5-39 せこい戦い
宙に立つ大悟とそれを見上げているフジヤマ。二人は睨み合いを効かせながら相手の動きを待っていた。
さっきから余裕な態度をアピールさせている大悟だが、彼は内心ではとある疑問を浮かべて行動に迷っている部分があった。
その原因は、先程フジヤマの水球を切り裂き、大きく破壊跡を作った斬撃に関することだ。
(やっぱり俺の技の威力はそのままか。やったらさっきの八つ裂き手裏剣はなんでなんの破壊跡も残ってないのがどうにも違和感やな……
コイツまだ隠し球があるんかいな、聞いた話やとランが苦戦したらしいし、油断ならんな。まずは手品の種明かしに荒っぽくいくか)
大悟はその場にスケートのトリプルアクセルをするように回転し、先程フジヤマに飛ばした斬撃を文字通り雨のように連射した。
「<浮幽 脚刃雨>!!」
受ける側であるフジヤマからすればあんな威力の斬撃を次々撃ち出されてしまうのは溜ったものではない。
空を飛べないフジヤマにこれを全て避けきれるはずがなく、いくつかが防御しきれない攻撃が向かってくる。
こうなれば手札を隠している場合ではないと、フジヤマは両掌を腕を伸ばしながら前に出した。すると彼の身体を切り裂きにかかった斬撃が突然形を崩していき、瞬く間に霧散。同時に大悟を攻撃してきた水球がそこに生成されていた。
「コイツは一体!?」
目の前で起こっていることの原理が分からない大悟は目を丸くするが、反撃で自分に飛んできた水鉄砲に対処をしなければならないと急いで移動し、三本の攻撃をギリギリで回避した。
「何がどないなっとんねん。これ?」
大悟はランからの報告により、フジヤマが間合いに存在する分子の配列を組み替えることが出来ることは知っていた。それの応用だとすれば、一つ思い当たることがある。
「そうか、斬撃の元になっている空気内の分子を組み替えたのか」
「正解だ。よく分かったな」
空気というのは、常に酸素分子や窒素分子などが移動し続けて構成されている。風とはその分子達の流れが対比上同じ方向に大きな割合が動くことで発生しているという。
当然風の構成部品となっている分子をそこから気体よりも重い液体である水に組み替えることにより総重量は重くなっていき、勢いが止まるといったカラクリだ。
正直なところこんなもの、機械操作なんてラグのある動作では間に合わない。フジヤマという人態にシステムが入り込んだ存在だったからこそ出来る裏技なのだ。
「なんとなくながら分かったけど……分かった上で、ぶっ飛んでるなぁ……八つ裂き手裏剣もそれで消滅させた訳か」
フジヤマの能力の規格外具合に引きつった顔になりながら冷や汗を流す大悟。とはいえフジヤマの方も決して余裕があるわけではない。
今でこそどうにか大技を消滅させていることが出来ているものの、大悟の技の発射速度は相当速い。気を抜いてタイミングが遅れれば一撃でアウトといったような状況だ。
(向こうさんは気付いていないようだが、正直死角から今の斬撃を出されてしまえば確実に対応が遅れて身体の一部が持っていかれる)
フジヤマは今大悟が空中の目立つ位置に立っているのを見ると、またしても突然後ろを取られないように背中を壁際に近付けつつ相手の出方を伺った。
大悟もなんとなくフジヤマの思考を察するも、かといって斬撃をただ撃ち出したところでさっきの二の舞になるだけ。
自分が動かなければこの状況は動かないこともあり、大悟は壁を蹴るような要領で空中を蹴り、走るよりも勢い良く距離を詰めてきた。
想定以上に直球に攻め込んできた大悟に驚きつつもあそこから急ブレーキをかけるのは無理があると考えたフジヤマが拳を握り水圧の剣を精製しながら攻撃をかわしつつすれ違い様にバッチを切ろうと構える。
ところが大悟は攻撃らしい予備動作も一際せずに単純に頭から飛び込んでくるだけだ。
こうなれば文字通り頭から真っ二つになってしまいそうな動きにフジヤマは一瞬驚き身を引きかけたが、ここで引いては攻めることは出来ないと身を捻りつつ剣で斬り掛かった。
ところが剣が大悟の身体に接触しかけたそのとき、大悟がふと呟いた言葉から状況が一変した。
「<分身>」
大悟の身体は剣に触れる紙一重のタイミングで紙を真っ二つに裂くように頭が分かれていき、その避けた部分には元の状態と同じ頭が生成されていた。
そのまま流れるように首、胴部、腹、脚部と頭部と同様に服ごと別れていき、大悟が地面に着地したときには完全に二人になっていた。
「これは!?」
「分かりやすい分身の術ってやつ」
「ちなみに言っておくと、分身体には影がないから光当てたらいいっていうのは通じへんで」
二人の大悟はお互いの頬を軽くつねってどちらも実体であることを証拠付けつつ、フジヤマが次に質問をしてきそうな事に対しての答えを先に口にした。
「まあ、この技は俺も感覚でやってるから、仕組みとか聞かれてもようわからんねんけど」
「おい、そんなのでいいのか忍術って」
