5-54 試験会場廊下の戦い
視点は戻り、試験会場付近の廊下内。コクとアブソバの二人との戦闘を続けていたラン。たった今もアブソバの放った強い光に目を眩まされながらもコクの打撃を回避する。
「これもかわした……さすが次警隊の隊長格。俺ら二人で戦ってもここまで持ちこたえるとは」
だが入間やジーアスの戦闘が終って以降も二対一の戦闘が続いていた為に、一人で戦っていたランはやはり追い込まれていっていた。
不利な条件でも戦い続けられているランに関心するコク。だが息が上がってきているランからすればとても褒められている気がしなかったが、少しでも体力を戻すために話を合わせる。
「いくつも異世界を回ってるんだ。どんなときにでも戦えるよう常に鍛えてるんだよ」
「鍛えてるか……あのぬいぐるみの子の為に?」
「ぬいぐるみ?」
コクはユリのことを話題に挙げる。彼女のことを知らないアブソバはよく分からなかったが、ランに心の中で隙間を縫って針を突かれたような気分になる。
ランの心境を察したのか、彼が返事をする前にコクは口を開いて話を続けた。
「お前に何が分かるって感じかな? 全部じゃないけどなんとなくは分かるさ。家族を大事にする気持ちはね。俺も似たようなもんだし」
「似たような? 俺とお前がか? とてもそうには思えない……ッン!」
ランにも思い当たる節が一つあった。吸血鬼の世界でのブルーメとの戦闘。
あの場でランは輝身を使い彼女を追いつけることに成功した。だがあと一息と言うところでコクの妨害が入り、ドーピングも効果切れになって最後ラン達は危機に陥っていた。
今にして考えてみると、あのときコクが突然現れかつ真っ先に飛び込んできたことに理性よりも感情に流されているものを感じる部分があった。
そして彼自身が先程言った台詞。ランがコクに対して浮かんだ予想は一つだ。
「そうか。お前、あの女と出来てる仲だったのか」
「ブルーメとじゃなくて、彼女達だよ。このチームは俺のハーレムだからな。全員俺の嫁ってこと」
「ああ、そういう」
ランのリアクションは薄かった。ハーレムになってこそいないが、その予備軍になりそうな人物が一人思い浮かんだためだ。
しかし会話をしていてふと呆れた様子で警戒を弱めたらしきランの背後に、気配を消してアブソバが移動し間合いに入って来た。
アブソバはここで幸助と同じようにランの首を掴んで何か仕掛けようとするが、ランはこれに気付いて前に出る。だが当然その先にいるのはコク。このまま向かえば攻撃される。
コクも待っていたと言わんばかりに拳を構える。これにランは敢えて正面から立ち向かい、ブレスレットを変形させて右拳に纏わせた。
だが威力を強化した拳を持ってしてもコクのパワー形態にはとても敵わない。ランはこれを見越し、拳がぶつかる寸前にローブ内に仕込んでいる麻酔針を発射した。
だがこれもコクには通じず、一瞬でスピード形態に身体を変化させて極小の麻酔針を掴み取った。
「危ない危ない。これ何か仕掛け武器かな?」
仕掛け引きを見破られた。更にスピード形態に変身したことで今のコクは一瞬でランの攻撃方向から逃れることも出来る。
前のめりに出た事が仇なった。ランは隙だらけの身体を晒し、コクに左脇腹を殴られてしまった。
「ガッ!!……」
だがここでただでは転ばないのが将星ランだ。自分を攻撃してきたことで接触したコクの右腕をすかさず掴み、彼の身体をアブソバの方向に振り投げた。
スピード形態になっていたためかコクの身体は片手で動かせるほどに体重が軽くなっており、いとも簡単に放り投げることが出来た。
ランと同じく自分のちょっとした行動が仇になってしまったコク。アブソバはランを捕まえようと足を運ぶも、二人の間にコクが乱入したことで突然焦った顔を見せて足を止めた。
放り投げられたコクが着地しているとき、ランは一つ気になることが出来た。
(今、なんで焦った?)
そう考えてみると、アブソバの動作にもう一つ引っかかる事がある。
ランはユリがハッキングを上書きした映像を元に幸助の元に向かっていたため、アブソバが彼に命中させた攻撃についてもそのまま生中継で見ながら現場に向かっていた。
その道中で見た幸助を襲う電撃。だが何度かチャンスがありながら今の戦闘には電撃を放ってこない。攻撃されるリスクがありながらランの首根っこを掴むことに頓着し、コクもそれに協力しているように見えた。
(もし奴が攻撃を出さないんじゃなく出せないんだとしたら……)
ランの思考が高速で回り出す。彼やランに放って来た火炎。そして先程ランの目を眩ませた強い光。種類の多い攻撃だが、共通点が見えた。
そこにコクが幸助を襲おうとするアブソバに対して言っていた台詞も流れる。
『念には念をね……アブソバに必要だから』
念には念を入れる。普通に考えれば相手を確実に殺しておくことで戦況を有利にするための行動なのだろうが、ランにはどうにも違う気がしてならなかった。
それとアブソバの攻撃方法。今彼女が攻撃をしてこない理由。それらを重ねてランは動きながら頭を回していく。
(必要。襲う必要があるとすると……数を減らす目的の他に……ッン! まさかアイツの能力は!!)
