1-14 連れて行ってくれ
少女がこぼした名前『ユリ』。幸助はこの名前に聞き覚えがあった。ランが常に一緒にいた、動くぬいぐるみの名前だ。
「ユリって……君、もしかして」
「ああ、イヤッ! 今のは言葉の綾で……」
少女は咄嗟に思い付いた言葉で取り繕っているが、幸助に向けている顔色は上から下にかけて青くなっていき、汗もちょっとした冷や汗の量では誤魔化されない程になっていた。
「えっと、もしかして聞いちゃいけないことだったとか?」
目線がぶれて言葉に詰まってしまう少女。見かねたランは一度ため息をつき、二人の間に入りつつ彼女に変わって話し出した。
「コイツは『ユリ』。お前の想像通り、俺の肩に乗っかっていたあのぬいぐるみだ。こっちが本来の姿だがな」
「やっぱり!」
「ちょっと事情があってな。普段はぬいぐるみの姿に変身して貰ってる」
「事情って?」
ランの隣にいる少女ユリは、自分から正体をばらしてしまったことに縮こまる。ランは首を反転させ、目を細めてそんな彼女を見下ろした。
「ユリ、お前ついさっき人にキレておいてこれはないだろ?」
「う、うるさいわよ!」
ユリは恥ずかしく頬を赤くし、子供のような罵声を出す。ランは彼女の様子から目を逸らしつつ幸助に圧をかけた。
「誤魔化しきれそうになかったからお前には話したが、他の誰にも言うんじゃないぞ!」
「圧が強い……」
幸助はランから結晶のとき以上に詰められた圧に完全に押され、ユリに関する事情を聞くことが出来ないままに病院への帰路についた。
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しばらくして、気を失っていたココラが目を覚ました。攫われた直前からの記憶が曖昧になっているのか、身体を起き上がらせてすぐに右手で頭を押さえた。
「私、どうして寝て?」
「ココラ!」
ココラは耳に入ってきた声に意識がハッキリすると、途端に幸助が彼女の近くに身を寄せてきた。彼にも身体に包帯が巻かれており、大怪我をしていることが一目で分かる。
「良かった、目が覚めてくれて。一日丸々寝てたんだぞ」
「コウスケ……私、一体?」
「ココラ、目が覚めたの!」
「これで、全員起きたみたいね」
次に聞こえて来たはソコデイとアーコの声。目を凝らすと、幸助を挟んだ病室の奥に二つ並んだベッドが配置され、それぞれに座っている二人の姿が見えた。
「ソコデイ、アーコ! 二人とも、無事だったのね!」
「ええ」
「私達も、さっき目が覚めたんです」
「お医者さんに聞いた話だと、皆魔力を大きく消費しているみたいにゃ。でも身体に異常はにゃいって」
「そう……ってコウスケ、貴方が一番ボロボロじゃない!」
「あぁ、それは……」
目覚めたばかりで状況が飲み込めていないココラ達に、幸助は現状までの経緯を話した。
「そう。私達は、その異世界からの侵略者に捕まっていたのね」
「ああ、でも例の旅人のおかげで助けて貰って。本当に俺は、助けられたものをすぐに諦めて……」
「コウスケ」
改めて自分で話しながら事件を振り返ると、幸助は胸の中の引っかかりにより重みを感じた。
「でも、貴方も私達を助けてくれた。そうですよね?」
「あの旅人に感化されたからさ。俺一人だったら、勝手に諦めて何も出来なかった」
幸助が少し視線をココラの顔から下げ、自身の両拳を強く握り締める。戦いによる身体的ダメージを感じた彼だが、それよりも精神的な悔しさの方が勝っていた。
「コウスケ?」
「俺、思い出したよ。魔王を倒したら何をしたいか」
ココラは幸助からの台詞に表情を変えて反応する。他の二人はよく知らないが、クーラとの戦闘直前に病室内にてココラが問いかけた質問だ。その答えは、言葉にすれば単純なことだった。
「『生まれた世界に帰りたい』。今思えばこの望みも、勝手に心の中で諦めていたんだろうな」
幸助が自分の心に向き合って吐いた台詞に、ココラ達は内心で己を責めた。
彼女達は、幸助が別の世界から来たことは知っていた。だが帰る方法に見当がつかなかった上、凶悪な相手と戦う仲間として頼りにしている内に、彼をこの世界に縛ってしまったのだ。
沈黙が流れる空間。幸助は拳の力を弱めて顔を上げると、何か決心をつけたかのような目付きをして立ち上がり、三人全員の顔が見える位置に移動して口を開いた。
「皆! こんなときになんだけど、一つわがままを言っていいか?」
「わがまま?」
病室内の三人は珍しい幸助からの頼み事を聞く事に身構えた。
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町から離れ、勇者の活躍により魔物の危険がかなり少なくなってた森の中。不自然に建てられて存在感を放っているテントが一つ建てられていた。
テントの中は、未来的な機材が立ち並んでいる作業場。部屋の中心にて人間の姿に戻ったユリが、先程ランが使用したバイクのメンテナンスをしている。
そのバイクを乱暴に扱ったランは、テントの出入り口の側に立って彼女の様子を見ている。
「今メンテする必要あるか?」
「当たり前よ! 次の世界でも必要になるかもしれないんだから。誰かさんは雑に扱うし、万全にしとかないと今度こそ壊れるわ」
ランがユリの言うことに耳が痛いとばかりに目をそらすと、瞬時に表情を微苦笑から険しいものに変え、組んでいた腕を解いた。
「誰か来たようだ。見てくる」
ユリに一言告げてランがテントの外に出ると、森の木々を抜けて歩いてくる幸助の姿があった。
