、こうなれば我先にとばかり警備を振り切って目的地に進もうと足を前に出す。
だが彼らの動きは大吾によって阻止される。
「リーダー!」
「なぜ邪魔を!?」
「もうええ。争いごとは十分や」
随分と潔い大吾の変わり身にホッとするよりも疑いの視線を向けてしまう。彼の性格上ここで簡単に手を引くとは思えなかったからだ。
事実次に大吾が口に出した台詞は、何かを企んでいることが見え見えなものだった。
「基地内をぶっ壊してしまうからこれは控えた方がいいかと思っとってんけど、しゃあないか」
何を仕掛けてくる気か読めない大吾に黒葉達が構え、数人の隊員たちが大吾の行動を阻止しようとのれん付近を離れて飛び出して来た。
対する大吾は掌を下に向けつつ右腕を前方に伸ばすと、ゆっくりと腕を下げつつかすかに唱えた。
「<秘伝四鬼術 圧気>」
大吾が技名を唱えると、次の瞬間に向かって来た隊員も構えていた黒葉達も揃って一斉に頭上から何か重りがのしかかってきたかのように自分達の周辺の床が陥没するほど潰されてしまった。
「体が!……重い!?……」
「これ……は!?……」
「何が!?」
「これ、リーダーがやったんですか!?」
「おお、『秘伝四鬼術 圧気』。簡単に言っちまうと空気の重りを生成して上から落とす術や」
「秘伝の忍術をこんな事に使われるって……」
少年らしく忍者にあこがれている部分があったが為に冷たくなるフジヤマの視線を背中に受けつつ大吾は歩き始めた。
重さのあまりうつ伏せに潰れてしまう黒葉達。そんな彼等に大吾はひょうひょうと歩いて近付きながら黒葉の目の前でしゃがみこむ。
「動かれへんやろ。でも安心しろ、ぺしゃんこにならへん程度には抑えてある。そんじゃま、君らは懸命に働いたけど、俺の実力には届かなかったってことで伝えとくから。お疲れさん」
大吾は一度振り返り、自分サイドの仲間達に号令をかける。
「お前らぁ!! これで障壁は消えたぁ!! 後は楽園へ飛び込むだけやぁ!!!」
「ウオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!」
大吾が再び前を向き直し、残った面々を引き連れて楽園へと足を踏み入れようとした瞬間。
「<雷輪>!!」
「ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
「何や!?」
大勢の叫び声に大吾が直ちにもう一度振り返ると、気絶から復活した幸助が自身の技によって隊員達を拘束していたのだ。
「幸助! お前もう気絶から回復したんか!? ほんまに大した身体してんで」
幸助の不意を突いた攻撃により隊員のほとんどがやられてしまった大吾は、幸助を黒葉達と同じ目に遭わせようと右腕を伸ばす。
だが攻撃をする直前、大吾は突然自分の腕にやけに重さを感じた。自身の技で重りをつけられているのとは違う、自分の体そのものが急にだるくなった感覚。
「この感じ……俺の体が……こんなん出来るんは!!」
大吾がこれをやった犯人に勘付くと、その大吾の背後から犯人は姿を現した。
「ここまでだな」
「フジ……ヤマ!!……貴様、裏切った!!」
「裏切るのには慣れていてな。俺はアキの裸を独占したいんだ」
フジヤマの裏切りにより完全に油断を突かれた大吾はそのまま意識を失い倒れた。幸助はフジヤマが突然大吾を退治したことにキョトンとしていると、フジヤマの方から彼に近付いて話しかけてきた。
「しょうもないことに巻き込んですまなかったな」
「フジヤマさん……もしかしてはじめからこのつもりで?」
顔が引きつる幸助にフジヤマが説明した。
「弟がよからぬことをすると思うから内輪に入って止めてくれと、疾風隊長に頼まれた」
「あの人……ランと同じく手を回し過ぎでしょ」
「それが隊長って人なのかもな。なんにしろ、これでアキたちが被害に遭うことは防げた」
黒幕である大吾が撃退され、幸助が残りの面々も麻痺させたことからもう大丈夫だろうと安心していた二人。だから気が抜いて気付けなかった。大吾が正面から戦うタイプではない事と、彼の能力の一つを見落としていた事に。
「チィッ! 分身はやられてもうたか。別動隊は全滅や」
声があったのは温泉出入口から見て反対方向の物陰の中。声の主の正体はフジヤマが撃退したかに思われていた疾風大吾その人だ。
どうやら正面口を攻めていたのは囮としての別動隊だったらしい。
「尊い犠牲を生み出してしまったな同士よ。だが待っていろ!! 俺達本命部隊が! お前たちの分まで堪能し、記録を持ち帰ってやるからなぁ!!
行くぞお前らぁ!! 警備の連中は向こうに集まって手薄!! こっちからは誰もこうへん!! 楽園へと突入やあぁ!!!」
しかし大吾が掛け声を上げて面々の方を振り返ると、目にしたのはほとんどボロボロに負傷し倒れている隊員たちの姿だった。
「な、なんやお前たち!? 何があった!!」
「リー……ダー……」
「おう! 無事な奴がいたか! ……って!!」
大吾が声のした方を見ると、そこには立っていると見せかけて首根っこを掴まれている隊員が既にやられている状態になっていた。そしてその隊員の後ろから、聞き覚えのある声がしゃべりだした。
「全くくだらない事考えあがって……おかげでこっちは入院中なのを抜け出して働く羽目になったんだが」
隊員を放り捨てて姿を見せたのは、病室で缶詰めになっているはずのランだった。
「ナッ!! お前なんでここにおんねん!?」
「とある情報筋。ま、そんなことはどうでもいいだろ。あとはお前だけだ、腹くくれ」
「フンッ! 生意気な! 病院抜け出してすぐの身体。隊員どもは蹴散らせても、本気の俺を蹴散らせるわけないやろ」
「安心しろ、俺の仕事はもう終わった」
「あ?」
直後、大吾の背後温泉を仕切る壁の向こうから、巨大なレーザー砲を備え付けたクレーンが出現した。
これには大吾も全身から冷や汗を流す。
「あの~……これもしかして俺狙っとんの?」
ランは回れ右をしてこの場から離れていき、砲口は大吾に向かってまばゆく輝きだした。
直後、一瞬のレーザーの破壊音と大吾の悲鳴が聞こえたことは想像に難くない。
「アガアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」
一方の温泉内。悲鳴が聞こえたユリがふと振り返った。
「何、今の声?」
「カッカッカ、気にせんでええ。ちょっと埃を掃除しただけや。な、零名」
入間に呼び出され、湯船の中に潜っていた零名が両手に謎のコントローラーを持った状態で出現した。
「バカ……滅……殺……」
こうして、女性陣の温泉は守られたのであった。




