5-60 ぶっ飛んでる
戦いの状況が止まってすぐ。演習場を始めとした大規模な破壊跡が残す大技を使ったランは変身を解かないままに息を切らしているようだった。
(技自体はどうにかそれっぽく出来たってところだろうが、何だがどうにも気持ち悪い。あの女、キッチリ倒せたのか?)
ランはつい先程アブソバが立っていた場所に移動し、空けた穴の中に彼女が落ちていないかと上から覗く。
「やってくれるねえ……」
「ッン!?」
ランが声を聞いて初めて気配に気が付いた相手。振り返った先少し離れた箇所に幸助と戦っていたはずのコクがスピード形態に変身して立っていた。彼の腕には、頭を除いた右半身ほとんどが消滅しているアブソバが息も絶え絶えな状態で抱えられている。
「あと一瞬でも遅れていたら俺もアブソバも跡形もなく消滅していただろう」
「コ……ク……」
「ちょっと待っててね……すぐ終らせるから」
コクは一時的にアブソバをその場に優しく置くと、ブレスレットから五角ノ撃鬼を取り出しつつ振り返ってランと目を合わせた。
「幸助はどうした? まさかやられたって訳じゃないだろ?」
「正解、厄介だったんで撒いてきた。今回はまだその姿で戦えるみたいだね」
「それがどうかしたか?」
「いや、瞬で終らなくて良かったな~って、君が!」
コクが台詞を切った直後、五角ノ撃鬼を中央で分断。小型の金棒二つを両手に持つ形をとり、大技を放って直後のランに息つく暇も与えず至近距離まで接近。得意のスピードを生かした連撃を始めた。
文字通りのタコ殴りに遭うラン。だが今の彼は圧倒的な再生力を持っている。喰らったところで怯む様子はなく、意識が薄くなっていたコクの胸に一撃仕掛けた。当たった拳は爆発し、既に負傷していた彼に意識が揺れるほどのショックを与える。
咄嗟に後ろに下がり混乱を抑えるコク。初めて自分の身に受けたランの拳に、幸助のものとは明らかに違う強烈さを感じていた。
(なるほど、これがブルーメやアブソバをああも追い詰めた攻撃か。大方体内に流れるエネルギーを拳ごと爆発。即再生して元の形を取り繕っているのか。
いかれてるな~……ぶっ飛んでないと出来ないでしょこんな戦い方)
考え事をしているコクに今度はランの方が接近。瞳がハッキリ見えるほどに顔が近付いたとき、コクはランをよく見て何故か笑顔が込み上げてきた。
(焦点が定まっていない目付き、ほぼ何も考えられてないな。まんま獣……いいねそういうの!)
ランは剣をおおっぴらながら素早く連続して振るい、コクも負けじと両手の武器を振るって何度も武器同士を激突させた。
しかしこの攻防は長時間は続かない。五角ノ撃鬼を使うことである程度パワーを補っていたコクだが、今のラン相手にはやはり力負けは必然となり徐々に押し負けてきている。
「ハハッ! 危ないパワーだ!!」
コクはランの次の攻撃が来る僅かな時間にバック。両方の五角ノ撃鬼の先端を彼に向けて光弾を発射した。ランはこれを受けてもそのまま突撃してくる。
「足止めにもならないか! じゃあこれならどうだ!!」
コクは左手側の五角ノ撃鬼の金棒部先端にもう一方の持ち手を差し込むように合体。打撃部分を大きくした一つの武器に変形させ、自身もパワー形態に変身。ランの力任せな剣撃を武器で受け止めて足を止めさせた。
「パワー比べなら同等かな? 抑えられているみたいだし!!」
ところがコクがより力を込めようとしたとき、ランは武器を捨てて力比べから解放、姿勢を低くしてコクにタックルを決めた。
「ナッ!!」
攻撃を受けて隙が出来たコクにやけくそな拳を叩き込み始めるラン。何度も拳が爆発し、コクが血反吐を吐く事態になる。
「カハッ!!……」
このままランのゴリ押しによって決着が付くかに思われたが、相手は赤服の特殊部隊リーダー。そう上手くはいかせてくれなかった。
ランは姿勢を低くして闇雲に攻撃をしていたために、コクの両手が動かせること。そしてそこから技が打ち出せることを気付いていなかった。
「<赤衝>!」
ランの左肩にコクの技が命中。受け身もまともに取れていなかったランは吹き飛ばされると、コクはすかさずスピード形態に変身。距離を詰めて次の技を放った。
「<紫連>!!」
一瞬にして三十回は超える蹴りを叩き込まれたラン。いくら再生が出来たとしても同じ箇所に何度も攻撃を受けて出来た損傷の治癒にはどうしても時間がかかる。
距離が取れ、回復するまでの動きが鈍る隙に、コクは通常形態に戻り両手を広げる。
(一瞬でも目を離すと何をしでかすか分からない脅威。これでおしまいにしておく)
だが手を叩き技を出す直前にコクは目にした。猫背になっていたランが身体に隠れていた左手に何かを生成していることに。
(何だあれは!? 輝いている? まさか! アイツの体内のエネルギーを圧縮したのか!?)