思わず突っ込みを入れてしまうフジヤマに大悟はジト目になりつつ誤魔化すように軽く笑うと、表情を真顔に戻した途端に分身体と左右に分かれて走り出した。
走りつつフジヤマにクナイを投げつける二人にフジヤマは壁から離れないままに切り裂いて防いでみせた。
「はぁ! ネオニウム製のクナイを軽々と切りおったで」
「おっそろしい切れ味やな。かすっただけで重症になりそうやわ」
分身同士で会話をしながら驚く大悟。接近戦は危ないと思ったのか距離は離れつつ何本かのクナイを投げてくる。
フジヤマ左右からバラバラのタイミングで飛んでくるクナイの対処に追われるもどうにか間に合っている様子だった。
「ホントに足下動かさんと捌いていきおるな」
「でもええんか? 捌くのばっかに集中しとると見落としがあるかもやで」
大悟の台詞にふと警戒を強めるフジヤマ。これによって彼の動きが鈍った一瞬の隙を突き、大悟の一体が一本だけさっきまでとは違いネジ回しの要領で回転をかけながらクナイを投げた。
次々飛んでくる中では所見で見分けが付かず、他のクナイと同様に切り裂こうとしたが、刃物に接触した途端にフジヤマが生成した刃物が水しぶきが飛び散る形で破壊された。
「破壊された!?」
「同じものの乱れ打ちと見せかけて一本だけ仕込みを入れる。せこい手は忍者の十八番や」
そのままバッチへ向かっていく回転クナイにフジヤマは焦るも開いていた左手をも鱗に多いながら掌を広げて空気中から生成した水を太く勢い良く発射する。
防御は上手くいったようで直撃を避けることには成功したが、クナイの威力も相当なもののようでフジヤマは相殺した途端に身体を弾かれて壁から離されてしまった。
「危ない……」
「ケリが付いたら儲けもんやってんけど、流石にそこまではいかんか」
「でも壁からは離した。死角から攻撃し放題って事や」
力を振り絞ったこともあって体力を消耗し汗をかくフジヤマ。人のものに戻した左手で軽く汗を拭いながら口から出たのは正直な愚痴だった。
「手癖の悪い奴だ」
「悪口上等。俺は忍者やからな」
プロの忍者である大悟からすれば、フジヤマのようなにわかの思い描いているイメージ程忍者はかっこいい存在などではないことを実感として知っている。
忍者などハッキリ言って汚れ仕事だ。裏工作を生業とし、時に暗殺だって行なっている。
「俺達忍者は事をスムーズに運ぶために裏から片付けたり、汚い部分を引き受けるのが仕事や。
だから出来るだけ『戦闘』はせえへん。相手の隙を突き、素早く致命的なトドメを与える」
直後、フジヤマは自身の背中に何かが突き刺さった痛みを感じた。後ろを振り返ると、いつの間にかもう一体増えていた大悟の分身体が飛ばしたクナイがフジヤマに突き刺さっていたのだ。
「な!……」
「俺達二人に気を取られたな」
「俺の分身は、何も二人が限界とは言ってないで」
正面戦闘という目で見るならば、『卑怯』とか言いようがない戦い方。フジヤマはクナイが想定以上に深く突き刺さったのかそのままうつ伏せに倒れ右半身の鱗が消えていく。
大悟はこれを見て勝利を確信し、フジヤマの後ろにいた一体に吸収される形で元に戻っていった。
「おっと、やり過ぎてもうたか。このまま殺してしまったら洒落にならん。バッチを破壊して終いやな」
大悟は急いで試験を終らせて怪我の手当てをしようとフジヤマの近くにまで走る。
そして大悟がクナイを引き抜こうとする。彼が右腕を伸ばし刺さった武器を掴もうとしたそのときだった。
「ッン!!」
大悟はギョッとして後ろに飛び退いた。そうでなければバッチを切られていたからだ。
クナイを抜こうとした直前、彼は突然伸びてきた水圧の剣が切り上がってきた。
そこから大悟は目を疑う事態が起こる。フジヤマの背中に突き刺さっていたかに思われていたクナイは、重症かと思われていた彼自身が立ち上がった途端にこぼれ落ちたのだ。
「おいおい、さっき突き刺さったんとちゃうんか!?」
大悟がクナイが刺さっていたはずの箇所をよく見ると、服に隠されていた背中に鱗を纏っているのが見えた。
フジヤマは後ろからの攻撃に備えて鱗を発生させることでクナイの貫通を防ぎ、かつやられたように見せかける事で大悟の油断を誘っていたのだ。
「その鱗、身体の何処からでも生えんのかいな。以外と自由が効くんやな」
「……まあな」
大悟は数歩後ろに下がって距離を取りつつ、フジヤマの行動を賞賛した。
「お前もそういうこすいやり口をするんやな」
「次警隊に入ることが、綺麗事で済まない事なんて、最初から覚悟の上だからな」
フジヤマは再び右半身を鱗で覆い戦闘形態に戻る。大悟は彼の油断ならない戦い方に口角を上げて面白そうに思っていた。
「ええやんええやんそういうの。正々堂々とかいうのはなし、邪道上等何でもあり。そっちの方が面白いわな」
大悟は拳を握り当てて指を鳴らし、すぐには倒されない相手にどう出るかうずうずしながら考えていた。




