5-48 孤独な檻の中で
本から出現した異様な闇に突然身体を包まれたはずのオーカーが現れた事に驚いたのは、周辺にいた人達も同様だった。
「何々!?」
「今何があったの!?」
「変な靄みたいなのが出てアイツを飲み込んでたぞ!!」
「でもなんともなさそうだぞ?」
ザワつく周囲の人達。注目の的になったオーカーが一番困惑していると、瞬く間に素早く職員達が集まってきた。さっきの大きな騒ぎがあったのが原因なのだろうが、どうにも集合が素早いように思えた。
その上更に罰が悪い事に、職員の一人が怒鳴り出す。
「貴様! 禁書を盗んだ犯人だな? 拘束させて貰う!!」
「禁書!? それって、これが!? そんな、私は……」
「一緒に来て貰おうか!!」
オーカーは驚きで喋る台詞が頭の中で整理出来てないままに強引に職員達に連行され、別室にて尋問されることになった。
重ね重ね災難なことに元々本を持っていた人物とぶつかった光景は誰にも目撃されていなかったようで、職員達は現状オーカーが禁書を盗み出した容疑者として見ていたのだ。
狭い個室の中で高圧的に続けられる尋問は、元々気弱だったオーカーにとって常人以上の精神的苦痛があった。
出しかけた事実の言葉も相手の決めつけの言葉の大きさによって喉の奥に押し込まれていき、友人もおらず味方になってくれる人もいない。
オーカーが禁書を盗んだ犯人という無実の罪で裁かれてしまうのは、最早時間の問題に思えた。
一人何もない小さな檻とも呼べる個室の中に放り込まれて長時間、部屋の隅で縮こまってすすり泣く事しか出来ないオーカーは、自分のこれまでの境遇を後悔していた。
(こんなとき友達がいてたら、助けてくれたのかな? 助けてはくれなくても、私の事を信じてくれたのかな?)
毎日孤独に勉強に勤しむ日々。単に楽しかったからそうしていたのだが、結果友達と呼べる者が出来なかった彼女に救いの手を差し伸べてくれる人は現れなかった。
誰も自分を自分として知らない。それが彼女にとって最もキツい事実だった。
『泣くな』
「え?」
塞ぎ込むオーカーに突然聞こえて来た声。沈んでいた顔をふと上げる彼女は最初周りに誰かいるのかと部屋を見回すも、影も形も見えなかった。
気のせいかと思い再び表情を暗くして顔を沈めかけると、再び声が聞こえてきた。
『せっかく封印から解放されたというのに、主がこれではふがいないな』
さっきよりもハッキリ聞こえる声にオーカーがより目を凝らしてもう一度周りを見ると、自分の足下に
何処からか発生している黒い靄が集まっていく様子が見えた。
彼女が何処から靄が出ているのかと疑問の持っていると、目に映る自分の両手、というより彼女の全身から靄がゆらゆらと出現していた。
「私の身体から!?」
出現した靄は彼女の目の前に集まっていき、やがて一つの塊になった。そいて靄が晴れたところには、オーカーが夢の中で見たものと同じシルエットながら、丁度ぬいぐるみくらいの大きさ馬に似た黒い生物だった。
「今の声、貴方なの?」
『弱々しい声だな。今後が不安になるものだ』
小さく可愛らしい見た目とは裏腹にドスのきいた低い声で話すその生物。オーカーはその生き物を見下ろしながら話をした。
「貴方は、一体?」
単純ながら当然の質問を飛ばすオーカーに、生き物は自己紹介をした。
『我は『フレミコ』。あの忌々しき本に封じられていた魔物だ』
「やっぱり! じゃあ貴方がかつてこの世界に厄災をもたらしたっていう」
『厄災か。相も変わらずここの情報はくだらない改変を……先に手を出したのは向こうだというのに……』
オーカーはフレミコの言い分に驚いた。
「先に出したのが向こう!? それって」
『フン……やはり知らないか。我は元々この世界にある闇の洞窟の中で過ごしていただけだった。だが奴らは我の住処に純度の高い鉱石を発見した途端、目の色を変えて我の住処を襲撃し始めた。
我は全力で抵抗し、襲いかかる連中を返り討ちにしていったが、人間というのは数が多い。我も長い戦いで疲労した。奴らはそこをつき、我を封印したのだ!!』
オーカーは驚愕した。この世界の歴史については当然彼女も知っている。しかし世界の発展の礎になった魔法石が、魔物から奪い取ったものであったことに。
『我がどれほど封印されていたのか知らないが、この個室の中に見える者だけでも中々に発展しておる……随分と時は経過したようだな。となると我の住処は、もう影も形もないのだろう』
