5-37 第四試験 一対一
第三試験が終了すると、合格した事件者達はジーアスの案内を受けて最初に今回の試験の説明を受けた広間に集められた。
集められた受験者達の中には試験の重要部に気付いてすぐに合格したために余裕のあるフジヤマやファイアのような者もいれば、幸助達五人のように時間ギリギリに合格して息が上がっている受験者達も複数人いた。
ジーアスは全員の前に出ると、合格者に対する挨拶を始めた。
「まずはこの場にいる受験者諸君、第三試験突破おめでとう。君達の中には、戦いで勝ち残り本を渡した者をいることにいるかもしれないが、そのほとんどが私の目的に気が付き、協力し合って来た人達だろう」
幸助達はこれが自分達の事を指していると少し表情が変わる形で反応すると、ジーアスは続けた。
「何故こんな真似をしたのか気になっているだろう。訳を話そう。
我々次警隊は、仕事上いくつもの世界を渡り、その先々で様々な敵と戦うこともあるだろう。しかし様々な世界での事件を解決するには、争うばかりが解決の糸口とは限らない。時には、その場に合った相手とも協力しなければならないときもある。
この試験では、先に得た情報だけを鵜呑みにせず、憶測に頼らず、自分の今いる場所で何をするべきなのかを自分の思考で考えて行動できるかどうかを確かめていた。
私の言葉に惑わされずこの場に集まった諸君に礼を送せてくれ」
ジーアスの言い分が心に刺さる幸助達。実際彼等は南が試験の目的に気付いていなければ最悪全滅していたかもしれないからだ。
おまけに次にジーアスによって告げられたのは、今の幸助達にとってより厳しい事案だった。
「第四試験は、この後二時間後にて行なわれる。各人、準備を怠らず指定の場所に向かうように! 以上!!」
戦闘で既にかなり体力を消耗し、疲労している幸助達。だが次の試験はもうたった二時間後にまで迫っていた。
まずはとにかく身体を休めなければとばかりに幸助を始め試験を終えた大量の受験者達が場所こそ別々ながら図書館から近い廊下や部屋にて椅子やベンチに座り思いっ切りため息を吐いていた。
「「「「「ハアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ……」」」」」
「揃いも揃って凄い排気量だな」
「余所から見るとちょっと滑稽ね」
そんな彼等を近くで見ながら話しかけてきたのは、第三試験を短時間で合格したフジヤマとファイアだ。幸助は疲労した顔を浮かべながら顔を上げて二人を見る。
「二人は結構余裕ありそうだね」
「それぞれではやく終らせたからな。俺は隊長の教えを受けていたからな。あの人の言葉の綾が引っかかったことから気が付いた。」
既に面識のある幸助や南にとっては、彼がこの試験を素早く終らせられたことにもなんとなく納得がいった。
逆に正直言って大雑把かつ乱雑な正確をしているファイアが何故第三試験を争うことなく終らせたことに疑問が浮かんでいた。それが顔に出ていたのか、彼女は不機嫌な表情を浮かべて二人を見てきた。
「何よその顔。アタシが素早く合格出来たのがそんなにおかしい?」
「あ、いや……何もそんなことは」
「フンッ! まあいいわよ、アタシは確かに乱暴な女だもん。地味に動くのなんて性に合わないからね」
ファイアとしても自分の性分は分かっているようで幸助達の考えていることを否定はしなかった。ならばと南はストレートに問いかけた。
「そ、それなら……静かに動いて協力するが必要なあの試験のどうやって素早く終らせたの?」
飛んできた質問にファイアは軽くニヤけるように笑い、眉間に右人差し指を当てて返答した。
「確かにアタシは派手が好き……でも試験では考えたの。こんなとき、ラン様やユリ様ならどうするだろうかって。
だからアタシは荒ぶる心を抑えて、二人ならやるであろう知略による戦い方をまねたのよ」
かっこいい感じに発現しているファイアだが、要するに……
((推し活が功を奏したって事!!?))
