5-35 メリーの荒技
そして現在、メリーは試験会場の図書館を周辺一帯の本や本棚の話を聞くことで分かった道なき道のショートカットを使い、自身の合格条件である課題の本を持ち逃げしたオーカーとの距離を詰めていっている最中だった。
(絶対にあの本さんはいただきます! ワタシのこれからの罪滅ぼしのために! ワタシの力を、優しい人達を守る為に!!)
他の受験者達が知るわけがない抜け道の効果は大きく、メリーは一瞬だが本棚に挟まれた通路を走っていくオーカーの姿を確認出来た。
「見つけマシタ!」
メリーは抜け道を進む速度を更に上げていき、オーカーがゴールするよりも先に彼女の前方にまで回り込んで足を止めることに成功した。
「お主は! あれだけ距離を離したというのに追い付いてくるとはな。どうやらお主は、我が思っていたよりも侮れない者だったらしいな」
台詞の途切れ途切れにまたしてもいちいちポーズを付けて話すオーカーに、メリーが後頭部に一筋の冷や汗を流してせっかく引き締めた緊張が緩みかかってしまう。
しかしこれに付き合ってペースを乱されている場合ではないとメリーは両手で自分の頬を叩き、改めて自分の気を引き締めた。
「そちらの本さんは返していただきマス。ワタシは、絶対にこの試験を合格しないといけないんデス!」
メリーは正面切ってオーカーに攻めていく。オーカーはメリーの単純な行動にふと鼻で笑ってしまい、向かってくる彼女に指を指して牽制した。
「フンッ! 単純な行動だな、メリー嬢。そんなことをしたところで、我のフレミコの力で翻弄されるだけだ!!」
オーカーは右方の上に再びフレミコを出現させると、ゴールに向かいつつここに来るまでに取り込ませておいた空間を吐き出させることで再びこの場から離脱しようとした。
しかしメリーが何の学習もしているわけがなかった。彼女はフレミコが能力を発動する前に周辺の本達を浮かせ、オーカーの周りを至近距離で取り囲ませたのだ。
「これは!」
「ワタシの能力は……皆さんに動く力を与える。結局のところ、自分ではなく皆さんの力をお借りしなければ成立しない、ダメなものなんですが……
貴方も他者からの力を借りている身。同じ穴の狢として、そこまで文句は言わせませんよ」
こんなことをされてしまえば空間を吐き出したときに近くの本達が弾かれて本棚にぶつかり損傷しかねない。かといって空間を削るなんて行為をすれば備品を損傷させたとしてこちらも即刻失格になってしまう。
おしとやかに見えたメリーの意外な手段を選ばない戦法にオーカーは驚き、そして感心した。
「なるほどなぁ。凄い能力だ、メリー嬢……正直なところ、我はお主の事をかなり侮っていたようだ。いやほんと、こうされてしまえば我とて本を傷付けずには動けない」
メリーはこうなれば完全に拘束したも同じと、今度こそ課題の本を取り戻すために駆け寄るメリー。
しかしオーカーは慌てることはなかった。逆にメリーはあることを忘れているのではないかと思うところがあった。
だがオーカーは勝利のためにそこに言及はしない。オーカーは、メリーがこれから先に本を手に入れるために必要なことをよく分かっていたからだ。
メリーが本を回収するためには、器物を傷付けてはならないという試験のルール上、現在オーカーを取り囲んでいる本の檻に一部とはいえ穴を開ける必要がある。その瞬間こそが彼女にとって最大のチャンスだ。
事実オーカーの予想通り、メリーは彼女が抱えている課題の本を回収するために少し腕が入り動かせる余裕のある穴を開け、そこに右腕を突っ込んできた。
こうなればオーカーにも、フレミコの能力を使用できる穴が出来る。彼女は功を焦って突撃をかけてきたメリーに対し、オーカーは彼女の右腕だけをピンポイントでフレミコに飲み込ませた。
「また腕が!」
「それだけではないぞ!!」
オーカーは次に開いた穴から目視できるメリーの左脚に注目、直後にフレミコに吸収させて元々前のめりになっていた彼女の態勢を完全に崩した。
「我を本で取り囲んだのは逆効果だったなメリー嬢! 勢い良く崩れていくお主の身体の方が、図書館の備品を傷付ける!! 自らがまいた種で自らの首を締め付けてしまったな!!
