5-62 依り代結び
忍者の世界にて起こった赤服による襲撃事件の戦闘がとりあえず収まった頃、宇宙にあるとある場所では、ランから受けた負傷を回復させたブルーメがつまらなさそうに広い部屋の中で伸びをしていた。
「ン~ッ!!……誰もいないとなると暇ね……あぁ、またお腹すいてきちゃった……」
独り言を呟くブルーメだったがそんなとき、部屋の扉が開いて誰かが入って来た。だが彼女は警戒せずに扉の方に振り返って挨拶する。
「あら、お帰りなさい。どうだった?」
仕事の成果についてさっそく聞いてくるブルーメに、戦闘を歩いていたコクがヘラヘラした様子で答えた。
「仕事の結果としては大損。偽の情報で罠に飛び込まされた挙げ句、この様だよ」
コクはほぼ半身を失ったアブソバとボロボロのハグラの姿を見せた。するとブルーメはおもむろにアブソバの元に近付き、以前嫌味を言われた仕返しとばかりに意地悪な笑みを浮かべながら話しかける。
「あ~らら、一体誰にやられちゃったのかしら? もしかしてあ~しが戦った奴と同じだったりするんじゃないわよね?
あれだけ人に対して悪口言っといて自分もやられちゃいました~だなんて」
からかう言葉が興に乗るブルーメに、アブソバは渾身の殺気のこもった視線を飛ばした。だが本当にブルーメのいうとおりの事案な事もあって唇を切りそうな程悔しいが突っ込むことも出来なかった。
だが調子に乗るブルーメにいつの間にか近付いていたノバァが彼女の肩に手を触れる。これ以上悪口は止めておけという無言の圧だ。
ブルーメもこれに従いアブソバから離れると、ノバァが次にコクに対して指摘を入れた。
「コク。貴方ももうやせ我慢はしなくて大丈夫ですよ」
「あ、なんだバレていたのか……ノバァに隠し事は出来ないな~……」
次の瞬間、コクは受け身を取ることもなく仰向けに倒れてしまった。目に見えて分かるアブソバとハグラはまだしも、ここで倒れるコクの事にブルーメは汗を流して驚いた。
「コク!?」
ブルーメがコクに駆け寄る中、ノバァが説明する。
「コクが一番ダメージを抱えていたの。今回潜入したメンバーの中で一番長時間戦闘していたし、無理もない話ね。元をたどれば例のごとくの迷子が原因だから同情はしないけど」
「それについてはすまないって言ってるじゃん」
「反省しているのならその笑顔をやめてもらっていい?」
コクはノバァから指摘されてはじめて自分の口角が上がっていることに気が付いた。
「おっと……いつの間にか笑ってたのか、俺……」
「そんなに面白かったのですか? 前にあった風来坊、確か次警隊の隊長格なんですってね?」
「あ~しをボコボコにしてきたやつね」
ブルーメが割って話に入ってくるも、ノバァは気にすることなく話を続けた。
「ハグラも別の隊長格にやられたらしいわね。やっぱり次警隊の隊長はたった一人だけでも破格の戦力だったってことがよくわかりました……
でもおかげである程度隊長格の戦闘データは取れた。今後の対策に使えます」
「そうそう、輝身についても生まれつきと輸血、それぞれで見ることができた。これは大きいだろう?」
鼻を高くして偉そうに口を挟むコクにノバァがツッコミを入れた。
「そういえば今回の暴走を許してもらえるとでも? それとこれとは話が別です」
「あ、いや……すんません……」
ノバァが送る睨みつけるのとは違う説教の視線にコクは出しかけたセリフの続きが喉の奥に引っ込んでしまった。コクが身を引いたのを確認したノバァはまたも続ける。
「なんにしろ、多少の収穫はあれど今回のことでかなり重症者が出てしまった。ここしばらくの間は大きな仕事はできそうにないですね……
全くあの風来坊、こちらの構成員を三人も手痛く重症を負わせるとは……」
「風来坊だけじゃないよ」
つい先ほど黙らせたばかりのコクが告げ口を入れてきたことに表情をしかめるノバァ。彼女がまた説教をしなければならないのかとため息をつきかけたが、コクが次に吐いた言葉には興味を示すことになった。
「風来坊とともにいた男。確か『コウスケ』だったかな? そいつにやられたよ」
「コウスケ? 誰ですか? 名前を聞いたことがないですが、次警隊の幹部格あたりでしょうか?」
「いや、隊員ですらないね。というかその時ちょうど入隊試験の最中だった感じ」
「なんですって!?」
ここでノバァの顔が驚きに変わった。次警隊の幹部格ならばいざしらず、自分たちのチームのリーダーが試験を受けている最中の受験者と戦ってここまでのダメージを負うことなど考えられなかったからだ。
「いや~……完全に舐めていたよ。風来坊君が彼のことを面白いやつだって言っていたけど、戦ってみて身に染みてわかったよ」
話をしている最中にまたしてもだんだんと口角が上がっていくコク。笑みを浮かべる彼は自分の心境を吐いた。
「このところ楽しいことが続いていいいね。これまでは上に言われるがままにさしてつまらない仕事ばっかりやってきてたけど、良い転機になりそうだ。彼らとの戦いが俺を……俺たちを成長させてくれる……」
コクは上半身を起き上がらせると、立膝を立ててにやついた。