ランはアブソバの能力の正体が理解できたかもしれない。だがだからこそ冷や汗を流し表情が引きつった。
(当たっていて欲しくない推理だな。一応試してみるか)
ランは拳に纏わせていたブレスレットを剣に変形させると、アブソバに向かって走り出した。だが彼女が構えた動作をするのを見たランは瞬時に方向転換。剣の唾に触れて召喚したレーザー銃を構えた。
ここで立ち上がってすぐのコクを狙いレーザー銃を撃ち出す。
しかしアブソバが割って入り、レーザーを素手で受け止めた。それもレーザーは彼女の手を燃やすどころか火傷さえも起こさせずに吸収するようにレーザーを消し去った。
だがランは敢えてこれを起こした。予想した能力が当たっていれば相手にとって知られていない方が都合が良い。だから露見せざるを得ない自体を作ったのだ。
(光線を吸収。そして俺が近付けば)
ランはやけくそになった風に見せかけてアブソバに正面から向かって行くと、彼女は幸助の時とは明らかに小さいながらも火炎放射を繰り出してきた。
「クソッ! やっぱり来たか!!」
ランは事前に攻撃が来る事を予感していたようで、走る動きを止めてすぐに後ろに下がった。おかげで火炎を寸前デカい比することに成功したランだが、立ち上がったコクとアブソバが二人再び並ばれた。
「アイツ、攻撃が来るのが分かっていたかのように動いてた」
「へえ、てことはお前の能力に勘付いたのかな? まあもっとも、気付いたら余計に神経使う話目になるから、結果的にこっちが有利になるんだろうけど」
コクの言い分はもっともだったらしく、二人が見るランの表情はより苦虫を噛むような険しいものになっていた。
(当たっちまったか、最悪だ……あの女、俺にとって天敵だぞ。結晶の力はそうそう使えない。最悪輝身を使っても瞬で終らされるかもだ……
俺が出来ることで奴を倒せる可能性があるとすれば……あれくらいか)
ランの剣を握る手が自然と強くなる。彼の頭の中で誰かの背中が思い浮かんでいた。
(やるにしてもアイツに相当な攻撃をぶつける必要がある。挙げ句コクの存在もある。丸っと二人纏めて潰すくらいの事しないと間に合わないな)
ランは先手必勝と顎を引き、背中に隠して取り出した恐竜の世界の結晶を剣に触れさせる。そして相手が自分の動作に気が付く前に剣を逆手に持って上方向に勢い良く振るう。
ランが放った斬撃は恐竜の頭の形に変形し、コクとアブソバに向かって行く。
「あ~らら、やっちゃった」
危機的状況とは思えない程軽い台詞を口にするコク。余裕を体現するかのごとく何もしないでいると、アブソバが彼の前に出て両手を伸ばす。
恐竜の頭が接触して直後、これもレーザー光線と同じように吸い込まれるように消滅していった。
目を見開くランに、アブソバは続け様に火炎放射を撃ち出した。さっきの物より明らかに範囲が大きく、廊下全体を包み込んでいる。おまけに技の速度も段違い。ランが逃げることは間に合わない。
(はやい。でもタイミングは合わせられる)
ランは逃げることはせずに剣をの刃を前に戻しつつのまま足を広げて息を吐き、左手に刃を握らせて腰を捻らせる独特な構えを取る。普段のヒットアンドアウェイの戦法を主体とするランにしては真反対とも取れる行動だ。
だが何か技を発生させようとするランの真横に突然コクが姿を現した。ランは思わず彼に顔を向けて構えを崩してしまう。
(コイツ、炎が発射される直前に変身して動いていたのか!?)
コクは構えを崩して体制が整いきっていないランの腹に右脚を一瞬で何度も蹴り込んできた。
「<紫連>」
さすがのランも鋭く容赦のない連続蹴りに耐えきれず、体勢を崩して吐血してしまった。
「ガハッ!!……」
「何かやろうとしてた感じかな? でもこれまた残念。させないよ」
コクはランをダウンさせてかつ自分は高速で移動する事で炎の範囲からも逃れていった。
一人取り残されたランはもはや迫り来る炎を受け入れるほかなくなる。なんとは輝身を使えば再生能力で回避できるかといった所だがそれも賭けだ。
「クッ……そっがっ!!……」
目先にまで近付いてくる火炎。熱がランの身体に伝わってくる。ランが破れかぶれで禁術を使いかけた瞬間。
「七光衝波!!」
ランの後方から頭の上を通過する突然光の束が現れ迫り来る火炎に正面からぶつかっていき、これを相殺してみせた。
「これは!」
驚きながらも攻撃が相殺されたのならばすぐに動かなければとコクに崩されていた体勢を戻すラン。既に蹴られたダメージもありふらつきかけているが、口の中に溜った血を軽く唾を飛ばすように吐きつつ立ち上がる。
否が応でも憶えのある声と技に後ろを振り返るとそこにいたのは……
「間に合った! ギリギリ……」
試験部屋にてアブソバに破れボロボロになっていたはずの西野幸助だった。
「遅いんだよ。馬鹿勇者」




