5-50 筋肉
ジーアス自身の口から自信満々に告げられた事実。ハグラは理解に苦しみ、理解して尚全身から汗を噴き出させて全力で突っ込みを入れた。
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!!! アンタマジに何を言ってるの!!? それホントなの!!? だとするとちょっとしたホラーレベルなんだけど!!!」
「ホラーとは失礼な物言いだな。肉体とは鍛えれば強くなる。ただそれだけのことだろう」
まるで当然のように話すジーアスのキョトンとした態度にハグラは一切理解が及ばない思考の相手に対する恐怖が浮かび、思わず左足を後ろに一歩下がらせてしまう。
(こ、コイツ確か次警隊の内輪で『賢者』とか言われているのよね? むしろ真逆って感じなんだけど。脳みそまで筋肉で出来ているって言う方が納得できるわ……)
今の所ハグラが見て来たジーアスの戦法は文字通りパワーによるゴリ押し。正直なところ知性のあるものとは思えなかった。
だがかといって自身の能力によって効力が上がっているはずの攻撃が全く効果がないと思うと、この場の戦闘は不利な事実を突き付けられたようなものだ。
(打撃も銃弾もダメ。ならどうするか……)
次の策を考えるハグラ。ジーアスは当然考える時間を与えるような真似はせず、胸を張った構えを解いてすぐさま隙の出来たハグラに攻撃を仕掛けた。
殴られる直前にその事に気付いたハグラ。だがもう間に合わない。ここも普通ならばそう思うのだろう。事実ジーアスも思っていた。
だが相手は過去にランを追い込んだ一味の仲間。そうも簡単に撃退されるはずなどなかった。
ハグラはガトリングガンのハンドルを話した右手を壁に向けてジーアスにはなったものと同じエネルギー弾を発射した。
命中した壁にもジーアスと同じ効果が発現したようで、彼は磁石同士が引き寄せられる形でハグラへの攻撃が止まってしまい、壁に引っ付いてしまった。
この現象にジーアスは疑問を浮かべる。
「これは!? あの能力は生命磁気を強くするものじゃ……」
「隊長さんは意外と頭が固いのね。ずっと筋トレをしているせいかしら?」
余裕が出来たのか人を小馬鹿にする台詞を吐くハグラ。彼女は続いて自身の能力について説明した。
「アタシの能力はもっと単純なものよ。アタシのエネルギーを当てたもの全てを磁石に出来る。そこに生物かどうかなんて特に関係ないの。
壁だろうが床だろうがそこら辺のほこりにだって磁力を発生させられる。人を弱く見積もりすぎていたわね」
実質壁に磔にされて拘束された状態にあるジーアス。そしてハグラは刃物や銃弾が効かないのなら効かないなりの戦い方があることもさっき思い付いた。
ハグラは赤服共通のブレスレットに触れることで次にこの場に召喚したのは、見るからにして鉄の塊を太い柱状に加工したものだった。
「切るも打ち抜くも出来ない。でも固いって事は当たってはいるのよね。んじゃ、こういう鈍器をぶつけまくるシンプルな石投げの方が、効果あったりするんじゃないかしら?」
ハグラはいくつか用意した鉄柱を磔にされて動けないジーアスに次々と飛ばしてきた。巨大な鉄骨を軽々と放り投げることが出来る辺りはやはり兵器獣といった所なのだろうか。
乱暴に飛ばされた鉄骨はジーアスの間合いに入った途端に彼に向かって勢い良く襲いかかる。バラバラの位置から跳んでくる鉄骨の脅威はジーアスにとっても汗を流すものだ。
確かにジーアスの身体は鍛えられた筋肉によって常人より負傷することは少ない。だが打撃による衝撃は身体に伝わり、内臓にダメージを与えるのは確か。特に頭に打撃を加えられようものなら、伝わる衝撃によって脳震盪を起こしかねない。
跳んでくる鉄骨はとうとうジーアスに激突し、鈍い音を立てた。ダメージが入ったと確信し少し口角が上がるハグラだったが、上がった口元はすぐに下がることになった。
ジーアスに激突した鉄骨は、当たった瞬間に何故かヒビが入り、途端に破壊されて破片が空間内に飛び散ってしまったのだ。
「ハッ!? これ……」
「いや~……中々に強力な磁力だ。その上自分の中に浮かんだ仮説に縛られて危機に陥るとは、傍から賢者と呼ばれるものとして恥ずかしいことだ」
調子の変わっていないジーアスの声が耳に入り再び顔が引きつるハグラ。そしてたった今彼女の頭によぎった嫌な予想は当たった。
何とジーアスは磔にされていたはずの壁から足を進ませて離れ、前に出した拳を当てて鉄骨を破壊していたのだ。
「う~む力が出ききらなかったか、破片が残ってしまったな」
今の台詞から取ると、場合によってはジーアスは拳一つの力で鉄骨を跡形もなく粉砕することも容易いということになる。
鉄骨を素手の拳で軽々と破壊する事案にも十分突っ込みどころ満天だったが、ハグラが先に気になったのは、現在進行形で作用しているはずの自分の能力からどうやって逃れたのかということの方だ。
「お前! 一体どうやってアタシの能力を!!」
