5-30 初めて認めてくれた人
『春山黒葉』は、生まれいる人々が全員何かしらの超能力を宿している『超能力者の世界』の日本にて生を受けた。
子供の頃は皆を助けるヒーローに憧れていた黒葉だったが、彼が生まれつきに持った超能力は、触れた相手の服を脱がせるもの。
しかも自分でも制御しきれずに意図せず発生してしまうこの能力のせいで、黒葉は幼少期から周囲の人間、特に女性からは忌み嫌われる生活を過ごしていた。
思春期にもなればその嫌悪はより深いものになり、通っている学校では周りから一方的に侮蔑の目を向けられ、いつの間にかありもしない噂を広げられているほどに事態は深刻化していく。
かといって本人がどうこう言っても信じてもらえるわけでもない。いつしか黒葉は原因は全て自分にあると悲観的に物事を考えるようになり、両親にも迷惑をかけないために常に一人でいることの方が多くなっていた。
自分はこのまま嫌われ続けて何もなせず一生を終えていくのだろう。いつの間にか未来に対しても希望がなく日々を過ごしていた黒葉だったが、ある日起こった事件によって一変してした。
いつもの一人きりぼっちの学園生活を送っての帰り道。行った先で寄り道をするよ言うわけではなく、家に帰ろうとしていた黒葉だったが、道中、普段は見かけない人物を発見したことで彼は足を止めた。
「あれ? 森本さん?」
見かけた人物は『森本 信乃』。黒葉と同じ学校に通っている同級生であり、黒葉が所属するクラスの学級委員長でもある。
優しい丸みを帯びた目付きに艶のある長い黒い髪を三つ編みに纏めて右肩にかけた清楚な美少女。学園内でも何人もの男性からの告白を受けながらも全て断ってきたらしい。普通人付き合いをしない黒葉にも、彼女は分け隔てなく接してくれる数少ない人物でもある。
故に周りにあまり関心がない黒葉も、彼女のことは認知しており、今目の先に見える彼女の存在を不思議に思っていた。
当然これは黒葉が今まで気付いていなかっただけで、信乃が普段からこの道を使っていたのかもしれない。
しかし黒葉が見た彼等は、何かが起こっているわけでもないのにとても急いで走っているようだった。何か切羽詰まっているような。単なる興味本位ながら、黒葉は彼女が足を進めた方向に追いかける形で走って行った。
走った先で何が起こっているのかが分からなかった黒葉だが、走っている最中に目の前に見える形で明確に分かった。
焦げ臭い匂い、風に乗って飛び散る煤。そして異様に赤く明るくなる光景。走った先にある一件の建物を中心に火事が発生。それも丁度黒葉が火事をハッキリ認識した次の瞬間、危険物に接触したためか突然爆発を起こした。
「いきなり爆発!? こんなの大事故に!!」
黒葉の予見通り、ただでさえ火事の中である上に突然起こった爆発に対応など出来るはずもなく、近くにいた人達が火の手に襲われそうになっていた。
とても走っても間に合わない。頭でそれを理解していても身体はそれについていかずに前へ出ようとする。ひょっとすれば助けられるかもしれないと思ったのだろうが、やはり現実はそうはいかない。
もうじき人がやられる。そう思われたとき、突然火事の建物を中心に、将棋盤に似た立体映像らしきものが投影され、マスの中に入った人達が次々と盤面の端の方、炎の範囲の外にへと移動した。
「これは!?」
何が起こっているのかが分からず唖然とする黒葉に、走っている最中にいつの間にか姿が見えなくなっていた信乃が、火事の建物の近くで将棋の駒を指すような手つきで手を動かしているのが見えた。
「森本さん!? 何をして!?」
黒葉が目を凝らして見ると、信乃が指を指した方向に火事から逃げる人が移動し、すぐに安全圏に退避していく。
どうやらこれが彼女の能力らしい。だが一見すると便利に見えるこの能力の弱点はすぐ露見した。
信乃のこの能力は指を動かして指定したマスの人をピンポイントで移動させるもの。しかし人の手は最大でも日本しかない都合上、バラバラに動いている人達を一斉に動かすことが出来なかった。
結果家屋の中にいた人の何人かは明確な場所が目視できないこともあって転送することに手間取っていた。
そんな中、黒葉は微かに家の建物の中にいる人の存在に気が付いた。死角に入っているため、信乃は気付いていない。
かといって信乃以外の誰もが恐怖で足がすくんで、もしくははなから動く気がないとばかりに足が止まっており、呆然となっている。
自分が動かなければ助からない。黒葉は走り出し、燃える建物の中に突入した。派手な行動は流石に目に付き信乃も彼の存在に気が付いたが、建物の中に入られたがために他の人同様の理由で転移が出来なかった。
黒葉は一心に自分が火傷することなども考えず真っ直ぐ見えた人達のいる場所にまで走って行く。そんな彼に道を譲るように、火事の炎は黒葉を避けるように左右、後ろにへと引いていき、彼の行く道をスムーズにさせていた。
これは彼の黒葉の触れた物を分離する能力による能力が、炎にほんの微かに触れたことによって発動した効果だったのだが、当の本人も一切この事には気付いていなかった。
そんな道中で黒葉は、建物の中で炎に閉じ込められていた人達のいる箇所にまで到着した。
炎に囲まれて身動きが取れず、発生した煙の毒にやられかけている。しかしこれも、黒葉が触れることによって本人が意図せず安全地帯を形成していた。
「大丈夫ですか!?」
上がる心拍に押されて叫び出す声。逃げ遅れた人達も朦朧とした意識の中で彼の声が聞こえたのか、一人二人が微かに首を動かすなどの反応を示す。
黒葉が近くに寄るほどに煙や炎は避けて行くも、既に吸った分が解毒させる訳ではない。被害者達はかなり消耗している様子で、今すぐにでも全員運び出さなければ間に合わない。だが黒葉にこの人達全員を背負って運べるほどの力もなかった。
(全員助けるには俺一人じゃとても間に合わない。一体どうすれば!? 俺の能力で? いや、俺が出来るのは人の服を脱がせるだけ……あれ?)