『人生意外な者が役に立つときがあるんだなぁ』と心の底から思った幸助と南だった。
話が一つ切りのいいところまで進んだとして、フジヤマが次に話したのは幸助達が今あまり考えたくはない迫り来る危機のことだった。
「第四試験を控えている状況でそんな事でどうするんだ。疲れたのは分かるが、ここはシャキッとしておかないと身が持たないぞ」
「た、確かに……次の試験でまた何をやることになるのか分からないからね」
気を引き締めようかと呼びかける南の台詞に幸助も頷いて同じく動き出そうとするも、そんな二人に周りにいたほか全員が首を傾げて疑問を浮かべた独特な埴輪のような顔になっている。
「あ、あれ? みんなどうしたの?」
困惑する幸助と南に次々と呆れたようなものや驚いたような返しの台詞が来た。
「二人とも……」
「知らないんデスか? 次の試験のこと?」
「マジか……疾風隊長から手ほどきを受けているのなら既に知っているものかと思っていたんだが」
「呆れたわね」
「フム、幸助殿、南嬢……これはさすがに我も突っ込みを入れるぞ」
どうやら幸助と南の二人だけが事前情報に乏しかったそうで、他の受験者達は既に知っていたようである。呆れて一度声が止まってしまうも、代表してフジヤマが説明した。
「次警隊の入隊試験は第二試験、第三試験の内容こそ試験担当の隊員が内容を決める。だが、第一試験が筆記試験と決まっているのと同じように、第四試験も毎回内容が決まっているらしい。その内容は、『次警隊隊員との一対一』だ」
耳に入れた内容に目を丸くする二人。ただでさえ第三試験で消耗しきっているところに、次に正隊員との直接対決。
おそらくこれもジーアスの企みの一つなのだろう。第三試験の思惑にはやく気が付いた受験者は、体力に余裕を持って次の試験に望める。逆に幸助達ギリギリまで試験に挑んでいた人達には容赦無く不利ななんだいがかかるということだろう。
「何というか……本当に全てタイタン隊長の掌に転がされちゃったんだな、俺達」
「ワタシ達なんて、第四試験の内容を分かっていた上でのこれデスから」
「はぁ……この後の事が本当に不安だ……俺、やっぱり合格なんて出来ないのかな?」
またしてもネガティブ思考に陥る黒葉にファイアの方は彼に一度服を脱がされたこともあってか距離を取っていたが、その隣にいたフジヤマが近付いて彼の肩に軽く手を触れた。
「そう後ろ向きに考えていたって自体は進まない。やげやりになっても試験は迫ってくるんだ。凹むな。
まあ気合いを入れろとは言わない。ただ落ち込んで自分で自分を辛い思いにすることだけはやめておけよ。次の試験をパスすれば合格なんだからな」
肩から手を放し、体力の余裕もあってか一足早くこの場から離れていくフジヤマ。彼の事情を知っている二人、特に洞窟での時を共に過ごした南は、今の彼の台詞に初めて会ったときの彼にあった暗いものを感じ取った。
「フジヤマさん……」
自分が決して生半可な気持ちでこの試験を受けているわけではないが、諸事情を考えると自分以上に覚悟を持ってこの試験に挑んでいるのであろうフジヤマの背中を見た南は、疲れた下がった表情に気合いを入れ直し、椅子から立ち上がった。
「よし! そうだよみんな!! 元気出して!!」
南は奮い立たせた元気を自分のためだけに使わず、全員の気持ちを震わせようとするために声を上げた。
「次の試験をクリアすれば、みんな揃って次警隊に入隊できるんだよ! 僕らは、もう隊員になるまであと一歩にまで迫ったんだ!! ここで疲れて諦めることこそ、もったいないよ!! この最大のチャンスをものにするんだよ!! 頑張ろう!!」
南の台詞の言い回しは美味かった。後は次の試験さえ受かってしまえばいい。意味は同じながら響きだけでも負担の軽くなるこの台詞は、疲労で椅子に重い腰を載せていた受験生達の心に刺激を与えた。
「ハイ……そうデスね!! ここで疲れている場合ではありませ~ん!!」
「俺なんかが何処まで出来るか分からないけれど、ここまで来たんだ、やるだけやっておかないとそれこそ後悔だ!!」
「フンッ! 皆を奮い立たせるのが上手いな、南嬢……だがそういうやり口、我は大好きだぞ!!」
次々と重い腰が軽くなって椅子から立ち上がっていく受験者達。最後の一人になった幸助も続けて立ち上がると、握り絞めた右手の拳を左手にぶつけて音を鳴らし、自分自身により気合いを入れた。
「よっし!! ここまで来たのなら当たって砕けろだ! 最終試験、どんなものでも合格してやるさ!!」
受験者達の気合いの入りようを見たファイア。彼女はふと幸助と南の熱意に見覚えを感じていた。
(何なのよこの二人。さっきまで疲れ切っていたのにスイッチを切り替えるように屁理屈で奮起しちゃうなんて……
……まるでっていうか、アタシの知るラン様のノリそのものじゃない!!)
同じランを慕うものとしては嬉しいが、天然で彼に似た言動をすることに若干嫉妬を覚えてしまうファイア。しかしこれもラン派の勢力を広めるためにはいいと受け入れてこの奮起の流れに乗ることにした。
_______________________
次警隊入隊試験、第四試験。内容は『正隊員との決闘』。受験者は各自試験開始時間に番号札に指定された部屋に入り、中にいる隊員と勝負をする。
勝負の内容は各部屋の試験管によって決められ、誰が誰と相手になるのかは本人達も知らされていない。
戦う相手によって有利不利も分かれる試験。しかし次警隊ならばこんな理不尽などどうって事ないと考えろという暗示でもある。
一行から離れたためか一番手に到着したフジヤマ。彼を戦闘に続々と受験者達が不安や疲れが混ざったような暗めな空気が流れてくる。
その中でも気合いを保っている一部。気合いとは違う、覚悟を持って挑む一部。
それぞれがそれぞれで思うところがある中、ついに試験開始の時間となった。
すると受験者達の番号札が突然光り出し、持ち主が手に持ってみた途端に本人しか見えない特殊な立体映像が映し出され、それぞれが入る部屋への案内地図が見えた。
受験生達は地図を頼りに足を運んでいき、幸助や南、そしてフジヤマが試験会場の部屋の扉の前にまで到着した。
「いよいよか」
「あと一つ、この試験さえ乗り越えれば……」
フジヤマと南は同じタイミングに別の扉を開け、中にいた人物に驚いた。
「よお、お前さんが来たか。道案内以来、何かと縁があるなぁ」
「南……ようこそ……零名の試験へ……」
フジヤマには大悟、南には零名が相手として現れた。
そして幸助は、二人よりワンテンポ遅れて扉を開き中に入った。
(この試験をくぐれば、俺は!!)
心のスイッチを斬り合えるために幸助は目を閉じながら部屋に入って扉を閉める。そしてゆっくり目を開けて、彼は目の前の光景をハッキリと見た。
「……え?」




