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5-42 二次元化

 身体の一部のみを紙のようにペラペラにされ、しなるように動くことによって南の攻撃を流した零名。


 勢いを曲げられてしまったことで蠍突きは床に突き刺さった。南は技を外したこともあるが、頭の中の想定していた範囲の外にあった方法によって攻撃を流されてしまったことへの動揺によって隙を晒してしまう。

 零名はこれに操作したマフラーを南にぶつけ、再び彼女との距離を離した。その上今回は受け身が間に合わなかったために南に鈍器のダメージが直に伝わってくる。


「グハッ!!……(強力……やっぱりマフラーの布なんかが当たった威力じゃない!! それにさっきの身体の変形、もしかして、零名ちゃんの能力って!!)」


 南が零名の能力にある程度の仮設が浮かび上がったそのとき、零名の方も間合いに入られ攻撃を受けたことにより変形させた身体を見せてしまった。

 こうなればバレるのもすぐだろうと考え、零名が自分から説明を始めた。


「もう大体気付いてる……零名……ペラペラに出来る……」


 零名が右腕を肘を曲げた状態で前に出し、南に見せつけるようにしながらその厚みを薄くさせていく。


「零名の身体……身につけている物……全ての次元を一つ減らして平べったくする……言うならば、『二次元化(にじげんか)』……それが零名の能力」


 零名は説明の最中に再びマフラーをほどいて伸ばし、一部を手に持って振り回した。南が当たる直前に目を凝らしてよく見ると、一瞬にしてマフラーに見えていた物が分厚い四角型の塊になったのを目撃した。


「これは! マフラーじゃない!!?」

「マフラー……違う……これはペラペラにした、ネオニウムの塊、鉄骨よりも強靱なメンス」


 口で言われて南はようやく腑に落ちた。マフラーとは思えない固さ、強靱さを持つあの武器。手裏剣も、ペラペラにすることで子供の身体で隠し持てる限界数を優に超える枚数を所持できたのだろう。


 挙げ句に南にとって零名のこの能力は、ハッキリ言って相性が悪いものだった。

 平面化ししならせる。打撃を主体をする南の戦闘法では、彼女の触れても先程の方に身体の一部を変形されて流されるのがオチ。

 手数攻めの山羊乱や、突き技の蠍突きですら流されてしまったところを見ると、相当強力な技でもダメージを与えられるのかは微妙だ。


(ダメージを与えられれば合格、こういうことだったんだ)


 南はこの試験がいかに難しいのかも理解させられた。かといってゆっくり考えている間に再びマフラーが迫ってくる。大振りのため回避事態は容易だが、思考を巡らせる時間を鈍らせてくる。


(なんとか耐えられているけど、このまま受け続ければ確実に気絶する。あのマフラー、相当に厄介だ)


 だからといって反射的にマフラーを破壊しようと拳を振るっても、零名の能力によってマフラーはペラペラにしなり、威力を流されてしまう。


 しかも今回はさっきまでよりもマズい事態になった。マフラーをしならせて曲がった先端部はペラペラに変形しておらず、太い鈍器の状態のままで南に迫ってきていた。


「しまった!」


 逃げようとしてももう遅い。南の攻撃によって追加で勢いが付いた鈍器は彼女の腹にめり込むように直撃した。


「命中……かなり痛いはず」


 事実零名の言うように南の身体は相当痛みが巡っていた。どうにか受け身が間に合ったために気を失い事なくすぐに身体を動かすことが出来たものの、ダメージはあったようで息が荒くなっている。


「驚き……すぐ動くなんて」

「だてに鍛えてはいないからね」


 とはいえやはり南にとって零名のマフラーは厄介極まりない。


(双子拳なら破壊できるかな? いや、あそこまで素早くペラペラにされると、拳の素早さじゃ破壊の衝撃は間に合わない。だからって切断するにも塊に戻されれば魚斬では切り裂けない)


 まずはこの距離を取って戦われている状況は芳しくない。そして南が勝機を掴むために零名の動きを観察していると、あることに気が付いた。


(そういえば、さっきから零名ちゃん、部屋の中央から動いてこない。手裏剣やマフラーを振り回すのに一番理にかなった場所だから?

 ……いやそうだ! 零名ちゃんの能力のことを考えたら……そうだ! 彼女の壁際に追い詰めれば、勝機はあるかも!!)


 攻撃できる可能性は出来た。しかし問題はそこに至るまでの過程についてだ。

 南が最初に思った通り、今零名は部屋の真ん中に立っている。当然長田室内にて最も壁からは離れている。これをマフラーや手裏剣をかいくぐり、かつ彼女のいつ変型をしかねない体を動かすのは至難の業だ。


(普通にただ攻めたところで上手くいかない。こっちが消耗するだけ。じゃあ!!)


