5-53 凪詰
丹後は自分の目を疑った。何故入間がこの部屋にいるのかよりも先に真っ先に浮かんだ疑問は、自分が殺して倒れたところを確認したはずの入間が何故生きているのかということだ。
「何故お前がここに!? ここに来る道中、確かに僕が殺したはず!!」
混乱する丹後に入間は瞬時に間合いに入り、防御が間に合わない数瞬に五発ものクナイを眉間と手足に突き刺した。
「ウグッ!!……」
だが今の丹後の身体は兵器獣になって硬かったためにクナイの刺さりが甘く、攻撃自体は浅い。彼はクナイを抜いて後ろに引く。
仕留め損なったからか、入間の方から調子の良いように話しかけてきた。
「お前、余程自信過剰やってんやな。私の技についてはある程度知っとるやろ?」
丹後は混乱していた思考を戻していき、思い当たることを上げた。
「そうか! まさか分け身」
「正解。お前は分身体相手におおっぴらな台詞吐いて倒してたって訳やな」
入間の言い回しに怒りが浮かぶ丹後。そんな彼の思考の火に油を注ぐように入間は減らず口を続けた。
「ちなみにこの部屋に姫様がいるっていうのは最初から嘘やったりすんねやんな」
「は?」
「そもそもおかしいと思わんかったんか? これまで一向に本部の世界から出てこなかったという姫様がこんな場所の試験の見学のためにわざわざやっきてきたっていうことが自体が」
入間の含みのある言い回しに丹後は白目を血走らせて気付いた。彼の反応を見た入間は丹後が口にする前に彼女が話した。
「そう、刺客はわざとこの基地に招き入れた。次警隊にいるであろう内通者をあぶり出すためにな。お前は内通先に上手い餌を流し、そろってネズミカゴの中に飛び込んできたって訳や。
どうや、散々才能がどうのこうのいっていた自分が思いっ切り掌の上で踊らされていた気分は」
次から次へと挑発的な台詞を吐き続ける入間にとうとう怒りが沸点を超えた丹後は鱗を複数飛ばすが、入間は右手に持ったクナイで弾いた。
ならばこれならどうだと彼は入間に正体が知られていないもう一つの見えない攻撃を口から発射した。
(どうだ、これなら)
だが丹後の自慢の攻撃に入間はクナイを持っていない左手を前に出すと、残像見えるほどの素早い動きで腕を動かし、彼が発射した飛び道具を全て受け止めてしまった。
「ナッ!?……さっきは全て喰らっていたはずなのに……」
入間は受け止めた飛び道具の正体を目視で確認した。全体的に白く、少し先端が曲がりくねって尖った物体。裏側は細かいギザギザがあり、これが何なのかを入間はすぐに気が付いた。
「へえ、分かってみると納得の物体。『歯』だな。それもサメとかの部類の」
サメの歯は獲物をすぐに仕留めるために鋭く作られており、二、三日で生え替わることによって常にその切れ味を保っていると言われている。
兵器獣として改造された固体となると、歯が生え替わる速度は瞬時であったとしてもおかしくはない。
大本が冷めに似た生物だと分かれば、分身が触れた途端に出血したのにも説明が付く。サメは目に見えにくいながら鋭い歯と同質の素材で更生された鱗が生えているという
身体に触れたときにその歯にヤスリで削られるように擦ったのだろう。もっとも負傷したのは分身なので本体はノーダメージだが。
丹後はつい先程効いたはずの攻撃が全て防がれてしまったことに当然疑問を浮かばせる。
「なんで受け止められた! さっきは高速の歯に全く対抗できなくなっていたくせに!!」
「ああ、確かに私にランのような感知センスはないから、普通に見切って回避することは出けへん。やから私が速くなるんやなく、お前に遅くなって貰ったんや」
入間の言っていることが分からない丹後に彼女は右手の中指に先程丹後に刺したクナイの持ち手の穴を通して一本ぶら下げる。
「さっきお前に刺したクナイ。刃に薬を塗っておいた。身体が硬いことは分かってたから浅く刺さっても十分浸透する強力な奴。
最初は多少動きを鈍くするだけやねんけど、そろそろかなり効いてくるんとちゃうか?」
入間の予想はピタリ一致したようで丹後は突然全身の力が抜けていき、攻撃を飛ばす威力が抜けていった。
「ナッ!? 貴様! 卑怯なことを」
「卑怯? お前何を言っとんねん。私らは忍者やろ? 侍でも騎士でもない」
入間は指にはめたクナイを回し丹後に軽く言い返す。
大悟がフジヤマにも言ったように、『忍者』は利益を得るために動くことが一番の存在。時に戦わず逃げるも常套手段。卑怯で汚いこそ本来の姿なのだ。
入間は丹後が二番隊でありながら気付いていたいなかったことに目線こそ下げないものの彼に対して落胆したような態度を取っている。
その丹後は入間によって確かに動きを鈍くされたとはいえ、硬い身体であることに変わりはないと考え直した。
「フン! だけど動けなくなったから何だという!? 僕の身体は硬く武器は通さない。その上触れれば鱗に削られる。
その上近付いてくれば鈍くても攻撃は命中する! お前がやったことはほとんど意味のない時間稼ぎに過ぎなグアァ!!」