「解けてなどいないさ。今だってガッとリ後ろの壁に引き寄せされている。だがこれはあくまで磁力で引き寄せられているだけ、詰まるところ身体は動く」
ジーアスの言い分は理屈は確かに分かる。だがだからといって、強力な磁力が発生し引き寄せられている身体を反すことなど人間業ではない。今度こそ何か能力を使ったのではないかと思ったハグラだが、この予想も彼はストレートな言葉で拒絶した。
「だから力を振り絞り動いた。中々にイイ筋トレになったぞ」
ジーアスの言い分にハグラは突っ込みどころがあり過ぎて美人な顔を大きく歪ませてあんぐりをしてしまう。
(どんだけ脳筋なんだよコイツ……でもまああの素早い動きを防いだというのは事実。だったらやる手はまだある)
ハグラは鉄骨を更に召喚し、続けざまに飛ばすことで防戦が間に合わないように仕掛ける。
「うむ、動きが遅くなったことから防御が間に合わないようにするのが目的か。これまた多少雑になるかもだが仕方ないな」
ジーアスはゆっくりな動きながら拳を一番近くにまで迫っていた鉄骨を殴った。すると次に起こったのは、直接触れた鉄骨はもちろん、後ろに控えていた全ての鉄骨もほぼ同時にヒビが入り、破壊されたのだ。
「ハァ!!?」
ハグラにとってこの戦いには驚くことの連続だ。何が起こっているのか一度ゆっくりめに瞬きをしてからもう一度目の前の光景を見るが、事実は変わりはしない。
この事態に関して、前に出していた拳を降ろしたジーアスが一度息を吐いてから口に出した。
「フゥ……君、人間の筋肉について勉強したことはあるかな?」
「は? ここに来てまた筋肉の話?」
「人間の身体には、六百を越える筋肉が存在している。その中にはこの身体を強靱にするために鍛え上げ、ダイヤモンド並みに固くした。
だが固いだけの筋肉ではとても完璧とは言えない。柔軟性、運動性、全て揃って初めて強靱なのだ」
ジーアスは磁力の影響で動きはゆっくりになりながらも右手を広げて上げ、胸に手を当てる。
「生物の体は宇宙と同じく謎に満ちている。この身体には何が出来るのか、限界は何処にあるのか、私は知りたくて仕方がなかった。だから学んだ。
いつしかそれに関連付いた事柄も知りたくなった。知的好奇心はドンドン広がり、今ではこの組織において『賢者』と呼ばれるにまでになっていた」
ジーアスの長台詞を鼻で笑うハグラ。彼にとって熱のあることでも彼女にとっては全く興味のないどうでもいいことだ。
「こんなときに自分語り? つまんないわね、いささか余裕ぶっているのが腹立つ」
そうして次にハグラが召喚したのは、普通では見かけないような巨大な杭打ち機だ。固いものをただぶつけてもダメだというのなら、先端が鋭利な柱を高速で打ち付けるショックを与えれば有効打になると考えたのだろう。
次々に武器に召喚する辺り、相当色んなものを持ってきているらしい。
ハグラが次の攻撃準備を進める中でも、ジーアスは自分語りを止めずに進めていた。
「そうして知ると共に鍛え上げた。どうすれば人体で最高の動きが出来るのだろうと、そして身につけた。己が身体を武器とし敵を打ち砕く戦い方を」
話しを続けながら右拳を握り腕を後ろに引くジーアス。磁力の影響で多少動きに慎重になっていたために少々動きはゆっくりだったが、そのせいで余計に重々しく見える。
だがハグラは一切臆さない。巨大な杭打ち機を右手だけで持ち上げて構えると、ジーアスに標準を合わせて作動させた。
「悪いけど話しに付き合う気はないから、いい加減物理的に黙れ」
ハグラが怒りのこもった目を大きくして狙撃する。対するジーアスは引いた腕をハグラが攻撃を発射するほんの少し前のタイミングで右腕を前に出し、見る人が見れば美しいとも思える程に綺麗な構えを取りながら正拳突きを繰り出した。
「<槍拳>」
すると南の牛圧とも射手の矢とも違う、範囲は太くとても素早い拳圧がハグラの攻撃と正面から衝突した。更にぶつかった衝撃は相当な勢いを持って跳んでいる杭を正面から破壊し、後ろにいたハグラ残っていた杭打ち機本体までも破壊、彼女の身体をジーアスから見て真正面にある壁の位置にまで吹き飛ばした。
ぶつかった瞬間に壁にめり込むハグラ。吐き気に襲われ嗚咽を吐くと、ようやく衝撃は収まり解放されたが、受けたダメージに壁から出てすぐに倒れてしまった。
「あくまで格闘術といえるものの程ではないが、鍛えた肉体と豊富な知識。どちらも活用することでこの身は、様々なものを打ち砕く武器となる。これが私が辿り着いた戦い方だ」
ハグラがダメージを受けて無意識に力を緩めたしまったのか、ジーアスは身体に感じていた磁力が消えた。
「フム、身体も軽くなった。磁力は消えたようだな。筋トレとしてはいいものだったが、戦闘中としてはやはりやりづらい部分があったからな、いい兆候だ」
うつ伏せで倒れたハグラは顔を上げてジーアスの姿を見ながら思った。
(コイツ……ぶっ飛んだパワーは事実だけど、ただの脳筋じゃなかった!!)
ハグラはジーアスの力量を見誤っていたことを彼女自身の身をもって思い知らされた。