「いずれ俺が星間帝国の皇帝になるために……彼らはいい肥やしになってくれそうだ」
コクの軽くない、しっかりと意思を持った野望の発言にノバァ達残りのユウホウの構成員たちもつられてたくらむように口角が上がった。
だがここでノバァは頭の中を整理していて一つ引っかかることが出来、上がった口角を下げてコクに質問した。
「ところでコク、話の流れでそのまま素通りしていしまうところでしたけど、何がどうして入隊試験の受験生と戦うことになったんですか?」
このノバァの質問にコクが冷や汗を流しおもむろに彼女から目線を逸らした。
「え? いや~それは……」
正直に言ってしまえばまたノバァに説教をされる火種になりかねない。どう言葉を濁して話すべきか思考をフル回転させたコクだったが、そこに重症のアブソバが先に口を開いた。
「次警隊の基地に侵入してすぐにコクが方向音痴を発揮して行方不明になってしまって……それでハグラがハッキングしたカメラで見つけて……ウチが迎えに行って……この様よ……」
「あらアブソバ、しゃべれるくらいには回復したの?」
声を出したアブソバに感心するブルーメと、彼女の言い分にコクに対しての睨みが強くなるノバァ。
「何しているんですかアンタ」
ノバァの表情がまともに見れないコク。ハグラの話によれば元々今回の計画は次警隊側の仕掛けた罠になっていたようだが、それにしたかって初手からの戦闘の原因になったのは彼の考えなしの行動だったことになるからだ。
ノバァは顔を向けないまま頭から大量に冷や汗を流しているコクの服の襟をつかむと、上昇の彼を引き吊り始めた。
「ちょ、ノバァ? 俺、結構重症なんだよ? ボロボロなんだよ?」
「それとこれとは話が別の事態です。別室でたっぷりお仕置きをしてあげるのでどうぞお楽しみに」
「ヒイィ!! やめてくれノバァ!! みんな! みんなも弁解してくれよ!! 俺今回いっぱい働いただろ!? めっちゃ活躍していただろ!! なぁ!!」
誰もコクの弁解をしてあげようとはしなかった。そしてノバァがそのまま今いる部屋を出ていこうとした直前、何かを思い出したかのように一度足を止めてアブソバを抱えているリサートに声をかけた。
「そうだ、リサート」
「は、はい!」
アブソバを抱えたままコクとノバァの問答を苦笑いで見ていたリサートは彼女に声をかけられて我に返り表情を慌てて真面目なものに変えた。
「モグラの片づけを頼みます。もう始末されているかもですが、念のため」
「りょ、了解です! ノバァ姉さん!!」
「おお、お片付け頼んだぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!!……」
リサートの返事を確認すると、ノバァは割って会話に入りつつどうにか逃げようと抵抗するコクをがっちり掴んで引き連れてこの場を離れていった。
少し時間が経過した後、リサートは自分たちのいる施設の中にある治療用カプセルの中に重症だったアブソバとハグラを入れた。成人女性二人をその小柄な体で運んだこともあってかここで彼女は大き目な一息つく。
そこからとある部屋に一人入ったリサート。部屋の壁には巨大な棚が置かれ、その中に多種多様な人形が横に奥にと大量に並んでいた。彼女はその並んでいる人形を見回して何かを迷っているようだった。
「どの子にしようかな~……あ、この子がいいかも。だいぶくたびれちゃってるし」
リサートが棚の中にある年月の経って少々くたびれたフランス人形を両手でそっと手に持ち取り出すと、自室の床に型崩れしないようにゆっくりと置く。
そこに彼女はどこかから取り出した小さな瓶のふたを開け、中に入っていた赤い液体を振りかけた。
次にリサートは、ここに戻る前の戦闘にて入間を奇襲した際に突き付けていた針を右手に持ち、軽く上に掲げた。
「<依り代結び 一突き>」
小さめの声で何かをつぶやいたリサートは、勢いよく針をフランス人形の胸中央に突き刺した。針を引き抜いた彼女は、軽く一息ついて独り言を口にする。
「よし、これで頼まれごと完了。ちゃんとお片付けもしておかないとね」
リサートは自分が穴を開けた人形を手に取り、自分が付けた液体を洗い落とすためか自室を後にした。
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同時刻、星間帝国と通じる内通者であったことが露見した丹後が基地内の檻の中に収容され、尋問の時間まで待機を命じられている最中だった。
「ングッ!?……」
丹後は突然自身の心臓に何か鋭利なものを突き刺されたような感覚に襲われた。恐る恐る彼が視線を下に向けると、地震の胸の中心が穴をあけて出血している状況が見えた。
「これは……いった……い……」
少し時間が経過して、看守が見回りに近くの廊下まで歩いてきた。周辺に注意を向けて視線を配る看守だったが、ふと目に入った光景に驚き、一瞬幻でも見たのではないかと自分を疑った。
だがもう一度確認のために視線を向けると、看守が見た檻の奥には心臓を一突きされて殺害されていた丹後の死体だけが残されていた。