話をしている途中に何か強烈な痛みを感じた丹後は吐き気を及ぼして前傾姿勢になるも、途端に同じショックを右肩や左脇腹と次々に受けてしまう。本人が損傷箇所を目視すると、何と鱗に覆われていたはずの彼の身体に風穴が空いていた。
「ナッ!? 何で僕の身体にこんな穴が!?」
「自分の才能にかまけて相手のことを研究せずか……私の技。その簡単な応用。<秘伝四鬼術 凪詰>。
破流の広範囲攻撃とは逆に一点に力を集中させ固い相手だろうと甚大なダメージを与え他には何も残さない。無駄な戦闘を避けるのが十八番の忍者にとって便利な技や。更に型を変えれば」
入間は次に右手のクナイを外し、右腕を丹後に向けて真っ直ぐ伸ばす。
「<凪詰 種子島>」
入間が発現した瞬間、丹後は腹が爆発したような衝撃に襲われて身体が壁にまで吹っ飛んだ。
「こんな風に小規模な爆発も起こすことも出来る。お前は相手のことを知らなさすぎたな」
丹後はみるみる膨れ上がる怒りに薬が効いていながらも立ち上がってきた。
「この……僕を舐めてかかって……」
丹後は大きく息を吸うと吸い込んだ分で頬を大きく膨らませ、息を吐くと共に大量の歯を一斉に発射した。
だが薬の効果もあってまとまって撃ってもやはり弾速は襲い。それでも常人からすればとても対処が間に合わない速度だったが、入間には目で追え、身体を動かすことが間に合う。
入間は伸ばした先の右手を手首で外側で曲げて掌側を丹後に向けて五本指を広げた。
「<凪詰 木砲>」
直後、発射された歯の束は一瞬で消滅し、直線上にいた丹後はさっきまでの小さな攻撃とはまるで違う砲弾にでも撃たれたかのような衝撃を受けた。
驚く間もなく壁に激突、そのまま壁を破壊して廊下に激突。意識を失って倒れた。
「相手を研究することもせず、自分の能力を過信し過ぎる。だからこうして簡単に足下すくわれんねや」
裏切り者とはいえ自分の部下を撃破したことに思うところがあったのか、一度軽く息をして目を閉じ、気持ちを切り替えてハッキリとした声を出した。
「宗形!」
入間が名前を呼ぶと、つい今までこの場にいなかった成人男性が突然出現した。
ジーアスには劣るものの鍛え上げられた肉体が垣間見える体格に、入間を越える身長を持つ男。次警隊二番隊副隊長『宗形 嵐』である。
入間は慣れた様子で現れた宗形に指示を出す。
「コイツを拘束しておいてくれ。私は別の現場に向かう」
「ハァ!!」
宗形は何も質問を飛ばすことなく入間の指示を聞き入れると、倒れた丹後に直接触れることなく何処からか取り出したネオニウム製の道具で彼の身体を拘束し、またしても瞬時に消えていった。
一人この場に残った入間は、クナイ型のデバイスに触れて通信する。
「さてと、入間よりユリへ……入間よりユリへ……」
連絡を飛ばしてすぐ、デバイスから立体映像が映し出され、ユリが姿を現した。
「こっちは終わったで。残りの状況は?」
問いかける入間にユリは真剣な様子で答える。
「タイタン隊長がモニター監視室付近広間で刺客を一人撃破。ランが試験会場付近にて刺客二人と交戦中よ。
この前いた世界でもあった男。修業前だったとはいえ、幸助君と南ちゃんを軽く吹っ飛ばすくらい強いわ」
「なるほど、それじゃあランの元に急いだ方が良さそうやな」
入間は足を急がせつつ連絡を続けた。
「にしても、そちらさんがいてくれた本当に助かったわ」
「どういたしまして。借りを返してくれるのなら私の旦那のお手伝いをお願いね」
入間は連絡を切り、走る速度を上げてランの元に向かって行った。
一方のユリ。彼女は今アキと共に観戦室から動いていなかった。だが入り口はミノティラ達三体が睨みを効かせ、彼女の側にアキも控えている警戒状態。
こんな中でユリは目の前に用意したキーボードを操作し、観戦室に映っている映像をとっかえひっかえで細かく変えていた。
この試験会場のある建物にコクを始めとしたユウホウの構成員の侵入や丹後の怪しい行動に気付いて先回りが出来た理由。それは現在進行形でユリがハグラにハッキングされていた監視システムを更に彼女に気付かれないよう慎重を期して乗っ取り返していたからだったのだ。
側でユリを守っておくようにランに言われているアキも、彼女の手際の良さに感服していた。
「まさかハッキングされたシステムの主導権をこんな短時間で取り戻してしまうなんて……」
「そりゃあ、私はドドドドド天才美少女ですから! 私はみんなのようにガンガン戦う事は出来ないから、こういう縁の下の作業でみんなを助けるんです」
「ユリさん」
口調こそいつも通りのテンションだが、アキが見るユリの背中は何処か心配をしているように見えた。
アキにも長い間婚約者を心配し待ち続けた経験から彼女の気持ちが分かる部分がある。彼女が今何か出来ることはないかと考えている内に、自然と手が伸びて彼女の肩に優しく触れた。
「アキさん……」
「大丈夫、みんな大丈夫だから」
アキのさりげない優しさを受けてユリは少し抱け肩の荷が下りた気分になった。
「ありがとございます。アキさん」
ユリは映像を見直し不備がないかを確認する。その最中に頭に浮かんでくるのは、今まさに戦っているランの事だった。
(無茶しないでよ。ラン……)