だがこれも仕方のないこと……我の強大な邪悪なる力の前には通じなかったというだけだ。運がなかったと受け入れてくれたまえ」
穴から出せる程度に片腕だけ出した少し控えめなポージングを取りつつ、勝利宣言とばかりに少々上からかつ厨二病臭い口回しで捨て台詞を吐いた。
オーカーの攻撃を受けて為す術なく前方に転倒していくメリーだったが、その瞳にはショックを受けている様子も悲しんでいる様子もない。オーカーの瞳に映った彼女の表情は、諦めなど一切ない闘志のこもったものだった。
「今、飲み込みましたね……ワタシの手足を……それがどういうことなのか、知らないままに」
メリーの意味深な台詞に首を傾げるオーカー。すると彼女の周りを囲っていた本達が紙吹雪が飛んでいくように一斉に距離を取った。
メリーに自分達を傷付けさせないための配慮ではないのかと始めに予想したオーカーだったが、続いて起こった現象に少し違うことを理解させられた。
突然オーカーの肩に乗っているフレミコがお腹を押さえるような態勢で苦しみだしたのだ。
「ど、どうした!? フレミコよ!! お主、まさか腹痛なのか!? しかし全てを飲み込むお主が、一体何故!!?」
「全てを飲み込むことが出来る……でも吐き出す能力がある都合上、飲み込んだ存在の消化にはどうしても時間がかかってしまいマ~ス。
だから、動いて貰っているんデ~ス……取り込まれたワタシの右腕や左足に付いている、物さん達に!!」
まさかと思ったオーカー。直後にフレミコは内部から何度も思いっ切り物理攻撃を受けているように乗っていた方から飛び出してしまい、そのまま床にまで叩きつけられた。
「お主! フレミコに飲み込ませた身体の衣服や靴を動かしたのか!!」
オーカーの予想は正解だ。メリーは単純な突撃を仕掛け、敢えて身体を一部をフレミコに飲み込ませた。そして飲み込ませた身体の一部に付いた衣服の袖、装飾、靴に内部から暴れて貰い、フレミコに急激なダメージを与えていたのだ。
フレミコがやられてしまえば、契約しているオーカーの戦力が大幅に下がるのは目に見えていた。彼女は攻撃方法を失ってすぐに逃げ延びようとするも、後ろや横にはメリーが力を与えた本達が取り囲んだまま。本を傷付けずに脱出は不可能だ。
「クッ! 脱出口が……」
メリーの能力の効果範囲が何処までなのか明確なところはオーカーには分からないが、それでもこの場から離れなければ話にならない。
オーカーは唯一脱出口として使える可能性がある前方に意識を集中させ、片足を失って倒れたメリーを飛び退いて逃げ出そうと謀った。
しかしオーカーは前に飛び出し逃げることに意識が向き過ぎてしまい、試験合格のために抱えていた本を片手に持って腕ごと振る隙だらけな状態になっていた。
そうしてオーカーが本を持っている右手を前方に振ったタイミングに、下から腕が伸びてきた。メリーの左腕だ。
「しまった! だがお主は今片足を失いとても立てる状態ではない!! 我の腕を掴み本を上手いこと奪い取ったところで、この場から素早く移動は出来まい!
所詮は悪あがき! ほんの少し時間を稼いだだけのことだああぁぁ!!」
掴んできたメリーの腕を力強く振り払おうとするオーカー。しかし上方向に右腕を振った途端、どういう訳かメリーの全身がその動きに釣られて立ち上がってきたのだ。
「ナッ! 何だぁ!!? 成人女性一人の重さが、こんな軽い動き一つで持ち上がるはずがない!! 一体何を!!」
「元々、ワタシの身体は普通の人より相当軽いっていうのはありマ~ス……しかしそれでもバランスを保つことは難しい、だから、協力して支えて貰っているんデ~ス!!」
「支えて貰っている!?」
メリーからの指摘を受けて、オーカーは目の前の違和感に気が付いた。
普通腕を持ち上げれば広がっているはずの服の布地が、選手用の競泳水着やウェットスーツを着込んでいるときのようにピッタリとメリーの身体に張り付いていたのだ。
「まさか! 自分の服に力を与えて!? フレミコに取り込ませた袖だけではなく、着ている衣服全てに力を与えていたのか!!」
オーカーは目を丸くする。現在のメリーは自分が着ている衣服に動いて貰うことで片足を失った自分の身体を立たせていた。
つまりこの力が他のものと同じだとすれば、今のメリーはその場で全身を空中に浮かばせて宙を舞うことだって出来る。下手に足で走るよりもよっぽど素早く移動が可能ということだ。
とはいえメリーは片腕がないハンデがある。腕が掴まれたところで、本に手が届かなければ意味はない。
「驚いた根性だ! しかし今のお主には片手しかない。腕を掴んだところで本が取れなければ意味はない!!」
「そうデ~ス、ですので……」
オーカーは自分の目を疑った。腕を掴んでいるメリーの服の布地の糸が勝手にほつれていき、伸びてオーカーが手に持っている本に絡まってきたのだ。
「まさか!」
「服さんに頑張ってもらっていマ~ス。これならば、片手だけでも本さんを取り戻せマ~ス!!」
オーカーはこのピンチにかなり焦っているようだった。
(まずい! 今ここで本を奪われて逃がしてしまったなら、すぐに見失ってしまう!! フレミコも実質リタイア状態。何としてもこの場でメリー嬢を倒さなければ、私の負けになっちゃう!! それだけは!!)
オーカーは本を握る力を強め、メリーの服の糸や最早彼女の腕ごと引き千切る勢いで本を死守しようとした。
一方のメリーもオーカーの行動の前に一歩も引く様子は見せず、本を取り戻そうと必死の構えだ。
「腕をぉ!! 放せええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「放しません!! 絶対にいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
両者の力が拮抗し、どちらが勝つかと思われたそのとき、全く意識のなかった外部から突然声が響いてきた。
「見つけた! 待って!! 二人ともぉぉぉ!!!!」
どちらかが根負けになるかと思われた直前に轟いた声。二人の集中に水が指し、揃って動きが止まってしまう。
「「エッ!?」」
すぐに側にまで駆け付けてきた人物は、メリーがはぐれてしまっていた南だった。
「南さ~ん。どうしたんですか? そんなに慌てて」
「よかった! 間に合って……」
急いで走ってきたために切らしていた息を整えつつ、南は二人に話した。
「単刀直入に言わせて……この試験、みんなすぐに合格出来るんだよ!!」