黒葉はここに来て自分の能力を考えた為に、この場で自分が心拍以外平常時と同じな違和感に気が付いた。
(どうして俺、これだけ周りが燃えているのに火傷の一つも無いんだ?)
丁度同じタイミングに、燃え盛った炎が被害者に近付いていく。黒葉は咄嗟に彼等を助けようとして近付いた折、炎にほんの少し微かに手が触れかけたことで炎が彼によって引き剥がされるように被害者達のいる方向とは反対に分散して飛んでいった。
「これ、もしかして!!」
黒葉は今しがた自分が出来たことに目を丸くするもすぐにある方向の壁に駆け寄り、火傷も省みずに右手を触れてみる。
「よし、ここだ!!」
建物の外にいる信乃。救助活動を続けていた彼女だったが、次の瞬間に目に飛び込んできた光景に身体を固まらせてしまった。
今自分が救助している建物の壁が、突然にパーツが分離するかのように壁が剥がれ、黒葉を先頭とした人達が姿を現した。
「春山君!? 今の!!」
驚く信乃に、黒葉はハッキリ伝わるように叫んだ。
「森山さん! 皆を移動させて!!」
単純な台詞ながら、信乃にはすぐに何をして欲しいのかが伝わった。彼女は軽く頷くと、こまでと同じ仕草をすることで黒葉達を一瞬にして安全圏にまで移動させてみてた。
その後、消防が駆け付けて火災は無事消火され、具合の悪い人こそ出たものの死者は一人も出ずに事故は収束した。
普段はしないような自分の行動をしたためか、火事が収まってすぐに安全地帯に座り込んでため息を出していた。
「フゥ~……疲れたぁ……」
自分で気付いていないながら火事の空間にて能力を使い続けていた黒葉は、その分の疲れが一気に来たようで身体が岩のように重くなっていた。
するとそこに信乃が近付き、彼の披露している様子を見て一度躊躇しかけるも、しゃがむことで背丈を合わせて話しかけてきた。
「その、春山君」
「アァ! ハイィ!! 森本さん!!」
不意にクラスの人気者に声をかけられたために黒葉は話す態勢を整えきれず、驚きながら編に高い声を出してしまう。
信乃は黒葉のおかしな反応にふと口を押さえて笑ってしまうが、わざと咳き込むことですぐに笑いを抑え、改めて黒葉に話しかけてきた。
「ごめんね、急に話しかけて。さっきはありがとう。本当に助かったわ!!」
「あ! イヤ……どういたしまして」
面と向かって話すとなった途端、普段あまり人と接さない事から変なしゃべり方になってしまう黒葉。その上ふと手を握ってこようとする彼女に、能力の事を考えてしまい拒絶するように自分の手を引いてしまう。
信乃は彼のこの反応に、拒絶とは違う恐怖を感じ取った。
「貴方……そうね、貴方は触れた人の服を脱がせるんだっけ?」
「そ、そうなんだ……だから、俺には触れない方が……
それに、俺なんかとつるんでいたら変な噂が立っちゃいますよ。では……」
自分の能力のせいで迷惑はかけたくないとこれ以上関わらずにこの場を去ろうと立ち上がろうとするも、それより前に信乃の方が前のめりになり、彼の手を握ってきた。
「ちょ!!」
ただでさえ引かれている。その上美少女に手を握られたとあって顔を真っ赤にする黒葉。興奮は無意識に力を入れてしまい、水着を自分の目の前で下着姿にまではだけさせてしまった。
「も、森本さん! 服が!!」
「服が何よ!! いっぱい命を助けて貰って! 服の一枚二枚なんてどうって事ない!!」
下着姿になりながらも、一切嫌悪せず真っ直ぐにハッキリ口を開く信乃。黒葉が圧倒されて黙り込んでしまうと、彼女は彼の目を見た。
「貴方の能力のおかげであの人達は助かった! 普段はこれでも! 貴方は人の役に立つの!!
それに、能力なんて関係無く、貴方は火事の現場に自分から飛び込んだ。普通なら躊躇してしまうあの場で、勇気を持っていた!! 貴方はいい人なの!!
だから! 私は貴方に感謝してる! 決して」
信乃の言い分が心に響く黒葉。今までの人生、こうして面と向かって他人に褒められた事など、全然なかった。ましてや、周りに迷惑をかけることしか出来なかった自分の能力を肯定してもらえる日が来るなんて、想像すらしていなかった。
いつの間にか黒葉は泣いていた。これまで心の内にしまっていた物が、銭が外れて溢れ出すかのように涙が溢れ出ていた。
このとき、春山黒葉は初めて人に認められたのだ。
ある程度泣き止むのを待ってくれた信乃。彼女は落ち着いた黒葉に口を開いた。
「春山君。その、良かったらなんだけど……」
「え? な、何すか?」
信乃は改めて黒葉の顔を見ると、一つ提言をしてきた。
「私と一緒に、色んな世界を守る気はない?」
信乃は、次警隊の隊員だった。
こうして初めて人に認められた黒葉は、彼女への感謝の思いと、より役に立ちたい思いから、次警隊入隊試験を受ける思いを決心したのだった。