「そ、そうなんですね」
『時に契約者よ』
「あ、その……オーカー……です……」
人外相手だからか、どうにか自己紹介は出来たオーカー。フレミコは名乗った彼女の名前はすぐに呼ぶようになった。
『オーカー、我の封印を解いたことには礼を言う。そしてその身を繋げてくれたことにもな』
「繋げる?」
『忘れたのか? その体を我と繋いだ事を』
「繋いだ!? それって一体!?」
『我は封印され続け、身体が原形を留めておらぬのだ。故にお主の身体に取り付くことで簡易的な実体を得た。いわば、一心同体ということだ。片目が変化したのがその証』
指摘を受けたオーカーは変化した左目を手で覆う。次にフレミコは話しの流れで訪ねてきた。
『それでお主、引き換えに何を望む?』
「引き換え?」
『本当に何も知らぬのか、呆れたな』
「ご、ごめんなさい……私、たまたま拾っただけで……事情を何も知らないんです……」
『ほう、つまり本を開いただけで解放したのは別にいると? しかし既に契約を結んでしまった以上、我はお主に取り付くしかない』
「そんなぁ……」
突然に変な魔獣に取り付かれてしまった。そんな事実に困惑するオーカーに、フレミコは脱線した話を戻そうとした。
『そんなことより引き換えだ。契約をした以上、我はお主に何かをしなければならない。さあ、何を望む? できる限りなら何でも叶えるぞ!』
「そ、そんなことを急に言われても……」
オーカーは困惑しか浮かばない。彼女が望みが浮かぶまで待って欲しいと頼んだことでその場は収まり、一人と一匹による奇妙な関係が始まった。
それから数日後、オーカーにとっての転機が訪れた。なんとフレミコが封印された禁書を盗んだ真犯人が見つかり、逮捕されたのだ。
これでオーカーは冤罪が証明されて釈放される。微かな希望が出来た彼女だったが、その思いは理不尽に砕かれることになった。
この世界の役人達は故意では無いとはいえ封印されていた魔物を抱えるオーカーの存在を危険視し、すぐにでも処刑しようと企んでいたのだ。
警戒はより厳重になり、いつ死刑にされてもおかしくない状況。オーカーは一度の偶然のせいで人生を終らせかけられていることに絶望するほかなかった。
唯一の希望も失われ、唯一語りかけてくれるフレミコの声すら聞こえていないオーカー。そんな彼女の目線の先にある扉が突然力強く開き、職員に止まられながらも強引に部屋に入っていく。
「待ってください! そこにいるのは危険人物で」
「それは君達の見解だろう! この宇宙ではどうなのか分からない」
部屋に入って来たのはスーツを着込んでも筋肉質な体格が見て分かる大柄な男。彼は瞳を暗くしているオーカーに近付くと、一方的に彼女に声をかける。
「君がオーカー・トダマ君か」
「……?」
声は出ないものの貴方は誰と言いたげな彼女に男は自己紹介をした。
「私は『ジーアス・タイタン』。次警隊という組織で隊長をやらせて貰っている。単刀直入に言おう。君、私達の組織に入る気はないか?」
「エッ?……」
オーカーは最初ジーアスの言うことを疑った。ここまで世界中から敵と見なされ、忌み嫌われてしまっていた彼女にとって思ってもいない申し出だったからだ。
「え? あ……わた……し……」
長い間会話をしてこなかったオーカーは、精神的疲弊もあって声が留まってしまう。そんな彼女を見てジーアスは声をもう一段優しいものに変化させる。
「君が得た力は、この世界では嫌われてしまっているかもしれない。だが、私は強く興味を持った。君の力は、使い方次第で多くの人を救うことが出来る。
こんな所で一方的な意見のために失うのは惜しい。何より君はまだ若い。若者の未来は、理不尽に奪われてはならないんだ」
一瞬後ろにいる職員に視線を向けると、職員の方は萎縮したように数歩後退りした。
「どうだろうか? 私と共にここを出てみないか?」
ジーアスの提案はオーカーに取ってこれ以上にない好条件だった。だが今の彼女は世間からの一方的な言い分が強く胸に刻まれ、自分を肯定することが出来なくなっていた。
「わ……たし……は……いいだろう!!」
口調がいきなりハッキリし、その場に立ち上がって腕を大振りにしたポーズを取り出すオーカー。この行動に驚いたのは、他でもないオーカー自身だった。
(ああああれ!? 私何をして!?)
