5-56 面白い男
何故アブソバと戦闘中だったはずの幸助がオーカーを襲いかけたコクの動きを阻止できたのか。時は寸前にまで遡る。
それはランがコクに誘われる形で残像の方を剣で突き刺したとき。実はランは先に残像によるハッタリを受けた経験から、自分が攻撃しているものが幻であることに薄々勘付いていた。
ランはここでコクを刺したのならば儲けもの。ダメだったとしてもその奥にいた幸助に剣が向けられると踏んだ。
ランは構えはそのままに剣の刃部分を延ばし、アブソバと戦闘中だった幸助の身体に巻き付かせ、魚の一本釣りの要領でコクの方向に投げ飛ばしたのだ。
当然幸助は突然ランの手によって勝手に戦闘を中断させられて引っ張られ、事態がよく分かっていない状態だ。
(え? 何で俺今宙を舞ってんの?)
微かに見えた下の光景。片手に武器を持ちつつ視線を向けてきたランが空いている左手の親指で方向を指す。幸助はランに何も聞かず指された方向を見ると、今まさに襲われようとしているオーカーが見えた。
つまりあっちはお前が対処しろというランからの指示。またしても振り回される事に起こってもいい案件だが、目先のピンチを放っておけない幸助は自分から率先して身を寄せた。
そうしてコクの攻撃を防ぎ尻餅をついて現在に至る。幸助はすぐに立ち上がりコクに回し蹴りを当ててオーカーから距離を取らせ、間に入り込んだ。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう……ございます……」
面と向かって会話するとなると声が小さくなるオーカー。幸助は彼女に怪我が無かったことを一安心する。
「怪我は無いみたいだね。良かった」
「え?」
コクは少し息をして幸助に話しかける。
「また君が相手か。こうもコロコロ相手が変わると面倒くさいな。それにどっちかっていうと俺はあの風来坊と戦ってたかったんだけど」
「自分から離れていったくせに」
「そこの女が思ってたより邪魔になったかなね。どいてくれないかな」
これを言われてなおさらオーカーを守ろうと彼女の前に出る幸助。するとそんな彼の足下に金属音が鳴り響いた。彼が目線を下に向けると、アブソバに弾かれてしまった幸助の剣だ。
幸助が剣を拾うと、向こうからランが話してきた。
「おいコク! そんなに俺と戦いたんだったら、まずはそいつを倒してこい!」
「え~……」
露骨に嫌そうな顔になるコクにランは続ける。
「俺をご所望なのはいいが、そいつもお前にとって面白い相手になるはずだ。時と場合によるがな」
「へえ」
「ラン! 後ろ!!」
幸助がランの名前を叫んだのはすぐ後ろにアブソバが迫っていたためだった。だがランは油断していない。ノールックで彼女の動きから外れると、ブレスレットを操作して空間に扉を開き、アブソバをその中に蹴り入れた。
「そいつは任せた。俺はあの女片付ける」
ランは一言幸助に告げると、アブソバに続いて自身も扉の中に入り、扉を閉じて消滅させた。
「連れてかれたか。参ったな~……」
アブソバがいなくなってすぐにコクは左頬を爪でかいて少し困った様子になる。
「これじゃまた迷子になっちゃうよ。元々俺が迷ったせいでこんな事態になっているし、今回迷惑かけっぱなしだな~」
顔をかく動作を止めたコクは再び幸助の顔を見る。
「ま、いいや。お前ら片付けてから歩いていればまた会うだろうし」
緊張感のない独り言を吐き続けるコク。幸助は瞬きをすることもなく彼の動きを見ていた。いつ何処から攻撃来ても備えられるように。
だがそれでも虚を突かれた。一瞬の内にコクは二人の間にまで移動し、鋭い攻撃を至近距離にまで近付けていたのだ。
「しまっ!」
コクが残像を残す速さで移動できることは知っていたはずなのにしてやられた。幸助は反応に遅れて攻撃されそうになってしまう。
だがコクの拳が触れる直前、幸助の身体がコクから一瞬で離れていった。正面を見るとオーカーも同様だ。
(今の、もしかして闇吐き!)
幸助がよく見ると、オーカーが冷や汗を流している様子が見えた。おそらく彼女が攻撃の当たる寸前に能力を使ったのだろう。
「アララ……また彼女の能力か。やっぱ厄介だな」
(何やってんだ俺は! 助けるつもりが助けられてちゃ意味無いだろ!!)
今しがたの自分の遅れを反省した幸助はすぐに借りを返そうとコクに攻め入った。俺の行動には焦りではなく彼がオーカーを見た時に感じた不安があった為もあった。
オーカーが流す冷や汗。つい先程フレミコが内部からダメージを受けたことがかなり響いているように見えた。
もうそこまで連続して能力は使えない。その上弱体化していることに気付いていない。あるいは気付いたとしてもリスクを考えて彼女を殺しかねないコクを急いで止める。だから無理矢理にでも幸助に意識を向けさせる必要があった。
真正面から向かってくる幸助にコクは視線を向けないままため息をついていた。
「ワンパターンだな……これが風来坊がお勧めした相手だなんて思いにくいんだけど」
コクは幸助を無視して厄介なオーカーを始末しにかかる。だが彼は度重なる幸助の行動によって彼を何処か舐めていた。
直後に自分の左頬に激突したあまりに強い衝撃に気付くのに遅れるほどに。
「グフッ!?……」
ギリギリで目線を向けたコクは、一瞬にも満たない時間の後に移動し自分を殴っている幸助の姿を確認した。
(コイツ! 足音すら聞こえさせないほどに速く!! 一瞬限定で俺の機動力の遙か上をいったのか!?)