「クッ!……<赤紫砕>!!」
コクが赤紫砕を放つと丁度同じタイミングにランも右手を張り手のように伸ばし、圧縮したエネルギーを光線上にして発射した。
二人の技は丁度中央でぶつかり合い、自分達を含めた周辺に大きな音と衝撃を発生させた。
この衝撃波広がっていき、受験生達がいる試験会場の建物を大きく揺らした。
「何? 地震?」
「合格したばっかなのに、不吉ねぇ……」
試験を終えて何も知らない受験者達がそれぞれコメントを挙げる中、少し離れた場所にいたオーカーは何かを察していた。
「この揺れ……もしかして!!」
オーカーがランや幸助の事を頭に思い浮かべて心配に思っていると、そんな彼女が後ろから突然肩を掴まれてしまった。
一方の演習場。爆煙が収まり晴れていくと、体勢は崩れながらどうにか地面に膝を付けずにいる二人の男が今だ睨み合っていた。
「……」
「……」
無言のままのランとコク。だがどちらも闘争心はまだ健在なようで武器を握ったまま放そうとしない。
ゆっくりと歩いて距離を詰めていく。ひとまず息も整うと二人はお互いに顔を上げて殺気のこもった視線を合わせ、武器を振り攻撃を再開した。
どちらの攻撃が先に当たるのか寸前まで分からない。回避は取らず早い者勝ちの勝負が付きかけたそのとき、突然二人を割って入る二人の女性が現れた。
これもそれぞれがランとコクを後方に押し飛ばし、お互いにもう片手に構えていた武器をぶつけた。ランの側に現れたのは入間、コクの側に現れたのはノバァだ。
入間のクナイとノバァの赤い鎌がぶつかり合い、互いに一歩も引かず拮抗させる。
だが二人ともすぐに武器を放して後ろに下がり、自分も味方の側について話しかけた。
「ギリギリやったなラン」
「入間姉……何でここに?」
「アンタの奥さんからの頼まれた」
「そうか……ユリの奴……」
「コク、状況は?」
「酷いね。潜入して思いっ切りバレて戦闘した。アブソバはボロボロ。ハグラは?」
「重症で戻って来た。モグラとも連絡が付かない。おそらくやられたとみていいわ」
「そうか……じゃあ潮時だな」
ノバァとの会話で冷静に判断し立ち上がる。相手の振る舞いから戦闘意欲が薄れたことを察した入間は話しかけた。
「逃げる気か? 人の蜘蛛の巣に勝手に飛び込んでおいてそれが出来るとでも?」
「それが……出来るんだよな」
コクはブレスレットをノバァに触れさせることで自身の背後の空間にヒビを入れて穴を空けた。
この時点で入間にとって驚きだった。余所ならばまだしもここは次警隊の基地内。内通者によって入り口の穴は空けられていたとしても、それを捕まえた今出口を作ることは出来ないはずだからだ。
「どうやって空間を繋いだ!?」
「色々システムをハッキングしたときに。カメラはバレたけどこっちは大丈夫だったみたいだね」
「だからって逃がすわけ……」
入間が脚を踏み込んだ瞬間、彼女の目線下の方にもう一人別の人物が現れていた。その人物は右手に構える巨大な針を突き刺しにかかってきた。
入間はこれに気付き後ろに下がる紙一重で針を回避した。針の少女が一瞬悔しそうな顔を見せたことから追撃をかけてくるかと思われたが、彼女は自分から下がり、倒れていたアブソバを抱え上げてコクの元にまで戻った。
「ありがとリサート。モグラはまぁ……放っておいていいか。後で何とでもなるし」
「だからこのまま逃がすわけ!!」
入間の後ろに控えていたランが剣を杖代わりに立ち上がる。輝身を使ってもうそれなりの時間が経過している。肉体的疲労がかなりあるのだろう。
そして彼の威勢にコクが合わせる意味ももうない。彼等は穴の中に入りつつ答えた。
「だから最後、もうここまで目立つ事したんだ。多少ボヤ騒ぎを酷くしても変わらないだろう」
するとコクはどこかから手元に小さな宝石のようなものを持ち出した。ランはこれに見覚えがあった。
「結晶?」
コクは元の状態に戻した五角ノ撃鬼に二つの結晶を触れさせて上方向に振るうと、攻撃用とは違う赤い球型カプセルが二つ飛び出した。カプセルは空中で破れ、中に収納されていた巨大な何かが姿を現した。
一方は水色の岩のような身体にトカゲのような頭に一本角を生やした恐竜。もう一方は赤褐色の肌を持ちタツノオトシゴに手足を生やして巨大化させたような怪獣だ。
「泡の世界の生物と、炎の世界の生物。好き勝手暴れさせるから止めてみてよ。次会ったらまた楽しもう。じゃあね、風来坊!!」
「待て!!」
嫌味混じりの捨て台詞を残し、コク達ユウホウは穴の中に入りヒビ割れた空間を修復させた。ランが足を進めた頃には間に合わず、彼等を逃がしてしまった。
だが今はコク達を取り逃がしたことに地団駄を踏んでいる場合ではない。彼の置き土産である怪獣二体を対処しなければならない。
「ラン、お前はもう限界のはずや。ここは私がいくから下がっときい」
「冗談じゃねえ。こんまま怪獣がやたらめったら破壊するのを見てろってのか? 俺がそういうのを無性に嫌っているの知ってるだろう!!」
口から出る台詞は勢いがあるが、その髪色は黒く戻り顔に出来た模様も消えている。ランの身体に限界が来てしまったようだ。
こんな状態のランを戦わせるわけにはいかない。彼を置いて単身攻撃を仕掛けようとする入間だったが、彼女は走りかけた脚を突然止めた。
「ッン!?」
入間が感じた異変にランも気が付いた。直後、兵器獣の背後に小さな影がかかると、途端に怪獣の後頭部に何かが激突してよろめかせた。
「ラン君!!」
「助太刀参上よ! ラン様!!」
突然場に乱入してきたのか、試験会場にいたはずの南とファイアだった。