 すると南はここで突然部屋の中を縦横無尽に駆け回り始めた。零名に接近するよいうわけではない。ただひたすらに部屋の中を適当に走っている。


「どうした南……負けそうで……やけくそ?」


 零名は南のこの行動の意味が分からなかった。このまま走り続けられたところで自分ものとには辿り着かない。南自身が走ることで消耗するだけだ。

 とはいえこのまま何もしなかったらその隙に近付かれてしまう可能性は捨てきれない。なので彼女は近付かれない程度には手裏剣やマフラーを使って走り続ける南の足を遮るように攻撃を振るった。


(当たればカウンターに蓄積される……だけど当たらない箇所へ飛ばすのなら……意識を削ぐだけで済む)


 零名にとって南のカウンターは脅威だ。だから彼女は直接南を攻撃することはしない。あくまで邪魔をするだけだ。

 だがこれは南にとって相当効果があった。


(上手いぐわいに足を進めない! それに、確実に近付かせないように動いている。本当にあの子、ラン君と引けを取らない器用さだ)


 身体に蓄積しているダメージ分では、とても大技を出すには足りない。翻弄するために動いても防がれてしまえばただ疲労するだけだ。

 持久戦では零名には勝てない。翻弄してある企みをしようにも的確に動きを止める妨害をしてくる。


 こうなれば手詰まりかとも思われていたが、南は諦めず今度はそこからジャンプする。だがこの行為は相手している零名から見れば愚行に思えた。


(判断ミス?……空中じゃ……回避できない……ただの的)


 零名は空中で隙だらけになった南にマフラーの先端で突きをするように押し出してきた。直撃すれば一撃で壁に叩きつけられる上、ヒールの高いくつの鋭利な部分で踏まえるのと同じ、広い面積で攻撃される数倍のダメージが入ってくる。


 だが零名のマフラーの素早い突きは、南の飛んだ軌道上からギリギリで逸れてしまい、回避を許してしまった。


(見誤った!?……けど……ここから振り回せば……)


 当然零名は次の攻撃として南の身体がある方向にマフラーを揺るって打撃を仕掛けようとする。

 ところが南はこれも見越していた。彼女は飛び上がった空中でバク転を行ない二度目の攻撃も回避。マフラーが過ぎ去った先に着地をした南。反撃を仕掛けようと拳を握り腕を引く。


「甘い!!」


 巨大なマフラーは大振りになってしまうために振るってすぐに急ブレーキはかけられない。そう思うのが普通だ。

 しかし零名はこの大振りをまさに手を動かすがようにすぐに反対方向に動かし、構えをして攻撃準備が整いきっていない南に再び迫った。


「零名……力強い! こんなこと……出来て当然」


 ところが南の次の行動は、零名にとって予想外だった。南は腕を引いた構えを解き、回れ右をしてマフラーの攻撃から再び逃げ出したのだ。


(一度構えをしたのに逃げ出した?)


 それも南の逃げていく方向は、零名に近付くとは反対の部屋の外側。壁に向かって一直線だ。本当に混乱してしまったのではないかと疑ってしまう零名。

 だが南は全くの正気だ。壁際に近付いていくのは何も考えていないからじゃない。床とは違う足場を得るためだった。


「よし、ここで!」


 南は斜め前向きにジャンプし、近くにあった壁を蹴りながら再び跳ぶことでよりトリッキーな移動に切り替えた。

 零名は動き方の変わった南に驚きつつも、やることは大して変わらないとマフラーを少し短く持って機動性を高めた。それでも南には命中しない。


 南はここから何度もマフラーを振るわれては紙一重で回避し、すぐに逃げる。この行動を繰り返した。


 受け身を主体をする彼女の戦闘法とは真反対とも取れるこの行動。彼女はこれを、入間との修業にて教わっていた。

 南が修業上意図せず出来てしまった、型に囚われてしまう悪癖。カウンターをしようにもダメージが許容を越えてダウンすることが彼女の選登場最悪の展開。


 それを克服するため、入間の手ほどきの元道なき道を進む『フリーランニング』の技術を身につけた。

 もちろん三週間ほどではランのように縦横無尽にあらゆる場所で戦えるというわけにはいかないが、適度にダメージを受けつつ残りは逃げる。これだけでも戦い方のバリエーションは以前より格段に増える。


 床を走り壁を蹴り、足場が増えたことでただ走られるよりも翻弄されてしまう零名。


(撒き菱……いや、あの翻弄なら……かわされる……ならば!)


 零名はマフラーを波打つように動かし、攻撃範囲を広げた状態で延ばしてきた。南に当たる直前に硬化させて激突させるつもりだ。

 零名にとってはタイミングのいいことに南は丁度部屋の角にいた。広めの攻撃で押し込まれてしまえば逃げられる道はない。


「これで……終了……」

「いいや! 予想通り!!」

「ッン!?」


 南はそこからは逃げるような動きはせず、両手を前に出して後ろ零名の技に迎え撃つ構えを取った。


(受け止める構え!?……まさか!……誘われた!!)


 零名が気付いたときにはもう遅く、南は硬化した零名のマフラーを受け止め、ダメージは吸収しつつ掴み取ることに成功した。


「しまった!」


 硬化すればかなりの重量がある零名のマフラー。普通ならば捕まえられたとしてもその重さに持っていられるわけでもないのだが、そこはラン達の一行の中でも一番の力自慢の南。掴んだマフラーは放さず、そのまま持ち上げてみせた。


 マフラーを硬化状態にしていたがために零名の身体もこれに釣られて一緒に空中に持ち上げられてしまう。こうなれば零名がとれる手段は一つしなかく、マフラーをペラペラにさせて脱ぐことで脱出した。


 地面に着地し八重歯気味な歯を生やした素顔を露見させる零名。彼女の最大の武器は封じられた。


「さあ、ここから反撃だよ!!」

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