拳の威力はコクの身体吹き飛ばし、激突した壁を破壊して突き抜けた外に出された。地面を何度も激突しようやく減速され、三度目に地面の上を何度も転がってようやく止まった。意識を失ったためか変身していた姿も元の状態に戻っている。
幸助はコクの事よりまずオーカーの元に近付いた。
「オーカー! 大丈夫!? ごめん、無理をさせて。俺のせいだ」
「そんなこと……私こそ、助けられちゃったから」
オーカーは空気が抜けた風船のように崩れ落ちた。メリーの時とは違い容赦のない攻撃は、契約しているフレミコに第三試験とは比べものにならない疲労を与えていたのだろう。
幸助は今見る様子からフレミコのダメージは全てオーカーにフィードバックされていることを知った。この疲労でこれ以上戦闘を続けさせるのは危険だと判断する。
「今は休んで。アイツは、俺がなんとかする」
「待って! 私も一緒に戦う!! 役に立たないといけないんだ!!」
「君は俺よりよっぽど役に立っている!!」
幸助の返しにオーカーの台詞が止まった。そこに彼は自分の言い分を続けた。
「それに役に立つ立たないじゃない。君が酷い目に遭ったら、例え勝てても俺は嫌だ!! 大事な友達を……仲間を、こんな所で失いたくない!!」
何か普通の言葉よりも熱のこもった台詞。オーカーは幸助が口にした単語に惹かれた。
「友達……仲間!」
オーカーが次警隊に入ろうとした重大な理由の一つ。仲間が欲しいという願い。それが既に叶っていた事実を彼女自身がたった今理解した。
幸助は彼女に明るい笑顔を向け、彼女を安心させようと声をかけた。
「俺はもう大丈夫って言っただろ? それに敵は弱っている。サクッと終らせてくるさ」
左手のグーサインを見せてから自分が破壊して生み出した穴の中に飛び込んでいった。
(仲間……仲間かぁ)
残されたオーカー。嬉しい気持ちはもちろんある中、それとは違う何かに身体が熱くなりほんの少し抱け残念に感じていた。
『好いたか?』
「ホエッ!?」
唐突にフレミコにかけられた言葉に仰天してしまうオーカー。彼女はすぐにフレミコの言うことを叫んで反対して。
「ななななな! 何を言ってるの!!? 私、幸助君の事好きだなんて……」
『誰がとは言ってないぞ?』
「い、今の流れだとそう思うでしょ!! もう!!」
フレミコ相手に顔を真っ赤にするオーカー。素を見せても受け入れられ、身を挺して仲間として守ろうとしてくれた幸助に浮かんできた感情に、彼女は何なのか混乱してしまった。
話は変わり、穴から家屋の外に出て来た幸助。少し走った先に先程自分が殴り飛ばしたコクがうつ伏せに倒れている姿を発見した。
傍から見れば倒れているようにしか見えない状態。だが幸助はどうにも気になっていた。
(動いていない、けどなんだか近付いちゃいけない気がする)
足を止めて距離を取ったまま警戒する幸助に、倒れていたコクが突然口を開いた。幸助の予想通り彼は意識を失ってはいなかったらしい。
「あ~あ、そのまま近付いて来てくれたんなら寝首をかけたんだけどなあ。ま、あの変な能力持ってる女の子が離脱しただけ良しとするか」
言葉こそヘラヘラとした軽口のままだが、立ち上がった彼は少しふらついているようにも見えた。彼自身、自分のダメージは認めているようで殴られた頬を手で軽く摩りながら唾を飛ばした。
「イッテテ……こうなると認めるしかないね。君の事舐めてた。風来坊が言っていた通り、君も中々面白い相手らしいね。ようやっとやる気が出て来た」
コクは赤服共通のブレスレットに触れると、装飾部から抜刀するかのように何かを取り出した。
出現したのはコクの全長をも越える長い持ち手とその両先端に付いた五角形型の黒い部品。微妙にきてれつな見てくれだが、鈍器と言って遜色ないものだろう。
「鈍器?」
「俺の所にハグラっていう優秀な整備担当がいてな。そいつが俺専用に制作した一品もの、『五角ノ撃鬼』だ。少々鈍器にしては打撃部分が小さいが」
武器の説明の最中に素早い動きで幸助に近付くと、コクは右手に持った五角ノ撃鬼を振り降ろした。頭への直撃を防ぐために剣で受け止めるも、あまりのショックに耐えかねてしまう。
(おっも!! でもパワー形態の時とは違う。一点集中の鋭い重さ。このまま受けていたらマズい!!)
幸助はどうにか腰を捻り、五角ノ撃鬼の勢いを逸らしてギリギリ回避に成功した。
軌道がずれた五角ノ撃鬼はそのまま地面に激突し、幸助の立っている部分も含めた周辺がヒビを発生させて陥没させた。
幸助の判断は正しかったようで、おそらくあのまま受け続けていれば頭蓋骨が砕かれていただろう。
「何処までも危ない奴だな!!」
「男は真面目よりちょっとワイルドな方がいいんだよ。知らないの?」
本気を出してより危険になったコクとの戦いが再開した。