内心自分の何故こんなことを言っているのか分からないオーカーに、頭の中に勝手に声が流れ込んできた。今は姿を現していないはずのフレミコの声だ。
『安心しろ我の仕業だ。今の状態はもちろん、お主の感じでは普段の態度でもまともな会話など出来そうにないからな。少し我の人格を反映させることで口を開くようにした』
直後、オーカーの身体は両腕を大袈裟に動かし、左手を広げて左目を隠すわざとらしいポーズを取りながら続ける。
「我の力を必要としているのだな? よかろう。お主に言い分に乗ってやる。これ以上にこのオーカーにいい話は、今の所なさそうだからな」
(口を開くって! 言葉の途切れの度に変なポーズしちゃってますけど!?)
『我の力とお主の羞恥の心が反発した結果怒ったのだろう。話せるのならこれでいいだろう』
(ええぇ……)
身体が勝手に動き、話をしているジーアスも若干引きつった笑顔になって冷や汗を流している。
「そ、そうか……いい返事をもらえて良かった。やる気も十分! これなら期待できそうだ」
ジーアスは顔を整えて凜々しい表情に戻すと、一度頷いて口角を上げながら部屋を出て行こうとするも、去り際に声をかけてくれた。
「思っていた以上に面白い子達だ。我らの組織に入れば、心から通じる仲間も出来るかもしれないな」
「仲間?」
「入る内容は追って説明する。是非とも、よろしく頼む」
ジーアスは去り、部屋に残ったオーカーは、素に戻って呆然と立ち尽くしていた。
「私……なんだか流れでめっちゃ大きな決断をしちゃったような……」
『あの男、我がお主に干渉したことも気付いておったようだ。やりおる』
「え?」
汗を流し拳に力が入るオーカー。震えている彼女にフレミコが問いかける。
『震えているな。怖いのならば今からでも断るか? もっともそうすれば今度こそ処刑されかねないかもしれないが』
オーカーは無言でいた。ここ最近の彼女は、一方的な理不尽によって精神的に相当すり減らされていた。もはや心が折れていてもおかしくない彼女。
だがさっきの時間。ほんの数分顔を合わせただけの相手の言葉に、彼女は何か感じるものがあった。
だから彼女の答えははやかった
「私……あの人の話に乗りたい。ここから出て、役に立てるのなら!! それに……」
オーカーはジーアスの言葉を思い出す。彼女は仲間がいなかったがために孤独に追い詰められた。だから仲間、せめて友達が出来るチャンスがあるのなら、これを逃したくないと思ったのだ。
『フム……まあどうにしろそれ以外に我らが生きる道はないのだろう。我も全力でサポートする』
「出来れば、さっきみたいな変なキャラ付けはどうにかなりませんか?」
『無理だな。あのキャラを貫き通せ』
「そんなぁ!!」
幸助オーカーは自分達の生死と仲間を手にするチャンスをものにするため、ジーアスの話に乗り入隊試験を受けたのであった。