「お前は……よくここが分かったな」
「ぬいぐるみの少女に、ここで少しの間いるって別れ際に聞いたんだ」
「チッ、ユリの奴」
ランは罰の悪い顔を浮かべながらも、幸助が何故ここにいるのか理由を問いかける。
「それで、何の用だ?」
幸助はランの失礼な態度について触れることはなく、その場で突然頭を下げてハッキリ伝わる声を出してランに伝えた。
「俺を、一緒に旅に連れて行ってくれ!」
「やだ」
「即答!?」
幸助はランのあまりにも早い返事に驚き、腰の曲がりはそのままに首から上だけを上げてしまう。
ランも幸助の奇怪な姿に口にすることはせず、簡潔に彼を旅に連れて行かない理由を述べた。
「俺達の旅は遊びじゃねえ。行く先々で赤服や兵器獣や、その世界の生物と戦っているんだ。リスクがでかすぎる。
故郷の世界に帰りたいだけなんだったら、他の方法を当たれ」
ランの口調は厳しいものだったが、これは彼なりの優しさなのだろう。しかし幸助は、ランの言い分を聞いても引き下がる気は毛頭なかった。
「そういう訳にはいかない! 俺が二人についていきたいのには、もう一つ理由がある」
「もう一つ?」
興味を持ったランが視線の向きを幸助の方に戻すと、彼は曲げていた背中を戻しながら真剣な目をしてランに伝えた。
「俺は、アンタを近くで見ていたいんだ」
ランは幸助の言っていることに足下から頭に流れるようにゾッと身震いをした。
「何言い出すんだお前? 俺にはそういう趣味はねえぞ」
「いや、そういう意味じゃないから」
ランに誤解を与えたことを幸助はすぐに訂正する。
真剣な表情が崩れて緊張感がなくなってしまうが、彼は一度咳払いをし、話を戻す。
「お前の強さを、どうしてあんなに諦めることなく戦えるのかを知りたいんだ。頼む!」
再び深く頭を下げる幸助。こうも真剣に何度も頼まれてしまうと、流石のランも戸惑ってしまう。そこでランは幸助の顔を見て聞き返してみた。
「そんなに俺のことを知って、どうするつもりだ?」
幸助は姿勢を戻し、真っ直ぐな目をそのままに顎を引いて答えた。
「アンタを、いつか越える!」
「……」
幸助の台詞を聞いて何か思い出すかのように考え込むラン。それでも、彼が首を縦に振ることはなかった。
「ダメだ! 俺達の旅は俺達だけのもの。よそ者に入る隙はない。だいたい俺を越えるったって、お前は強いだろ。適当言ってないで諦め……」
「私はいいわよ別に」
「ハアァ!?」
いつの間にかテントから出ていたユリの返事にランは驚愕した。あまりの驚きに声が止まってしまう中、ユリはランの耳元で小さく囁く。
「人手があった方がアンタも助かるでしょ? それに私の事も知られたんだから、下手に野放しにするより近くで見ていた方がいいじゃない」
「お前なぁ」
ランは空いていた口と目を閉じて考え事をする。次に大きくため息をすると、右手で髪の毛をかきながら仕方なさそうに口を開いた。
「来るならとっとと支度しろ。もうすぐ次に行くぞ」
「え? それって……あぁ、分かった!」
幸助はランの言った事を理解し、その場で手伝えることがないかと積極的に動いた。
所戻ってココラ達のいる病室内。ソコデイとアーコが失恋でもしたような落ち込んだ息を吐く。
「せっかく一緒に獣人の村に行こうと思ってたのに」
「私もお父様に紹介しようと……」
二人の暗い空気を出す中、ココラは一人どこか嬉しそうな様子で窓の外を眺めている。すると少ししてココラは窓の外で何かを見つけ、二人に呼びかけた。
「皆、見て!」
「「エッ?」
ココラに言われるまま、二人も窓の外を見る。その先には、右方向から空を飛ぶ鉄の馬に、二人の人物跨っている様子が見えた。
目を凝らすと、その馬の手綱を握っている青年と、彼の左肩に乗るぬいぐるみ。そして青年の後ろに、病室の三人に大きく手を振っている幸助の姿があった。
「「「幸助!」
幸助は大きく息を吸い、三人に聞こえるよう力いっぱいに声を出した。
「みんなぁ、元気でなあああぁぁぁぁぁ!」
テンションの高い幸助の声に、三人はつい吹き出してしまう。表情が明るくなり、三人は彼に叫び返した。
「コウスケ、アタシ達の事忘れにゃいでねぇ!」
「無茶して、ボロボロになるなよぉ!」
「元気に頑張ってくださいいぃぃぃぃぃ!」
幸助にもこれが聞こえたようで更に大きく手を振って返事をする。
「オウッ! 行ってきまあぁぁぁす!」
幸助と仲間達の別れとなる大切な場面。
この一連の流れを聞いていたランは、いつの間にかブレスレットを変型させて作ったメガホンを片手に、病室に顔を向け声を出した。
「お~い、まるで今生の別れみたいな挨拶してるとこ悪いが、ここの座標は記録してある、帰ろうと思えばすぐに帰れるぞ」
「「「「エエェッ!?」
その言葉を最後にランはブレスレットを前に掲げて空間に扉を開き、バイクごと異空間に飛び込んでいった。空間は修復され、後には元の空だけが残った。
最後の最後にやりとりの空気をへし折られた三人はポカンとした顔で窓の外を見ていた。少ししてようやく我に返ったソコデイとアーコは、お互いに声を掛け合う。
「行ってしまったな」
「やっぱりちょっと寂しいにゃ、でも、また会えるのなら、楽しみに待ってるにゃ」
二人が会話をする中、一番最後に我に返ったココラは自然と笑みを浮かべ、心の内で幸助にエールを送っていた。
(行ってらっしゃい、コウスケ。)
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